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#79 クラウシフ 兄弟喧嘩
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話してから、きっかり二時間後、俺はアンデルの部屋のドアをノックした。
逃走の心配は不要だったようで、「どうぞ」と意外としっかりした声が返ってきた。
机に向かっていたアンデルは、立ち上がって俺と対峙する。あんなにちびだったくせに、今じゃ目線の高さが同じだ。時が経つのははやい。まだ頼りなさが目立つが、いずれは俺の年齢も追い越す。どんな男になるんだろうかと楽しみでもある。
ちらりと見た机の上には、呪いについての資料が広げられていた。
「兄さんには従えない」
「それが答えか」
黒い目が、ひたりと俺を見返してくる。物怖じしたように視線を外したが、小さくかぶりを振って、アンデルはまた俺を睨み返してきた。
「今のままでは、言うことは聞けない。絶対に。けれど、兄さんが事情を話してくれるなら、……考える」
「考える?」
「もしかしたら、状況を変えることができるかもしれない。
兄さん、なにか隠しているでしょう。こんなことを強要する人じゃなかったはずだ。僕が頼りにならないのはわかる。それでも、二人で考えたら、きっとどうにかなる。呪いを解く方法だって」
言い募るアンデルの顔を見ながら、俺は落胆した。
二人で考えたら。
もう二人でいられる時間はほとんどない。自分一人でどうにかしなければならないこの状況を、まったく理解できてない。自然と、誰かに助けてもらうことを考えている。
その時点で、相談相手として自分が不適格なのだと気づくこともない。そもそもこれまで自分に話が降りてこなかった時点で、その対象に含まれてない、自分のなにかが足りないのだとなぜわからない?
「無駄だな。お前に話すことはない。お前は、俺の指示に自分の意志で従うか、それとも強制的に従わせられるかどちらかを選ぶしかない。俺に実力行使されたくなければ、首を縦に振るんだ」
脅迫に、アンデルの肩が揺れた。
「……兄さんは。もう、ハイリーのことをなんとも思ってないの? その心を踏みにじってもいい相手なの?」
「誰に対したって同じだよ。お前にしたってな。俺に事情を説明させたければ、それこそ実力行使しろよ、アンデル。お前の大事なハイリーを守りたいんだろ。無理矢理犯して心まで縛るなんて蛮行は許せないというなら、やってみせろよ。
ぴいぴい泣いてるだけのお前じゃ、できやしないだろうが」
せせら笑ってやる。
白く滑らかな頬に朱が差した。怒り。アンデルの目に宿っていた怯えの色は吹き飛んで、俺を射殺してやるという気概が見て取れる。
なんだ、ちゃんと怒れるんじゃないか。
感心した俺の胸ぐらをアンデルの右手が掴んだ。引き寄せられて、互いの吐息がかかりそうな距離でにらみ合う。
「兄さんのそういうところが昔から大嫌いだ。人のことを馬鹿にして傷つけて、必要なことも説明しないで、偉そうにしている。今度ばかりは僕だって言うことを聞けない。やれというならやってやる」
語気荒く言い放ったアンデルが、もう片方の手で俺の右腕を掴んだ。熱い。ぎいっと金属同士をこすりあわせるような嫌な音が聞こえた気がして、強烈な頭痛に見舞われる。今日呪いを受けて弱っている体にはきつい仕打ち。一瞬で額と脇と背に嫌な汗が浮く。頭の中を引っ掻き回されるようなこの感覚、これがアンデルの力の強さによるものなのか、逆に、俺にある精神汚染への抵抗力での摩擦で起きている苦痛なのかわからない。歯の根が苦くなるほどの疼痛に支配され、視界が揺らぐ。
だが、それで終わりだ。
「だから、やり方がぬるいって言ってるんだよ」
ぐ、とくぐもった声を上げ、アンデルがのけぞる。その口を俺は右手で塞いでいた。単純な腕力では俺に軍配が上がる。アンデルがギフトを流し込んでくる左手ごと動かして、昼間、剣を支えるために切った手の平を、その口に押し当てた。包帯は外してきた。出血は止まっているが、怪我をして半日もたっていない。食いしばったアンデルの歯にこすりつけるようにしてやれば、いとも簡単に傷口が開いた。鈍い痛みが走る。
アンデルの唇や強引に押し上げられたその隙間から覗く歯列に、唾液で薄まった俺の血液が付着しているのが見える。手で覆うようにして顎関節を思いっきり圧迫してやれば、アンデルの口は開く。その歯の隙間にさらに手の平を押し込んでやった。
やめろとか、そんなことを言っているのかもしれない。言葉にならない声をあげ、恐慌状態に陥って、俺の胸ぐらを掴んでいた手まで離してもがくアンデルは、とっくにギフトの行使を止めている。苦しいのか、目に涙が浮かべて。だが、自由のきく足で俺のスネやら股間やらを蹴り上げないあたり、いかにもけんかをしたことのないアンデルらしくて――俺はくすりと笑ってしまった。やはり、ヨルク・メイズはアンデルの手に余るだろうと不安にもなる。
「アンデル。ハイリーが来るまでお前はゆっくり休んでいていい。英気を養え。眠るんだ」
指示どおり、アンデルはすっとまぶたを閉じると、そのまま脱力して床に倒れ伏した。
逃走の心配は不要だったようで、「どうぞ」と意外としっかりした声が返ってきた。
机に向かっていたアンデルは、立ち上がって俺と対峙する。あんなにちびだったくせに、今じゃ目線の高さが同じだ。時が経つのははやい。まだ頼りなさが目立つが、いずれは俺の年齢も追い越す。どんな男になるんだろうかと楽しみでもある。
ちらりと見た机の上には、呪いについての資料が広げられていた。
「兄さんには従えない」
「それが答えか」
黒い目が、ひたりと俺を見返してくる。物怖じしたように視線を外したが、小さくかぶりを振って、アンデルはまた俺を睨み返してきた。
「今のままでは、言うことは聞けない。絶対に。けれど、兄さんが事情を話してくれるなら、……考える」
「考える?」
「もしかしたら、状況を変えることができるかもしれない。
兄さん、なにか隠しているでしょう。こんなことを強要する人じゃなかったはずだ。僕が頼りにならないのはわかる。それでも、二人で考えたら、きっとどうにかなる。呪いを解く方法だって」
言い募るアンデルの顔を見ながら、俺は落胆した。
二人で考えたら。
もう二人でいられる時間はほとんどない。自分一人でどうにかしなければならないこの状況を、まったく理解できてない。自然と、誰かに助けてもらうことを考えている。
その時点で、相談相手として自分が不適格なのだと気づくこともない。そもそもこれまで自分に話が降りてこなかった時点で、その対象に含まれてない、自分のなにかが足りないのだとなぜわからない?
「無駄だな。お前に話すことはない。お前は、俺の指示に自分の意志で従うか、それとも強制的に従わせられるかどちらかを選ぶしかない。俺に実力行使されたくなければ、首を縦に振るんだ」
脅迫に、アンデルの肩が揺れた。
「……兄さんは。もう、ハイリーのことをなんとも思ってないの? その心を踏みにじってもいい相手なの?」
「誰に対したって同じだよ。お前にしたってな。俺に事情を説明させたければ、それこそ実力行使しろよ、アンデル。お前の大事なハイリーを守りたいんだろ。無理矢理犯して心まで縛るなんて蛮行は許せないというなら、やってみせろよ。
ぴいぴい泣いてるだけのお前じゃ、できやしないだろうが」
せせら笑ってやる。
白く滑らかな頬に朱が差した。怒り。アンデルの目に宿っていた怯えの色は吹き飛んで、俺を射殺してやるという気概が見て取れる。
なんだ、ちゃんと怒れるんじゃないか。
感心した俺の胸ぐらをアンデルの右手が掴んだ。引き寄せられて、互いの吐息がかかりそうな距離でにらみ合う。
「兄さんのそういうところが昔から大嫌いだ。人のことを馬鹿にして傷つけて、必要なことも説明しないで、偉そうにしている。今度ばかりは僕だって言うことを聞けない。やれというならやってやる」
語気荒く言い放ったアンデルが、もう片方の手で俺の右腕を掴んだ。熱い。ぎいっと金属同士をこすりあわせるような嫌な音が聞こえた気がして、強烈な頭痛に見舞われる。今日呪いを受けて弱っている体にはきつい仕打ち。一瞬で額と脇と背に嫌な汗が浮く。頭の中を引っ掻き回されるようなこの感覚、これがアンデルの力の強さによるものなのか、逆に、俺にある精神汚染への抵抗力での摩擦で起きている苦痛なのかわからない。歯の根が苦くなるほどの疼痛に支配され、視界が揺らぐ。
だが、それで終わりだ。
「だから、やり方がぬるいって言ってるんだよ」
ぐ、とくぐもった声を上げ、アンデルがのけぞる。その口を俺は右手で塞いでいた。単純な腕力では俺に軍配が上がる。アンデルがギフトを流し込んでくる左手ごと動かして、昼間、剣を支えるために切った手の平を、その口に押し当てた。包帯は外してきた。出血は止まっているが、怪我をして半日もたっていない。食いしばったアンデルの歯にこすりつけるようにしてやれば、いとも簡単に傷口が開いた。鈍い痛みが走る。
アンデルの唇や強引に押し上げられたその隙間から覗く歯列に、唾液で薄まった俺の血液が付着しているのが見える。手で覆うようにして顎関節を思いっきり圧迫してやれば、アンデルの口は開く。その歯の隙間にさらに手の平を押し込んでやった。
やめろとか、そんなことを言っているのかもしれない。言葉にならない声をあげ、恐慌状態に陥って、俺の胸ぐらを掴んでいた手まで離してもがくアンデルは、とっくにギフトの行使を止めている。苦しいのか、目に涙が浮かべて。だが、自由のきく足で俺のスネやら股間やらを蹴り上げないあたり、いかにもけんかをしたことのないアンデルらしくて――俺はくすりと笑ってしまった。やはり、ヨルク・メイズはアンデルの手に余るだろうと不安にもなる。
「アンデル。ハイリーが来るまでお前はゆっくり休んでいていい。英気を養え。眠るんだ」
指示どおり、アンデルはすっとまぶたを閉じると、そのまま脱力して床に倒れ伏した。
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