アルパラナ城外のならず者

岡智 みみか

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第3章

第9話

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「セリオのお父さんが医者とか? 病気のことを調べてくれって、私にも頼んでたくらいだから」
「まぁ、どっかのお貴族さまなことは間違いないだろうな」

 ホセが報告書のページをめくる手を止めた。

「ねぇ、ちょっと待って。俺は守護隊にネズミの被害はあったかと聞かれ、ないと答え続けた。見たことがなかったから。実際に綺麗にしていたし、常に気をつけていた。だけど、アシオスの守護隊によって、ネズミの害があったと言わた。倉庫の中に、ネズミはいたんだって」
「そうね。庁舎前に貼られた掲示板にも、そう書かれてあった」

 何かを懸命に考えながら話すホセに、私とエンリケは資料をめくる手を止める。

「そう。それでその公告を見た街のみんなも、リッキー商会の倉庫にネズミ害は『あった』と思ったんだ」

 ホセは報告書の文字に指を這わせた。

「だけど、報告書の中にも具体的なことは何も書かれていない。掲示板に公告が出された時には、倉庫の中にあった荷物はほとんどが運び出されて中は空っぽだった」
「そうよ。汚れた麻袋もネズミの死骸を見た人もいない」
「本当に害があったかどうかを、証明するものが何もないんだ」
「じゃあやっぱり、被害なんて本当はなかったのよ!」
「ちょっと待て」

 エンリケが盛り上がる私とホセの間に口を挟んだ。

「もしその理屈が成り立つんだとしたら、ネズミ害は『あった』ことにもなるぞ。なぜなら、『あった』と証言しているのは、守護隊だからだ。なかったことの証明も難しいが、あったことにするにも、根拠が足りない。この『あった』と『なかった』は、どこまで行っても平行線だ」
「だとしたら、どうすればいいの!」
「何か、どこかでも守護隊の報告書におかしなところがあれば……」
「無駄だな」

 エンリケは難しい顔をして眉にシワを寄せる。

「『なし』の証明となるものを、全部先回りして守護隊が押さえてしまった。現場検証する前から、中にあった倉庫の備蓄も、全部守護隊が運び出した後だ。守護隊が『あった』というのを、覆すことは難しいね」
「じゃあ、どうすればいいの!」
「だからどうあがいたって、無駄なものは無駄なんだ。俺たちに勝ち目はない。他の方法を考えよう。真っ向勝負ばかりが勝負じゃないって言っただろ。何をしてでも生き残るってのが、最終的な『勝ち』になるんだよ」

 エンリケは机に肘をつくと、パラパラとセリオの資料をめくる。

「あのセリオとかいう奴も、バカだと思うぜ。もちろん嫌いじゃないけどさ。こんな資料、どこから手に入れたのか知らんけど、こんなことをしてまで俺たちに肩入れして、何の得が……」

 遠くに鐘の音が聞こえた。
急を知らせるその早鐘に、私たちは顔を合わせる。

「火事だ!」
「どこで?」

 足の悪いホセを残し、エンリケと外へ飛び出す。
深い夜の闇の中、北西の空の一部が赤く燃えていた。
知らせを聞いた人たちも道に顔を出し、焼けた夜空を見上げる。

「ここからは遠いな」
「どこだろ」

 黒い煙がもくもくと天まで舞い上がっているけれど、ここまで延焼の心配はなさそうだ。
随分大きな火事っぽいから、きっと明日には火の元とその原因が分かるだろう。

「結構デカいな」
「ほんと。大変だ」

 エンリケと二人、一安心したところで後ろを振り返る。
遅れて外に出てきたホセは、燃えさかる空を見て大きく目を見開いた。
肌身離さず持っている大切な杖が、カランと音を立て地面に転がり落ちる。

「倉庫が……、倉庫が燃えてる!」
「え? ウソ!」

 燃えさかる炎に焼かれた空を振り返る。
確かにそれは、リッキー商会の倉庫広場の方角だ。
ホセは駆け出そうとして、足をもつらせ激しく転倒する。
空を焦がす火は、より一層強さを増した。

「倉庫が、倉庫が!」
「行こう!」

 エンリケはホセを背負い、私は彼の杖を拾うと、倉庫広場を目指す。
そこが近づくにつれ、人の数はどんどん増えてゆく。
遅れがちなエンリケを気遣いながら現場にたどり着いた時には、完全に火の手が回っていた。

「ウソだ……」

 燃えさかる炎は、五つの倉庫全てから上がっていた。

「ほら! 危険だから、ここから先は近寄るんじゃない!!!」

 アシオスの治安維持を目的とする守護隊が、開け放された門の前に立ち塞がっている。
倉庫広場は高い塀に囲まれた中にあり延焼の恐れがないと判断されたのか、倉庫は燃えるがままにされている。

「火を! 火を消してください! どうして!」

 中に入ろうとして、ホセはあっさりと守護隊の槍に押し返される。
尻もちをついて倒れるホセに、守護隊の男は怒鳴りつけた。

「危険だから近寄るなと言っただろ! すぐにここから離れろ!」
「だけど、あの中には……!」

 もう一度立ち上がろうとしたホセを、エンリケが抱き止めた。

「おい、やめろホセ! 中は本当に危険なんだ!」
「んん? お前、リッキー商会の倉庫番だったホセか?」

 守護隊の男が、もみ合う二人を見下ろした。
何度も起き上がろうとするホセを、エンリケは抑え続ける。

「そうだ。それがなんだ! 俺は倉庫を守ってたんだ! 放せ! これ以上、俺たちに関わるな!」

 高まった熱が膨張し、爆発音と共に火の粉が爆ぜる。
飛び散った火の粉は事務所建物まで燃やそうとしていた。

「まだ間に合う、まだ間に合うじゃないか! どうして火を消そうとしない!」
「……。ホセ。どのみち、焼却処分される予定だったんだ。感染症を出したからな。現場検証も終わってる。タイミングがよかったとでも言うべきなのかな。お前は燃やされる予定だったことを知らなかったのか?」

 燃えさかる炎に焼かれ、レンガの屋根が落ちる。
巨大な倉庫が、音を立てて崩れ始めていた。

「いずれにしろ、リッキー商会は終わりだ。今回の火事があってもなくても、とっくに終わってたんだよ」

 守護隊の男は声をひそめると、ホセの耳にささやいた。

「リッキーとその家族全員の遺体が見つかった。罪を認め謝罪した遺書もだ。倉庫が燃えちまったのは残念だったが、ホセ、これからはお前も自分の身の振り方を……」

 燃えさかる炎を背に、馬に乗った男の影が私たちを遮った。

「何事だ」

 ドモーアだ! 
なにひとつ着崩れたところのない完璧な状態で黒馬にまたがるドモーアが、私たちに細長い眉をしかめた。

「んん? お前はホセか。どうしてこんなところに?」

 黒い髪をなびかせ頭上からかけられる言葉が、まるで尋問のように響き渡る。

「お、お願いです。倉庫の……、倉庫の火を消してください!」

 ホセが命がけで絞り出した言葉に、ドモーアは冷淡に顎を動かした。

「この男を捕らえろ。守護隊の地下牢に戻しておけ」
「な! ホセが何をしたって言うんだ!」

 捕らえられようとするホセを、エンリケが必死で庇う。
だがそれは簡単に押しのけられ、足の悪いホセは抵抗することなく捕まった。

「せっかく出てこれたと思ったのに、すぐ逆戻りだな。ま、仕方のないことだ」
「ホセを放せ! ドモーア隊長! ホセが何をしたっていうんだ!」

 守護隊隊員の一人が、叫ぶエンリケを殴りつけた。
吹き飛ばされた彼をかばうように駆け寄ると、ドモーアは燃えさかる広場前で、私たちに話しかけてきた守護隊員を馬上から見下ろした。

「お手柄だったな。君の名は?」
「ハ、ハミドです!」
「そうか。ハミド君。君には後ほど褒美をだそう」
「は、はい! ありがとうございます!」

 何かを言おうとしたホセのお腹に、強烈な拳が打ち込まれた。
意識を失った彼は、そのまま守護隊員たちに引きずられてゆく。

「おい! ホセを放せ!」

 叫ぶエンリケに、私は飛びついた。
彼を再び殴ろうとした守護隊員が、その拳を収める。

「チッ、素直に大人しくしとけ」
「おい! 何がどうなってんだよ!」

 天まで届いていた炎は、燃やすものを失いその勢いを弱めていた。
黒焦げになったレンガの壁はすっかり崩れ落ち、全てが炭と化している。
まだ残る小さな火種だけが、チロチロと赤い舌を見せていた。

「さぁ。お前たちはもう家に戻るんだ。夜が明けるぞ」

 野次馬は追い払われ、火の勢いが衰えてから、守護隊員たちの消火活動が始まる。
人の波も静かに去ってゆく。
本当に何にもなくなってしまった。
燃え尽きた倉庫は、鍬でつつかれるだけで簡単に崩れ落ちた。
かけられた水も白煙となって虚空に消える。

「エンリケ。私たちも帰ろう」
「なんでだよフィローネ! ホセが、ホセがまた連れて行かれたんだぞ!」
「それでもよ。今は帰らなきゃダメ」

 納得なんて、いくもんじゃない。
だけど今は、何も出来ない。
私は泣きじゃくるエンリケの手を取った。

「立って。歩くのよ、エンリケ」

 強く握り締めた手で、彼を引き上げる。
負けない。
絶対に。
私は彼の手を引いたまま、夜の明ける道を歩き始めた。
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