2 / 7
2話 前世の記憶を思い出しましたけど、何か?
しおりを挟む初めて、アレンに出会ったのは、王主催でのパーティの時だった。お父様と一緒に参加した私は、初めて出会ったアレンに情熱的なアプローチを受けた。
――彼曰く、一目惚れだったらしい。
そこから、婚約までにそう時間はかからなかった。なにせ、我がアストルフィア家からすれば、カルミナ家との婚約なんて夢のような話。家族一同で喜んだ。お父様も、お母様も祝福してくれた。
そう、夢のような時間だった。
「……シャルロット様、きっと貴女にはもっと優しい殿方が見つかります。どうか、お気を強くお持ち下さい」
カルミナ領からの帰り道、私の身の回りの世話をしてくれていたカシュアが、そう優しく声をかけてくれた。カシュアは私が幼い頃より、ずっと私のそばにいてくれた、いわば私にとっては第二のお父さんの様な存在である。
「ええ、カシュア、ありがとう。でも今は少し疲れたわ」
「お嬢様、しばらく各地を巡る旅などどうでしょう? 世界にはまだまだ我々にも知らないことが沢山ある」
「それもいいわね、あなたにも是非お供をお願いしたいわ」
「ええ、お嬢様の願いならば、このカシュア、いかようにも」
それも悪くないかも知れない。だけど、それをするにはこの貴族という身分が邪魔をする。なにせ、この世界にはモンスターと呼ばれる獰猛な生き物、それに柄の悪い冒険者達も沢山居るのだ。モンスターに襲われることもある、夜盗に襲われることだってある。世間知らずの私なんて、庇護がなければすぐに死んでしまうのが目に見えている。現にこうして、今だって大量の『護衛』と共に、アストルフィア領に向けての帰途についているのだ。
ぞろぞろと護衛がついた馬車の隊列。端から見れば、高貴な人間が中央にいることなど一目瞭然。つまりは、私達のことをギラギラと狙っている者達だって少なくはない。
「お嬢様! 襲撃です!」
そう、こういった襲撃など貴族にとっては日常茶飯事なのだ。こちらだって手立てはうってある。そのために大量の護衛を引きつけているのだから。
だが、いつもとは違って焦る様子のカシュア。違和感を覚えた私は、カシュアへと尋ねたのだ。
「……カシュア、どうしてそんなに焦っているの? 夜盗の襲撃なんて、いつもの事でしょう?」
「……普通の襲撃ならば、対処はそう難しくはありません。ですが……」
「?」
「今回は大量の手練れ、護衛の者達も相当に苦戦している様子」
そうカシュアが告げた途端に、突然馬車の足が止まる。すぐに扉が破壊される音が鳴り響き、私達の目の前には血にまみれた大きな刀を手にした大男が立ちはだかっていた。
「……お前がシャルロットか?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる男を前に、私は恐怖で身がすくんで動けなかった。言葉を発しようにも、上手く声も出ない。
「いや、こいつだな。気の毒だが、あんたには死んでもらう」
――どういうこと?
私が状況を理解する前に、必死に叫ぶカシュアの声が耳へ届く。
「お嬢様! お逃げ下さい!」
そのまま、大男に向かって突っ込んでいったカシュア。だが、目の前の大男とは、明らかに体格が異なるカシュアが対抗できるわけもなく、カシュアの身体は軽く宙へと浮いたのだ。
「!? お嬢様……!!」
こちらを見つめるカシュアと目があう。
――どうか、ご無事で……!
言葉はなくとも、カシュアのその視線だけで、彼が何を言いたかったのか、私にはわかった。そして、宙に浮いたカシュアを仕留めるべく、大剣を構えた大男。
「やめてえええええええええええええ!」
「まずはてめえだ、恨むなら運命を恨むが良い」
そのまま、カシュアの身体は、大男の大剣に貫かれた。辺りに飛び散る赤いしぶき。動くことが出来なかった私の身体に、冷たいしぶきがふきかかる。
「……どうして?」
どうして、私がこんな目に合わなきゃならないのか。私が一体何をしたというのか。
「……てめえを殺せという依頼があったんだ」
「一体、誰から……」
「それを聞くか? 聞いたところで……」
「いいから!」
叫んだ私に、大男はニヤニヤと笑みを浮かべながら、私の前で一枚の書類を差しだした。それは紛れもなく契約書。男の汚い字と、そしてもう1人、私の良く知る男の名がそこに書かれていた。
「アレン・カルミナ。それでわかるだろう?」
「アレン様が……」
「お前は、モンスターの襲撃に遭って死んだ。俺達は助けようと思ったが、間に合わなかった。それで、俺達も晴れて貴族様のお抱えになれる。こんなありがてえ話、うけないわけがないだろ?」
アレンの勝ち誇ったような笑みが顔に浮かぶ。私が死んだと言うことで、そもそも契約を破棄したと事実さえ、闇に葬り去ろう、そういうつもりなのだ。
もはや、私はアレンという男に対し、怒りの感情しかなかった。どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのだろうか。あのクソ男は。一瞬でも好いてしまった自分が恥ずかしくて、死んでしまいたいくらいだ。
「まあ、こんな上玉、ただ殺すだけじゃもったいねえ。少し、俺達に付き合ってもらうぞ、お嬢さん!」
ぐいっと私の髪を引っ張る大男。どうせ、好き勝手痛ぶって殺す気なのは目に見えていた。本当に……
こんな結末って……
その時であった。急に馬車の外がざわついたのだ。外から、族の仲間と思われる小汚い男が、私達の居た馬車の中へと駆け込んでくる。
「大変です! ドグマ様!」
「ああ? 一体なんだ?」
いらだちを見せながら、部下に声を荒げた大男。焦った様子で部下の男が言葉を返す。
「ドラゴンです! ドラゴンの襲撃です!」
「はあ!? ドラゴンだと!?」
初めて動揺した様子を見せた大男。無理もない。ドラゴンと言えば、災害級の被害をもたらす最上位モンスターの一種。普段は山の奥に住んでいて、人里へ姿を見せることは滅多にないが、一度人里に姿を見せれば、たちまち辺り一帯は焼け野原になるような被害を受けるのだ。
動揺した男は、そのまま私の頭へと手を伸ばす。乱暴に私の髪を掴んだ男は、慌てた様子で声を荒げた。
「おい、てめえちょっとこい!」
「痛い! 痛い!」
「おせえんだよ!」
無理矢理髪を引っ張れながら、馬車の外へと連れ出された私。外は、既にパニック状態となっていた。周囲の地面は大きな翼の影に隠れ、上空を見上げると、そこにはそれは大きな身体で雄大に空を飛ぶドラゴンの姿があった。
「ちっ…… てめえら! 退却だ!」
焦った様子で叫ぶドグマ。一目散で散り始めた襲撃者達だったが、上空からドラゴンは炎をまき散らした。辺りは一気に炎に包まれ、逃げる場所を失った襲撃者達。炎に焼かれ、断末魔の叫びを上げる者、血にまみれ慌てふためく者、まさに周囲は地獄絵図と化していた。
もうこんな状況、唖然とするしかない。ドラゴンのぎょろっとした大きな目が私へと向けられる。私の身体へと刺さるドラゴンの視線。まるで、身体が石になってしまったかのように動かない。
本当に一体、私が何をしたというのだろうか?
婚約を破棄されただけならまだいい。突然族に襲撃され、使用人であったカシュアまで失い、更に襲撃の黒幕は元婚約者だったと告げられ、挙げ句の果てにはドラゴンだ。
――もう、こんなの滅茶苦茶よ!!
そして、ドラゴンは私達の居た場所を目がけ、真っ直ぐに飛んできた。ものすごい風圧に、私の身体は宙に浮く。直後、後頭部に衝撃が走った。一気にぐらつく視界。ぼやけていく意識。
意識が朦朧とする中、私が最後に見たのは、無残にドラゴンに引き裂かれたドグマの最期だった。力なく、だらんと垂れたドグマの手からこぼれ落ちた紙が、私の顔の前に、落ちてきて、そして、そのまま私の意識はフェードアウトしていった。
……………
遠くから音が聞こえる。最初はかすかな音、だが次第に音は大きくなっていく。
ぴこん、ぴこんと鳴り響く機械音。ワンワンと声を上げる犬。殺風景な部屋の風景がだんだんと鮮明になっていく。大量のケージに囲まれた部屋には、私と、そして沢山の動物達。
「先生……」
そして、うっすらと聞こえてきた、誰かの声。
先生? 誰のこと?
一瞬、戸惑った私だったが、すぐにそれが自分の事だと私は思い出す。
そう、私はかつて、先生と呼ばれていた。
病に苦しむ犬や猫たちを治療する先生。
いわゆる、動物のお医者さんだった。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」
公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。
忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。
「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」
冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。
彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。
一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。
これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。
離婚と追放された悪役令嬢ですが、前世の農業知識で辺境の村を大改革!気づいた元夫が後悔の涙を流しても、隣国の王子様と幸せになります
黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢リセラは、夫である王子ルドルフから突然の離婚を宣告される。理由は、異世界から現れた聖女セリーナへの愛。前世が農業大学の学生だった記憶を持つリセラは、ゲームのシナリオ通り悪役令嬢として処刑される運命を回避し、慰謝料として手に入れた辺境の荒れ地で第二の人生をスタートさせる!
前世の知識を活かした農業改革で、貧しい村はみるみる豊かに。美味しい作物と加工品は評判を呼び、やがて隣国の知的な王子アレクサンダーの目にも留まる。
「君の作る未来を、そばで見ていたい」――穏やかで誠実な彼に惹かれていくリセラ。
一方、リセラを捨てた元夫は彼女の成功を耳にし、後悔の念に駆られ始めるが……?
これは、捨てられた悪役令嬢が、農業で華麗に成り上がり、真実の愛と幸せを掴む、痛快サクセス・ラブストーリー!
断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった
Blue
恋愛
王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。
「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」
シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。
アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです
藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。
家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。
その“褒賞”として押しつけられたのは――
魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。
けれど私は、絶望しなかった。
むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。
そして、予想外の出来事が起きる。
――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。
「君をひとりで行かせるわけがない」
そう言って微笑む勇者レオン。
村を守るため剣を抜く騎士。
魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。
物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。
彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。
気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き――
いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。
もう、誰にも振り回されない。
ここが私の新しい居場所。
そして、隣には――かつての仲間たちがいる。
捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。
これは、そんな私の第二の人生の物語。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。
かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。
謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇!
※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる