幻想疾患

清懺歌

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 夢唯が案内された場所はリビング。ドアを開けて部屋の全体から一番見える場所に、小学一年生で時が止まった光がいた。無邪気にピースサインをしている彼の前に座り、夢唯は線香を上げる。
 私は、光君の記憶を消しさろうとした。向こうは怒っているかもしれない。もしくは私の顔なんか忘れているかもしれない。
「……あの日、風邪を引いてごめんね。今まで避けていて、ごめんね」
 あの日と約十年間分の謝罪を言葉に手を合わせながら、夢唯は瞼を閉じて深く頭を下げた。
「覚崎」
 そう呼ばれたのは仏壇からではなく、リビングのドアの方。
 そして立っていたのは光ではなく、新しい眼鏡をかけたれいだった。
「……久しぶり、って言うほどでもないよね。学校では毎日会っていたし」
 未だれいの顔はきちんと見ることが出来ない。リビングにある机に視線を向けたまま、夢唯は話を続けた。
「今日はあの時のお礼を言おうと思って。長福君でしょ?私を線路から助けてくれたのは」
「……そうだけど」
「ありがとう。でもね、私自殺するつもりは無かった。偶然そういう風になってしまっただけだから」
 夢唯の中では、これでも精一杯心を込めてお礼を言ったつもりだった。顔が見れないのは仕方がない。だってまだ、心の中では見たくないと叫んでいる。

 あぁ、でもこのままじゃ以前と変わらないままだ。

 ゆっくりと瞼を閉じて、夢唯はその瞳をドアの方に向けた。
「……頬を叩いたこと根に持ってるのか?」
「それだけじゃない。十年前の光君の葬式で放った言葉も謝ってほしいの。私、ずっと苦しかった。ずっと魘されてた。私が光君を殺したって本気で思ったこともあった」
 膝の上に乗せた拳を握りしめ、夢唯は勢いよく立ち上がる。
「現実を見るのが嫌になって、夢の中に逃げた。でもそれじゃ本当に満足出来なかった。私、本当はれい・・君と仲直りがしたかった。また昔のように、話したかっただけだったの」
 れいを恨んで憎んで、その感情たちに隠されていた夢唯の本音。彼女はようやくそれを口にすることが出来た。
 例え、れいが仲直りをしたいと思っていなくても、今はこの本音をぶつけて、この十年間のわだかまりに終止符を打つ。

 一方れいは黙ったまま、ズレた眼鏡をくいっとかけ直した。
 長らく沈黙が続いて、それに耐えきれず絞り出すように彼は話し出す。
「……光が公園に向かったあとに覚崎が風邪を引いたって電話がかかって来たんだ。母さんは俺に光を呼び戻すよう頼んだけど、俺はすぐに帰ってくるだろうと思って行かなかった」
 リビングのドアから少し離れ、れいは机を囲うように並べられた四脚の椅子の一脚を引いてそこに腰を下ろした。
「事故が起きたあと、俺は悪夢を見た。俺のせいで光が死んだんだと全員で責められる夢。だから俺はそれを否定したいがためにお前に罪を擦り付けてしまったんだ」 
 長いまつ毛に影を落とす。
 れいの幼いプライドが、夢唯の全てを狂わせてしまった。
 小さな体で小さな自分と葛藤して、いつ謝ろうか迷って……気がつけば、夢唯は遠くへ行ってしまった。
「俺もずっと謝りたかった。でも、素直にそう言えなかったんだ。そりゃそうだ、だって覚崎は俺のこと避けていたんだから。いつしかそんな態度を取られるのは仕方ないと自分の中で勝手に区切って、完全に謝罪する機会を逃した。本当に今更になってしまったけど、ごめん、夢唯・・。俺の些細な言葉のせいでお前は自分自身を追い詰めてしまったんだな……」
 膝を揃え、れいは深々と夢唯に頭を下げる。 その光景を見て、夢唯は長年自分を覆っていた不安の全てが一気に吹き飛んだような気がした。
 よかった。これで仲直り出来たよね。
 夢の中で見た電車の食堂を思い出しながら、そこで出会った幼い自分に語りかける。彼女は何も答えてはくれなかったけれど、不意に光の遺影を見るとにこりと微笑まれた気がした。

 嬉しくなった夢唯はれいの腕を取って、『お屋敷』を探検しようと誘った。高校生にもなって探検ごっこかと最初は戸惑っていたれいだったが、すぐに倉庫から自転車を取り出し、二人は昔遊んでいた公園へと向かう。
 真夏の蝉の合唱と、もわもわと立ち込める入道雲に向かってペダルを漕ぎながら、他愛もない話をして二人はたくさん笑いあった。

 あぁ、今はなんだか、とても気持ちがいい。
 
 今夜はいい夢を見ることが出来そうだ。


                                                                 【完】
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