16 / 37
第2章
§5
しおりを挟む
ハンバーグを焼いていたら、裏の玄関の引き戸が開く音がして、千里が帰ってきた。
「ちょっと何よ、あの部屋の散らかり具合!」
「お帰り~」
「なんなの? お兄ちゃんは、いまだに小学生男子なの?」
俺はフライパンの火を止めて、千里を見る。
「お帰り」
「ただいま」
俺たちは家族じゃないけど、一緒にご飯を食べる。
いただきますもする。
焼き上がったハンバーグを、皿の上にのせた。
「あの部屋を先になんとかして! 家中がお菓子くさくて、耐えらんない!」
まぁ確かに、千里がそんなことを言いたい気持ちも分かる。
俺は畳に転がっていた、空のポテトチップスの袋を拾い上げた。
「早く御飯にしたいなら、千里も片付け手伝って」
「はぁ? 私は今からお風呂入るんだから。その間に片付けといてよね、ご飯はその後よ」
「御飯は、みんなで『いただきます』だろ!」
「あんたはこないだまで一人で食べてたくせに、なに言ってんの?」
「今は違うでしょ」
「なにが違うのよ」
「一緒に住んでる」
「それが何よ」
俺と千里とのにらみ合いが続く中、家の黒電話がなった。
俺は携帯電話を持っていない。カネがないからだ。
電話に出ると、尚子だった。
『あ、今日私のご飯、いらないから』
それだけ言って、すぐに切れた。俺は受話器を叩きつける。
千里はすでに、二階に消えていた。
「一緒にご飯食べられないんだったら、今すぐここを出て行け!」
着替えを抱えて降りてきた千里は、あっかんべーをしてから浴室に消えていく。
俺は、小さなちゃぶ台に並んだ三人分の食事を見下ろした。
誰も一緒に食わないなら、俺が先に一人で食ってやる!
「いただきます!」
手を合わせて、挨拶をしてから食べる。
一人でも、そうする。
誰も血の繋がらない人間同士なのに、何が家族だ。
そんな都合のいい言葉に、もう俺は騙されないぞ!
自分の分の食事を、押し流すように胃に突っ込んで、千里が風呂から出てくるまえに食べ終えた。
そのあと、尚子の分を冷蔵庫にしまってから、俺は二階へと上がって、寝た。
ざまーみろ、だ。
翌日は、朝早くから、北沢くんがランドセルを背負ったまま、本当にやってきた。
「おはようございます」
彼は相変わらずの爽やかな笑顔で、堂々と店に入ってくる。
「今日も学校休みだったの、忘れてたんですよね」
北沢くんは、ランドセルを背負ったままレジ台の横から居間に上がり込むと、テレビのチャンネルを変えた。
「ジュースかなんか、あります? あ、いいですよ、自分で取りますから」
背負っていた、ちょっと風変わりなランドセルを放り投げた彼は、台所に入っていった。
そして、寝起きの千里と鉢合わせる。
「ちょ、お兄ちゃん? 誰よ、この子!」
「北沢くん」
「は?」
「北沢くん」
「バカ、違うって!」
千里も混乱していたけど、千里以上に混乱していたのは、北沢くんの方だった。
「え、えぇっ? えぇー!」
どすっぴんの千里に視線を奪われたまま、手足だけは、バタバタと動いてる。
「さ、桜坂花百合隊の、ちりりん?」
その言葉に、パッと千里のアイドルスイッチが入った。
「あ、君、北沢くんっていうの?」
「はい!」
千里は、テレビでしか見たことのない顔で笑う。
「実はね、ここ、私の実家なの、実家って、分かるかな?」
「わ、分かります!」
北沢くんは、頬を真っ赤に染めて、夢見るように千里を見上げる。
「みんなには、このこと、内緒にしておいてくれるかな、千里からのお願い、ね?」
「はい!」
千里は北沢くんの頭越しに、スゴイ目で俺をにらんでくる。
にらまれたって、そんなこと知るか。
ここに住むと勝手に決めたのは千里自身で、勝手にやってきたのは北沢くんだ。
その北沢くんは、すっかり夢見る少年に変わってしまった。
千里はこれからレッスンがあるからとかなんとか、多分適当な嘘を言って出て行った。
北沢くんは、きちんと正座をしてちゃぶ台の前に座る。
「いや、驚きました。こんな運命の出会いって、本当にあるんですね」
どこからか入って来た導師が、ちゃぶ台の上に飛び上がる。
「私は魂の指導者」
「もしかして、この猫もちりりんの飼い猫ですか?」
北沢くんは、昨日は見向きもしなかった導師の頭をなでた。
俺は正座をして、導師と向き合う。
「ところで、本日の修行だが」
「はい」
「わぁ! やっぱり、そうなんだ!」
北沢くんは、いきなり導師を背後から抱きしめた。
びっくりした導師は、逃げようとしてあばれてる。
なんとか北沢くんの腕から逃れた導師は、どこかへ走り去ってしまった。
「あぁ! 行っちゃった」
今日もまたすることがなくなった俺と、北沢くんの目が合った。
「これから、どうします? ちりりんの、お部屋の掃除でもしておきましょうか」
「勝手に入ったら、殺されるよ」
「それはいけませんね」
「俺は、店番があるから」
「じゃ僕は、持ってきたゲームでもしながら、適当に過ごします」
店先から見える屋根付きの通りは、いつでも薄暗い。
北沢くんは、しばらくうちでごろごろしてたけど、昼前に一度戻ると言って出て行ってしまった。
本当は、魔法使いになる修行をしないといけないんだけど、導師もいないし、どうしたもんだか。
「ちょっと何よ、あの部屋の散らかり具合!」
「お帰り~」
「なんなの? お兄ちゃんは、いまだに小学生男子なの?」
俺はフライパンの火を止めて、千里を見る。
「お帰り」
「ただいま」
俺たちは家族じゃないけど、一緒にご飯を食べる。
いただきますもする。
焼き上がったハンバーグを、皿の上にのせた。
「あの部屋を先になんとかして! 家中がお菓子くさくて、耐えらんない!」
まぁ確かに、千里がそんなことを言いたい気持ちも分かる。
俺は畳に転がっていた、空のポテトチップスの袋を拾い上げた。
「早く御飯にしたいなら、千里も片付け手伝って」
「はぁ? 私は今からお風呂入るんだから。その間に片付けといてよね、ご飯はその後よ」
「御飯は、みんなで『いただきます』だろ!」
「あんたはこないだまで一人で食べてたくせに、なに言ってんの?」
「今は違うでしょ」
「なにが違うのよ」
「一緒に住んでる」
「それが何よ」
俺と千里とのにらみ合いが続く中、家の黒電話がなった。
俺は携帯電話を持っていない。カネがないからだ。
電話に出ると、尚子だった。
『あ、今日私のご飯、いらないから』
それだけ言って、すぐに切れた。俺は受話器を叩きつける。
千里はすでに、二階に消えていた。
「一緒にご飯食べられないんだったら、今すぐここを出て行け!」
着替えを抱えて降りてきた千里は、あっかんべーをしてから浴室に消えていく。
俺は、小さなちゃぶ台に並んだ三人分の食事を見下ろした。
誰も一緒に食わないなら、俺が先に一人で食ってやる!
「いただきます!」
手を合わせて、挨拶をしてから食べる。
一人でも、そうする。
誰も血の繋がらない人間同士なのに、何が家族だ。
そんな都合のいい言葉に、もう俺は騙されないぞ!
自分の分の食事を、押し流すように胃に突っ込んで、千里が風呂から出てくるまえに食べ終えた。
そのあと、尚子の分を冷蔵庫にしまってから、俺は二階へと上がって、寝た。
ざまーみろ、だ。
翌日は、朝早くから、北沢くんがランドセルを背負ったまま、本当にやってきた。
「おはようございます」
彼は相変わらずの爽やかな笑顔で、堂々と店に入ってくる。
「今日も学校休みだったの、忘れてたんですよね」
北沢くんは、ランドセルを背負ったままレジ台の横から居間に上がり込むと、テレビのチャンネルを変えた。
「ジュースかなんか、あります? あ、いいですよ、自分で取りますから」
背負っていた、ちょっと風変わりなランドセルを放り投げた彼は、台所に入っていった。
そして、寝起きの千里と鉢合わせる。
「ちょ、お兄ちゃん? 誰よ、この子!」
「北沢くん」
「は?」
「北沢くん」
「バカ、違うって!」
千里も混乱していたけど、千里以上に混乱していたのは、北沢くんの方だった。
「え、えぇっ? えぇー!」
どすっぴんの千里に視線を奪われたまま、手足だけは、バタバタと動いてる。
「さ、桜坂花百合隊の、ちりりん?」
その言葉に、パッと千里のアイドルスイッチが入った。
「あ、君、北沢くんっていうの?」
「はい!」
千里は、テレビでしか見たことのない顔で笑う。
「実はね、ここ、私の実家なの、実家って、分かるかな?」
「わ、分かります!」
北沢くんは、頬を真っ赤に染めて、夢見るように千里を見上げる。
「みんなには、このこと、内緒にしておいてくれるかな、千里からのお願い、ね?」
「はい!」
千里は北沢くんの頭越しに、スゴイ目で俺をにらんでくる。
にらまれたって、そんなこと知るか。
ここに住むと勝手に決めたのは千里自身で、勝手にやってきたのは北沢くんだ。
その北沢くんは、すっかり夢見る少年に変わってしまった。
千里はこれからレッスンがあるからとかなんとか、多分適当な嘘を言って出て行った。
北沢くんは、きちんと正座をしてちゃぶ台の前に座る。
「いや、驚きました。こんな運命の出会いって、本当にあるんですね」
どこからか入って来た導師が、ちゃぶ台の上に飛び上がる。
「私は魂の指導者」
「もしかして、この猫もちりりんの飼い猫ですか?」
北沢くんは、昨日は見向きもしなかった導師の頭をなでた。
俺は正座をして、導師と向き合う。
「ところで、本日の修行だが」
「はい」
「わぁ! やっぱり、そうなんだ!」
北沢くんは、いきなり導師を背後から抱きしめた。
びっくりした導師は、逃げようとしてあばれてる。
なんとか北沢くんの腕から逃れた導師は、どこかへ走り去ってしまった。
「あぁ! 行っちゃった」
今日もまたすることがなくなった俺と、北沢くんの目が合った。
「これから、どうします? ちりりんの、お部屋の掃除でもしておきましょうか」
「勝手に入ったら、殺されるよ」
「それはいけませんね」
「俺は、店番があるから」
「じゃ僕は、持ってきたゲームでもしながら、適当に過ごします」
店先から見える屋根付きの通りは、いつでも薄暗い。
北沢くんは、しばらくうちでごろごろしてたけど、昼前に一度戻ると言って出て行ってしまった。
本当は、魔法使いになる修行をしないといけないんだけど、導師もいないし、どうしたもんだか。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる