天使がくれた恋するスティック

岡智 みみか

文字の大きさ
35 / 40
第10章

第4話

しおりを挟む
 坂下くんはまだ学校に来ていなかった。
あんまりキョロキョロすると怪しまれるから、さりげなく教室を見渡す。
スマホを取り出すと、彼とのトークルームを開いた。
アイコンだけはいつも眺めている。
動かなくなったタイムラインも。
文字を打ち込んでは消し、打っては消しを繰り返していた送信ボタンを、確定で押すのも数週間ぶり。

『大丈夫? なんか変わったことなかった?』

 送信したとたん、すぐに既読がつく。
まさかこんなに早く見てくれるとは、思っていなかった。
速攻で返事が返ってくる。

『なにが?』
『昨日のスティック』
『だからなんもねーよw』
『今どこ?』
『電車降りた。もうすぐ学校』

 誰かを好きになったりしてない? なんて、打ちかけてその文字を消す。
そんなこと、聞けるワケない。

『よかった。館山さんの鞄、チェックしようと思ったけど、ロッカーにしまわれたから見れなかった』
『なにチェックすんの?』
『まだスティックが鞄に残ってるかどうか』

 送信した瞬間、既読はついたけど返事はない。
彼にとっては、本気でどうでもいいことなんだ。
私にとっては、こんなに大事なことなのに。
あの恐ろしさを分かってないから、こんなにのんびりしてられるんだ。

 自分の席について、もぞもぞと教科書をしまう。
すっかりやる気を削がれてしまった。
昨晩は一人ベッドであれこれと作戦を考え、ほとんど眠れなかった上に、その作戦も朝イチで無惨に消えてしまった。
眠気と疲労感でなんとなくダルい私と比べ、朝の教室は全員が生き生きと動いているように見える。
今日という一日を迎え撃つために、出撃の準備をしているようだ。

 夏が近づき、エアコンの入り始めた教室の扉が、ガラリと開く。
坂下くんが入ってきた。
さっきまでのスマホのやりとりがあったから、こっちを見てくれるかと思っていたのに、見てはくれない。
いつものように自分の席につくと、すぐに隣の席の男子と話し始める。仕方ないか。あの人にはもう頼れない。彼が気にしているのは、私じゃない。
 一時間目の数学の授業が終わった。そのままノートを見返したり、教科書の次の宿題範囲をチェックしたりなんかしていたら、ふと視界に館山さんを捕らえた。
気づけば彼女は教科書を抱え、教室の後ろに移動をしている。
何してるんだろうと思ったら、彼女のロッカー付近でしゃがみ込んだ。

「しまった!」

 教科ごとに、教科書をロッカーから出し入れするタイプの真面目だったのか! 
慌てて飛び上がっても、もう遅い。
駆けつけたいけど、猛ダッシュすることも許されない。
現場にたどり着いた時には、無情にも彼女の手によってロッカーが閉められた瞬間だった。
それでも一番下の段に詰め込まれた、濃紺のサブバックの一端は見えた。
やはりスティックはこの中にあるはず。
落としてなければ。

「……。持田さん? どうかした?」
「ううん。トイレ。急にお腹痛くなっちゃったから……」
「あ。お大事に」

 館山さんは、そう言って道を譲ってくれた。
ありがとう。
彼女がいい人で本当によかった。
自分が挙動不審気味なのは、前からよく知ってる。
だからおかしな目で周りから見られるのは、全然平気。
だけどスティックの存在の有無すらはっきりしないことに、苛立ちは隠せない。

『お腹痛いの?』

 トイレから戻って来たら、坂下くんからメッセージが入っていた。
彼の席の斜め前に座る館山さんまで、一緒になってこっちをチラチラ心配そうに見ている。
もしかしなくても、彼女から聞いた? 

『だから、スティックの刺さった鞄がロッカーにあるか見に行ったの! 鞄は入ってたけど、スティックまでは見えなかった』
『まだやってたんだ』

 ワンテンポ遅れて届いたその文字列に、カチンと血が上る。
私が誰のためにこんなに必死になってるか、本当に分かってない。

『そんなことで、俺は誰かを好きになったりしないから』
『それはもう分かった』

 やっぱりほら、また再確認してしまった。
彼は私を好きじゃない。
今さらそんなこと言われても、向こうも迷惑。
だから私も好きって言わない。
一生言わない。
そう決めてる。

 次の休み時間。
今度こそはとじっと様子をうかがっていたのに、彼女はロッカーへ移動をしなかった。
席から動かずずっと机に座っている。
何をしてるのか廊下に出て行くフリして覗いたら、二時間目の現代表現の授業のノートを熱心に見返していた。
復習ってやつなのかな? 
成績のイイ子は、この辺りからもう違う。

 三、四時間目は英語によるコミュニケーションの授業で、外部講師を招いての二時間連続での英会話になるから、余計な動きなんて出来ない。
グループごとに机をくっつけて、英会話といいながらも、ほとんどがテキストの棒読みだ。
合間の単語をちょろっと変えるくらい。
雑談なんて、日本語でもいきなり授業でやれなんて言われたって難しいのに、英語でそれをやろうってのも、かなり無茶な話だよね。
常に視界の隅で館山さんの動きを捕らえながらも、授業の終わりがくるのを待っていた。
昼休み、必ず館山さんはロッカーに行く。
そしてサブバックを取り出す。
その時がチャンスだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

聖女は秘密の皇帝に抱かれる

アルケミスト
恋愛
 神が皇帝を定める国、バラッハ帝国。 『次期皇帝は国の紋章を背負う者』という神託を得た聖女候補ツェリルは昔見た、腰に痣を持つ男を探し始める。  行き着いたのは権力を忌み嫌う皇太子、ドゥラコン、  痣を確かめたいと頼むが「俺は身も心も重ねる女にしか肌を見せない」と迫られる。  戸惑うツェリルだが、彼を『その気』にさせるため、寝室で、浴場で、淫らな逢瀬を重ねることになる。  快楽に溺れてはだめ。  そう思いつつも、いつまでも服を脱がない彼に焦れたある日、別の人間の腰に痣を見つけて……。  果たして次期皇帝は誰なのか?  ツェリルは無事聖女になることはできるのか?

愛のかたち

凛子
恋愛
プライドが邪魔をして素直になれない夫(白藤翔)。しかし夫の気持ちはちゃんと妻(彩華)に伝わっていた。そんな夫婦に訪れた突然の別れ。 ある人物の粋な計らいによって再会を果たした二人は…… 情けない男の不器用な愛。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

求婚されても困ります!~One Night Mistake~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「責任は取る。僕と結婚しよう」 隣にイケメンが引っ越してきたと思ったら、新しく赴任してきた課長だった。 歓迎会で女性陣にお酒を飲まされ、彼は撃沈。 お隣さんの私が送っていくことになったんだけど。 鍵を出してくれないもんだから仕方なく家にあげたらば。 ……唇を奪われた。 さらにその先も彼は迫ろうとしたものの、あえなく寝落ち。 翌朝、大混乱の課長は誤解していると気づいたものの、昨晩、あれだけ迷惑かけられたのでちょーっとからかってやろうと思ったのが間違いだった。 あろうことか課長は、私に求婚してきたのだ! 香坂麻里恵(26) 内装業SUNH(株)福岡支社第一営業部営業 サバサバした性格で、若干の世話焼き。 女性らしく、が超苦手。 女子社員のグループよりもおじさん社員の方が話があう。 恋愛?しなくていいんじゃない?の、人。 グッズ収集癖ははない、オタク。 × 楠木侑(28) 内装業SUNH(株)福岡支社第一営業部課長 イケメン、エリート。 あからさまにアプローチをかける女性には塩対応。 仕事に厳しくてあまり笑わない。 実は酔うとキス魔? web小説を読み、アニメ化作品をチェックする、ライトオタク。 人の話をまったく聞かない課長に、いつになったら真実を告げられるのか!?

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

処理中です...