15 / 37
第2章
§4
しおりを挟む
「お名前は? なんておっしゃるんですか? 僕は、北沢貴之です。小学校五年生ですが、地元の小学校ではなくて、私立に通っているんで、今日は開校記念日でお休みなんです」
今日は普通に平日。
毎日が日曜日みたいな俺にとって、祝日とか休みの日の感覚は、ないに等しい。
「俺は荒間和也、そこの商店街で、本屋さんをやってます」
「どうも、よろしくね、和也さん」
彼が右手を差し出してきたってことは、握手しろってことかな?
よく分かんないけど、とりあえず同じように手を出したら、ぎゅっと握って振り回された。
「ついでに、お菓子でも買っていきません? 僕、お腹すいちゃったな」
よく分からないけど、彼はうちでお菓子を食べるつもりらしく、こっちへ来いと手招きする。
必然的に、俺と導師の修行はそこで中断した。
商店街のスーパーで、彼はありとあらゆる種類のお菓子を買い物かごへと放り込み、もちろんお金は俺が払って、うちについたら本屋の店の方から居間へ入った。
その時には、北沢くんの傷はもう出血も止まってかさぶたになっていたけど、消毒をして絆創膏をはった。
そうしてほしいって、彼に頼まれたから。
それが終わったら、彼はずっとお菓子をほおばりながらテレビを見ている。
ゲーム機やパソコンはうちにないと知って、あきらめたようだ。
俺は部屋の隅っこに正座して、導師と並んでその様子を観察している。
「……これから、どうするつもりなのかな」
「さぁな、私は人間の子供は嫌いだ」
「今日の修行、できなかったね」
「仕方ない、魔法の修行は、極秘裏に行うものだからな」
壁にかかった時計をちらりと見たら、もう六時を過ぎている。
子供は家に帰る時間だ。
「ねぇ、北沢くん、そろそろお家に帰らないと、家の人が心配するんじゃない?」
「スマホあるから、大丈夫っすよ」
テレビの前から動かない彼に、ため息をついた。
どっちにしろ、そろそろ夕飯の支度も始めないと、あの二人が帰ってくる。
仕方なく台所に立った俺の後ろに、いつの間にか北沢くんがやって来て、俺の手元をのぞき込んだ。
「わぁ、男の手料理ってやつですか? 今日のメニューはなに? 楽しみだなぁ」
この子は、夕飯も食べていくつもりなんだろうか。
にっこりと微笑む彼と目を合わせながら、彼のためにもう一品おかずを増やそうかと、考えているときだった。
ふいに、店の呼び鈴がなった。
表に出てみると、そこには北沢くんよりさらに小さな女の子が立っている。
「すいません。これください」
彼女は、一冊の料理本を差し出した。
『料理の基本~基礎から学べるかんたんおかず~』千二百円。
真っ黒い、つやつやの瞳に、肩先までの髪。
なんだかちょっと、懐かしい感じのする女の子だった。
「お料理、好きなの?」って聞いたら、「うん」ってうなずく姿が、なんだかとても可愛らしくて、俺は思わず「がんばってね」って言ったけど、それには答えずに帰っていった。
「この辺じゃ、見かけない顔だなぁ」
いつの間にかのぞきに来ていた北沢くんは、そんなことを言ってたけど、そんなことより、問題は君自身の方だ。
「もう帰らないと、ダメだよ」
「えー、せっかくお食事を用意してもらっているのに、申し訳ないから、夕飯もちゃんといただいて帰りますよ」
「夕飯は、お家で食べなさい」
俺は、北沢くんを見下ろした。
「ちゃんとおうちで家族と手を合わせて、いただきますをするのが、晩ご飯を食べる時の決まりだからね」
「えぇ? そんな風習、今どき絶滅してますよ」
やっぱり紳士的な笑顔でにこにこしながら、そんなことを言う。
「今や夫婦共働きは当たり前、家族がそれぞれ都合のいい時間に合わせて食事もしないと、それぞれの都合ってもんがありますからね、時間の有限性を考えると、それが一番効率的かつ、利便性が高いんですよ」
「じゃあ、スマホで一言連絡入れとかないと、ご両親も心配するから」
その一言は、彼の逆鱗に触れた、らしい。
北沢くんは突然大声をあげて、この世の終わりとばかりに、わめき散らした。
「おいふざけるなよ、おっさん! お前がいまやってることって、誘拐だよ? 誘拐! 俺が警察に行って泣き落としたら、絶対に俺の勝ちだからな! お前が犯罪者になるってことなんだよ、犯罪者に! 犯罪者になりたいの、お前。分かったら、余計なことすんなよ! こんなつまんねーとこ、こっちの方からさっさと出て行ってやるよ! いっとくけど、お前んちはもう覚えたからな! 逃げようったって、無駄なんだよ!」
彼はそうやって思いつくかぎりの悪態をつきながらも、大人しく店に戻って靴を履く。
「いいか! 明日もまた来てやっからな、覚悟しとけよ! お菓子もちゃんと補充してなかったら、この店に火をつけて、ここにある本、全部燃やしてやっからな!」
彼は去り際に、もう一言を付け加えてから、走り去っていった。
「ばーか!」
とにかく、ようやく帰ってくれたから、店じまいをしてから、夕飯の支度に取りかかる。
あんなの、尚子や千里に比べたら、かわいいもんだ。
今日は普通に平日。
毎日が日曜日みたいな俺にとって、祝日とか休みの日の感覚は、ないに等しい。
「俺は荒間和也、そこの商店街で、本屋さんをやってます」
「どうも、よろしくね、和也さん」
彼が右手を差し出してきたってことは、握手しろってことかな?
よく分かんないけど、とりあえず同じように手を出したら、ぎゅっと握って振り回された。
「ついでに、お菓子でも買っていきません? 僕、お腹すいちゃったな」
よく分からないけど、彼はうちでお菓子を食べるつもりらしく、こっちへ来いと手招きする。
必然的に、俺と導師の修行はそこで中断した。
商店街のスーパーで、彼はありとあらゆる種類のお菓子を買い物かごへと放り込み、もちろんお金は俺が払って、うちについたら本屋の店の方から居間へ入った。
その時には、北沢くんの傷はもう出血も止まってかさぶたになっていたけど、消毒をして絆創膏をはった。
そうしてほしいって、彼に頼まれたから。
それが終わったら、彼はずっとお菓子をほおばりながらテレビを見ている。
ゲーム機やパソコンはうちにないと知って、あきらめたようだ。
俺は部屋の隅っこに正座して、導師と並んでその様子を観察している。
「……これから、どうするつもりなのかな」
「さぁな、私は人間の子供は嫌いだ」
「今日の修行、できなかったね」
「仕方ない、魔法の修行は、極秘裏に行うものだからな」
壁にかかった時計をちらりと見たら、もう六時を過ぎている。
子供は家に帰る時間だ。
「ねぇ、北沢くん、そろそろお家に帰らないと、家の人が心配するんじゃない?」
「スマホあるから、大丈夫っすよ」
テレビの前から動かない彼に、ため息をついた。
どっちにしろ、そろそろ夕飯の支度も始めないと、あの二人が帰ってくる。
仕方なく台所に立った俺の後ろに、いつの間にか北沢くんがやって来て、俺の手元をのぞき込んだ。
「わぁ、男の手料理ってやつですか? 今日のメニューはなに? 楽しみだなぁ」
この子は、夕飯も食べていくつもりなんだろうか。
にっこりと微笑む彼と目を合わせながら、彼のためにもう一品おかずを増やそうかと、考えているときだった。
ふいに、店の呼び鈴がなった。
表に出てみると、そこには北沢くんよりさらに小さな女の子が立っている。
「すいません。これください」
彼女は、一冊の料理本を差し出した。
『料理の基本~基礎から学べるかんたんおかず~』千二百円。
真っ黒い、つやつやの瞳に、肩先までの髪。
なんだかちょっと、懐かしい感じのする女の子だった。
「お料理、好きなの?」って聞いたら、「うん」ってうなずく姿が、なんだかとても可愛らしくて、俺は思わず「がんばってね」って言ったけど、それには答えずに帰っていった。
「この辺じゃ、見かけない顔だなぁ」
いつの間にかのぞきに来ていた北沢くんは、そんなことを言ってたけど、そんなことより、問題は君自身の方だ。
「もう帰らないと、ダメだよ」
「えー、せっかくお食事を用意してもらっているのに、申し訳ないから、夕飯もちゃんといただいて帰りますよ」
「夕飯は、お家で食べなさい」
俺は、北沢くんを見下ろした。
「ちゃんとおうちで家族と手を合わせて、いただきますをするのが、晩ご飯を食べる時の決まりだからね」
「えぇ? そんな風習、今どき絶滅してますよ」
やっぱり紳士的な笑顔でにこにこしながら、そんなことを言う。
「今や夫婦共働きは当たり前、家族がそれぞれ都合のいい時間に合わせて食事もしないと、それぞれの都合ってもんがありますからね、時間の有限性を考えると、それが一番効率的かつ、利便性が高いんですよ」
「じゃあ、スマホで一言連絡入れとかないと、ご両親も心配するから」
その一言は、彼の逆鱗に触れた、らしい。
北沢くんは突然大声をあげて、この世の終わりとばかりに、わめき散らした。
「おいふざけるなよ、おっさん! お前がいまやってることって、誘拐だよ? 誘拐! 俺が警察に行って泣き落としたら、絶対に俺の勝ちだからな! お前が犯罪者になるってことなんだよ、犯罪者に! 犯罪者になりたいの、お前。分かったら、余計なことすんなよ! こんなつまんねーとこ、こっちの方からさっさと出て行ってやるよ! いっとくけど、お前んちはもう覚えたからな! 逃げようったって、無駄なんだよ!」
彼はそうやって思いつくかぎりの悪態をつきながらも、大人しく店に戻って靴を履く。
「いいか! 明日もまた来てやっからな、覚悟しとけよ! お菓子もちゃんと補充してなかったら、この店に火をつけて、ここにある本、全部燃やしてやっからな!」
彼は去り際に、もう一言を付け加えてから、走り去っていった。
「ばーか!」
とにかく、ようやく帰ってくれたから、店じまいをしてから、夕飯の支度に取りかかる。
あんなの、尚子や千里に比べたら、かわいいもんだ。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる