暗黒騎士と女奴隷 〜最低身分で見つけた幸せ〜

桜庭 依代(さくらば いよ)

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第二十話 ユウレスカ視点

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 パーティの日、私はご令嬢になった。

 鏡台の前でくるりと一回転すると、ドレスの裾がふんわりと広がった。ふんだんに散りばめられたビーズと繊細なレースが絶妙な美しさを作り上げている。資金と職人の技術を贅沢に注いだこの品は、とあるドレスショップの最新作らしい。加えて、耳と首元を彩るジュエリーも並々ならぬ光を放っている。精神衛生上、これらの金額は聞けない。

 ……まあでも、戦場に向かう装備品が立派なのはいいことだ。着付けやメイクをしてくれたお針子やメイドには、黒髪に映えて素晴らしいと大絶賛された。今日だけは羞恥心を捨てて、自分が美少女だと思い込んでいよう。

「ユウレスカ。今夜の君は一段と綺麗だ。さあ、準備はいいかい?」

 だって私は深窓のご令嬢。シヴァン・フォン・リトロールの妹、ユウレスカなのだから。

「お兄様も素敵です。……はい。行きましょう」

 ひと月の生活で、私とシヴァンさんは兄妹としての振る舞いを徹底した。素の自分に戻るタイミングがないくらいずっと。そのせいで、本当の家族になったかのような気さえする。違うのに。だけど、ちょっとやそっとじゃ演技が剥がれないという意味では安心だ。付け焼き刃の作法も、それなりに形になったし、今日はきっと上手くいく。


 馬車に乗って数十分。王宮のパーティー会場に私は来ていた。国王様が主催の時は、広いホールで盛大に行われるのが通例なのだそうだ。

「ユウレスカ、私の手を握るといい」

 エスコートにと差し出されたシヴァンさんの手を遠慮なく握る。貴族令嬢の高いヒールに不慣れな私は、支えてもらわねばまともに歩けやしないのだ。

 ホールに足を踏み入れると、途端に多数の視線が私たちに向けられた。

「……お兄様」

「大丈夫だから、堂々としているんだ」

 計画通りと言いたげな表情。シヴァンさんの目的は、妹さんを貴族社会に記憶させること。病弱で今は人前に姿を現せない彼女の居場所を作りたいのだと聞いている。

「頑張ります」

 赤の他人が成りすますのは無理があると思うし、そもそも私は妹さんと面識がない。でも、そんなのは今更だ。やるしかない。

 シヴァンさんはゆったりと歩みを進め、誰かに声をかけられる度に足を止める。二言三言会話する間は静かに控えていて、私に話が振られれば会釈し当たり障りのない言葉を返す。それが私の役割だ。

 そんなやり取りを続けていると、ふと見覚えのある姿が目に入った。輝く金の髪に特徴的な仮面。見間違えるはずもない、あれはクラウス様だ。

 驚いている私に構わずに、シヴァンさんはそちらへ近づいていく。

「あ、あのお兄様……」

「分かっている。二人で話せる時間を作ってやるから、任せておけ」

 え、ちょっと。待ってください。心の準備が必要です。

「クラウス。お前はいつも端の方にいるな。探す手間が省けるけれど」

「……お前、どういうつもりだ」

 爽やかな笑顔のシヴァンさんに対して、クラウスの声色は苦苦しげだ。

「私は今から国王様に挨拶をしてくる。その間、妹をお前に任せたいんだ」

 そう言って、シヴァンさんは急に私を手放した。当然、私はバランスを崩した。倒れるまいと必死でしがみついたのは、クラウス様の上衣。

「それじゃあ頼んだ」

「ま、待て!」

 クラウス様は呼び止めようとするが、シヴァンさんは振り返ることもなく行ってしまった。残された私たちはどうすれば……。

「……すみません。慣れない靴で、立っているのもやっとなんです」

 申し訳ないと口にしながらも、久しぶりのクラウス様に若干テンションが上がっている。最後に別れた時のことが脳を掠めるが、今は再会を喜ぼう。

「その、お元気でしたか?」

 身体の傷はもういいのだろうか。酷い傷跡だったから、まだ痛むかもしれない。心配だ。

「……とりあえず、休めるところに行こう」

 クラウス様はそう言って、私の手をとり歩き始めた。私の足を気遣ってゆっくりと。なるほど、これが怪我の功名か。

 ──感謝します、お兄様。



お待たせいたしました。
シヴァンは始めは脇役のつもりでしたが、連載してみると予想外に活躍しています。びっくりです。
今後はクラウスのカッコイイ所も書いていけたらいいなと思います。
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