8 / 43
第1章
第8話
しおりを挟む
家に戻った私は、トリノ夫妻にエンリケも加えた四人で夕食をとりながら、サパタ商会での報告を済ませる。
食事の片付けを終えると、今日は気の張る仕事で疲れたからと、早めに床についた。
もちろんウソだ。
私はベッドの中でじっとうずくまったまま、その時が来るのを待っていた。
夜中に抜け出すことには慣れている。
この家に引き取られてからも、学校で知り合った友達とこっそり会うために何度家を抜け出し、夜道を歩いたか分からない。
目をつぶって歩いたって迷うことなんてなかったし、住んでる人もほとんど顔を知っている。
昼と夜とで町が入れ替わるわけでもない。
怖くはなかった。
それでも、あまり遅い時間になってしまっては、相手が酔っ払ってまともに話しが出来なくなってしまうかもしれない。
彼らが店に入る前か、出来るだけ早い時間なら、私一人でも何とかなるだろう。
あれだけ大勢の人間が集まる場所だ。
知った顔の一人や二人はいるだろうし、今夜こっそり忍びこんだことが、トリノ夫妻にバレるのも想定済み。
そんな諸々を含めても、決行しない理由など思いつかなかった。
時間だ。
私は暗闇のなかベッドを抜け出すと、身代わりとなる布団の膨らみをしっかり調える。
足音を忍ばせ一階に下りると、まだキッチンに明かりが灯っているのを横目に見ながら、家を抜け出した。
外に出たとたん私の足は走り出し、一目散にジュルの店へ向かった。
店の明かりが見えるところまでくると、もう大人たちの騒ぐ怒鳴り声が聞こえてくる。
店に入りきれなかった客たちが、人通りのなくなった店先にまで椅子とテーブルを持ち出し、道の一部を占拠していた。
オープンテラスといえば聞こえはいいが、単純に人が多すぎてあふれ出してると言った方が表現的に正しいと思う。
いざ実際に店の前まで来てみると、自分がいかに場違いな所へ来てしまったかを思い知らされた。
もちろん覚悟はしていたつもりだったけど、想像が全然足りなかった。
酔いの回った男たちのバカ騒ぎって、こんなに酷いものだったの?
確かに顔見知りの姿をいくつか見かけたけど、普段にはない興奮したような言動は、まるで私の知ってる人ではないみたい。
顔を真っ赤にしながら大げさな仕草で、何を必死に懸命に訴えているのだろう。
私は羽織ってきたマントのフードを深くかぶり直した。
ここに来るまでは、持ってきたわずかなお金でお客として店に入り、簡単な食事くらいしてもいいかもと思ってたけど、そんな考えはとっくに吹き飛んでしまっている。
私一人で店に入るなんて、逆に目立ってしょうがないような状況だ。
全然お忍びにならない。
どうしよう。
ここまで来た以上、簡単に帰りたくもない。
昼間の閑散としたけだるい雰囲気のジュルの店しか知らなかった私は、この店の本当の姿を知らなかっただけだった。
正面から入って行こうなんて考えは、もうとっくに捨てている。
勝手知ったる路地裏を抜け、店の裏に回り込んだ。
勝手口から敷地の中に入ると、今が一番注文の混み合う時間なのか、厨房は戦場と化していた。
昼間に見ると、いつもだらしなく寝ているだけだと思っていたこの店の料理長が、軽快な手つきでフライパンを振り、仲間に指示を飛ばしている。
そんな光景を横目に、私は背を縮め壁に沿って夜の芝生の庭を店の中が見えるところまで慎重に移動した。
賑やかな店内と比べ、静かすぎる夜の裏庭をひっそりと進む。
引く馬のいない空っぽの荷台が放置されているのを見つけ、その車輪の影に身を隠した。
ここからなら、明るく照らされた店内がよく見渡せる。
私はオレンジ色をした目を細め、土壁に空いた扉のない窓の向こうに、リッキー商会の倉庫広場で見かけた、色黒で坊主頭の男を探した。
ジュルの店には、実に様々なタイプの人間がひしめき合っている。
日が暮れてから店を開け、明け方まで営業しているような店だ。
旅芸人の一行や行商人、城に士官にしに来たような見習い兵に、女剣士たち、僧侶の一団のようなグループまでいる。
店内は途切れなく注文が入り、ひっきりなしになみなみと注がれた酒や皿いっぱいの料理を運ぶ店員が行き交っていた。
とにかくごちゃごちゃとした店内で、私は目的である大柄な男を探した。
かなり体格のいい方だと思っていたけど、大勢の中に混ぜてしまえば、それほどのものでもなかったのか、全く見つからない。
「今夜」といったのは、もっと遅い時間だったの?
しばらく賑やかな店内を見ながら時間を潰し、今日はダメだったかと諦めかけたその時、ようやく昼間見たのと同じタンクトップ姿の男が現れた。
彼と待ち合わせていた、小柄な赤毛の男も一緒だ。
彼らは空いていた椅子を見つけると、元いた人たちを押しのけ相席を決める。
すぐに駆けつけた女性の給仕係に、注文を出し始めた。
「あぁーもう。失敗したな。やっぱり一人で来るんじゃなかった」
ホセかエンリケを誘えばよかった。
彼らがいたら、中に入れたのに!
あの二人に近づこうと思えば、店内に入るしかない。
こっそり近寄ってリッキーの店に関する情報を盗み聞きしようなんて、そんな甘いものじゃなかった。
堂々と店に入り彼らの隣にでも座らない限り、話を聞くなんて絶対無理。
どうしよう。
せっかく来たんだし、何か少しでも得るものを得て帰りたい。
ふと中をのぞくと、ようやく見つけた男たちの姿も消えている。
「あれ? どこへ行ったの?」
私は店内の様子をもっとよく見ようと、車輪の影から首を伸ばした。
「おい、誰だ!」
突然背後から強い手に掴まれ、容赦なく地面に押しつけられる。
「痛い! 放して!」
「女。ここで何をしている」
私は精一杯の力で抵抗し身をよじると、男の顔を振り仰いだ。
食事の片付けを終えると、今日は気の張る仕事で疲れたからと、早めに床についた。
もちろんウソだ。
私はベッドの中でじっとうずくまったまま、その時が来るのを待っていた。
夜中に抜け出すことには慣れている。
この家に引き取られてからも、学校で知り合った友達とこっそり会うために何度家を抜け出し、夜道を歩いたか分からない。
目をつぶって歩いたって迷うことなんてなかったし、住んでる人もほとんど顔を知っている。
昼と夜とで町が入れ替わるわけでもない。
怖くはなかった。
それでも、あまり遅い時間になってしまっては、相手が酔っ払ってまともに話しが出来なくなってしまうかもしれない。
彼らが店に入る前か、出来るだけ早い時間なら、私一人でも何とかなるだろう。
あれだけ大勢の人間が集まる場所だ。
知った顔の一人や二人はいるだろうし、今夜こっそり忍びこんだことが、トリノ夫妻にバレるのも想定済み。
そんな諸々を含めても、決行しない理由など思いつかなかった。
時間だ。
私は暗闇のなかベッドを抜け出すと、身代わりとなる布団の膨らみをしっかり調える。
足音を忍ばせ一階に下りると、まだキッチンに明かりが灯っているのを横目に見ながら、家を抜け出した。
外に出たとたん私の足は走り出し、一目散にジュルの店へ向かった。
店の明かりが見えるところまでくると、もう大人たちの騒ぐ怒鳴り声が聞こえてくる。
店に入りきれなかった客たちが、人通りのなくなった店先にまで椅子とテーブルを持ち出し、道の一部を占拠していた。
オープンテラスといえば聞こえはいいが、単純に人が多すぎてあふれ出してると言った方が表現的に正しいと思う。
いざ実際に店の前まで来てみると、自分がいかに場違いな所へ来てしまったかを思い知らされた。
もちろん覚悟はしていたつもりだったけど、想像が全然足りなかった。
酔いの回った男たちのバカ騒ぎって、こんなに酷いものだったの?
確かに顔見知りの姿をいくつか見かけたけど、普段にはない興奮したような言動は、まるで私の知ってる人ではないみたい。
顔を真っ赤にしながら大げさな仕草で、何を必死に懸命に訴えているのだろう。
私は羽織ってきたマントのフードを深くかぶり直した。
ここに来るまでは、持ってきたわずかなお金でお客として店に入り、簡単な食事くらいしてもいいかもと思ってたけど、そんな考えはとっくに吹き飛んでしまっている。
私一人で店に入るなんて、逆に目立ってしょうがないような状況だ。
全然お忍びにならない。
どうしよう。
ここまで来た以上、簡単に帰りたくもない。
昼間の閑散としたけだるい雰囲気のジュルの店しか知らなかった私は、この店の本当の姿を知らなかっただけだった。
正面から入って行こうなんて考えは、もうとっくに捨てている。
勝手知ったる路地裏を抜け、店の裏に回り込んだ。
勝手口から敷地の中に入ると、今が一番注文の混み合う時間なのか、厨房は戦場と化していた。
昼間に見ると、いつもだらしなく寝ているだけだと思っていたこの店の料理長が、軽快な手つきでフライパンを振り、仲間に指示を飛ばしている。
そんな光景を横目に、私は背を縮め壁に沿って夜の芝生の庭を店の中が見えるところまで慎重に移動した。
賑やかな店内と比べ、静かすぎる夜の裏庭をひっそりと進む。
引く馬のいない空っぽの荷台が放置されているのを見つけ、その車輪の影に身を隠した。
ここからなら、明るく照らされた店内がよく見渡せる。
私はオレンジ色をした目を細め、土壁に空いた扉のない窓の向こうに、リッキー商会の倉庫広場で見かけた、色黒で坊主頭の男を探した。
ジュルの店には、実に様々なタイプの人間がひしめき合っている。
日が暮れてから店を開け、明け方まで営業しているような店だ。
旅芸人の一行や行商人、城に士官にしに来たような見習い兵に、女剣士たち、僧侶の一団のようなグループまでいる。
店内は途切れなく注文が入り、ひっきりなしになみなみと注がれた酒や皿いっぱいの料理を運ぶ店員が行き交っていた。
とにかくごちゃごちゃとした店内で、私は目的である大柄な男を探した。
かなり体格のいい方だと思っていたけど、大勢の中に混ぜてしまえば、それほどのものでもなかったのか、全く見つからない。
「今夜」といったのは、もっと遅い時間だったの?
しばらく賑やかな店内を見ながら時間を潰し、今日はダメだったかと諦めかけたその時、ようやく昼間見たのと同じタンクトップ姿の男が現れた。
彼と待ち合わせていた、小柄な赤毛の男も一緒だ。
彼らは空いていた椅子を見つけると、元いた人たちを押しのけ相席を決める。
すぐに駆けつけた女性の給仕係に、注文を出し始めた。
「あぁーもう。失敗したな。やっぱり一人で来るんじゃなかった」
ホセかエンリケを誘えばよかった。
彼らがいたら、中に入れたのに!
あの二人に近づこうと思えば、店内に入るしかない。
こっそり近寄ってリッキーの店に関する情報を盗み聞きしようなんて、そんな甘いものじゃなかった。
堂々と店に入り彼らの隣にでも座らない限り、話を聞くなんて絶対無理。
どうしよう。
せっかく来たんだし、何か少しでも得るものを得て帰りたい。
ふと中をのぞくと、ようやく見つけた男たちの姿も消えている。
「あれ? どこへ行ったの?」
私は店内の様子をもっとよく見ようと、車輪の影から首を伸ばした。
「おい、誰だ!」
突然背後から強い手に掴まれ、容赦なく地面に押しつけられる。
「痛い! 放して!」
「女。ここで何をしている」
私は精一杯の力で抵抗し身をよじると、男の顔を振り仰いだ。
0
あなたにおすすめの小説
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結
まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。
コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。
「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」
イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。
対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。
レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。
「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」
「あの、ちょっとよろしいですか?」
「なんだ!」
レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。
「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」
私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。
全31話、約43,000文字、完結済み。
他サイトにもアップしています。
小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位!
pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。
アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。
2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
聖女の力は使いたくありません!
三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。
ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの?
昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに!
どうしてこうなったのか、誰か教えて!
※アルファポリスのみの公開です。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜
雪野 結莉
恋愛
魔物を倒す英雄となる運命を背負って生まれた侯爵家嫡男ルーク。
しかし、赤ん坊の時に魔獣に襲われ、顔に酷い傷を持ってしまう。
英雄の婚約者には、必ず光の魔力を持つものが求められる。そして選ばれたのは子爵家次女ジーナだった。
顔に残る傷のため、酷く冷遇された幼少期を過ごすルークに差し込んだ一筋の光がジーナなのだ。
ジーナを誰よりも大切にしてきたルークだったが、ジーナとの婚約を邪魔するものの手によって、ジーナは殺されてしまう。
誰よりも強く誰よりも心に傷を持つルークのことが死してなお気になるジーナ。
ルークに会いたくて会いたくて。
その願いは。。。。。
とても長いお話ですが、1話1話は1500文字前後で軽く読める……はず!です。
他サイト様でも公開中ですが、アルファポリス様が一番早い更新です。
本編完結しました!
大変お待たせ致しました。番外編も完結いたしました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる