R18 咎人は死なずの騎士姫に恋をした

薊野ざわり

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#EXTRA 美しいものには毒がある

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虫がでます。コメディです。



 家の掃除をあらかた終えて、私はふう、と息を吐いた。
 細かい作業は苦手だが、このくらいはできる。そう自分で主張してから、掃除は私の仕事である。といっても私のやり方は大雑把なようで、一度遊びにきたウェリーナに、「メイドを一人派遣しようかしら」と言われてしまった。生活してる本人たちが困っていないのだからいいのだと断ったが、いつかそのメイドにでもコツを聞くべきだろうか。

 残るは、アンデルの部屋の床掃除だ。いつも、様子を見てするかしないかを判断している。研究に必要そうなものがどっさり積み上げられているときは、触れないほうがいいのだろう。

 そっとドアを開けてみれば、今日は比較的ましな様子だった。ほうきでざっざっと床を掃いていく。この部屋はいつも薄暗いから、多少ほこりが積もっていても目立たない。楽だ。

 部屋の主は、いつもの崖下に出掛けていて、不在だ。夕方には戻ると言い残し、私が焼いたパンを持っていった。掃除が終わったら、スープの用意だけはしておこう。そうすればあとは夕方までゆっくりできる。

 ふと、棚の上にどっさり積まれた木の枝に気づいた。枝がうっすら赤みを帯びていて、細く、その途中途中に淡い色の珠のようなものがついている。つぼみだろうか。日の当たり具合で、紫色にも淡い黄色にも見えるそれは、宝石のようにきらきらしている。きれいだ。なんの木の枝なんだろう。

 そっと一本掴んで、顔を近づけてみると、香りがした。白檀びゃくだんに似ているがそれより少し甘い。

 もしかして、新しい商材だろうか?
 アンデルは研究と並行して、自分で薬草類を栽培、加工し、街の薬屋に卸している。それらは私の知らないものばかりだ。この枝もそういうものの一つなのだろうか。

 香りもいいし、見た目も美しい。これ、飾っても悪くないのではないか。
 寝室のチェストの上に、家唯一の小さな花瓶を置き、拝借した枝三本を挿してみた。満足して、腰に手を当てる。
 アンデルが帰ってきたら拝借したことを言っておこう。もし高価な薬草とかなら、返せばいいだけだ。

 そう思って私は部屋を出て、掃除をすべて終えた。



 早めの夕食が済んで、アンデルは納戸から荷物を引っ張り出した。包みを解くと、目の細かい網だった。

「これは?」

 好奇心を刺激されて問うと、アンデルは手元で作業をしながら答えてくれた。

「見ての通り、網だよ。虫捕り網。今晩は満月だからウピンデワムバの孵化があるんだ」
「うぴん……?」
「ウピンデワムバ。ルジットの固有種の虫でね、幼虫を煮て潰すと染料になるんだ。美しい紫色に染まるんだよ。そして虫よけにもなる。独特の匂いが他の虫に嫌われるんだ。今後の野外活動のときに役立つだろうから、虫よけを作りたくて、この前、卵を見つけたから集めておいたんだ。
 ハイリーも孵化を見学する?」
「うーん、虫はあまり興味がないなあ」
「とてもきれいな色をしてるんだよ。虹の異名を持つ虫なんだ。孵化したらこの網ごと煮てしまうから、美しいところを見られるのは一瞬しかない。次は一年後」
「……じゃあ、見よう」

 わくわく、網を抱えて歩くアンデルのあとを着いていくと、彼は薄暗くなった自室の明かりをつけて、棚の上に山積みになった枝を掴み上げ、網の中に放り込んだ。そして網の口をしっかりと閉じる。

「これがうぴん、……なんとかの卵なの?」
「そうだよ。不思議な甘い香りがするでしょう。これもこの虫の卵の匂い。枝に着いてる丸いのが卵。卵自体もきれいだよね」
「そうだね」

 なんだ、これは卵だったのか。てっきり枝から生えた蕾なのかと思っていた。
 アンデルは机の上に網を置いた。そして私に椅子をすすめ、自分はその隣に立つ。明かりを消して、孵化の瞬間をよく見ようとしているらしい。

「光ってる」
「そうなんだ。この虫、発光するんだよ。きっともうじき生まれるね」

 声が明るい。本当に生き物が好きなんだなあと、幼い頃の彼を思い出して、微笑ましくなる。机に肘を突き、淡く光っている卵の様子を私は見つめた。

 アンデルの言葉通り、孵化はすぐに始まった。卵がかすかに震えたと思ったら、するりと何かがでてきた。

「あ! 出てきた、可愛いなぁ」

 嬉しそうなアンデルの声。
 私は思わず仰け反る。

「待ってアンデル。これは可愛くない。……可愛くないぞ!」

 虫は好きでもないが嫌悪するほどでもない。が、足がいっぱい生えているやつに限っては、あまり好きじゃない。
 うぴんなんたらは、つるんと芋虫のように卵からでてきたかと思えば、フリンジのような長く平たく生え揃った無数の脚をふわふわさせて、網の中を動き回り始めた。極めて素早く。

 きらきら光りながら動いている様は、遠くから見たら幻想的かもしれないが……近くで見れば詳細がわかって不気味でしかない。幼虫自体も大きいのも、よくない。ぞわぞわ鳥肌が腕と首筋にたってしまって、私は椅子から降りて網から距離を置いた。

「そうかなあ、きれいだと思うけれど。あ、素手で触ってはだめだよ、ハイリー。彼らに触ると肌がひどく荒れてしまうから、こうして孵化の前に網に入れてしまうんだ。
 さ、茹でようか。お湯沸かしてくるよ」
「君、数秒前に可愛いって言ったのに、そんなあっさり」
「捕獲できてない状態のウピンデワムバはヒトにとっては害虫だからね。今年は気温の関係で大量発生の可能性もあるらしいし、見かけたら駆除するようにと役所からお達しも来てるんだよ。
 まあ、これも自然淘汰と諦めてもらうほかないよ」

 ぴかぴかする虫網の口の結び目を掴んでアンデルは部屋をでる。

「あ、ハイリー、よければ蒸すところも見学する?」
「遠慮する。私は寝る用意をしておくよ。君の寝床も整えておく……ああ!」

 思い出して、私は頭を抱えた。
 突然の大声に、アンデルが驚いて足を止めた。

「どうしたの?」
「アンデル、すまない」

 すっかり忘れていたのだ、寝室にあの枝を飾っていたことを。



 それから数日間、私たちは寝室で休むことができなかった。うっかり幼虫に触ってしまったら、痛い思いをするからだ。家具の隙間に潜んでいるかもしれないし、と、アンデルは新月まで居間でふたりで寝ることを提案してくれた。居間の硬い床に毛布を敷いて並んで寝転ぶのは、ちょっと楽しかったが……三日もすると腰の痛みに悩むようになった。

 新月までには、蛹になったなんとかが羽化するのだという。羽化したら彼らは子孫を残すために、国のもっと温かい地域に移動するのだとか。

 新月の夜、寝室の窓を開けて待っていた私たちの前で、虹色の蝶が数頭、ふわふわと夜空に飛んでいった。その瞬間は、アンデルの「きれいだね」という言葉に素直に同意できた。
 だが翌日、抜け殻をあちこちから回収する作業が待っていて、私は遠い目をしながら自分で増やした自分の仕事をこなしたのだ。

 これからは、勝手にアンデルの部屋の物を借りる前にそれがなにか確認しなければ、と当たり前のことを心に誓ったのは、言うまでもない。
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