アルパラナ城外のならず者

岡智 みみか

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第1章

第4話

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「ホセ! 体はどう?」

 宿屋の正面から勝手に裏庭に回ると、離れとなっている木造の、今にも壊れそうな小さな部屋の扉を開けた。

「うわっ。……なんだ。フィローネか。びっくりした……」

 ホセは食も細く体も細い。
淡いブロンドの髪と緑がかった青い目が、突然現れた私を少しばかり怯えたように見つめた。

「……どうしたの、急に」

 話す声がいつも小さくで聞き取りにくい。
彼は丁度起き上がるところだったのか、ベッドの脇に立てかけてあった杖を頼りに立ち上がった。

「怪我をしたってのは、本当だったのね」
「あぁ、足のこと?」

 小さなベッドが一つと、四角いテーブルと椅子。
それ以外の物は置けるようなスペースすらない縦長の小さな部屋で、彼はベッドから足だけを下ろして腰掛けると、私には椅子を勧めた。

「平気だよ。ちょっと転んだだけだから」

 宿屋の女将さんに手当をしてもらったのか、悪い方の右足に包帯がぐるぐると巻かれている。

「悪い方の足を、余計に悪くしたの?」
「あぁ、まあね……」

 ホセとの会話はいつも途切れ途切れで、要領を得ない。
伸ばしっぱなしの細い髪が、サラリとうつむいた頬に流れた。

「なにがあったの? どういうこと?」
「ど、どういうこともなにも、転びそうになって、使える足の方を庇ったんだ。いつもそうしてるし。悪い方の足を怪我したところで、いつもと変わらないからね」
「ま、まぁ、それもそうね……」

 彼は顔を横に向けたまま、話している私とも目を合わそうとしなかった。

「それを聞いて、見に来てくれたの?」
「あー、違うの。どうして転びそうになったかっていうのを、聞きたかったの」
「ど、どうしてって……。普通に、転びそうになっただけだけど……」

 いつも泳いでいる彼の目が、いつも以上に泳いでいる。
倉庫広場では全身骨折って聞いたけど、それは単なる彼らの脅しだった? 
じっと腕組みをしながら見ていると、ホセは視線から逃げるように背けた。
いつもの大人しくて穏やかなのは確かだけど、それにしても今日のホセは様子がおかしい。
しびれを切らした私は、つい声を大きくする。

「ねぇ! リッキーさんのお店、どうなってるの? さっき事務所に行ったのに、誰もいなかったんだけど」
「え! 倉庫広場へ行ったの?」

 彼がこんなに驚いたような顔をするのを、私は久しぶりに見たような気がする。

「行った。だって、お願いしていた荷物が届かないんだもの」
「あぁ……」

 彼はそうでなくても暗く沈みがちな顔を、より一層暗くする。

「申し訳ない。だけど、仕方ないことでもあるんだ」
「またそれね。ホセまでそんなこと言うんだ」
「そんなことって?」
「仕方ないとか、どうしようもないとか。どういうこと?」
「あー……。あのね、新しく出来た卸問屋が、うちより高い値段で品を集めているんだ。信じられないよ。それほど質がいいとは思えない品まで、高額で買い取ってるんだ。うちの倉庫が空っぽになってしまうのは、当然というか、当たり前というか……」
「新しく出来た卸問屋?」
「うん。アシオスの東の原に、ずっと使われていなかった貴族の屋敷があっただろ。あの屋敷を買い取ったという人物がいて、その貴族からの支援を受けているようなんだ。貧しい人々にも施しをって大盤振る舞いされたら、ぎりぎりでやってるうちみたいな店は太刀打ちできなくて……」
「それで倉庫が空っぽなの?」
「う、うん。まぁ……」

 ホセの歯切れが悪い。
絶対まだ何か隠してる。
私は自分のオレンジの目を、じっと彼に向けた。

「本当にそれだけ? それだけなら、どうして町の大人たちは黙ってるの?」
「あぁ……。フィローネ……」

 嘘のつけないホセは、苦しそうに自分の顔を両手で隠した。

「実は、うちから卸した小麦に、大量のカビが生えてたっていうんだ」
「え? なんで? そんな話、全然聞いてないけど」

 もちろん小麦粉の保管状況によっては、カビも生えることがあるだろう。
だけどリッキー商会の倉庫広場には穀物専用の倉庫が建てられ、在庫はひっきりなしに入れ替わっている。

「そうだろ? うちに限って、あるわけない。あるわけないんだ。買い付けはリッキーさんが自ら各地を回って集めてきたものだし、倉庫に運ばれたら、買い取る前に中身も確かめてる。フィローネもみたことあるだろ? 沢山の小分けにされた麻袋を。出荷前には小麦粉をふるいにかけ、中の異物や味、品質を確かめてから運び出している。そのチェックが漏れることなんてありえないんだ。記録もちゃんとつけてる」
「出荷を手伝う検査役が、見逃したってこと?」
「もちろん、僕が全部を見られるわけじゃない。だから、漏れがあることは否定出来ない。それでも、うちの店に対する信頼ってだけじゃない。誰かの口に入る食品の、いちばん最初の部分を担当しているんだ。そこに対する自負だとか誇りを、一緒に働いていたみんなは持っていたはずなのに……」
「その仲間たちってのは、いま倉庫にいる連中のこと?」
「……。あぁ、それは……」

 ホセが目を逸らした。
いつも穏やかで大人しい顔に、苦痛の表情を浮かべる。

「違うのね。じゃあアイツらは一体なに?」
「アシオスの……。新しい守護隊長から送られてきた監視役だ。食中毒の出た原因と改善が行われるまで、業務停止命令がだされてる」
「守護隊が? だから営業できないの?」
「うん……。リッキーさんが必死で弁明を続けてるけど、守護隊の取り調べを受けている以上、俺たちにはどうしようもないんだ。待ってることしか出来ないよ」
「そっか。だからみんな、何も言わないのね……」

 アルパラナの現国王、マルク王の二代前まで、この国は国内各地で争いの絶えない戦場のような国だったという。
なんとか治安を取り戻したいと考えた王は、各地域の統治を争いばかり好む貴族や領主に任せるのではなく、王自らが国内を細かく分割した地区ごとに分け、そこへ治安維持を目的とした守護隊を王室直属の部隊として結成し派遣した。
やがてそれは各地区の治安だけでなく裁判や経済まで担うようになり、今や守護隊の許可なく何かをすることは、王族すら到底出来ないようになってしまっている。

「新しい守護隊長って、別の守護隊から移ってきたドモーアって人だっけ」
「そう。リッキーさんは、そのドモーア隊長に呼ばれ、アシオス守護隊本部へ行ってるんだ」
「逮捕ってこと?」
「まだそこまでは……」
「そうだったのね。なら本当に、いま出来ることは何もないんだ」
「フィローネ。心配してくれてありがとう。俺はリッキーさんを信じて待つよ」
「……。そうね、私も自分を納得させることにする……」

 ホセにねぎらいの言葉をかけ別れの挨拶をすませると、私はホセの住む小屋を後にした。
トリノの雑貨屋への帰り道、背後から差す西日がくすんだ黄土色の石畳に長い影を落としている。

 新守護隊長の就任式のパレードで、新しい守護隊長だというドモーアを見たことはある。
くるくると巻いたクセのある長い黒髪に尖ったワシ鼻、両サイドにピンと伸ばした口ひげとカラフルな白地に青のストライプの衣装は、まさに貴族そのものといった雰囲気だった。
それでも彼は、貴族の出身ではないという。
地方の農村から士官学校に入り、実力で守護隊長にまでなった人で、優秀であることは間違いない。
せめてこの地区の新しい守護隊長が、私たちのような平民に対して心ある人物であることを願いたい。

 日の暮れかけた通りを、とぼとぼと歩く。
そのアシオス守護隊が本部を置く建物は、街一番の大通りにあった。
見上げるほど背の高い建物が隙間無くびっしりと並んだ大通りは、すでに帰宅を急ぐ人影もまばらで、噴水のある本部広場も夜の訪れを前に、日中の賑わいより静けさの方が勝っていた。
まだ所々に明かりの灯る、ずっしりと威厳ある五階建ての庁舎を見上げる。
入り口には槍を持った兵士が二人、門番を勤めていた。
今ここで私が何を訴えても、どうにもならない。
みんなの言う通りだ。
一本の大きく長い飾り羽根を付けた門番は、ただ真っ直ぐに虚空をみつめている。
私は心の中で彼らにペコリと頭を下げると、家路についた。
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