断罪された悪役令嬢は騎士に救われ、闇を越えて再び咲く

８

【第5章】月光と風の誓い

　教室の空気に耐えきれなくなったレイシアは、鞄も持たずにその場を飛び出した。

　誰も追いかけてこない。
　足音だけが石造りの廊下に響く。
　どこへ向かうかも分からない。ただこの場から逃げたかった。

　たどり着いたのは、学園の裏手にある小さな温室だった。
　学生の中でもほとんど利用されていない場所。
　誰もいないと思って扉を開けた瞬間、優しい声が聞こえた。

「……また、会ったな。こんな場所で、何かに追われてる顔だな」

　クラウスだった。
　温室のベンチに座り、手に小さな魔道書を持っていた。

「どうした？ 貴族令嬢が泣きそうな顔で駆け込むなんて、珍しい光景だ」

　レイシアは何も言えず、ただ立ち尽くしていた。
　それでもクラウスは立ち上がり、彼女の隣にそっと立った。

「噂、聞いたよ。君がまた何か悪いことをしてるって、学園中が騒いでる」

　レイシアはびくりと肩を震わせた。
　それでも、彼の声は穏やかだった。

「でも、僕は――その噂を信じていない」

「……どうして？」

「君が“本当に悪い奴”なら、あの時、あんな目をしなかった。あれは、必死に何かを変えようとしてる人間の目だ」

　クラウスはそう言って、小さな魔法を発動させた。
　指先からひらひらと光の花びらが舞い、温室の空間に小さな幻想の花園が広がる。

「“希望”ってやつだ。僕の国では、落ち込んでる子どもにこれを見せて元気づけるんだ」

　目の前で咲く光の花に、レイシアの目に涙が滲んだ。

「君が誰に何を言われようと……君の中に、本当の“正しさ”がある限り、僕は信じるよ」

　そっと、彼が肩に手を置く。

「だから、泣きたい時は泣いてもいい。ただ、負けないでくれ」

　温室の中に、幻想の光が舞い続けていた。
　それはまるで、レイシアの心の中に希望を灯す魔法のようだった。