14 / 50
第2章
第6話
しおりを挟む
「それなら、ちょうどよかった。出来ればこの機会に、あなたから受けた誤解も解いてしまいたいのでね」
「私は誤解など、何もしておりませんけど?」
引き寄せられた距離が近すぎるせいで、紅い目がじっと見つめるのに逃れられない。
「あなたから仲良く接していただけないのは、寂しいものです」
「誤解があるのは、リシャールさまの方ですわ」
「それはどうして? 私はこんなにもあなたをお慕いしていると……」
ドン! 大きな爆発音。
聖堂の内部から吹き出した爆風が、一階実験室の全ての窓ガラスを吹き飛ばす。
白煙が立ち上ったかと思った瞬間、オリブの実の焼け焦げたような臭いが、辺りに充満した。
乙女たちの悲鳴が上がる。
「マレト、すぐに避難指示を」
リシャールは私の肩をマレト施設長に押しつけると、聖堂に向かって走り出した。
「待って、リシャール!」
彼の向かう先に、火の手が見える。
白く沸き立つ煙は、あっという間に黒く色を変えた。
中にいた者たちが、一斉に外へ飛び出してくる。
リシャールは迷うことなく、火元である実験室へ向かっている。
私もそこへ走った。
「出入り口はここだけか?」
追いついた私に、彼が尋ねる。
「もう一つ、奥にもあるわ」
「ならいいだろ!」
彼は入り口を塞ぐ扉を、一撃で蹴破る。
実験室の中は、爆風の吹き荒れたせいで物が散乱していた。
燃えさかる炎の前で、まだ残っていた数人の生徒たちが、火を消そうと躍起になっている。
「すぐにここを出なさい! 身の安全が先だ」
彼はすぐ横にあったすり鉢を持ち上げると、火の上にかぶせた。
「さぁ、早く!」
残っていた少女たちが走り去る。
様々な器具や薬品を並べた実験棚の向こうに、飛び散った炎が散在している。
それなのにまだ残って何かをやっている生徒がいる。
「リンダ!」
彼女は脚立の上に立ち、複雑にくみ上げた実験装置の、最上部にある瓶に手を伸ばしていた。
「君もすぐ逃げなさい!」
「ダメよ! この薬品は、世界でここにしかないものなの。長い時間かけて、ようやく抽出したものなの。だから置いていくわけには……」
パリンとガラスの割れる音が聞こえる。
炎に煽られ、熱に耐えきれず割れた薬瓶から液体が流れ出す。
そこにも火がついた。
「リンダ! もういいから、そこから降りて!」
伸ばしきった震える指先が、茶色のガラス瓶に触れた。
彼女は実験装置からその器具を外すと、素早く栓を閉める。
ドン! 再び強い爆風が駆け抜けた。
前が見えないほどの白煙が立ちこめる。
「リンダ!」
さっきまですぐ目の前にあった、彼女の姿が見当たらない。
煙の中に飛び込もうとした私の腕を、リシャールは掴み引き戻した。
「これ以上は無理だ。ルディ、とりあえずここを出よう」
「ダメ! リンダを置いて行けない!」
「君の安全の方が先だ」
リシャールは私を抱きかかえると、入って来た扉へ向かって動き出す。
「いやぁっ! リンダと一緒じゃなきゃ、ここから出ない!」
「落ち着け!」
燃えさかる紅い目が、私を入り口の廊下へ押しつけた。
「君は王女だ。しかもこの聖堂に通う、将来は聖女となる希少な存在だ。こんな火事なんかで、聖女となる人を失うわけにはいかない」
「私は聖女なんかじゃない。私は聖女なんかじゃないの!」
ポケットに忍ばせていた、樹液の結晶を取り出す。
聖女となる者が触れれば光るはずのそれは、無惨なまで白く濁ったままだった。
「聖堂に通う乙女としての資格はなくとも、王女という肩書きだけで私はここにいるの。他のみんなはちゃんと本物よ。リンダも! だからこそ、私が彼女たちを助けに行かなくちゃならないの!」
再び煙の中に飛び込もうとした私を、リシャールは強く引き戻す。
「だとしても、この国の王女であることに変わりはない」
「あなたも王子ですわ!」
「俺はいい」
「どうして!」
「いいから、ここで動くな!」
紅い髪が再び煙の中へ飛び込んでゆく。
すぐに追いかけようとした私を阻んだのは、城を守る兵士たちだった。
「ルディさま。早く避難を!」
「放しなさい!」
「それは出来ません」
どれだけ振り払おうとしても、私の力ではどうにもならない。
「中に、中にリシャールさまとリンダが!」
「我々にお任せください」
駆けつけた兵士たちが、次々と白煙立ちこめる実験室へ飛び込んでゆく。
有無を言わさず屋外へ連れ出された私には、もう見ていることしか出来ない。
誰よりも彼女たちの側にいて、必ず守ると誓ったのに!
「ルディさま!」
マレト施設長が、震える手で私を抱きしめた。
いつも穏やかな彼女が大粒の涙をこぼしながら、ただただ声を殺し泣いている。
「私は誤解など、何もしておりませんけど?」
引き寄せられた距離が近すぎるせいで、紅い目がじっと見つめるのに逃れられない。
「あなたから仲良く接していただけないのは、寂しいものです」
「誤解があるのは、リシャールさまの方ですわ」
「それはどうして? 私はこんなにもあなたをお慕いしていると……」
ドン! 大きな爆発音。
聖堂の内部から吹き出した爆風が、一階実験室の全ての窓ガラスを吹き飛ばす。
白煙が立ち上ったかと思った瞬間、オリブの実の焼け焦げたような臭いが、辺りに充満した。
乙女たちの悲鳴が上がる。
「マレト、すぐに避難指示を」
リシャールは私の肩をマレト施設長に押しつけると、聖堂に向かって走り出した。
「待って、リシャール!」
彼の向かう先に、火の手が見える。
白く沸き立つ煙は、あっという間に黒く色を変えた。
中にいた者たちが、一斉に外へ飛び出してくる。
リシャールは迷うことなく、火元である実験室へ向かっている。
私もそこへ走った。
「出入り口はここだけか?」
追いついた私に、彼が尋ねる。
「もう一つ、奥にもあるわ」
「ならいいだろ!」
彼は入り口を塞ぐ扉を、一撃で蹴破る。
実験室の中は、爆風の吹き荒れたせいで物が散乱していた。
燃えさかる炎の前で、まだ残っていた数人の生徒たちが、火を消そうと躍起になっている。
「すぐにここを出なさい! 身の安全が先だ」
彼はすぐ横にあったすり鉢を持ち上げると、火の上にかぶせた。
「さぁ、早く!」
残っていた少女たちが走り去る。
様々な器具や薬品を並べた実験棚の向こうに、飛び散った炎が散在している。
それなのにまだ残って何かをやっている生徒がいる。
「リンダ!」
彼女は脚立の上に立ち、複雑にくみ上げた実験装置の、最上部にある瓶に手を伸ばしていた。
「君もすぐ逃げなさい!」
「ダメよ! この薬品は、世界でここにしかないものなの。長い時間かけて、ようやく抽出したものなの。だから置いていくわけには……」
パリンとガラスの割れる音が聞こえる。
炎に煽られ、熱に耐えきれず割れた薬瓶から液体が流れ出す。
そこにも火がついた。
「リンダ! もういいから、そこから降りて!」
伸ばしきった震える指先が、茶色のガラス瓶に触れた。
彼女は実験装置からその器具を外すと、素早く栓を閉める。
ドン! 再び強い爆風が駆け抜けた。
前が見えないほどの白煙が立ちこめる。
「リンダ!」
さっきまですぐ目の前にあった、彼女の姿が見当たらない。
煙の中に飛び込もうとした私の腕を、リシャールは掴み引き戻した。
「これ以上は無理だ。ルディ、とりあえずここを出よう」
「ダメ! リンダを置いて行けない!」
「君の安全の方が先だ」
リシャールは私を抱きかかえると、入って来た扉へ向かって動き出す。
「いやぁっ! リンダと一緒じゃなきゃ、ここから出ない!」
「落ち着け!」
燃えさかる紅い目が、私を入り口の廊下へ押しつけた。
「君は王女だ。しかもこの聖堂に通う、将来は聖女となる希少な存在だ。こんな火事なんかで、聖女となる人を失うわけにはいかない」
「私は聖女なんかじゃない。私は聖女なんかじゃないの!」
ポケットに忍ばせていた、樹液の結晶を取り出す。
聖女となる者が触れれば光るはずのそれは、無惨なまで白く濁ったままだった。
「聖堂に通う乙女としての資格はなくとも、王女という肩書きだけで私はここにいるの。他のみんなはちゃんと本物よ。リンダも! だからこそ、私が彼女たちを助けに行かなくちゃならないの!」
再び煙の中に飛び込もうとした私を、リシャールは強く引き戻す。
「だとしても、この国の王女であることに変わりはない」
「あなたも王子ですわ!」
「俺はいい」
「どうして!」
「いいから、ここで動くな!」
紅い髪が再び煙の中へ飛び込んでゆく。
すぐに追いかけようとした私を阻んだのは、城を守る兵士たちだった。
「ルディさま。早く避難を!」
「放しなさい!」
「それは出来ません」
どれだけ振り払おうとしても、私の力ではどうにもならない。
「中に、中にリシャールさまとリンダが!」
「我々にお任せください」
駆けつけた兵士たちが、次々と白煙立ちこめる実験室へ飛び込んでゆく。
有無を言わさず屋外へ連れ出された私には、もう見ていることしか出来ない。
誰よりも彼女たちの側にいて、必ず守ると誓ったのに!
「ルディさま!」
マレト施設長が、震える手で私を抱きしめた。
いつも穏やかな彼女が大粒の涙をこぼしながら、ただただ声を殺し泣いている。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
さようなら、私の初恋
しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」
物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。
だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。
「あんな女、落とすまでのゲームだよ」
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
短編)どうぞ、勝手に滅んでください。
黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。
あらすじ)
大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。
政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。
けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。
やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。
ーーー
※カクヨム、なろうにも掲載しています
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる