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第30話
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ルーシーはそのキャンビーを放り投げると、俺の後を追いかけてきた。
「ね、ヘラルドは、今度いつ、ピクニックに行く? 遠足の、おでかけ、する?」
俺は、ゆっくりと溶けていく子供たちが入ったカプセルの間を、足早に通り過ぎる。
遺伝情報が混ざるので、混合することは許されない。
完全なる個別で運ばれる。
死亡してから融解すると、生きたタンパク質を採取再生することが出来ないため、健康で若い個体ということが、重要視される。
「私、は、今度また、林檎の花のところに行きたい。前に皆で行ったところ。林檎が好きだから。ヘラルドがくれた、あの花のおもちゃ、まだちゃんと持ってるよ」
個別に融解された細胞は、遺伝情報を元に管理され、適当と判断された組み合わせによって、時には別の個体と融合させて、再生されることもある。
そうなれば、新しい人間になってしまうので、元の自分というわけではない。
そのまま継続して再生されれば、自分が自分として蘇ることになる。
「みんな、誰もピクニックに行こうって、言ってくれ、な、いの。ヴォウェンはお仕事中だから、お話し出来ないし、ディーノとイヴァは、いないんだもん」
だけど、記憶の継承は難しくて、各地に設置された定点カメラや、キャンビーのメモリーを個人の記録として残すより方法がない。
それを見れば、過去の自分の記録をたどることは可能だけれども、それが許されるのは、成人した大人だけだ。
「カズコもレオンもニールも、みんな忙しそうだから、さみしい、の」
再生されたクローン同士が、再び同じエリアで解放され、巡り会い、友好な関係を築くことが出来れば、再会もありえるという話だ。
俺たちは、何度も何度も同じパターンをくり返し、そこから得られる有益な情報、経験を元に、進化を続けている。
カズコの言う、運がよければというのは、そういうことだ。
「ね、ヘラルドは、今忙しい?」
「あぁ、忙しいんだ、放っといてくれ!」
つい声を荒げてしまったことを、すぐに反省する。
彼女は、さみしそうにうつむいた。
「最近、みんな、変で、つまん、ない」
「はは、つまんない、か」
彼女のその言葉に、俺は深く傷つけられたような気がした。
「そうだね、つまんないね、ルーシーは、どうしたい?」
彼女の顔が、明るく輝く。
「みんなで、ピクニックに行こう!」
「ピクニックか、じゃあ、計画を立てなくっちゃね」
ルーシーが微笑む。
ピクニックか、いいじゃないか。
外は本物の嵐、中は戒厳令発動中の、穏やかで確実な嵐だ。
どっちにしろ、嵐のまっただ中にいるのなら、本物の嵐に飛び込んだ方がいい。
「ルーシー、みんなを驚かせよう。二人でこっそり計画して、びっくりさせるんだ」
うんうんと、うれしそうに彼女は、何度もうなずく。
「これは二人だけの秘密だよ、約束できる?」
俺が小指を差し出すと、彼女はすぐ、同じように小指を差し出した。
俺はその細く白い指に、自分の指を絡める。
「じゃ、絶対に秘密だよ」
それで、彼女が納得したかどうかは分からない。
だけど、とりあえず大人しくさせることには成功したらしい。
俺は、それでいいと思っていた。
「ね、ヘラルド、どこに行くのか、決めた?」
それ以来、俺はことあるごとに、ルーシーに絡まれるようになってしまった。
本気でここから出て行くことも、ましてやピクニックなんてありえない。
それは、逃亡であり犯罪だ。
「今は、大事なお仕事の時期だから、だからヴォウェンは忙しくしていて、みんなもそれを手伝っている」
俺の説明に、彼女はうなずく。
「そのお仕事が終わったら、みんなで行こう。ルーシーの好きなところでいいよ、どこに行きたい?」
彼女は、うれしそうに考えをめぐらせている。
「うーんとね、やっぱり、みんな、で、最初に行く、た、公園に行きたい。林檎の木、約束したでしょ?」
「はは、ルーシーは、意外と記憶力がいいな」
彼女はその時の思い出を、ぶつぶつとつぶやきながら、俺の後をしつこく追い回している。
ふと、疑問が浮かんだ。
「ねぇ、ルーシーは、ここに来る前の記憶はあるの?」
彼女は首をかしげた。
「ルーシーは、カプセルに乗ってやってきただろ?」
うんと、うなずく。
「どこでそのカプセルに乗ったの? その時は、どこで何をしてた」
ルーシーは、困った顔をしてうつむく。
「覚えて、ないの?」
「分からない」
くるりと背をむけると、彼女は逃げるように去って行く。
まぁ、どうでもいいや。
そんなこと、今となっては俺にはもう関係のないことだし、キャンプベースでも散々問い正されているだろうし、本当に記憶がないのかもしれない。
彼女の長い時間は、彼女のものだ。
「ね、ヘラルドは、今度いつ、ピクニックに行く? 遠足の、おでかけ、する?」
俺は、ゆっくりと溶けていく子供たちが入ったカプセルの間を、足早に通り過ぎる。
遺伝情報が混ざるので、混合することは許されない。
完全なる個別で運ばれる。
死亡してから融解すると、生きたタンパク質を採取再生することが出来ないため、健康で若い個体ということが、重要視される。
「私、は、今度また、林檎の花のところに行きたい。前に皆で行ったところ。林檎が好きだから。ヘラルドがくれた、あの花のおもちゃ、まだちゃんと持ってるよ」
個別に融解された細胞は、遺伝情報を元に管理され、適当と判断された組み合わせによって、時には別の個体と融合させて、再生されることもある。
そうなれば、新しい人間になってしまうので、元の自分というわけではない。
そのまま継続して再生されれば、自分が自分として蘇ることになる。
「みんな、誰もピクニックに行こうって、言ってくれ、な、いの。ヴォウェンはお仕事中だから、お話し出来ないし、ディーノとイヴァは、いないんだもん」
だけど、記憶の継承は難しくて、各地に設置された定点カメラや、キャンビーのメモリーを個人の記録として残すより方法がない。
それを見れば、過去の自分の記録をたどることは可能だけれども、それが許されるのは、成人した大人だけだ。
「カズコもレオンもニールも、みんな忙しそうだから、さみしい、の」
再生されたクローン同士が、再び同じエリアで解放され、巡り会い、友好な関係を築くことが出来れば、再会もありえるという話だ。
俺たちは、何度も何度も同じパターンをくり返し、そこから得られる有益な情報、経験を元に、進化を続けている。
カズコの言う、運がよければというのは、そういうことだ。
「ね、ヘラルドは、今忙しい?」
「あぁ、忙しいんだ、放っといてくれ!」
つい声を荒げてしまったことを、すぐに反省する。
彼女は、さみしそうにうつむいた。
「最近、みんな、変で、つまん、ない」
「はは、つまんない、か」
彼女のその言葉に、俺は深く傷つけられたような気がした。
「そうだね、つまんないね、ルーシーは、どうしたい?」
彼女の顔が、明るく輝く。
「みんなで、ピクニックに行こう!」
「ピクニックか、じゃあ、計画を立てなくっちゃね」
ルーシーが微笑む。
ピクニックか、いいじゃないか。
外は本物の嵐、中は戒厳令発動中の、穏やかで確実な嵐だ。
どっちにしろ、嵐のまっただ中にいるのなら、本物の嵐に飛び込んだ方がいい。
「ルーシー、みんなを驚かせよう。二人でこっそり計画して、びっくりさせるんだ」
うんうんと、うれしそうに彼女は、何度もうなずく。
「これは二人だけの秘密だよ、約束できる?」
俺が小指を差し出すと、彼女はすぐ、同じように小指を差し出した。
俺はその細く白い指に、自分の指を絡める。
「じゃ、絶対に秘密だよ」
それで、彼女が納得したかどうかは分からない。
だけど、とりあえず大人しくさせることには成功したらしい。
俺は、それでいいと思っていた。
「ね、ヘラルド、どこに行くのか、決めた?」
それ以来、俺はことあるごとに、ルーシーに絡まれるようになってしまった。
本気でここから出て行くことも、ましてやピクニックなんてありえない。
それは、逃亡であり犯罪だ。
「今は、大事なお仕事の時期だから、だからヴォウェンは忙しくしていて、みんなもそれを手伝っている」
俺の説明に、彼女はうなずく。
「そのお仕事が終わったら、みんなで行こう。ルーシーの好きなところでいいよ、どこに行きたい?」
彼女は、うれしそうに考えをめぐらせている。
「うーんとね、やっぱり、みんな、で、最初に行く、た、公園に行きたい。林檎の木、約束したでしょ?」
「はは、ルーシーは、意外と記憶力がいいな」
彼女はその時の思い出を、ぶつぶつとつぶやきながら、俺の後をしつこく追い回している。
ふと、疑問が浮かんだ。
「ねぇ、ルーシーは、ここに来る前の記憶はあるの?」
彼女は首をかしげた。
「ルーシーは、カプセルに乗ってやってきただろ?」
うんと、うなずく。
「どこでそのカプセルに乗ったの? その時は、どこで何をしてた」
ルーシーは、困った顔をしてうつむく。
「覚えて、ないの?」
「分からない」
くるりと背をむけると、彼女は逃げるように去って行く。
まぁ、どうでもいいや。
そんなこと、今となっては俺にはもう関係のないことだし、キャンプベースでも散々問い正されているだろうし、本当に記憶がないのかもしれない。
彼女の長い時間は、彼女のものだ。
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