3 / 49
第3話 ふんぞりかえる姉
しおりを挟む
「まず、亡くなった方ですが――」
堤の言葉を遮り、正子がしゃべり出した。
優里は努めて表情を殺し、成り行きを見守った。
「高木三千代、六十二歳です。見ての通り変異種ですわ。両頬にコブが付いているため、『フタコブミミズク』と名付けられましたの。まさか我が一族に変異種が生まれるとは。はぁ」
亡くなった妹を悼む気持ちは持ち合わせていないらしい。
三千代の左の頬にはゴルフボール大のコブがある。右頬は床に付いているが、おそらく同じコがあるのだろう。
「オホン」
脱線しそうになった気配を察した堤が咳払いをすると、正子がギロリと睨みつけた。
「まっ! 何ですの? 私に向かってなさいました? 包み隠さず申し上げたまでですのに。三千代のことをお知りになりたいのでしょう? この子は独身で、生まれてこのかた、この家を離れたことがありませんの。まあ、この家で生まれ育った訳ですしね。ここにいる限り家賃はかかりませんし生活費は長男の一夫もちでしたから、親の遺産で好き勝手に暮らしておりましたのよ。ああいう性格なので友達はほとんどいなかったと思いますけどね。もしかしたら、『死んでせいせいした』と思っている人ならいるかもしれませんわね」
(ひっどい。さすがにひどいんじゃないの。亡くなったら仏様と聞いているんですけど。昔の方なら尚更そのはずじゃ……。聞かれてもいないのに、いきなり亡くなった妹をディスるとは。このお婆さん、ヤバいな)
堤も圧倒されたのか困惑したのか、まずは、この場にいる獣人たちを一通り把握しようと考えたらしい。
「え? ああ、はあ。それでは皆さんについて――」
またしても正子が堤の言葉を引き継いだ。
「この頭の薄いのが、現在の高木家の当主である一夫です。これで十二代目になります。歳は――」
今度は堤が素早く遮った。
「申し訳ありませんが、ご本人の口からお伺いしたいのですが」
遮られた正子は、「まっ」と驚いた声を出し、あからさまに不機嫌な顔をして黙った。
姉の機嫌をどうしてくれるのだと、一夫の方が今にも泣き出しそうだ。それでも勇気を振り絞って答えた。
「私がこの家の当主の高木一夫です。六十五歳になります。今はもう引退しておりまして、なんというか、この家の維持管理に努めております。と言っても、この家は重要文化財に指定されておりまして、修理やら何やらは全てにおいて文化庁にお伺いを立てないことには、にっちもさっちもいかないのですが――」
「ああ、まずは亡くなった三千代さんとの関係性だけで結構です」
堤は軽く遮っただけだが、もういっそ、「勘弁してくれ」って言えばよかったのに。
「ええと、三千代は私の妹になります。姉の正子と私と、妹の三千代の三人兄弟なのです」
「なるほど。すると、そちらの方が長姉である正子さんですね」
正子はやっとですか、と堤をひと睨みしてから自己紹介を始めた。
「ええ、私が一番上ですわ。三枝正子と申します。まさかこんな風に人前で年齢を言わされる羽目になるなんて――。本当にもう、三千代の嫌がらせでしょうか。死んでまで私たちに恥をかかせるとは、さすがに三千代ですわね。もうこの先、年齢を聞かれることなどないと思っておりましたのに」
「あの、ですから――」
「ああ、すみません。そちら様もお忙しいのでしょう。一夫が六十五際なのですから、私はその上ですよ。もう本当に嫌だわ。七とだけお伝えしておきましょう。ああ、あと、三千代は独身と申し上げましたけど、私には夫と娘が二人おりますの。夫は当家ともゆかりのある四井銀行に勤めておりまして、ああそうそう、道長さんも同じ銀行でしたわね。娘は二人とも有難いことに芸術の才に恵まれまして、今は二人とも海外におりますわ。娘たちは――」
「ああ、あの、その辺で結構です」
堤も段々と我慢ができなくなってきたらしい。口ぶりがぞんざいになってきている。
「では、そちらの」と、しずかの方に手を向けた。
しずかは表情を変えずに話し始めた。
「私は一夫の妻のしずかです。五十八歳です」
少し間があいた。しずかは口を閉じている。ああ、名前と歳だけで終わったのだと皆が理解して、堤が道長の方を向いた。
「あ、私は長男の道長です。ええと、なんと言えばいいのかな……。一夫としずかの間に生まれた子どもです。三千代叔母さんからすると甥っ子ですね。歳は三十三歳です。先程、正子叔母さんからもありました通り、四井銀行に勤務しております。あ、よろしければどうぞ」
そう言って、名刺を堤に渡した。
(こいつ、名刺を出すタイミングを伺っていたのか!)
道長は名刺を渡せたことに満足したのか、一度隣の優里を見てから道長に視線を戻し、「こちらは畑野優里さん。私のお見合い相手です」と、紹介した。
「畑野優里です」
(年齢を言わなきゃ駄目かな?)
「二十五歳です。今日はホテルでお見合いをした流れで、道長さんのご実家にお邪魔させていただきました」
「お見合いを? ほう――。それでは畑野さんを紹介するために、一夫さんのご兄弟が集まられたということですか?」
それは優里も聞きたかったことだ。初めから会食が終わりホテルを出たら実家に連れてくる手筈だったのだろうか。
優里はうっかりきつい視線を道長に向けてしまった。道長や一夫が言い淀んでいると、正子があっさり認めた。
「ええ、まあ。どのみち結婚前には顔合わせが必要ですからね。早い方がいいだろうということで、今日お会いすることにしました。それで、私がこちらに参りましたの」
堤の言葉を遮り、正子がしゃべり出した。
優里は努めて表情を殺し、成り行きを見守った。
「高木三千代、六十二歳です。見ての通り変異種ですわ。両頬にコブが付いているため、『フタコブミミズク』と名付けられましたの。まさか我が一族に変異種が生まれるとは。はぁ」
亡くなった妹を悼む気持ちは持ち合わせていないらしい。
三千代の左の頬にはゴルフボール大のコブがある。右頬は床に付いているが、おそらく同じコがあるのだろう。
「オホン」
脱線しそうになった気配を察した堤が咳払いをすると、正子がギロリと睨みつけた。
「まっ! 何ですの? 私に向かってなさいました? 包み隠さず申し上げたまでですのに。三千代のことをお知りになりたいのでしょう? この子は独身で、生まれてこのかた、この家を離れたことがありませんの。まあ、この家で生まれ育った訳ですしね。ここにいる限り家賃はかかりませんし生活費は長男の一夫もちでしたから、親の遺産で好き勝手に暮らしておりましたのよ。ああいう性格なので友達はほとんどいなかったと思いますけどね。もしかしたら、『死んでせいせいした』と思っている人ならいるかもしれませんわね」
(ひっどい。さすがにひどいんじゃないの。亡くなったら仏様と聞いているんですけど。昔の方なら尚更そのはずじゃ……。聞かれてもいないのに、いきなり亡くなった妹をディスるとは。このお婆さん、ヤバいな)
堤も圧倒されたのか困惑したのか、まずは、この場にいる獣人たちを一通り把握しようと考えたらしい。
「え? ああ、はあ。それでは皆さんについて――」
またしても正子が堤の言葉を引き継いだ。
「この頭の薄いのが、現在の高木家の当主である一夫です。これで十二代目になります。歳は――」
今度は堤が素早く遮った。
「申し訳ありませんが、ご本人の口からお伺いしたいのですが」
遮られた正子は、「まっ」と驚いた声を出し、あからさまに不機嫌な顔をして黙った。
姉の機嫌をどうしてくれるのだと、一夫の方が今にも泣き出しそうだ。それでも勇気を振り絞って答えた。
「私がこの家の当主の高木一夫です。六十五歳になります。今はもう引退しておりまして、なんというか、この家の維持管理に努めております。と言っても、この家は重要文化財に指定されておりまして、修理やら何やらは全てにおいて文化庁にお伺いを立てないことには、にっちもさっちもいかないのですが――」
「ああ、まずは亡くなった三千代さんとの関係性だけで結構です」
堤は軽く遮っただけだが、もういっそ、「勘弁してくれ」って言えばよかったのに。
「ええと、三千代は私の妹になります。姉の正子と私と、妹の三千代の三人兄弟なのです」
「なるほど。すると、そちらの方が長姉である正子さんですね」
正子はやっとですか、と堤をひと睨みしてから自己紹介を始めた。
「ええ、私が一番上ですわ。三枝正子と申します。まさかこんな風に人前で年齢を言わされる羽目になるなんて――。本当にもう、三千代の嫌がらせでしょうか。死んでまで私たちに恥をかかせるとは、さすがに三千代ですわね。もうこの先、年齢を聞かれることなどないと思っておりましたのに」
「あの、ですから――」
「ああ、すみません。そちら様もお忙しいのでしょう。一夫が六十五際なのですから、私はその上ですよ。もう本当に嫌だわ。七とだけお伝えしておきましょう。ああ、あと、三千代は独身と申し上げましたけど、私には夫と娘が二人おりますの。夫は当家ともゆかりのある四井銀行に勤めておりまして、ああそうそう、道長さんも同じ銀行でしたわね。娘は二人とも有難いことに芸術の才に恵まれまして、今は二人とも海外におりますわ。娘たちは――」
「ああ、あの、その辺で結構です」
堤も段々と我慢ができなくなってきたらしい。口ぶりがぞんざいになってきている。
「では、そちらの」と、しずかの方に手を向けた。
しずかは表情を変えずに話し始めた。
「私は一夫の妻のしずかです。五十八歳です」
少し間があいた。しずかは口を閉じている。ああ、名前と歳だけで終わったのだと皆が理解して、堤が道長の方を向いた。
「あ、私は長男の道長です。ええと、なんと言えばいいのかな……。一夫としずかの間に生まれた子どもです。三千代叔母さんからすると甥っ子ですね。歳は三十三歳です。先程、正子叔母さんからもありました通り、四井銀行に勤務しております。あ、よろしければどうぞ」
そう言って、名刺を堤に渡した。
(こいつ、名刺を出すタイミングを伺っていたのか!)
道長は名刺を渡せたことに満足したのか、一度隣の優里を見てから道長に視線を戻し、「こちらは畑野優里さん。私のお見合い相手です」と、紹介した。
「畑野優里です」
(年齢を言わなきゃ駄目かな?)
「二十五歳です。今日はホテルでお見合いをした流れで、道長さんのご実家にお邪魔させていただきました」
「お見合いを? ほう――。それでは畑野さんを紹介するために、一夫さんのご兄弟が集まられたということですか?」
それは優里も聞きたかったことだ。初めから会食が終わりホテルを出たら実家に連れてくる手筈だったのだろうか。
優里はうっかりきつい視線を道長に向けてしまった。道長や一夫が言い淀んでいると、正子があっさり認めた。
「ええ、まあ。どのみち結婚前には顔合わせが必要ですからね。早い方がいいだろうということで、今日お会いすることにしました。それで、私がこちらに参りましたの」
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
授業
高木解緒 (たかぎ ときお)
ミステリー
2020年に投稿した折、すべて投稿して完結したつもりでおりましたが、最終章とその前の章を投稿し忘れていたことに2024年10月になってやっと気が付きました。覗いてくださった皆様、誠に申し訳ありませんでした。
中学校に入学したその日〝私〟は最高の先生に出会った――、はずだった。学校を舞台に綴る小編ミステリ。
※ この物語はAmazonKDPで販売している作品を投稿用に改稿したものです。
※ この作品はセンシティブなテーマを扱っています。これは作品の主題が実社会における問題に即しているためです。作品内の事象は全て実際の人物、組織、国家等になんら関りはなく、また断じて非法行為、反倫理、人権侵害を推奨するものではありません。
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
沢田くんはおしゃべり
ゆづ
青春
第13回ドリーム大賞奨励賞受賞✨ありがとうございました!!
【あらすじ】
空気を読む力が高まりすぎて、他人の心の声が聞こえるようになってしまった普通の女の子、佐藤景子。
友達から地味だのモブだの心の中で言いたい放題言われているのに言い返せない悔しさの日々の中、景子の唯一の癒しは隣の席の男子、沢田空の心の声だった。
【佐藤さん、マジ天使】(心の声)
無口でほとんどしゃべらない沢田くんの心の声が、まさかの愛と笑いを巻き起こす!
めちゃコミ女性向け漫画原作賞の優秀作品にノミネートされました✨
エブリスタでコメディートレンドランキング年間1位(ただし完結作品に限るッ!)
エブリスタ→https://estar.jp/novels/25774848
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
彼女が望むなら
mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。
リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる