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1章
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◆第5話 「彼女は、ただの店主──のはずだった」
扉の鈴が鳴ると同時に、柔らかな香りが鼻をくすぐる。
森香草と焼き肉の匂い。
この世界に数ある食堂の中で、ここまで“帰ってきた”と思わせる場所があるとは思っていなかった。
彼女――ミレイアは、今日も変わらずに笑っていた。
「ヴァルさん、こんにちは。今日は、いつもの……?」
「……ああ、お願いします」
なるべく視線を合わせないようにしながら、言葉を返す。
本来ならば、こんな場所に何度も足を運ぶなど、あり得ない。
魔族、それも王直属の側近である自分が、人間社会に溶け込むなど……
けれど。
彼女が笑ってくれる、その一瞬を、もう一度見たくなる。
何年も探し続けた“恩人”が、目の前にいるという事実が、抑えようのない感情を呼び起こす。
彼女はまだ覚えていない。
十年前、森で自分を助けた少女が、目の前のミレイアであるということも。
そして、自分が“人間ではない”ということも。
「もふ」
足元に感じる視線。
ミレイアの相棒、ラテ。
――この魔獣だけは、最初から気づいている。
自分が何者かを。何を隠しているかを。
吠えもせず、しかし決して懐こうともしない。
瞳に宿る知性が、自分と彼女の間にある“嘘”を見透かしているようで、居心地が悪い。
「……お待たせしました。ラテプレート、今日のプリンはちょっとだけ甘めです」
「……ありがとう」
皿を受け取るふりをしながら、彼女の指先が一瞬、手に触れた。
それだけで心臓が跳ねる。
「“推し”って、こういう感じ……なのかな」
彼女が昨日、店の隅でぽつりと呟いた言葉を思い出す。
どうやら、自分は「推されて」いるらしい。
それが、どういう意味を持つのかはよくわからない。
けれど、それを聞いたとき、ほんの少しだけ嬉しかった。
──
その夜。
「また行っていたのか、あの娘の店に」
暗い室内に、黒衣の男が背を向けて立っていた。
魔王、ディアボロス。
シュヴァルツは黙って頷いた。
「お前ほどの策士が、人間の娘に通うとはな。なにを返すつもりだ。命か? 未来か?」
「……ただ、見ていたいだけだ。彼女が笑っているうちは、それでいい」
「そうか」
魔王は振り返らないまま、ただ一言だけ言った。
「惚れているな」
「否定はしない」
その言葉に、ラテの低いうなり声が頭に響いた気がした。
扉の鈴が鳴ると同時に、柔らかな香りが鼻をくすぐる。
森香草と焼き肉の匂い。
この世界に数ある食堂の中で、ここまで“帰ってきた”と思わせる場所があるとは思っていなかった。
彼女――ミレイアは、今日も変わらずに笑っていた。
「ヴァルさん、こんにちは。今日は、いつもの……?」
「……ああ、お願いします」
なるべく視線を合わせないようにしながら、言葉を返す。
本来ならば、こんな場所に何度も足を運ぶなど、あり得ない。
魔族、それも王直属の側近である自分が、人間社会に溶け込むなど……
けれど。
彼女が笑ってくれる、その一瞬を、もう一度見たくなる。
何年も探し続けた“恩人”が、目の前にいるという事実が、抑えようのない感情を呼び起こす。
彼女はまだ覚えていない。
十年前、森で自分を助けた少女が、目の前のミレイアであるということも。
そして、自分が“人間ではない”ということも。
「もふ」
足元に感じる視線。
ミレイアの相棒、ラテ。
――この魔獣だけは、最初から気づいている。
自分が何者かを。何を隠しているかを。
吠えもせず、しかし決して懐こうともしない。
瞳に宿る知性が、自分と彼女の間にある“嘘”を見透かしているようで、居心地が悪い。
「……お待たせしました。ラテプレート、今日のプリンはちょっとだけ甘めです」
「……ありがとう」
皿を受け取るふりをしながら、彼女の指先が一瞬、手に触れた。
それだけで心臓が跳ねる。
「“推し”って、こういう感じ……なのかな」
彼女が昨日、店の隅でぽつりと呟いた言葉を思い出す。
どうやら、自分は「推されて」いるらしい。
それが、どういう意味を持つのかはよくわからない。
けれど、それを聞いたとき、ほんの少しだけ嬉しかった。
──
その夜。
「また行っていたのか、あの娘の店に」
暗い室内に、黒衣の男が背を向けて立っていた。
魔王、ディアボロス。
シュヴァルツは黙って頷いた。
「お前ほどの策士が、人間の娘に通うとはな。なにを返すつもりだ。命か? 未来か?」
「……ただ、見ていたいだけだ。彼女が笑っているうちは、それでいい」
「そうか」
魔王は振り返らないまま、ただ一言だけ言った。
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その言葉に、ラテの低いうなり声が頭に響いた気がした。
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