幻想疾患

清懺歌

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「覚崎。覚崎夢唯!」
 とある四時間目の古典の時間。教科書とノートも開かず机に突っ伏していた夢唯が顔を上げると、顔を真っ赤にした古典の先生が目の前に立っていた。
「また授業中に居眠りとは……何度注意すれば気が済むんだ!それだから最近テストの点数も下がる一方なんだぞ!」
 古典の堅物そうなお爺さん先生は、盛大に唾を飛ばしながら夢唯に説教をする。大半のクラスメイトは知らん顔。
 この状況では流石に夢唯も反省しているかと思いきや、彼女の瞳はずっと何も無い方を向いている。寝惚けていることに気がついた先生は体を震わせながら「顔を洗ってこい!」と再び怒鳴った。

 夢唯はゆっくりと立ち上がり、学校を彷徨う亡霊のように教室を出ていく。
 去り際、教室の中から「公開処刑じゃん」と誰かが笑った声で、夢唯はようやく目を覚ました。






 やがて昼休み。
 保健室で頭が痛いと嘘をつき、奇跡的に熱があったことからベッドの使用を許可された夢唯は、焦りを覚えていた。
 夜は十分な睡眠を取っているはずなのに、朝や昼間も徹夜明けのように瞼が重くなってしまう。夢を見たいとは言え、流石にこれでは色々とまずいのではないか。
 あの電車も、『イデオモ駅』を通過してまた一週間経った。そろそろ次の駅についてもいいはずなんだけど……。

 早く次の駅に辿り着くことを願って瞼を閉じようとしたその時、保健室のドアがガラガラと開く。多分、男子生徒の集団か女子生徒の集団……もしくはその両方かなと夢唯は思っていた。
「失礼します」
「あら、どうしたの?」
「さっきここに覚崎さんが入っていくのが見えたので、これを渡そうかと。体調が悪かったのならまともに授業を聞けていないだろうと思いまして」
 落ち着いた声の男子生徒。しかし何かを渡されるような相手など夢唯には全く心当たりがなかった。
「まあ、ノートね。覚崎さんが起きたら渡しておくわ。えっと……ちょうふく君?ながふく君?なんだか縁起のいい苗字ね」
「ながふく、です。長福れいといいます」
「覚崎さんとは中学校が同じだったとか?それとも彼女?」
「ただの腐れ縁です。それじゃ」
 長福れいと名乗った男子生徒は、用事を済ませるとすぐに保健室を出ていった。
「覚崎さん、さっき長福君っていう眼鏡をかけた男の子がノートを持ってきてくれたけど……覚崎さん?」
 夢唯が寝ているか確認するため、先生がカーテンを少し開くと、夢唯は喉元を抑えてひゅうひゅうと浅い呼吸を繰り返していた。
「覚崎さん!大丈夫覚崎さん!」






 誰が保健室にやってきた?
「まあ、ノートね。覚崎さんが起きたら渡しておくわ。えっと……ちょうふく君?ながふく君?なんだか縁起のいい苗字ね」
「ながふく、です。長福れいといいます」
 その名を聞いた瞬間、私は全身に悪寒を覚える。
 長福れい。クラスで常に成績は上位のエリート君。そして全てが嫌いになったのも、私が他人に対して完全に心を閉ざしているのも……全部、この男が元凶。


「お前のせいだ!お前のせいで××は……!」


 耳を塞ぐ。その声が聞こえないように。
 目を閉じる。私を差す指が見えないように。
 口を閉じる。私のせいだと口にしてしまわないように。

「お客様、どこか体調が悪いですか?」
 ベッドの上でうずくまっていた私に、てるてる車掌が優しく声をかける。
「……大丈夫、です」
「そうですか。まもなく『ウマトラ駅』で時間調整のためしばらく停車致します。申し訳ございませんがその際に車内点検も致しますので、一度下車してもらうことになりますがご協力よろしくお願いします」
 息が苦しい。動悸が治まらない。
 そんな中でも、私の口は勝手に「はい」と言っていた。
 嫌だ。行きたくない。『ウマトラ駅』に……

 『トラウマ・・・・駅』になんて、行きたくないっ!


 ガタゴトガタゴト。ガタゴトガタゴト。
「まもなく、『ウマトラ駅』に到着致します。この駅で時間調整、車内点検のため、お客様には一度下車して頂きます。何卒ご理解の方をよろしくお願いします」
 ガタゴトガタゴト。ガタゴトガタゴト。
 窓の景色から見えたのは、大雨の天気。
 私がいくら嫌だ嫌だと叫んでいても、『ウマトラ駅』と書かれた看板が段々近づいてくる。

 やがて、電車は動きを止めた。

「ウマトラ駅、ウマトラ駅。降り口は左側です」
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