はじまりのうた

岡智 みみか

文字の大きさ
26 / 36

第26話

しおりを挟む
「配分を変えるわね」

イヴァは機動ロボたちに、何かの指示を追加した。

迷路の外に待機していたロボットたちが動き出す。

「禁則条件は変更しないの?」

「相変わらず気が早いな」

ディーノが笑った。

新しく投入された機動ロボは、迷路の通路幅に合わせて、体型をコンパクトな車両型に変形させていた。

搭載された電子銃で、仲間の乗るバイクを狙い撃つ。

「災害救助モードに入れかえるわよ」

ディーノとイヴァは、迷路の外、フィールドの隅でライド型の機動ロボに搭乗し、他のロボットたちの操作をしている。

「そこにいるあんたたちも、怪我をしてる仲間を優先して助けてあげなさい」

拡声器から、イヴァのため息が聞こえる。

撃ち落とされた機体の下になった仲間の元に、機動ロボが近寄る。

片腕で機体を持ちあげると、もう一本のアームで体をつまみあげた。

そうなると、人間が体当たりしても、機能を一時停止させたりはしない。

ぶつかってきた仲間を共につまみあげると、フィールドの外に運び始めた。

イヴァの機体が、ディーノの機体に近寄る。

拡声器やマイク越しではない、直接の会話をしようと、二人の距離が縮まった。

今だ! 

俺は、スイッチを押した。

可動式の床面が動き出す。

フィールド上の機動ロボたちは、自身のバランスをとるために、そのハイスペックな演算処理能力を分散させた。

わずかな時間、彼らの動きが止まる。

その瞬間、仲間たちが自分の体をぶつけた。

「バカね」

イヴァのため息が聞こえる。

人間に衝突された機体は、バランスを保ったまま静かにアームを下ろすと、足元にしがみついた人間を拾い上げた。

「これがスクールの警備ロボと、キャンプベースの機動ロボの違いよ。あなたたちがいつもからかって遊んでいたのが、どんなおもちゃだったか、よく分かったでしょ」

つまみ上げた人間を次々と運び出し、収監し終えると、再びフィールドに戻ってくる。

「さ、お仲間の数が半分に減ったわよ。まだ続ける気?」

ディーノが、標準を動き回るジャンの機体に合わせた。

ドンッという発射音と共に、撃ち落とされる。

「ジャン!」

落下する機体から、彼はふわりと地上に飛び降りた。

「悪いが、そろそろ勤務終了時刻が迫ってるんだ」

ディーノは機体から飛び降りると、その足でフィールドを蹴った。

俺が操作していないのに、床板が動きだす。

操作回路をとられた巨大迷路が、床下に消えた。

ディーノの体が、ジャンの目の前に飛び出す。

ジャンは手にしていた強制終了棒を振りかざした。

ディーノはそれを片腕で受け止めると、ジャンの下腹に強く拳を打ち込む。

「対人の喧嘩には慣れてないから、こうなっちゃうのは仕方ないよなぁ」

ふらつくジャンの前で、彼は指を鳴らした。

「人間同士が直接殴り合うなんて、信じられないだろ? だけどな、それをロボットに許すわけにはいかないってんで、最後は生身の人間が必要なんだよ」

ジャンは姿勢を立て直し、細く長い警棒を構える。

「人間同士で傷つけ合っていいなんて、習ってないもんな」

その警棒の先を、ディーノがつかんだ。

彼の長い足が、真横に飛ぶ。

「『子ども』は、あんまり見ない方がいい」

俺の目の前に、機動ロボが立ちふさがった。

アームが伸びる。

俺はその横をすり抜けて、走り出した。

それに伴走するかのように、半分の高さになった機動ロボがついてくる。

逃げ出した子どもを捕まえようとする大人のように、両腕を広げたロボットが、ゆっくりと近づいてくる。

そのロボットに抱きつくように、俺はしがみつく。

ロボットは俺たちを決して傷つけることのないよう、機能を停止して完全な受け身になる。

動きをとめたその隙に、俺はまた走り出し、ロボットたちも追いかけっこを再開する。

完璧なまでに、移動速度を一致させたロボットから、アームが伸びた。

「ヘラルド!」

ニールが何かをこちらへ突き飛ばした。

それは悲鳴をあげて地面に倒れる。

俺は彼女に駆け寄った。

「ルーシー!」

ルーシーを認識した機動ロボは、緊急停止信号を受けて、その動作を停止させる。

「ヘラルド、こっちだ」

ニールは倒れたルーシーの腕をつかむと、彼女を引きずりあげる。

「どこへ行くんだ」

「ジャンを助ける」

切れた口の端から血を流し、ジャンは人工芝の上にうずくまっていた。

その周囲を、ぐるりと機動ロボが取り囲む。

ディーノはその中心に立っていた。

ニールはルーシーを、背後から一体のロボットにぶつける。

ガクンという音を立てて、機能を停止したロボットは、ただの金属の塊と化した。

そのルーシーを、すぐに隣のロボットめがけて突き飛ばす。

「ルーシー!」

全てのロボットが、動きを止めた。

ニールが彼女の腕をつかむより早く、ディーノがその手を引き寄せる。

「何をやってる!」

ニールはそのまま、二人に体をぶつけた。

ルーシーを抱きかかえたディーノは、そのまま後方に突き飛ばされ、起立した巨大ロボにぶつかる。

傾いた機体は、隣のロボットに向かって倒れた。

「危ない!」

ディールは、ルーシーをロボットたちの外に投げ飛ばした。

うずくまったジャンの上に、一体の機体が影を落とす。

ディーノはその下にもぐり込むと、ロボットを支えた。

ニールが、ジャンを連れて外に出る。

そのディールの上に、さらにもう一体のロボットが倒れ込んだ。

物理的に、肉と骨の潰れる音が、脳内に響く。

水はけがよいはずのフィールドの上に、赤くねっとりとした液体が広がる。

空気中に広がったその成分に反応して、全てのロボットたちが緊急警報を鳴らした。

「ディーノ!」

イヴァの悲鳴が、フィールドに響く。

彼女の強拳が、ニールの顎を割った。

「やめろイヴァ! マスクをつけろ!」

天井付近から、ヴォウェンの声が聞こえる。

大きな作動音がして、競技場のエアコンが動き出した。

「鎮静ガスだ!」

甘いにおいが、気流に乗って流れ出す。

イヴァはディーノの体へ駆け寄り、俺たちはガスから逃げるように、競技場を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

睿国怪奇伝〜オカルトマニアの皇妃様は怪異がお好き〜

猫とろ
キャラ文芸
大国。睿(えい)国。 先帝が急逝したため、二十五歳の若さで皇帝の玉座に座ることになった俊朗(ジュンラン)。 その妻も政略結婚で選ばれた幽麗(ユウリー)十八歳。 そんな二人は皇帝はリアリスト。皇妃はオカルトマニアだった。 まるで正反対の二人だが、お互いに政略結婚と割り切っている。 そんなとき、街にキョンシーが出たと言う噂が広がる。 「陛下キョンシーを捕まえたいです」 「幽麗。キョンシーの存在は俺は認めはしない」 幽麗の言葉を真っ向否定する俊朗帝。 だが、キョンシーだけではなく、街全体に何か怪しい怪異の噂が──。 俊朗帝と幽麗妃。二人は怪異を払う為に協力するが果たして……。 皇帝夫婦×中華ミステリーです!

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...