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3話 『呪い』なんて、あるわけがないでしょう?
しおりを挟むぱちっと目が覚めた私。まだ意識は朦朧としていたが、どうやら私は何処かの檻の中に囚われているようだった。幸か不幸は命は助かったらしい。まあ、これが助かったと言えるのかはわからないけど……
後頭部を打った衝撃からか、未だ頭はずきずきと痛む。それでも私は確かに思い出した。アレはおそらく前世の記憶だろう。そう、私は確かにかつて動物のお医者さんとして働いていた。
「目が覚めたようだな、人間」
ふと誰かの声がする。声のした方を見ると、そこにたっていたのは若い男。豪華な装飾に身を包んだ、騎士のような男だった。
「あなたは……?」
私を助けに来てくれた王子様…… なんてそんなわけはないだろう。なにせ、私は完全に檻の中に囚われている。あれだけ不幸な目に合ったんだ。もはや何も信じることが出来ない。
男は私に向かって自らの名を口にした。
「……私は、ドラゴンの王子、リンドヴルムと申す」
王子様という点では間違っては居なかったようだ。だが、助けに来たという割には、扱いが雑すぎる。助けた姫を檻の中に入れておく王子なんてどこにも居ないだろう。
「ドラゴンの王子……? でも人のようだけど?」
「これは人の姿に変化しているだけに過ぎない。そなたも先日見ただろう? あれか我々の真の姿だ」
「まあいいわ、それで、私をどうするつもり?」
「……そなたには気の毒だが、ドラゴンの一族のため、そなたには犠牲になってもらう」
ほら、来た。どうせ、そんな事だろうと思った。この世の中に救いなんてない。もし、そんなモノがあったなら、私はこんな悲惨な目になんてあっていない。
「もう、どうでもいいわよ。煮るなり焼くなり好きにすれば?」
もはや自暴自棄にもなる。だって、こんな悲惨な運命。誰を恨んで良いのかもわからない。
「……そなた、怖くはないのか?」
「怖い? もう、散々怖い目にはあったから死んだところで、怖くなんかないわ」
さっきの記憶が本当に前世のものなら、死ねば生まれ変われると言う事に他ならない。もう、こんな貴族なんてごめんなの。次は、猫にでも生まれ変わって…… のんびりと暮らしたい。
もはやこの世に未練なんて無い。そう思っていた私に向かって、リンドヴルムは小さく言葉を漏らす。
「……そうか」
「なによ、私を殺そうとしているくせに、ずいぶんと気弱なのね?」
「そなたのそばに落ちていた紙を見たんだ」
そう言葉にしながら、リンドヴルムは私の前に一枚の紙を差しだしてきた。それはまさしく、私を始末しろというアレンからの命令が書かれた契約書。
リンドヴルムは複雑な表情を浮かべながら、ただ私の方を見ていた。まるで哀れな捨て猫でも見るかのような、そんな表情で。
「そう、見たのね? それで同情でもしてくれるつもりなの?」
「いや……」
「まあ生け贄にするには、ちょうど良いわよね。なにせ、私は本当ならそのまま殺されていたはずの人間なのだから」
私の勢いについリンドヴルムも気圧されてしまったのか、それ以上何も言葉を発しなかった。沈黙が続き、気まずい時間が流れる。まあ、ようやく手に入れたつかの間の平穏だ。どうせ死ぬなら、ドラゴンと雑談位しても許されるだろう。幸いにも、さっきの夜盗達に比べれば、言葉が通じない相手ではなさそうだし……
そんな気まぐれで、私はリンドヴルムへと問いかけた。
「あなた、ドラゴンの一族のために私が犠牲になると言ったわよね?」
「ああ」
「それなら、私もその訳を聞く権利くらいはあるんじゃない?」
「……」
黙りこんだリンドヴルム。少し悩んだ様子で沈黙した後に、リンドヴルムは静かに言葉を続けた。
「ドラゴンの一族には呪いがある。そのために、定期的に若い女を生け贄に捧げている」
前時代的な話だ。今時、呪いだの生け贄だの……
まあそれはいい、それがドラゴンの文化だというのなら、受け入れよう。そして、その『呪い』とやらに興味を抱いた私は、更に疑問をぶつけた。
「呪いってどんな?」
「身体の節々が痛んで、その後動けなくなって死ぬと言う呪いだ。皆似たような症状なのだ。それも皆同じくらいの年齢でその病にかかる」
「……それって寿命なんじゃない?」
「ドラゴンは極めて長寿な生き物だ。寿命である事は考えづらい。なにせ、お前達人間に換算すれば、三十から四十と言ったところでその呪いがかかるのだ」
私の興味はすっかりその『呪い』とやらに移っていた。なにせ、私は元々動物のお医者さんだったのだ。記憶が戻った今なら確信を持って言える。これは『呪い』なんかではないと。明らかに病気であろう。
「……だったら、私がその『呪い』とやらの正体を暴いて差し上げましょうか?」
「『呪い』を解くために、お前達人間の命が必要なのだ……」
「リンドヴルム、一つ言わせてもらうわ。いくら生け贄を捧げたところで、『呪い』は解けないわ。無駄よ。それを、私が証明してあげる。もし、私がその『呪い』とやらを解けなかったら、私のこの身、あなたの好きにして貰っていいわ」
リンドヴルムの表情がぴくりと動く。
「無駄? だと?」
「ええ、無駄よ。その生け贄とやらで、今まで呪いが解けたことはあるのかしら?」
「……」
返答に困った様子のリンドヴルム。そりゃあ解けるはずがない。解けるはずがないから、こうして『生け贄』だの、物騒な風習が今まで続いているのだ。『呪い』を恐れるドラゴンたちにとっては、心の拠り所が必要だったのだろう。
「どう、あなたにとっても悪い話じゃ無いと思うけど?」
「……そなた、名は何という?」
「シャルロット・アストルフィアよ」
「わかった、シャルロット。だが、もしそなたが『呪い』を解けなかったときは、約束通り犠牲となってもらう。それでいいんだな?」
「ええ、好きにしなさい」
ドラゴンなんて診たことはない。でも、所詮生き物なら、そこまで変わらないはず。だからきっと、私なら出来る。
こうして、私はドラゴンの王子、リンドヴルムと共に、ドラゴンを苦しめる『呪い』に対処すべく、動き出したのだ。
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