13 / 50
第2章
第5話
しおりを挟む
「だって、従者の方と殿下が二人で話してるのを聞いたんですもの。自分たちの目的は、聖女をレランドに連れ帰ることだって!」
彼女は真っ直ぐな黒髪によく似合う黒い目で、呆れたようにため息をついた。
「で、ルディも口説かれたのね。それでようやく分かった」
「私はあんな方に口説かれるような隙も見せてないし、たとえそうであったとしても、簡単になびいたりしません」
「それで怒ってるんだ」
「だから、そうじゃないってば」
「昨日からルディは、リシャールさまのことばかりなんだもん」
「……。それは仕方ないじゃない」
ここは国中の聖女見習いの中でも、特に優秀な乙女たちが集められている王族直属の聖堂だ。
私はここで彼女たちのために出来ることをしたいと思っているだけ。
「私がここにいる、みんなを守るの」
リンダは読んでいた本のページから顔を上げると、落ち着いた穏やかな目で柔らかく微笑んだ。
「大好きよ、ルディ。ルディがいてくれるから、ここのみんなは安心していられるの」
そう言ってくれるリンダのことを、私も誰よりも信頼している。
息を合わせたように、私たちは肩を抱き合った。
友情を確かめ合った後で、ふと彼女の広げているページの挿絵が目に入る。
リンダは新しい薬品成分の抽出方法を調べているようだった。
丸底のガラス容器にいくつもの管がつながり、それを回転させながら火で温めると書いてある。
「この実験を試すの?」
「抽出温度を一定に保つのが難しいの。だからオイル浴を試してみようかと思って。低温だと狙った薬効成分がなかなか出てこないのよ」
屋外から、黄色い歓声が聞こえてきた。
窓の外を振り返ると、紅い髪とマレト施設長の白い衣装が見える。
「全く。のんきなものですわ」
「意外とそうでもないかもよ」
リンダは分厚い本のページを閉じると、それを持って立ち上がった。
「もしリシャールさまがマレト施設長に狙いを定めたなら、本当にこの聖堂の危機かもね。マレト施設長がレランドに連れて行かれちゃったら、次の施設長はきっと、あのとっても厳しくて怖いペザロさまになるでしょうから」
「確かにそれは大問題だわ」
多少の遅刻や失敗なら、無言のひとにらみと咳払いで済むマレト施設長と違い、ペザロ副施設長はいちいち失態をその場でメモとして書き記したうえに、生徒ごとにそれらを記録した帳簿を永久保管している。
「阻止しないと」
「そうよルディ。がんばれ」
リンダは実験室に向かうようだ。
外の植物園では、マレト施設長とリシャールが、ついさっきまでと比べものにならないくらい、より親密に何かを語らいながら歩いている。
彼は香り高いクチーナの花を手折ると、それを年齢が10も離れた彼女の耳元にさした。
聖堂の乙女たち全体の危機が訪れようとしているのを、黙って見過ごすわけにはいかない。
「マレト施設長!」
急いで外へ飛び出す。
淡いグレイのワンピースの裾を持ち上げ、二人の元へ駆け寄った。
「来週からの講義の予定を、まだお聞きしていなかったのですけど!」
白い聖女の衣装に身を包んだ彼女を、優しい目でリシャールが見守る。
ピタリと寄り添うその姿は、まさに恋人同士そのものだ。
「ルディさま。リシャールさまがしばらくこの聖堂に通いたいとおっしゃってくださるので、殿下と共に植物学の基礎から学び直そうかと」
「今さらですの?」
「いつ何時でも思いかえったときに、基礎に立ち返り復習することは、よいことですよ」
はにかむようにそう語るマレト施設長は、早速彼に言いくるめられてしまったとしか思えない。
「そうですよね、マレト。常に復習を心がけることは、私もよいことだと思います」
目と目で見つめ合い、にっこりと微笑み合う。
こんなにも簡単に騙されるなんて、想像以上に想定外だ。
「殿下! 殿下の本日のご予定は?」
「別に? 特に何もありませんよ。マレトの話に、もっと耳を傾けること以外には」
リシャールはマレト施設長の耳にさしたのと同じクチーナの花をもう一度手折ると、私の耳にさす。
「ほら。君も可愛くなった」
天然でやっているように見せて、これが下心からの意図的な行為かと思うと、その天才すぎる振る舞いに脅威すら覚える。
花に罪はないと分かっていても、今すぐ取り払ってしまいたい。
どうして彼女と同じことを私にもするの?
しかもこんな大勢の前で。
リシャールは細い目に涼しげな表情を保ったまま、植物園の向こうにたたずむ聖堂を振り返った。
「この聖堂の素晴らしさを、我が国の人々にも伝えたいのです。マレト。もっと案内をお願いできませんか」
「えぇ、もちろんです。喜んで」
リシャールはにっこりと微笑み、施設長へ向かって右手を差し出す。
そこに彼女の手が重なる前に、私は彼の手を奪いとった。
「リシャールさま。マレト施設長には、乙女たちへの講義という大切なお仕事がございます。代わりにこの私が、特別にご案内さしあげますわ!」
紅い目が一瞬不敵な笑みを浮かべたかと思うと、さっと繋いだ手を引いた。
わざとよろけさせた体を支えるため、彼の腕が腰に回る。
彼女は真っ直ぐな黒髪によく似合う黒い目で、呆れたようにため息をついた。
「で、ルディも口説かれたのね。それでようやく分かった」
「私はあんな方に口説かれるような隙も見せてないし、たとえそうであったとしても、簡単になびいたりしません」
「それで怒ってるんだ」
「だから、そうじゃないってば」
「昨日からルディは、リシャールさまのことばかりなんだもん」
「……。それは仕方ないじゃない」
ここは国中の聖女見習いの中でも、特に優秀な乙女たちが集められている王族直属の聖堂だ。
私はここで彼女たちのために出来ることをしたいと思っているだけ。
「私がここにいる、みんなを守るの」
リンダは読んでいた本のページから顔を上げると、落ち着いた穏やかな目で柔らかく微笑んだ。
「大好きよ、ルディ。ルディがいてくれるから、ここのみんなは安心していられるの」
そう言ってくれるリンダのことを、私も誰よりも信頼している。
息を合わせたように、私たちは肩を抱き合った。
友情を確かめ合った後で、ふと彼女の広げているページの挿絵が目に入る。
リンダは新しい薬品成分の抽出方法を調べているようだった。
丸底のガラス容器にいくつもの管がつながり、それを回転させながら火で温めると書いてある。
「この実験を試すの?」
「抽出温度を一定に保つのが難しいの。だからオイル浴を試してみようかと思って。低温だと狙った薬効成分がなかなか出てこないのよ」
屋外から、黄色い歓声が聞こえてきた。
窓の外を振り返ると、紅い髪とマレト施設長の白い衣装が見える。
「全く。のんきなものですわ」
「意外とそうでもないかもよ」
リンダは分厚い本のページを閉じると、それを持って立ち上がった。
「もしリシャールさまがマレト施設長に狙いを定めたなら、本当にこの聖堂の危機かもね。マレト施設長がレランドに連れて行かれちゃったら、次の施設長はきっと、あのとっても厳しくて怖いペザロさまになるでしょうから」
「確かにそれは大問題だわ」
多少の遅刻や失敗なら、無言のひとにらみと咳払いで済むマレト施設長と違い、ペザロ副施設長はいちいち失態をその場でメモとして書き記したうえに、生徒ごとにそれらを記録した帳簿を永久保管している。
「阻止しないと」
「そうよルディ。がんばれ」
リンダは実験室に向かうようだ。
外の植物園では、マレト施設長とリシャールが、ついさっきまでと比べものにならないくらい、より親密に何かを語らいながら歩いている。
彼は香り高いクチーナの花を手折ると、それを年齢が10も離れた彼女の耳元にさした。
聖堂の乙女たち全体の危機が訪れようとしているのを、黙って見過ごすわけにはいかない。
「マレト施設長!」
急いで外へ飛び出す。
淡いグレイのワンピースの裾を持ち上げ、二人の元へ駆け寄った。
「来週からの講義の予定を、まだお聞きしていなかったのですけど!」
白い聖女の衣装に身を包んだ彼女を、優しい目でリシャールが見守る。
ピタリと寄り添うその姿は、まさに恋人同士そのものだ。
「ルディさま。リシャールさまがしばらくこの聖堂に通いたいとおっしゃってくださるので、殿下と共に植物学の基礎から学び直そうかと」
「今さらですの?」
「いつ何時でも思いかえったときに、基礎に立ち返り復習することは、よいことですよ」
はにかむようにそう語るマレト施設長は、早速彼に言いくるめられてしまったとしか思えない。
「そうですよね、マレト。常に復習を心がけることは、私もよいことだと思います」
目と目で見つめ合い、にっこりと微笑み合う。
こんなにも簡単に騙されるなんて、想像以上に想定外だ。
「殿下! 殿下の本日のご予定は?」
「別に? 特に何もありませんよ。マレトの話に、もっと耳を傾けること以外には」
リシャールはマレト施設長の耳にさしたのと同じクチーナの花をもう一度手折ると、私の耳にさす。
「ほら。君も可愛くなった」
天然でやっているように見せて、これが下心からの意図的な行為かと思うと、その天才すぎる振る舞いに脅威すら覚える。
花に罪はないと分かっていても、今すぐ取り払ってしまいたい。
どうして彼女と同じことを私にもするの?
しかもこんな大勢の前で。
リシャールは細い目に涼しげな表情を保ったまま、植物園の向こうにたたずむ聖堂を振り返った。
「この聖堂の素晴らしさを、我が国の人々にも伝えたいのです。マレト。もっと案内をお願いできませんか」
「えぇ、もちろんです。喜んで」
リシャールはにっこりと微笑み、施設長へ向かって右手を差し出す。
そこに彼女の手が重なる前に、私は彼の手を奪いとった。
「リシャールさま。マレト施設長には、乙女たちへの講義という大切なお仕事がございます。代わりにこの私が、特別にご案内さしあげますわ!」
紅い目が一瞬不敵な笑みを浮かべたかと思うと、さっと繋いだ手を引いた。
わざとよろけさせた体を支えるため、彼の腕が腰に回る。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
さようなら、私の初恋
しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」
物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。
だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。
「あんな女、落とすまでのゲームだよ」
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
短編)どうぞ、勝手に滅んでください。
黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。
あらすじ)
大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。
政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。
けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。
やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。
ーーー
※カクヨム、なろうにも掲載しています
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる