幻想疾患

清懺歌

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 朝早くから黒い服に着替えさせられ、私はお父さんが運転する車に揺られる。
 「長福家」と書かれた看板の先にある葬式場に辿り着くと、似たような服装をした人たちがたくさんいた。その光景が私には少し怖くて、ずっとお母さんの腕にしがみついていた。
 受付の人にお父さんがお辞儀をしていたから私もつられてお辞儀をする。お父さんとお母さんが受付の人とやり取りしている間、近所にいるお爺さんお婆さんたちが何やらお話をしていた。
「可哀想に……まだ小学校に上がったばっかりだったのに」
「あの日は雨が降っていたから車のブレーキが効かなかったようじゃ。毎朝挨拶をしてくれるいい子だったのに……」
 ふとお母さんに名前を呼ばれて、お爺さんたちの会話は途中までしか聞くことが出来なかった。
 やがて広い場所へ足を踏み入れる。そこはお寺のような匂いがした。光君の写真に沿って、人の列が出来ている。私たち家族もその列に並んだ。
 列の先頭の隣にはおじさん、おばさん、そしてれい君。
 れい君は並んでいた私を見つけると、珍しくじーっと視線を向けていた。
 私たちの番が来て、焼香を摘み、丸い香炉の中にぱらぱらと落とす。あの白い箱の中に光君が入っているのよとお母さんが教えてくれた。
 実は死んだというのは嘘で、光君があの中から飛び出してくるんじゃないか。
 私を驚かせようとしているんじゃないか。
 そんな願いも、すぐに砕け散る。
 次はれい君たちにお辞儀をした。
 おじさんもおばさんも目が真っ赤に腫れていて、ずっと泣いていたんだとすぐに分かった。
 ただ、れい君だけが睨むように私の顔を見ている。
「お前のせいだ」
 お辞儀をして顔を上げた瞬間、れい君の震えた声。そしてその指は私を差していた。
「お前のせいだ!お前が光を殺したんだ!」
「止めなさいれい!」
「お前がっ!お前が風邪なんて引かなきゃ光は死んでいなかった!」
「れい!」
 静かだった葬式場にれい君とおじさんの声が響き、 葬式に来ていた人たちの視線が一気に集まる。
「ごめんなさい。あまりにも突然だったから、れいも受け止めきれていなくて……」
 おばさんは泣きながら私たちに謝っていた。
「お前のせいだ!お前のせいで光は……!」
 れい君はずっと私を指差して叫び続けている。






 私は耳を塞ぐ。その声が聞こえないように。
 私は目を閉じる。私を差す指が見えないように。
 私は口を閉じる。私のせいだと口にしてしまわないように。

 家に帰って、自分の部屋にこもって、私は全て夢だと錯覚するようにした。
 そしていつしか、長福光という存在自体を私の記憶から消した。
 そうだよ。そんな人物は最初からいなかった。
 鬼ごっこをした記憶、一緒に遊園地や水族館に行った記憶、一緒に登校した記憶……。
 全てを夢で塗り潰して、現実から逃げて、時には我慢出来なくて自殺未遂までしたけれど、今まで生きてきた。そして中学生になった時に隣町へ転校して、新しい友達もできて、新しい自分に慣れた気がして、完全に光君のことを忘れようとしていた。
 でも、高校に合格した時に塗りつぶした記憶が全て蘇ってきた。偶然にもれい君と同じ学校。しかも同じクラス。
 これはれい君の私に対する復讐?
 夢や転校で光君の存在を消した私を、追い詰めようとしているんだ。
 いつの間にか白い空間の中で眠っていた私の足元に、黒い人影が立つ。
 光君?れい君?
 判別できない。でも私は咄嗟に逃げた。
 もっと遠くへ逃げなきゃと心が叫んでいる。
 体を繋いでいた管のような茨を引きちぎってひたすら走った。
 多分、『お屋敷』には光君が待っている。
 そして現実にはれい君が待っている。
 どこへ逃げよう?どこへ向かおう?
 私が居てもいい場所はどこにあるの?


 カンカンカンカンッ

 赤い二つの目が交互に光る。
 黄色い板が、走っていた私の行く手を阻んだ。
「お願い通してっ!」
 黄色い板も赤い二つ目も答えてはくれない。
 黄色い板の下をくぐる。
 逃げなきゃ逃げなきゃ。
 その時、足をくじいて私はその場に倒れた。痛い。とても痛い。それでも逃げるために向かい側の黄色い板まで体を這わせる。
 夢の中なのにどうしてこんなに痛いんだろう?
 左手の親指を見る。
 くっきりと赤いまじないの痕が付いていた。
 おかしいな。これは現実でしか見ることが出来ないはずなのに。
 目の前には眩しい光。

 あぁ、電車だ。

 私が乗っていた電車とはだいぶ違うけれど、これで切符を買い直して一番最初のホームに戻れるかな。
 また楽しい夢を見たい。
 また私が主役になれるような


 楽しい、楽しい、夢の続きを。
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