R18 咎人は死なずの騎士姫に恋をした

薊野ざわり

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#80 クラウシフ ここに収束する

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 ハイリーは脚を組みかえる。形の良いふくらはぎがスカートの裾から覗いていて、つい視線がそちらに向いてしまうが、あれに蹴られたら即死確実だから警戒しているだけだと言い訳しておく。
 ここまできて、本懐を遂げずに死ねない。
 
「それで」

 彼女は胸の前で組んだ腕を、指でとんとん叩きながら、顎をしゃくった。その視線には冷たい殺気が宿っている。

 なるべく手短に説明しようとして、あちこち省略したせいでうまく伝わらなかったか? 情感たっぷりに、俺のみっともない心情も絡めて伝えるべきだったか。……死に際とはいえ、羞恥心は健在だ、そういうところは省きたいんだが。

「説明不足な部分があれば、補足する」
「私にアンデルを犯させて、どういうつもりだ? 事情を話してから実力行使しても遅くないとは思わないのか」
「あの場合、犯されたのはお前の方……いや、なんでもない。
 確実な方をとったんだよ。イェシュカのこともあるし、お前には色々迷惑かけてきたからな。おまけに結婚する気もないって言ってるし、断られる可能性大だった。
 だが、婚姻の届けにサインさせて、退役の手続きを出させてしまえば、あとはどうとでもなるだろう? しょげかえったアンデルを放置していけるお前とも思えなかったしな」
「私を直接操ろうとしなかったのは何故だ。アンデルにやらせるより確実だったはずだ」
「死んだ妻に操立てしてる」
「ほう」
「それだけじゃない、もし俺がお前に襲いかかって本懐を遂げたとしても、それじゃアンデルが逃げ出すかもしれない。
 アンデルにやらせれば、お前が正気に戻っても、あいつはきっと責任をとろうとするだろう。お前もだ。俺の考えでは、お前たちは一緒にいたほうがいい」

 はあ、と深い溜息のあと、ハイリーが拳を固めた。

「どうしようもないクズだな。歯を食いしばれ」

 言われたとおりにし、痛そうだなと覚悟を決めた。しかし、拳がめり込んだのは、頬ではなくてみぞおちだった。重い一撃。座っててどうやって息が詰まるほどの殴打ができるんだよ、本当に女か? 

 ハイリーが椅子に深く座り直し、またため息をつく。咳き込みながら俺は抗議した。

「普通、……顔だろ」
「馬鹿者、そんな目立つところ殴ったら、アンデルが目を覚ましたときに驚くだろう。葬式で鼻が陥没していたら、息子たちだって驚くだろうし」
「お気遣い、どうも。とりあえずは話は信じてくれるのか?」
「気遣いはお前にしたわけじゃない。本当はその首折ってやりたいが、そうすると子供たちとアンデルが泣くしな」

 鼻を鳴らし、不快そうに言い捨てて、ハイリーは肩をすくめた。

「つまらなくてくだらない長話に付き合ってわかったのは、お前がクズだってことだ。それから、ギフトを実際に食らってみて、話に疑う余地がないと判断しただけで、信じたのとは少し違う。
 もしこれが手の込んだ芝居だったところで、お前のクズ度合いが一層深くなるだけだ」
「……幻滅したか」
「そもそも、もう期待もしてない。再確認しただけだ」
「悪かったな、遠路はるばるきてもらってこの扱いで」
「いいや。収穫もあった。
 私は軍人だ、駒として扱われるのは慣れている。部下たちをそう扱うことだってある。だが、仕事だと納得している範疇外でそれをやられると、不愉快極まりない。それを実感できたという点ではよい経験になった。そんなことをして平気な顔をしているのは、クズだ。

 お前のやり口、聞いたところのヨルク・メイズのそれとそっくりだ。類は友を呼ぶというやつか」

 痛烈な感想に、さすがに俺も言葉を飲み込んだ。そのとおりだとわかっているが、これは、堪えた。
 
 ハイリーはスカートの裾をさばくと、さっと立ち上がった。そのままドアの方へ向かう。

 やはり、だめだったか。さっきしくじった段階で、ハイリーには協力を望めないと思ったがそのとおりになった。

「ハイリー、頼む。もう少しだけ話を聞いてくれ。せめて」
「断る。そんな情けなく、哀れみを請うのは一番はじめにしておくべきだったな。いいざまだ」

 ぴしゃんと言って、彼女はドアを開けた。
 俺の矜持なんかイヌのクソほどの価値もない。悲鳴をあげる体に鞭打ってベッドから降り、追いすがろうとしたら、ハイリーがこちらを振り返った。鋭い緑の目が俺を射抜く。

「お前はどうしようもない男だが、ヨルク・メイズは救いのない男だ。その男に口添えを願ってのさばらせるに至った私にも、罪過はある。償いはできるかぎりするつもりだ。
 明日、また来る。今日は休め。明日が来る前に死なれたら、誰が後見人の書類にサインするんだ」

 みっともなくベッドからずり落ち床でもがいていた俺に、冷たい一瞥をくれて、ハイリーはドアを閉めた。足音が遠ざかっていく。

 ドアが閉まる直前、斜めからわずかに見えた彼女の白い頬がぎゅっと歪んでいた。
 言葉で、力で責められるより、その方が俺にはよっぽど堪えた。今更ながら、彼女の言葉が胸に刺さる。

 俺は、ヨルク・メイズと同類だ。
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