アルパラナ城外のならず者

岡智 みみか

文字の大きさ
36 / 43
第4章

第7話

しおりを挟む
 会議のための部屋に入ると、ヘススとフレンが深々と頭を下げる。
居並ぶ守護隊長たちも最敬礼の姿勢を保ったまま、合図があるまで動かない。
薄い垂れ幕一枚で、完全に世界が分けられていた。
俺から見る世界は、いつだって何かに覆われている。

「さぁ、始めましょう」

 フレンの合図で、退屈な時間が始まった。
ここから逃げられない俺は、目の前に並べられたイラの実をつまむ。
この白く芳醇な香りのする珍しい果物は、東方の国の女王が好んだ果物だったそうだ。
栽培が難しく高価であったため、妃の望むままに買い与えた王は、その国を滅ぼしたという。
口に運ぶと、蕩けるように甘い汁が滴り落ちた。

「ニロ王子。そろそろお目覚めを」

 ささやくディオスの声に、目を覚ます。
いつの間にかソファでうたた寝をしていたようだ。
白いカーテンの向こうで、俺と同じように座ったまま居眠りをしている守護隊長も見えるなか、ドモーアが立ち上がった。

「さて。先日お騒がせしてしまったアシオスでの火災の件、まずはお詫び申し上げます」
 片腕を頭上に掲げ、振り下ろす勢いで頭を下げる仰々しいパフォーマンスが、コイツのクセをさらにクドくしていた。
ヘススは完全にドモーアと協調態勢にある。

「素早い鎮火で延焼を防いだのは、ドモーア隊長のおかげです。我々からもお礼を申し上げたい」
「いいえ、ヘスス公爵さま! これはお褒めにあずかるようなことではございません。我の不徳の致すところ。恥じ入るばかりでございます」

 ヘススが自分に媚びる配下を褒め称え、彼に認められたいウジ虫がそれを謙遜する。
いつもの茶番が始まった。

「それで、火災の原因はやはり不審火と?」
「はい。現場は人の立ち入りを禁止していた、火の気のないところでございます。故に私はこれを、放火と判断いたしました」
「おぉ。それは放ってはおけませんな」
「もちろんです。ヘスス公爵さま」
「ならば早急に犯人を突き止め、厳重な処罰を……」
「犯人はすでに、捕らえております」

 その言葉に、俺は甘い汁のついた指を舐めるのを止めた。

「今回の火災は、以前こちらでご報告いたしました、アシオスの商業圏で大きな影響力を持っていた、リッキー商会の倉庫広場で起こった火災です。しかも、不正取引の調査中での出来事。犯人は自ずと目星がつくものです」
「不正取引ですと?」
「まだ調査は続行中ですので、詳しいお話しはここでは控えさせていただきますが……。以前、シア隊長よりお伺いのあった盗品の売買にも、彼らが関わっていた可能性が……」
「では、今回の火災は、その商会の人間の仕業だと?」
「はい。経営者であったリッキーを取り調べていたところ、罪を認めておりました。そこで本人の反省も深く逃亡のおそれもないと、帰宅を許可したところ……」

 ドモーアは自分の顔に片手をあて、酷く塞ぎ込んでみせた。

「自ら命を絶ちました。家族も一緒にです。酷い事件を起こしてしまったとはいえ、なんとも悲痛な最期。遺書も見つかり、そこには謝罪と反省が述べられておりました。我々は罪を許し、彼らを丁重に葬ったことをお許しください」

 店主が死んだ? 
俺はディオスと目を合わせる。
パブロの横顔も、ぎゅっと引き締まった。
店主は捕らえられていたはずだ。
アシオスの牢獄で命を絶ったということか?

「死者に祈りを捧げましょう」

 ヘススが胸の前で手を合わせる。
ドモーアも同じように目を閉じた。

「しかし、それでは放火は誰が?」
「彼らが罪を認めたことにより、倉庫番として働いていた男を釈放いたしました。ですがその彼が、その日の晩に倉庫に火を放ってしまったのです」
「なんと!」
「これほど不幸な事件がありますでしょうか」

 ドモーアは役者のように大きく両腕を広げる。

「倉庫番の男は、店主が罪を認め自ら命を絶っていたということを、知らされておりませんでした。なのに釈放されたとたん、自らの盗品売買の証拠隠滅のため、倉庫に火を放ったのです」
「愚かなことです」
「彼の忠誠心は称えるべきものでもありますが、同時に間違っておりました。正しい道に進んでいれば、どれだけよかったことでしょう。しかし、やってしまったことには、向き合わねばなりません。再び彼を捕らえ、現在牢に繋いでおります。判決は世間を騒がせたことと、事件の大きさを鑑み、絞首刑に致したいと思っております」

 倉庫番の男が絞首刑だと? あの足の悪い男がか!

「我々は、ドモーア隊長の判断を尊重いたします」
「私もアシオスの守護隊長として、断腸の思いにございます。彼には、可愛らしい恋人もおりましたのに。二人で思い詰めての犯行と、彼女が認めました」
「では、将来のある若者二人が」
「はい。店主の一家心中と合わせ、残念な結末です。おかげでアシオスの街は、現在深く沈んでおります。彼らの店は、多くの商店と取り引きのある卸問屋でもありました。今後はアシオス守護隊の管理下の元、公平な取り引きが行われるよう、経済の立て直しにも注力していきたいと……」
「ドモーア隊長!」

 一人の男が立ち上がった。シアだ。

「一つ確認しておきたい。それでは今後、アシオスでの商取引は、全てドモーア隊長の管理下で行われると?」
「『全て』と言われると、語弊があるのはご理解いただきたい。今回の反省を深め、今後は公平で安全な取り引きが行われるよう努めてまいります」
「お答えいただきたいのは、盗品売買の件です。アシオスはドモーア隊長の就任以降、大幅な改善が見られているものの、地域柄なかなか統治の難し地区にございます。これまでの我々の調査では、組織だった買い取り手までは確認出来ていませんでした。今後ドモーア隊長率いる守護隊の監視下に入れば、このようなことは起こりえないと?」
「もちろん、我々の新しく立ち上げる商会が、アシオス全ての商取引を扱うわけではございません。個人間でのやりとりまで把握するのは、非情に難しい。闇取引きとなると、なおさらどこの地区に限らず手は焼くもの」

 静まりかえった部屋で、ドモーアとシアが火花を散らす。

「それでも、不正の摘発は続けていかれると」
「当然だ。アシオスの治安は守護隊長であるこの私が守るもの」
「……。今後のドモーア隊長のご手腕に、期待しております」
「皆さんの期待に応えられるよう、鋭意努力して参ります」

 シアが腰を下ろし、ドモーアもようやくしゃべるのをやめた。
御前会議は次の議題に移り、俺はディオスを呼び寄せ耳元にささやく。

「リッキー商会の件、どうなっている?」
「我々の把握している状況と異なります。店主とその一家が亡くなっているのは、事実のようですが……」
「お前は、本当にあの足の悪い男が、倉庫に火をつけたと思うか?」

 ディオスは小さく首を横に振った。
俺もそう思わない。

「動きはどうなっている」
「火災発生を受け、再び倉庫番のホセが捕らえられたとは聞いておりましたが、フィローネが確保されているという件に関しては、報告に上がっておりません」
「もう一度確認しろ」

 俺の渡した資料はどうなった? 
それで判決を覆すんじゃなかったのか? 
現場は焼けてしまった。
あの資料だけでは、証拠が不十分だったということか? 
それとも、本当にリッキーとかいう店主は不正を働いていて、下はそれに気づいていなかったのか?

「クソッ……」 

 俺は目を閉じ、雑念を振り払った。
何かを疑い始めれば切りがない。
大きな火災だったとはいえ、人的被害もないなか、空き倉庫での火災だ。
いずれにせよ、絞首刑にするには刑が重すぎる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」 イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。 対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。 レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。 「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」 「あの、ちょっとよろしいですか?」 「なんだ!」 レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。 「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」 私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。 全31話、約43,000文字、完結済み。 他サイトにもアップしています。 小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位! pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。 アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。 2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」

聖女の力は使いたくありません!

三谷朱花
恋愛
目の前に並ぶ、婚約者と、気弱そうに隣に立つ義理の姉の姿に、私はめまいを覚えた。 ここは、私がヒロインの舞台じゃなかったの? 昨日までは、これまでの人生を逆転させて、ヒロインになりあがった自分を自分で褒めていたのに! どうしてこうなったのか、誰か教えて! ※アルファポリスのみの公開です。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜

雪野 結莉
恋愛
魔物を倒す英雄となる運命を背負って生まれた侯爵家嫡男ルーク。 しかし、赤ん坊の時に魔獣に襲われ、顔に酷い傷を持ってしまう。 英雄の婚約者には、必ず光の魔力を持つものが求められる。そして選ばれたのは子爵家次女ジーナだった。 顔に残る傷のため、酷く冷遇された幼少期を過ごすルークに差し込んだ一筋の光がジーナなのだ。 ジーナを誰よりも大切にしてきたルークだったが、ジーナとの婚約を邪魔するものの手によって、ジーナは殺されてしまう。 誰よりも強く誰よりも心に傷を持つルークのことが死してなお気になるジーナ。 ルークに会いたくて会いたくて。 その願いは。。。。。 とても長いお話ですが、1話1話は1500文字前後で軽く読める……はず!です。 他サイト様でも公開中ですが、アルファポリス様が一番早い更新です。 本編完結しました! 大変お待たせ致しました。番外編も完結いたしました!

処理中です...