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第1話
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昼休みだ。
私はその人の背中を懸命に追いかけていた。
教室を抜け出し渡り廊下を抜け、校舎裏に隠れてしまったその人を、こっそりとのぞき込む。
空はどこまでも高く澄み、そよ風は芽吹いたばかりの若葉を揺らしていた。
私は勇気を振り絞り、一歩を踏み出す。
と、その人とは別に、もう一人いることに気づいた。
「あ、あの……。好きです。俺と付き合ってください」
「あ……。えっと……」
彼女の声はとても小さくて、だけどはっきりと力強かった。
「ご、ゴメンなさい。他に好きな人いるから!」
柱の陰に隠れていた私の横を、その彼女が駆け抜けてゆく。
すれ違うその一瞬で、目と目が合った。
肩より長い髪が鮮やかに揺れ、制服のスカートから伸びた白く細い足で走り去る。
私の耳に、ようやく昼休みの喧噪が戻ってきた。
「はぁ~」
彼の大きくて深いため息が聞こえる。
つい顔をのぞかせた私は、そのまんま見つかってしまった。
「……。あ……」
顔を真っ赤にした彼と、目が合う。
何にも見てない聞いてない知らないフリして、ヒラヒラと手を振った。
「あ、あれ~! どうしたの直央くん、こんなところで! 早く教室に戻らないと、昼休み終わっちゃうよ~」
「いいよ。先に戻っといて」
しゃがみ込んでいた彼は、そのまま腰を下ろしてしまった。
両腕で頭を抱えこみ、テコでも動きそうにない。
ショックで午後の授業サボるつもりなのかな?
だけど私には、そのまま彼を見過ごすことなんて出来ない。
昼休み終了5分前を知らせるチャイムが鳴って、彼の隣に腰を下ろした。
「なになにどうした? サボるなら私もサボっちゃおうかなぁ~」
「いいからお前は帰れよ」
さっきの子は誰とか、いつから好きだったのとか、どうしてこのタイミングなのとか、そんなぐるぐるごちゃごちゃしたモノをぎゅっと飲み込んで微笑む。
「直央くんがサボるなら私もサボる」
高校に入ってから知り合った。
1年で同じクラスになって、2年でもまた同じクラスになれた。
「サボんねぇって」
めくり上げた白いシャツから、筋肉質な腕が伸びる。
立ち上がり歩き出したツンツン頭の背中を見上げた。
「どうかした? 気分でも悪い? 保健室行く?」
こうやって言えば私が見てたコト、バレないですむかな?
直央くんの歩く足取りは私には速すぎて、小走りで追いかけている。
先を行く彼を追い越し、階段を駆け上がり振り返った。
「何か気になることがあるんだったら、話し聞くよ?」
彼のため息だけが耳元を横切る。
残りの階段をさっさと昇りきると、直央くんは廊下の角を曲がった。
昼休み終了のチャイムが鳴る。
「……。私も失恋、したんだけどな……」
教室に入ると、彼はもう席についていて、私はようやくたどり着いたその場所に腰を下ろした。
午後の授業が始まる。
さっきまでの出来事がウソみたいに、まるでなにもなかったみたいに、少し丸まった彼の背を見つめている。
直央くんの視線が動いて、その手がハラリとノートをめくった。
あのシャーペンと色違いなの、3件目の文具店でようやく見つけたんだ。
こうして静かな教室に座っていても、今にも泣きそう。
だけど授業中だから、泣けなくてよかった。
鼻の下をこすってごまかす。
もしかしたら直央くんも同じ気持ちなのかな。
だとしたら悲しくて悔しいけど、ちょっとうれしい。
休み時間にわざわざ近づいて話しかける勇気もなくて、放課後になるのをじっと待っている。
今日は掃除当番がないから、帰り際に追いかければ追いつける。
準備は万端、荷物は完璧に詰め込んだ。
後は長い長い先生の話が終わるだけ……。
「はーい。じゃあお疲れ~。また明日ねー」
その瞬間に立ち上がる。
先に廊下に飛び出しておいて、待ち伏せする作戦だ。
私は廊下の角を曲がると、階段横の壁にもたれてその時を待つ。
あの人はきっと、これからゆっくり帰る準備をして出てくる。
そこへ仲良しの京也くんか隆史くんが来たらしゃべり始めるから、ちょっと出てくるのが遅くなるかもだけど、でも3人で出てくるだろうから、そしたら何でもないフリをしてすれ違ったあとで、いつものように後ろ姿を愛でながら駅まで帰ろう。
もし一人で出てきたら、その時は……。
床に影が伸びた。
「……。なにしてんの?」
「え?」
同じクラスの広太くんだ。
明るくした髪を、男子にしては長めに伸ばしている。
くるくる天然ウェーブに、背は直央くんより高くてひょろっとしている。
「あ、いや……」
その長身から私を見下ろした。
「誰か待ってんの?」
「いや、待ってないよ」
どうしよう。
ここで直央くんが出てきたら、いつものように追いかけられないんだけど……。
「忘れ物?」
「そ、そう! 忘れ物……。はは、じゃあね」
急いで教室に戻る。
まだ直央くんは教室にいるはずだから、そしたら……。
「あ、あれ?」
閑散とした教室に、直央くんの姿はなかった。
栄美ちゃんに声をかけられる。
「彩亜? どうした?」
「あ、ううん。何でもない……」
空っぽになった彼の席を見つめる。
どこですれ違ったんだろう。
今日はどうしていつもの帰宅ルートで……。
その瞬間、ハッと気づいた。
アノ子のクラスに行こうと思ったら、出てくる階段はこっちじゃない!
私は教室を飛び出す。
いつもと反対の階段を駆け下りた。
どこまで走っても、直央くんの姿は見えてこない。
遅かった? もう手遅れ?
1階に下り靴箱に駆け込んだら、昇降口でようやくその姿を捕らえた。
「いた……」
アノ子は他の友達と3人でいたのに、現れた彼の姿にそこからカノジョだけが抜け出す。
名前も知らないソノ子は、直央くんに近づいた。
彼はカノジョに何かを話しかけ、並んで歩き出す。
え? フラれたんでしょ? フッたんでしょ?
なのになんで一緒に帰ってんの?
握りしめるスカートの裾が、手の平の奥にまで食い込む。
彼の視線の先にはいつだってアノ子がいて、告白してフラれた直後だってこうやって追いかけて来てもらえるんだ。
後ろから誰かが来た。
広太くんだ。
上靴から革靴に履き替えている。
「……。足、見えてるよ」
「見ないでよ!」
「自分で見せてるし」
強く握りしめ過ぎた拳が固まって、自分ではもうほどけない。
キッとにらみ上げたら、彼はそのまま見下ろしてくる。
なにかしゃべったら泣き出しそう。
「……。何かあったの? 話したいなら聞いてもいいけど……」
「別にいいです」
その言葉に、急にふっと力が抜けた。
私は何でもないみたいに靴を履き替える。
「じゃ」
おかげで直央くんを見失ってしまった。
まぁどうせ駅に向かって歩いてるんだろうけど、もうここからじゃ見えないな。
見たくもなかったけど。
私は午後の通学路を、一人ゆっくりと歩き出す。
好きな人の好きな人に、どうやったらなれるんだろう。
彼の追う視線の先にあの子がいるって気づいたのは、いつだったかな。
同じクラスになったことはない、知らない女の子だ。
だけどその顔だけは覚えている。
去年の体育祭実行委員で一緒になっていた、隣のクラスの子だ。
なんでよりによって、そんなレアキャラを……。
私は直央くんとは、1年の時のSNSクラスグループで繋がっている。
そこから個人でメッセージを送ることは出来たけど、そんなことして拒否られたらどうしようとか思うと、怖くてできなかった。
それをようやく、今年になってまた同じクラスになって、なんか無理矢理こじつけたみたいな感じで個別に交換したけど、最初の「よろしく」以来やりとりはない。
私はそれをトップに固定して、毎日眺めていた。
彼のアイコンはそれから2回変わった。
「変えたんだね」って、それだけの文字を打ち込んでは送れずに何度も書いては消している。
だけど今日、あの人はフラれたんだよね?
もし今度アイコンを変えたら、今度こそ送ってみよう。
もうアノ子とはなくなったんだからさ……。
ズルいかもしれないけど、やるしかないよね……。
どうやって話しかけようかとか、明日の髪型はどうしようかとか、そんなことばかりを考えている。
夜寝る前には固定されたまま動かないアイコンに向かって、おやすみのあいさつをするんだ。
「じゃ、直央くんおやすみなさ……」
ふいにそのスマホ画面が光った。
『ヒマ』
広太くんだ。
これ、個別メッセージ受け取りの許可しないといけないものなのかな?
なんで私? 誰かと間違えた?
『早く寝なさい』
仕方なく許可しておいてから、それだけ打って画面を閉じる。
謎といえば謎な行為だけど、別になんともないことだ。
返信きたら返さないといけないかなって、ちょっと気にはしていたけど、それからは何もなかった。
もう寝よう。
明日から私は、本気出すんだから。
私はその人の背中を懸命に追いかけていた。
教室を抜け出し渡り廊下を抜け、校舎裏に隠れてしまったその人を、こっそりとのぞき込む。
空はどこまでも高く澄み、そよ風は芽吹いたばかりの若葉を揺らしていた。
私は勇気を振り絞り、一歩を踏み出す。
と、その人とは別に、もう一人いることに気づいた。
「あ、あの……。好きです。俺と付き合ってください」
「あ……。えっと……」
彼女の声はとても小さくて、だけどはっきりと力強かった。
「ご、ゴメンなさい。他に好きな人いるから!」
柱の陰に隠れていた私の横を、その彼女が駆け抜けてゆく。
すれ違うその一瞬で、目と目が合った。
肩より長い髪が鮮やかに揺れ、制服のスカートから伸びた白く細い足で走り去る。
私の耳に、ようやく昼休みの喧噪が戻ってきた。
「はぁ~」
彼の大きくて深いため息が聞こえる。
つい顔をのぞかせた私は、そのまんま見つかってしまった。
「……。あ……」
顔を真っ赤にした彼と、目が合う。
何にも見てない聞いてない知らないフリして、ヒラヒラと手を振った。
「あ、あれ~! どうしたの直央くん、こんなところで! 早く教室に戻らないと、昼休み終わっちゃうよ~」
「いいよ。先に戻っといて」
しゃがみ込んでいた彼は、そのまま腰を下ろしてしまった。
両腕で頭を抱えこみ、テコでも動きそうにない。
ショックで午後の授業サボるつもりなのかな?
だけど私には、そのまま彼を見過ごすことなんて出来ない。
昼休み終了5分前を知らせるチャイムが鳴って、彼の隣に腰を下ろした。
「なになにどうした? サボるなら私もサボっちゃおうかなぁ~」
「いいからお前は帰れよ」
さっきの子は誰とか、いつから好きだったのとか、どうしてこのタイミングなのとか、そんなぐるぐるごちゃごちゃしたモノをぎゅっと飲み込んで微笑む。
「直央くんがサボるなら私もサボる」
高校に入ってから知り合った。
1年で同じクラスになって、2年でもまた同じクラスになれた。
「サボんねぇって」
めくり上げた白いシャツから、筋肉質な腕が伸びる。
立ち上がり歩き出したツンツン頭の背中を見上げた。
「どうかした? 気分でも悪い? 保健室行く?」
こうやって言えば私が見てたコト、バレないですむかな?
直央くんの歩く足取りは私には速すぎて、小走りで追いかけている。
先を行く彼を追い越し、階段を駆け上がり振り返った。
「何か気になることがあるんだったら、話し聞くよ?」
彼のため息だけが耳元を横切る。
残りの階段をさっさと昇りきると、直央くんは廊下の角を曲がった。
昼休み終了のチャイムが鳴る。
「……。私も失恋、したんだけどな……」
教室に入ると、彼はもう席についていて、私はようやくたどり着いたその場所に腰を下ろした。
午後の授業が始まる。
さっきまでの出来事がウソみたいに、まるでなにもなかったみたいに、少し丸まった彼の背を見つめている。
直央くんの視線が動いて、その手がハラリとノートをめくった。
あのシャーペンと色違いなの、3件目の文具店でようやく見つけたんだ。
こうして静かな教室に座っていても、今にも泣きそう。
だけど授業中だから、泣けなくてよかった。
鼻の下をこすってごまかす。
もしかしたら直央くんも同じ気持ちなのかな。
だとしたら悲しくて悔しいけど、ちょっとうれしい。
休み時間にわざわざ近づいて話しかける勇気もなくて、放課後になるのをじっと待っている。
今日は掃除当番がないから、帰り際に追いかければ追いつける。
準備は万端、荷物は完璧に詰め込んだ。
後は長い長い先生の話が終わるだけ……。
「はーい。じゃあお疲れ~。また明日ねー」
その瞬間に立ち上がる。
先に廊下に飛び出しておいて、待ち伏せする作戦だ。
私は廊下の角を曲がると、階段横の壁にもたれてその時を待つ。
あの人はきっと、これからゆっくり帰る準備をして出てくる。
そこへ仲良しの京也くんか隆史くんが来たらしゃべり始めるから、ちょっと出てくるのが遅くなるかもだけど、でも3人で出てくるだろうから、そしたら何でもないフリをしてすれ違ったあとで、いつものように後ろ姿を愛でながら駅まで帰ろう。
もし一人で出てきたら、その時は……。
床に影が伸びた。
「……。なにしてんの?」
「え?」
同じクラスの広太くんだ。
明るくした髪を、男子にしては長めに伸ばしている。
くるくる天然ウェーブに、背は直央くんより高くてひょろっとしている。
「あ、いや……」
その長身から私を見下ろした。
「誰か待ってんの?」
「いや、待ってないよ」
どうしよう。
ここで直央くんが出てきたら、いつものように追いかけられないんだけど……。
「忘れ物?」
「そ、そう! 忘れ物……。はは、じゃあね」
急いで教室に戻る。
まだ直央くんは教室にいるはずだから、そしたら……。
「あ、あれ?」
閑散とした教室に、直央くんの姿はなかった。
栄美ちゃんに声をかけられる。
「彩亜? どうした?」
「あ、ううん。何でもない……」
空っぽになった彼の席を見つめる。
どこですれ違ったんだろう。
今日はどうしていつもの帰宅ルートで……。
その瞬間、ハッと気づいた。
アノ子のクラスに行こうと思ったら、出てくる階段はこっちじゃない!
私は教室を飛び出す。
いつもと反対の階段を駆け下りた。
どこまで走っても、直央くんの姿は見えてこない。
遅かった? もう手遅れ?
1階に下り靴箱に駆け込んだら、昇降口でようやくその姿を捕らえた。
「いた……」
アノ子は他の友達と3人でいたのに、現れた彼の姿にそこからカノジョだけが抜け出す。
名前も知らないソノ子は、直央くんに近づいた。
彼はカノジョに何かを話しかけ、並んで歩き出す。
え? フラれたんでしょ? フッたんでしょ?
なのになんで一緒に帰ってんの?
握りしめるスカートの裾が、手の平の奥にまで食い込む。
彼の視線の先にはいつだってアノ子がいて、告白してフラれた直後だってこうやって追いかけて来てもらえるんだ。
後ろから誰かが来た。
広太くんだ。
上靴から革靴に履き替えている。
「……。足、見えてるよ」
「見ないでよ!」
「自分で見せてるし」
強く握りしめ過ぎた拳が固まって、自分ではもうほどけない。
キッとにらみ上げたら、彼はそのまま見下ろしてくる。
なにかしゃべったら泣き出しそう。
「……。何かあったの? 話したいなら聞いてもいいけど……」
「別にいいです」
その言葉に、急にふっと力が抜けた。
私は何でもないみたいに靴を履き替える。
「じゃ」
おかげで直央くんを見失ってしまった。
まぁどうせ駅に向かって歩いてるんだろうけど、もうここからじゃ見えないな。
見たくもなかったけど。
私は午後の通学路を、一人ゆっくりと歩き出す。
好きな人の好きな人に、どうやったらなれるんだろう。
彼の追う視線の先にあの子がいるって気づいたのは、いつだったかな。
同じクラスになったことはない、知らない女の子だ。
だけどその顔だけは覚えている。
去年の体育祭実行委員で一緒になっていた、隣のクラスの子だ。
なんでよりによって、そんなレアキャラを……。
私は直央くんとは、1年の時のSNSクラスグループで繋がっている。
そこから個人でメッセージを送ることは出来たけど、そんなことして拒否られたらどうしようとか思うと、怖くてできなかった。
それをようやく、今年になってまた同じクラスになって、なんか無理矢理こじつけたみたいな感じで個別に交換したけど、最初の「よろしく」以来やりとりはない。
私はそれをトップに固定して、毎日眺めていた。
彼のアイコンはそれから2回変わった。
「変えたんだね」って、それだけの文字を打ち込んでは送れずに何度も書いては消している。
だけど今日、あの人はフラれたんだよね?
もし今度アイコンを変えたら、今度こそ送ってみよう。
もうアノ子とはなくなったんだからさ……。
ズルいかもしれないけど、やるしかないよね……。
どうやって話しかけようかとか、明日の髪型はどうしようかとか、そんなことばかりを考えている。
夜寝る前には固定されたまま動かないアイコンに向かって、おやすみのあいさつをするんだ。
「じゃ、直央くんおやすみなさ……」
ふいにそのスマホ画面が光った。
『ヒマ』
広太くんだ。
これ、個別メッセージ受け取りの許可しないといけないものなのかな?
なんで私? 誰かと間違えた?
『早く寝なさい』
仕方なく許可しておいてから、それだけ打って画面を閉じる。
謎といえば謎な行為だけど、別になんともないことだ。
返信きたら返さないといけないかなって、ちょっと気にはしていたけど、それからは何もなかった。
もう寝よう。
明日から私は、本気出すんだから。
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