幻想疾患

清懺歌

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 場所は再び車内。
 自分のベッドで『ウマトラ駅』の看板が通り過ぎていくのをじっと見る。
 体に力が入らない。まるで、魂だけがどこかへ行ってしまったような感覚だった。
 すると、ぐうっと奇妙な音がその場に響く。それが私のお腹の音だと気がつくのには少し時間がかかった。
 そういえば家に帰ってから何も食べていない。
 夢でもそれが反映されているらしい。
「確か……食堂があったはず」
 今なら大盛りのご飯でもぺろりと平らげることが出来る気がする。現実で体感した憤りを、食べ物で紛らわしてしまおうと私は部屋を出て食堂へ向かった。





 高級レストランのような机の配置、そして清潔感のある白いテーブルクロスが敷かれた食堂で、私は空いている席に腰を下ろした。
 私の他にも何人か人らしきものがいるが、それぞれ食している食べ物が違った。
 ある者は牧草を。
 ある者は生肉を。
 ある者は空の皿をじっと見つめながらそれに齧り付いていた。

 私は彼らを尻目に、机にあるはずのメニューを探すが、それらしきものは一切見当たらない。
 ウェイターさんが持ってきてくれるのかと待っていてもその気配すらなかった。
 オマケにベルもない。こんな所で声を出すのも恥ずかしいが、厨房であろう場所に大声で「すみません」と声をかける。
 しかし誰も来ない。
 何がシェフが料理を振舞ってくれるだ、馬鹿馬鹿しい。
 現実で長福れいに叱責されたことで怒っていたのに、更にこんな食堂で注文の仕方もろくに分からずムシャクシャしていたその時。
「お待たせ致しました。デミグラスハンバーグでございます」
 顔がフライ返しのコック帽を被ったシェフが私の前に料理を出す。
「いやあの、私まだ頼んでいないんですけど」
「ここではお客様の心の状態に合わせて料理を提供しております」
 フライ返しのシェフは、ズレ落ちるコック帽を片手で抑えながら軽く会釈をして厨房へ戻って行った。
 本当にわけが分からないと溜息を吐いて、出されたハンバーグを睨んでいると、デミグラスソースの香りが私の鼻を刺激する。
 元々ハンバーグは幼い頃から大好きだ。
 食欲に負け、おしぼりで手を拭いてから私はナイフとフォークを持ち、ふっくらと膨張したハンバーグに切れ目を入れる。中から溢れ出した肉汁と湯気がさらに食欲を誘った。一口ぱくり。もう一口ぱくり。お腹も空いていたので、ハンバーグを食べる手は止まりそうになかった。

 夢中で食事をしていると、誰かに弱々しい力で服の裾を引っ張られる。
 振り向けばそこには首から上が、開いた絵本の子どもが立っていた。
「ねぇ」
 絵本の子どもは私に話しかける。
 ハンバーグを食べる手を止めて、私はその子をじっと見つめていた。
「ねぇ」
 これは……返事をしないと進まないパターンかな。
 はぁ、面倒くさい。嫌なこと忘れさせてよ。
「どうしたの?」
 精一杯の愛想笑いで子どもに問いかける。
 すると子どもは小首を傾げた。そのせいでぺらっと本のページが一枚めくれる。
「どうして、僕とお話してくれないの?」
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