『しろくま通りのピノ屋さん 〜転生モブは今日もお菓子を焼く〜』

miigumi

文字の大きさ
13 / 146
2章

5

しおりを挟む
■第12話『おやつ市前夜と、優しい準備たち』

 *

「――あっ、やばっ……プリン、焦げた!」

 ぷしゅう、と鍋から立ち上る蒸気。
 リィナは慌てて火を止めながら、オーブンの中の様子をのぞき込んだ。

「うぅ……今日に限って、火が強すぎた……」

「ぴぴ……」

 ピノが隣で、心配そうに目を細めて見上げてくる。
 その視線が優しすぎて、かえって申し訳ない気持ちになる。

「だ、大丈夫。これは試作用……“予備の予備”ってことで……」

 おやつ市を明日に控え、リィナのキッチンは戦場のようになっていた。

 プリンの材料、ゼリー用の果汁、瓶のリボン巻き……
 どれも「少しだけの数」しか作ったことがないから、すべてが手探りだった。

 *

「ピノ屋さん、大丈夫そうかい?」

 昼頃、パン屋のおじいさんが様子を見に来てくれた。
 続いて、八百屋のマルシェさんも、雑貨屋のマダムも、次々と顔を出してくれる。

「応援してるよ。町の誇りになるかもね、プリンとゼリー」

「……そんな、大げさな……!」

「でも事実でしょ? ほら、これ差し入れ。試食用にどうぞ」

 みんなが差し出してくれた野菜や果物、使いかけの包材、ちょっとした道具。
 そのどれもが、リィナの胸をあたたかくした。

「ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます……!」

「ぴっ!」

 ピノが勢いよく羽ばたいて、お礼を代弁する。

 誰にも頼らず、目立たずに生きていこうと思っていた。
 でも今は、少しだけ頼ってもいいと思える。

 それが、こんなにも心を軽くするなんて――
 前の人生では、知らなかった。

 *

 夕方、外の風が少しひんやりしてきた頃。
 扉をノックする、静かな音。

「……レオさん」

「こんばんは。準備、順調ですか?」

「いちおう……焦げちゃった分を除けば……」

「ふふ。プリンを焦がす人に初めて会いました」

「……うっ」

 レオは控えめに笑いながら、店の奥に視線を向ける。

「明日は、たくさんの人が来るでしょう。……緊張してますか?」

「……はい。ちょっとだけ、こわいです」

「大丈夫ですよ。あなたは――ちゃんと、“伝わる味”を作れる人ですから」

 優しいその声に、胸の奥がぎゅっとあたたかくなる。

 リィナはうなずきながら、そっとつぶやいた。

「……レオさんって、なんでそんなに優しいんですか?」

「……さあ、なんででしょう」

 その言葉のあと、レオはふと真剣な顔になり、低く一言だけ残す。

「明日、何かあっても、慌てないでください」

「……え?」

 「何か」とは、何?

 問いかける前に、レオはいつものように静かに去っていった。

 *

 夜、ピノと並んで座りながら、リィナは言った。

「なんか、ドキドキしてきたね。……でも、がんばってみる」

 ピノがそっと肩にもたれる。小さな体は、あたたかい。

「わたしは、“モブ”だけど。……でも、この味だけは、私のものだから」

 そう言って、リィナは眠る前の小さな決意を心に刻んだ。

 ――夜が明ければ、おやつ市が始まる。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】パパ、私は犯人じゃないよ ~処刑予定の私、冷徹公爵(パパ)に溺愛されるまで~

チャビューヘ
ファンタジー
※タイトル変更しました。 「掃除(処分)しろ」と私を捨てた冷徹な父。生き残るために「心を無」にして媚びを売ったら。 「……お前の声だけが、うるさくない」 心の声が聞こえるパパと、それを知らずに生存戦略を練る娘の物語。 ----- 感想送っていただいている皆様へ たくさんの嬉しい言葉や厳しい意見も届いており一つ一つがすごく嬉しいのと頑張ろうと感じています。ご意見を元に修正必要な部分は随時更新していきます。 成長のため感想欄を閉じませんが公開はする予定ありません。ですが必ず全て目を通しています。拙作にお時間を頂きありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

【完結】没落令嬢、異世界で紅茶店を開くことにいたしました〜香りと静寂と癒しの一杯をあなたに〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
夜会で父が失脚し、家は没落。屋敷の裏階段で滑り落ち、気づけば異世界――。 王国貴族だったアナスタシアが転移先で授かったのは、“極上調合”という紅茶とハーブのスキルだった。 戦う気はございませんの。復讐もざまぁも、疲れますわ。 彼女が選んだのは、湖畔の古びた小屋で静かにお茶を淹れること。 奇跡の一杯は病を癒やし、呪いを祓い、魔力を整える力を持つが、 彼女は誰にも媚びず、ただ静けさの中で湯気を楽しむのみ。 「お代は結構ですわ。……代わりに花と静寂を置いていってくださる?」 騎士も王女も英雄も訪れるが、彼女は気まぐれに一杯を淹れるだけ。 これは、香草と紅茶に囲まれた元令嬢の、優雅で自由な異世界スローライフ。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ

蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。 とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。 どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。 など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。 そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか? 毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。

処理中です...