『しろくま通りのピノ屋さん 〜転生モブは今日もお菓子を焼く〜』

miigumi

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4章

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■第35話『勇者と、まあるい味の対話』

 *

 その日は、いつもと違って風が強かった。
 でも、リィナは気づいていなかった。それが“前兆”だということに。

 「ぴぴぴ(なんか、風が変)」

 「モル、きょうは“れんしゅう”のひ?」

 「えっと、今日は“ごあいさつ”を練習しようと思ってたけど……」

 ピノとモルの会話を聞きながら、リィナが厨房でクッキーを並べていたその時――
 扉の鈴が静かに鳴った。

 「いらっしゃ――」

 声が途中で止まる。

 そこに立っていたのは、白銀の装甲をまとい、澄んだ青の瞳を持つ青年だった。

 まっすぐすぎる眼差し。
 整った顔。背筋を伸ばしたその姿――

 「……君が、“ピノ屋”のリィナさんだね?」

 静かな、でも澄んだ声。

 「わたしは――リュシオン・アルステイル。王国認定“勇者”だ」

 *

 空気が一瞬で変わる。

 ピノはカウンターの上で羽を広げ、モルはリィナの前に一歩出て盾のように立つ。
 そして、奥の扉が音もなく開き、レオが姿を現す。

 「リュシオン。まさか君が、ここに来るとはな」

 「久しぶりだね、レオ。……元気そうで何よりだ」

 柔らかくもどこか張りつめた雰囲気が漂う二人。

 リィナは、圧倒されながらも前に出る。

 「……えっと、本当に、勇者さんなんですか?」

 「はい。けれど、今日は剣を持ってきてはいません。
 ……ただ、“君の味”を確かめに来た。それだけです」

 「味……?」

 「魔物と共にある人間が、どんなものを作るのか。
 そしてその“在り方”が、本当にこの国に必要なものか。……確かめに来ました」

 リィナの胸がざわついた。

 でも、それは“恐れ”ではなかった。
 レオに助けられ、ピノに支えられ、モルと歩いてきた日々があったから――。

 「……いいですよ。わたし、“試される味”にはもう慣れてきましたから」

 その言葉に、レオが目を見開く。そして、ゆっくり目を伏せて小さく笑った。

 「ふふ……彼女らしいですね」

 「……いただこう。君が“魔物と一緒に作った味”を」

 リィナが差し出したのは、“まあるい三重奏クッキー”。
 ピノを模したホワイトクッキー、モルの帽子色のチョコクッキー、
 そして“わたしらしさ”を加えたハーブ入りの一枚。

 勇者リュシオンは、それを一口食べて、静かに目を閉じた。

 *

 「――優しい味だ」

 リュシオンは静かに言った。

 「温かく、柔らかくて、でも芯がある。……まるで、“誰かを守ろうとした人間の味”だ」

 「それは、わたしがたくさん守られてきたから、です」

 「……そうか」

 しばらくの沈黙。

 やがて、リュシオンはゆっくりと席を立った。

 「まだ、すべてを認めたわけではない。けれど――“無視はできない存在”だと、理解した」

 「……ありがとうございます」

 「また来る。次は、“一緒に語るため”に」

 そう言い残して、勇者は静かに扉を後にした。

 *

 「……レオさん。勇者って、もっとこう、冷たいのかと思ってた」

 「彼は、誰よりもまっすぐで、誰よりも“正しさ”を追いかける人間です。
 でもそれは、“不器用な優しさ”の裏返しでもあるんです」

 「……すこしだけ、わかったかも」

 ピノがリィナに寄り添い、モルは彼女の手をそっと握った。

 小さな店で、小さな一歩が、確かに“国”とつながり始めた。
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