40 / 50
第6章
第5話
しおりを挟む
「なんで茶会に戻ってこなかったんだよ。俺の邪魔はどうした」
「邪魔したら邪魔したで怒るくせに、邪魔をしなくても私に怒ってらっしゃるの?」
淡く上品なピンク色の花をくるくるともてあそびながら、彼は表情のないまま机の角に腰掛けた。
「マートン卿と出て行くから。どうしたのかと気になっただけだ」
「着替えに行くと言いましたけど」
「一緒に着替えたっていうのか」
「マートンと? そんなことしませんわよ」
「分からんな。一緒に席を立ってから、戻って来なかったのは事実だ」
彼は持っていた花を私の頬にぐりぐりと押しつけたかと思うと、すぐに引き戻し自分の口元を埋めるようにしている。
「彼になにを言われたか知らんが、あんな男の言うことなんか、気にするな」
「何を話したかもご存じないのに、どうしてそのようなことが言えるのかしら」
「聞かなくても分かるだろ。くだらん」
彼は花を胸のポケットに挿すと、腕を組み天井を見上げている。
何を考えているのかさっぱり分からないところは、王子のフリをしている時でも、そうでなくても変わらない。
「それより、こんな所で暇潰しをしていてもよろしいの? 今日も一人、新たな聖女が旅立ちましてよ。下の階に残っている未来の聖女たちを、口説き落とさなくて大丈夫なのかしら」
「どうも俺の魅力は、ブリーシュアの女どもには伝わらんらしい」
リシャールは天井にはめ込まれた板の数を数えるような顔をしたままだ。
「本国に戻れば、誰も俺を放ってはおかないのにな。なぜだ」
「あら、それほどおモテになりますの?」
彼はようやく振り返ったかと思うと、紅い髪と紅い目で、妖艶な笑みを浮かべる。
「知りたい?」
「結構です」
「ふふ」
リシャールは微かに声を漏らすと、また天井を見上げた。
ようやく機嫌を戻したかのように、足をブラブラさせている。
「王城の、君の部屋にいるのかと思って訪ねて行ったら、ここだって聞いて来たんだ。またその制服を着ているとは思わなかったよ」
「これは私の普段着でもありますので」
「うん」
今度はにこにこしながら、やっぱり天井を向いている。
彼がずっとそこから動こうとしないから、私にはどうしていいのか分からない。
にらめっこを続ける天井は、ただ高くて真っ平らなだけの木の板だ。
じっと黙ったまま動かないその人に、私の方がなんだか居心地が悪くなる。
「何か、ご用があったのではないのですか?」
「うん? あぁ。……。今日の……、あの、黄色のドレスは、新しいものだったのか?」
「え? どうして?」
「違うのか?」
「それが、あなたが気になりますの?」
「いや……。そうでもない」
本当に、この人はなにをしに来たのだろう。
天井と壁を眺めてばかりの煮え切らない態度に、だんだんイライラがこみ上げてくる。
「お姉さま以外に、めぼしい聖女さまは見つかりまして? 早く下へ行って、素敵な聖女さまをお探しになったらどうかしら」
「それでもあの、マートン卿に敵わないのだから情けない」
「リシャールは、何を言ってるの?」
彼はようやく、机の角から飛び降りた。
「なぁ、ルディ。君はあのマートン卿の、どこに惹かれてるんだ? 俺にはその良さがさっぱり分からん」
「そんなこと!」
ドン! と、両手を机に叩きつける。
思ってもいなかった自分の行動に、自分で驚いている。
「どうして私があなたにお伝えしなければならないのでしょう。そうね、強いて言うなら、あなたと全てが真逆なことかしら」
「なるほどね。だから俺に興味がないわけだ」
またロネの花を私の鼻先に押しつけると、こっちから自分に喧嘩を売ってこいと言わんばかりの視線を投げる。
「見る目がねーな。そんなんだから、お前はモテねぇんだぞ」
「そ、それが何か関係あります?」
「大アリだね」
彼は持っていたロネの花を、私の髪に挿した。
「聞いたよ。君のお姉さんのこと」
「お姉さまって?」
「ミレイア第二王女さまのこと」
エマお姉さまだ。
私とマートンがいなくなった時、この人に話したに違いない。
そう言われればミレイアお姉さまの髪は、この人と同じように燃えるような紅い髪をしていた。
「邪魔したら邪魔したで怒るくせに、邪魔をしなくても私に怒ってらっしゃるの?」
淡く上品なピンク色の花をくるくるともてあそびながら、彼は表情のないまま机の角に腰掛けた。
「マートン卿と出て行くから。どうしたのかと気になっただけだ」
「着替えに行くと言いましたけど」
「一緒に着替えたっていうのか」
「マートンと? そんなことしませんわよ」
「分からんな。一緒に席を立ってから、戻って来なかったのは事実だ」
彼は持っていた花を私の頬にぐりぐりと押しつけたかと思うと、すぐに引き戻し自分の口元を埋めるようにしている。
「彼になにを言われたか知らんが、あんな男の言うことなんか、気にするな」
「何を話したかもご存じないのに、どうしてそのようなことが言えるのかしら」
「聞かなくても分かるだろ。くだらん」
彼は花を胸のポケットに挿すと、腕を組み天井を見上げている。
何を考えているのかさっぱり分からないところは、王子のフリをしている時でも、そうでなくても変わらない。
「それより、こんな所で暇潰しをしていてもよろしいの? 今日も一人、新たな聖女が旅立ちましてよ。下の階に残っている未来の聖女たちを、口説き落とさなくて大丈夫なのかしら」
「どうも俺の魅力は、ブリーシュアの女どもには伝わらんらしい」
リシャールは天井にはめ込まれた板の数を数えるような顔をしたままだ。
「本国に戻れば、誰も俺を放ってはおかないのにな。なぜだ」
「あら、それほどおモテになりますの?」
彼はようやく振り返ったかと思うと、紅い髪と紅い目で、妖艶な笑みを浮かべる。
「知りたい?」
「結構です」
「ふふ」
リシャールは微かに声を漏らすと、また天井を見上げた。
ようやく機嫌を戻したかのように、足をブラブラさせている。
「王城の、君の部屋にいるのかと思って訪ねて行ったら、ここだって聞いて来たんだ。またその制服を着ているとは思わなかったよ」
「これは私の普段着でもありますので」
「うん」
今度はにこにこしながら、やっぱり天井を向いている。
彼がずっとそこから動こうとしないから、私にはどうしていいのか分からない。
にらめっこを続ける天井は、ただ高くて真っ平らなだけの木の板だ。
じっと黙ったまま動かないその人に、私の方がなんだか居心地が悪くなる。
「何か、ご用があったのではないのですか?」
「うん? あぁ。……。今日の……、あの、黄色のドレスは、新しいものだったのか?」
「え? どうして?」
「違うのか?」
「それが、あなたが気になりますの?」
「いや……。そうでもない」
本当に、この人はなにをしに来たのだろう。
天井と壁を眺めてばかりの煮え切らない態度に、だんだんイライラがこみ上げてくる。
「お姉さま以外に、めぼしい聖女さまは見つかりまして? 早く下へ行って、素敵な聖女さまをお探しになったらどうかしら」
「それでもあの、マートン卿に敵わないのだから情けない」
「リシャールは、何を言ってるの?」
彼はようやく、机の角から飛び降りた。
「なぁ、ルディ。君はあのマートン卿の、どこに惹かれてるんだ? 俺にはその良さがさっぱり分からん」
「そんなこと!」
ドン! と、両手を机に叩きつける。
思ってもいなかった自分の行動に、自分で驚いている。
「どうして私があなたにお伝えしなければならないのでしょう。そうね、強いて言うなら、あなたと全てが真逆なことかしら」
「なるほどね。だから俺に興味がないわけだ」
またロネの花を私の鼻先に押しつけると、こっちから自分に喧嘩を売ってこいと言わんばかりの視線を投げる。
「見る目がねーな。そんなんだから、お前はモテねぇんだぞ」
「そ、それが何か関係あります?」
「大アリだね」
彼は持っていたロネの花を、私の髪に挿した。
「聞いたよ。君のお姉さんのこと」
「お姉さまって?」
「ミレイア第二王女さまのこと」
エマお姉さまだ。
私とマートンがいなくなった時、この人に話したに違いない。
そう言われればミレイアお姉さまの髪は、この人と同じように燃えるような紅い髪をしていた。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから
渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。
朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。
「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」
「いや、理不尽!」
初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。
「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」
※※※
専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる