幻想疾患

清懺歌

文字の大きさ
7 / 14

しおりを挟む
 今から約十年前。
「ここに引っ越してきました。長福と申します。ほら二人とも、覚崎さんにご挨拶して」
 新しく隣に引っ越してきたおばさんの手を握る男の子と、その後ろに隠れる男の子。私は二人を交互に見ながら彼らの自己紹介を待った。
「な、長福てるです。よろしくお願いします」
 逆だった髪の男の子はカチコチになりながらお辞儀をする。光君の後ろにいたストレート髪の男の子は、私と目が合うとぷいっと目を逸らして光君の影に隠れていた。
「こっちは弟のれい。俺たち双子なんです」
「まあ、そうなの。道理でよく似ているのね」
 そしてお母さんは、私の背中をぽんっと叩き、挨拶をするよう合図する。
「覚崎夢唯です。もうすぐ一年生になります」
 昨日同じくらいの子が来るって聞いていたから、お母さんと秘密の特訓をしていた。
 だいいちいんしょう・・・・・・・・・が大切なんだって。
「おっ、俺とれいも一年生になるんだ!一緒だな!」
「じゃあ同じ学校?」
「多分な」
 近所に同級生がほとんどいなかった私にとって、光君とれい君は初めての友達。隣だったこともあってか、挨拶以来よく互いの家に遊びに行くようになった。
 時には遊園地、時には水族館を家族ぐるみで出掛けるほどの仲良し。
 特に兄の光君とは仲が良かった。
 光君は明るくて面白くて、私が転んだ時は「痛いの痛いの飛んでいけ」って泣き止むまで言い続けたり、とてもお兄さんらしくて頼りになった。
 反対に弟のれい君とはあまり話したことがない。一緒に遊んだりはするけど、生まれつき肌が弱いらしく大体は家の中で本を読んでいた。
 似ているのに、性格は全く違う二人。小学校に入学したときには、双子だということを面白がってわざと二人の名前を反対に呼ぶ子なんかもいた。でも、流石にそれはどうかと思うんだよね。
 だって光君は光君だし、れい君はれい君だもん。





「じゃじゃーん!」
 待ちに待った夏休み。
 家から少し離れたところにある公園で鉄棒して遊んだあと、汗をかいたから涼しい木陰で休んでいると、光君がポケットから和紙の折り紙に『おやしきいき』と書いた紙を渡してきた。
「これなぁに?」
「この公園の先に大きなお屋敷があるだろ?あそこ、誰もいないらしいぜ。だから、そこへ行くための招待券ってやつ!」
 光君は腰を手に当てて自慢げに話していた。
 私たちがいる公園の近くには山があり、そこの麓にボロボロのお屋敷があった。昔お金持ちの人がそこに住んでいたらしいけど、もう使わなくなってお屋敷だけが残ってるってお父さんが言っていたような気がする。
「でも、危ないんじゃ……」
「大丈夫だって。それに室内だったられいも一緒に遊べるし、あいつ実は探検とか結構好きなんだよな」
 探検、という言葉に私の好奇心をそそられた。
「おじさんとおばさんには内緒だからな。俺と夢唯とれいだけの秘密!」
「うん!」
 指切りをして、明日もこの公園に集合ということで解散した。でも家に帰るとお父さんが見ていたテレビで明日から明後日にかけて曇り時々雨という予報が出ていた。
 どうにか探検をしたい私は、自分の部屋でてるてる坊主を三つ作った。
 光君と、れい君、それに私。明日晴れることを願いながら、私は眠りについた。





 翌日。
 てるてる坊主の効果があったのか、天気は少し曇っているだけで雨は降っていない。しかし天気が大丈夫でも、私の体が大丈夫じゃなかった。
「……熱があるわね。今日はゆっくり休んでいなさい」
「やだ!光君と遊ぶ!」
「我儘言わないの。もし光君に熱が移ったら大変でしょ。今日はダメ」
「やだやだやだー!」
 駄々をこねる私の頭を片手で上げて、お母さんはいつも使っている枕と氷枕を取り変えた。
「じゃ、光君には連絡しておいてあげるから大人しくしているのよ」
 私はお母さんが部屋を出て行ったあともぶすっと頬を膨らませて拗ねていた。今なら忍者のように抜け出して公園に行けるかもしれないと思ったけど、体が思うように動かない。
「……探検、したかったなぁ」
 冷たくて気持ちいい氷枕を人差し指でつんつんと触りながら、私は光君たちと水族館へ行った時に買ってもらったピンクのイルカのぬいぐるみを抱えて、夢の中に落ちていく。外は、遊べなかった悲しみがそのまま具現化されたように雨が降り注いでいた。

 熱が下がったのは夜遅く。部屋を出て私がトイレに向かおうとしていると、お父さんとお母さんの声が聞こえてきた。
「……もっと私が早く電話していればっ」
「今更そんなことを言っても仕方が無いだろう。夢唯が起きたら事情を話して、明日すぐに向かわないと……」
 私の足は、トイレではなくリビングへ向かっていた。お母さんはソファーに座って泣いていて、お父さんもその隣に座って悲しげな顔をしている。
「お父さん、お母さんはどうして泣いているの?」
「夢唯……」
 私に気がついたお父さんは、私の目の前に屈んで大きな手で私の肩を掴んだ。
「夢唯、落ち着いて聞いてくれ。さっき長福さんのところから連絡があってな。






……光君、車にはねられて亡くなったんだ」
「え?」
 小学校初めての夏休み。
 お父さんの言葉を聞いた瞬間、光君たちと学校で計画していた遊びが、音を立てて全部崩れていくような気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし

響ぴあの
ホラー
【1分読書】 意味が分かるとこわいおとぎ話。 意外な事実や知らなかった裏話。 浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。 どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...