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第二十一話 クラウス視点
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その日は朝から憂鬱だった。
──貴族家当主は、国王主催のパーティーに必ず出席しなければならない。
これは建国当初からの法律の一文だ。一堂に会する当主たちの姿は、国王の持つ最高権力を国民に知らしめる。さらに、煌びやかに着飾らせ金を使わせることで、貴族家の資金力を削ぐことも目的としている。そのため、特別な事情もなく欠席すれば、即座に国家反逆を企てたとして地下牢行きとなる。
気は進まないものの、パーティー衣装を身に纏い準備を進めていく。ボタンやブローチには金や宝石が用いられており、重量感がある。このような実用的でないものは好まないが、今日ばかりは我慢するしかない。
早めに会場入りをして、端の方を陣取る。手持ち無沙汰で無駄な時間ではある。しかし、後で来て好奇の視線を向けられ続けるより、壁際で気配を殺していた方がマシだ。
パーティーが始まり、しばらくして。ざわざわとした周囲の声に気を引かれ、顔を上げた。どうやら一組の男女が注目を浴びているようだ。
あれはシヴァンじゃないか。隣に居るのは……。
……何故、彼女がここに?
美しく着飾ってはいるが、間違いない。あのような癖のない黒髪と深く澄んだ瞳を持つものは、彼女の他にいないのだから。
彼女はシヴァンに身を寄せて、何かを囁き合っており、遠目からでも親しげであることが分かる。それを見ているのがつらくて、俺は目を逸らした。
それなのに、彼女たちは俺の方へずんずんと近づいてきた。
「……お前、どういうつもりだ」
シヴァンとは訓練で毎日のように顔を合わせているというのに、俺は何も聞いていない。彼女を諦めた俺を非難するために、二人の仲を見せつけにきたのだろうか。
「私は今から国王様に挨拶をしてくる。その間、妹をお前に任せたいんだ」
シヴァンは突然に、ユウレスカを手放した。彼女はバランスを崩し倒れ込み、俺は彼女を抱き止めていいものか躊躇って……ユウレスカが俺にしがみつくような格好になった。
「それじゃあ頼んだ」
静止の言葉に振り返りもせず、シヴァンは行ってしまった。
「……すみません。慣れない靴で、立っているのもやっとなんです。……その、お元気でしたか?」
パーティードレスという物は、露出が多くて目のやり場に困る。ただでさえ可愛いのに、こんな格好をしていては……。
「……とりあえず、休めるところに行こう」
先程シヴァンがしていたように、ユウレスカの手をとる。彼女が足を痛めてしまわないようにゆっくりとした速度で歩き始めた。
「止まってください!その方をどこへ連れていく気ですか!」
声を掛けてきたのは近衛騎士だ。国に仕える俺たち騎士団と異なり、こいつらは王家に忠誠を誓っている。俺の素性は知っているはずだが、王家が後ろについているから強気なんだろう。
「……人に酔ってしまったようなので、静かな場所へ」
醜い俺と、そんな男に身を預ける美少女。……怪しまれるのも当然か。
「それならば、私が彼女をエスコートしましょう。美しい方、私の手をとってくださいませんか」
そう言って、男はユウレスカの前にサッと手を差し出した。知らないやつに任せたくはない。……しかし、彼女が望むなら俺はこの手を離さねばならないだろう。だって俺は、彼女にとって何者でもないのだから。
「ご心配してくださってありがとうございます。それでは──」
ユウレスカの笑顔が向けられて、その美貌に相手の男が見惚れている。……やめてくれ。そんな顔を見せないでくれ。胸がズキズキと痛み、歯を食いしばってそれを耐える。
「お気持ちだけ受け取っておきます。……クラウス様、行きましょう」
そうして、重ねられた俺の手をぎゅっと握った。
休憩室を借りて、彼女をソファに座らせる。握られていた手が離れていって、少し寂しいと思ってしまう。
「クラウス様、先日は申し訳ありませんでした」
真剣な瞳でこちらを見上げるものだから、なんだか落ち着かない。
「……君が謝ることなどない。こちらは命を救われたんだ。心から感謝している」
むしろこちらが謝罪したいくらいだ。彼女と過ごした日々は夢のように幸せで、そのせいで彼女を解放するのが遅くなってしまった。
「いいえ。不快な思いをさせてしまったのですから、謝らせてください。意識のない方に口付けるなんて……私が非常識でした」
──なんだって?
「奴隷の身でありながら許可なく主人に触れるなど、そもそも許されることではありません。クラウス様が優しくしてくださったから、私は勘違いして……いえ、甘えていたんです」
ユウレスカは立ち上がって、「本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げる。俺は驚きに声も出せず、立ち尽くした。
──貴族家当主は、国王主催のパーティーに必ず出席しなければならない。
これは建国当初からの法律の一文だ。一堂に会する当主たちの姿は、国王の持つ最高権力を国民に知らしめる。さらに、煌びやかに着飾らせ金を使わせることで、貴族家の資金力を削ぐことも目的としている。そのため、特別な事情もなく欠席すれば、即座に国家反逆を企てたとして地下牢行きとなる。
気は進まないものの、パーティー衣装を身に纏い準備を進めていく。ボタンやブローチには金や宝石が用いられており、重量感がある。このような実用的でないものは好まないが、今日ばかりは我慢するしかない。
早めに会場入りをして、端の方を陣取る。手持ち無沙汰で無駄な時間ではある。しかし、後で来て好奇の視線を向けられ続けるより、壁際で気配を殺していた方がマシだ。
パーティーが始まり、しばらくして。ざわざわとした周囲の声に気を引かれ、顔を上げた。どうやら一組の男女が注目を浴びているようだ。
あれはシヴァンじゃないか。隣に居るのは……。
……何故、彼女がここに?
美しく着飾ってはいるが、間違いない。あのような癖のない黒髪と深く澄んだ瞳を持つものは、彼女の他にいないのだから。
彼女はシヴァンに身を寄せて、何かを囁き合っており、遠目からでも親しげであることが分かる。それを見ているのがつらくて、俺は目を逸らした。
それなのに、彼女たちは俺の方へずんずんと近づいてきた。
「……お前、どういうつもりだ」
シヴァンとは訓練で毎日のように顔を合わせているというのに、俺は何も聞いていない。彼女を諦めた俺を非難するために、二人の仲を見せつけにきたのだろうか。
「私は今から国王様に挨拶をしてくる。その間、妹をお前に任せたいんだ」
シヴァンは突然に、ユウレスカを手放した。彼女はバランスを崩し倒れ込み、俺は彼女を抱き止めていいものか躊躇って……ユウレスカが俺にしがみつくような格好になった。
「それじゃあ頼んだ」
静止の言葉に振り返りもせず、シヴァンは行ってしまった。
「……すみません。慣れない靴で、立っているのもやっとなんです。……その、お元気でしたか?」
パーティードレスという物は、露出が多くて目のやり場に困る。ただでさえ可愛いのに、こんな格好をしていては……。
「……とりあえず、休めるところに行こう」
先程シヴァンがしていたように、ユウレスカの手をとる。彼女が足を痛めてしまわないようにゆっくりとした速度で歩き始めた。
「止まってください!その方をどこへ連れていく気ですか!」
声を掛けてきたのは近衛騎士だ。国に仕える俺たち騎士団と異なり、こいつらは王家に忠誠を誓っている。俺の素性は知っているはずだが、王家が後ろについているから強気なんだろう。
「……人に酔ってしまったようなので、静かな場所へ」
醜い俺と、そんな男に身を預ける美少女。……怪しまれるのも当然か。
「それならば、私が彼女をエスコートしましょう。美しい方、私の手をとってくださいませんか」
そう言って、男はユウレスカの前にサッと手を差し出した。知らないやつに任せたくはない。……しかし、彼女が望むなら俺はこの手を離さねばならないだろう。だって俺は、彼女にとって何者でもないのだから。
「ご心配してくださってありがとうございます。それでは──」
ユウレスカの笑顔が向けられて、その美貌に相手の男が見惚れている。……やめてくれ。そんな顔を見せないでくれ。胸がズキズキと痛み、歯を食いしばってそれを耐える。
「お気持ちだけ受け取っておきます。……クラウス様、行きましょう」
そうして、重ねられた俺の手をぎゅっと握った。
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「クラウス様、先日は申し訳ありませんでした」
真剣な瞳でこちらを見上げるものだから、なんだか落ち着かない。
「……君が謝ることなどない。こちらは命を救われたんだ。心から感謝している」
むしろこちらが謝罪したいくらいだ。彼女と過ごした日々は夢のように幸せで、そのせいで彼女を解放するのが遅くなってしまった。
「いいえ。不快な思いをさせてしまったのですから、謝らせてください。意識のない方に口付けるなんて……私が非常識でした」
──なんだって?
「奴隷の身でありながら許可なく主人に触れるなど、そもそも許されることではありません。クラウス様が優しくしてくださったから、私は勘違いして……いえ、甘えていたんです」
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