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29 隣国の大使
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五月十三日の午後。
宮殿の謁見の間では、正装したニクラウスが玉座に深く腰を沈め、国賓の歓迎式典に臨んでいた。
式典用の揃いの衣装を身にまとった王宮の使用人たちが、等間隔で壁に並んでいる。
「ポリージャ国、国王陛下の名代として、ドナルド・ロックハート大使」
ドアの側に立っていた使用人が、部屋中にこだますほどの大きな声で賓客の名前を告げると、重々しいドアが開く。
ドナルドは部屋に入ると、室内の様子を横目で伺いながら、玉座へと真っ直ぐ伸びている真っ赤な絨毯の上まで歩いた。
それから直角に体の向きを変えて絨毯の上をゆっくりと歩き、王の御前で立ち止まった。
その姿は、ニクラウスよりは劣るものの――儀礼上そうあるべきとされている――、ふくらはぎまである重厚なコートには、ボタンの代わりに大粒のダイヤがあしらわれている。
折り返した袖口は大きく膨らんでおり、その広がる様はポリージャ国の威勢を見せつけているかのようにも見える。
ドナルドは腰まである黒髪を後ろで一つに縛っているが、結び目には深紅のルビーが飾られている。
ニクラウスと視線を合わせると、ポリージャ国特有のお辞儀――両手で大木を抱えるように大きく輪を作り、ゆっくりと一礼――をした。
その様子に満足したニクラウスが頬杖をつきながら声をかける。
「ようこそお越しくださった。ドナルド大使。貴国とは十年間国交が途絶えておったので、使者がたどり着けぬかもしれぬと心配しておったのだぞ」
ドナルドは薄く笑みを浮かべて、とぼけてみせた。
「本当になぜ十年も空いてしまったのでしょう。此度を機に、また相互に訪問しあう良好な関係を再構築できれば幸いにございます」
ニクラウスは「ふん」と小さく鼻を鳴らした。
玉座の後ろで控えていたモーリンの眉がピクリと上がる。
決して良好な関係とはいえない相手に対して、ニクラウスは不遜極まりない態度で接している。
両国の関係に配慮する姿勢すら見せない。
「そういえば、貴国では確か十五年前に新しい王が即位されたと同時に、宰相も変わられたのであったな。その後は変わっておらぬのか?」
「はい。十五年前に国民の総意によってお立ちになられました英雄王のもと、今日に至るまで安寧の世が続いております」
ドナルドは政変に触れられたことを気付かぬふりで、国の体制が磐石であると高らかに述べた。
ニクラウスはつまらなさそうな顔をして、型通りのセリフで締めくくった。
「短い間だが、我が国のもてなしを存分に味わってもらいたい。楽しんでいかれよ」
「光栄に存じます」
ドナルドが赤絨毯横の賓客用の椅子に座ると、使用人が次の客の名前を告げた。
「シノア国、国王陛下の名代として、ミツツキ・ヒガタ大使」
再びドアが開くと、十代の少年のような男性が立っていた。
顎のラインで切りそろえている銀髪は、ドナルドのダイヤにも劣らない輝きを放っている。
こちらもゆっくりとニクラウスの前まで進み出た
濃紺の柔らかそうな布を胸の前で交差させて体に巻きつけ、腰の辺りを十センチほどの幅の布で縛っている。
真っ直ぐな瞳で王と向き合うと、口元近くでピンと伸ばした両手の指を絡ませるように交差させ、そのままお辞儀をした。
シノア国の正式な礼作法だ。
ミツツキがわずかに動くだけでセージの香りがほのかに漂う。
だがそれに気付いたのはモーリンだけだ。
ニクラウスはミツツキの全身に不躾な視線をためらうことなく這わせた。
「ようこそ参られた。そなたは初めてお目にかかるな。シノアからの使者自体、何年ぶりかのう。ふむ。噂には聞いておったが、シノアの人間は歳をとらぬらしい」
モーリンは顔をしかめて王の背中を見ている。
「若輩者ゆえ至らぬ点がございましたらどうかご容赦願います。我が国を代表いたしまして、スペンサー第一王子殿下に心よりのお祝いを申し上げます」
「おお、その言葉、ありがたく頂戴する。貴殿も我が国で羽根を伸ばされてはどうかな? なに、退屈はさせぬとも! うまい飯にうまい酒! それに、なんといっても美しい――」
「陛下っ!」
自制を欠いたニクラウスの低俗な発言に業を煮やし、モーリンが一際大きな声で遮った。
「陛下。予定よりも少々時間が押しておりますので、歓迎のご挨拶はそれくらいでよろしいかと」
「そうか?」
ミツツキは大使という任に相応しい寛容さで、立場を弁えた返事をした。
「恐悦至極に存じます」
ドナルドと向かい合わせるようにミツツキが座ると、使用人たちが両国からの祝いの品々を運び込んだ。
そこから先は摂政であるモーリンが王になり代わり、万事滞りなく恭しく執り行った。
大使らへクーレイニー国からの返礼の品を贈呈し、初日の歓迎式典は終了した。
二人の大使はそれぞれ、これから三日間を過ごす部屋に案内された。
宮殿の謁見の間では、正装したニクラウスが玉座に深く腰を沈め、国賓の歓迎式典に臨んでいた。
式典用の揃いの衣装を身にまとった王宮の使用人たちが、等間隔で壁に並んでいる。
「ポリージャ国、国王陛下の名代として、ドナルド・ロックハート大使」
ドアの側に立っていた使用人が、部屋中にこだますほどの大きな声で賓客の名前を告げると、重々しいドアが開く。
ドナルドは部屋に入ると、室内の様子を横目で伺いながら、玉座へと真っ直ぐ伸びている真っ赤な絨毯の上まで歩いた。
それから直角に体の向きを変えて絨毯の上をゆっくりと歩き、王の御前で立ち止まった。
その姿は、ニクラウスよりは劣るものの――儀礼上そうあるべきとされている――、ふくらはぎまである重厚なコートには、ボタンの代わりに大粒のダイヤがあしらわれている。
折り返した袖口は大きく膨らんでおり、その広がる様はポリージャ国の威勢を見せつけているかのようにも見える。
ドナルドは腰まである黒髪を後ろで一つに縛っているが、結び目には深紅のルビーが飾られている。
ニクラウスと視線を合わせると、ポリージャ国特有のお辞儀――両手で大木を抱えるように大きく輪を作り、ゆっくりと一礼――をした。
その様子に満足したニクラウスが頬杖をつきながら声をかける。
「ようこそお越しくださった。ドナルド大使。貴国とは十年間国交が途絶えておったので、使者がたどり着けぬかもしれぬと心配しておったのだぞ」
ドナルドは薄く笑みを浮かべて、とぼけてみせた。
「本当になぜ十年も空いてしまったのでしょう。此度を機に、また相互に訪問しあう良好な関係を再構築できれば幸いにございます」
ニクラウスは「ふん」と小さく鼻を鳴らした。
玉座の後ろで控えていたモーリンの眉がピクリと上がる。
決して良好な関係とはいえない相手に対して、ニクラウスは不遜極まりない態度で接している。
両国の関係に配慮する姿勢すら見せない。
「そういえば、貴国では確か十五年前に新しい王が即位されたと同時に、宰相も変わられたのであったな。その後は変わっておらぬのか?」
「はい。十五年前に国民の総意によってお立ちになられました英雄王のもと、今日に至るまで安寧の世が続いております」
ドナルドは政変に触れられたことを気付かぬふりで、国の体制が磐石であると高らかに述べた。
ニクラウスはつまらなさそうな顔をして、型通りのセリフで締めくくった。
「短い間だが、我が国のもてなしを存分に味わってもらいたい。楽しんでいかれよ」
「光栄に存じます」
ドナルドが赤絨毯横の賓客用の椅子に座ると、使用人が次の客の名前を告げた。
「シノア国、国王陛下の名代として、ミツツキ・ヒガタ大使」
再びドアが開くと、十代の少年のような男性が立っていた。
顎のラインで切りそろえている銀髪は、ドナルドのダイヤにも劣らない輝きを放っている。
こちらもゆっくりとニクラウスの前まで進み出た
濃紺の柔らかそうな布を胸の前で交差させて体に巻きつけ、腰の辺りを十センチほどの幅の布で縛っている。
真っ直ぐな瞳で王と向き合うと、口元近くでピンと伸ばした両手の指を絡ませるように交差させ、そのままお辞儀をした。
シノア国の正式な礼作法だ。
ミツツキがわずかに動くだけでセージの香りがほのかに漂う。
だがそれに気付いたのはモーリンだけだ。
ニクラウスはミツツキの全身に不躾な視線をためらうことなく這わせた。
「ようこそ参られた。そなたは初めてお目にかかるな。シノアからの使者自体、何年ぶりかのう。ふむ。噂には聞いておったが、シノアの人間は歳をとらぬらしい」
モーリンは顔をしかめて王の背中を見ている。
「若輩者ゆえ至らぬ点がございましたらどうかご容赦願います。我が国を代表いたしまして、スペンサー第一王子殿下に心よりのお祝いを申し上げます」
「おお、その言葉、ありがたく頂戴する。貴殿も我が国で羽根を伸ばされてはどうかな? なに、退屈はさせぬとも! うまい飯にうまい酒! それに、なんといっても美しい――」
「陛下っ!」
自制を欠いたニクラウスの低俗な発言に業を煮やし、モーリンが一際大きな声で遮った。
「陛下。予定よりも少々時間が押しておりますので、歓迎のご挨拶はそれくらいでよろしいかと」
「そうか?」
ミツツキは大使という任に相応しい寛容さで、立場を弁えた返事をした。
「恐悦至極に存じます」
ドナルドと向かい合わせるようにミツツキが座ると、使用人たちが両国からの祝いの品々を運び込んだ。
そこから先は摂政であるモーリンが王になり代わり、万事滞りなく恭しく執り行った。
大使らへクーレイニー国からの返礼の品を贈呈し、初日の歓迎式典は終了した。
二人の大使はそれぞれ、これから三日間を過ごす部屋に案内された。
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