DR.清白の診察室 Ⅴ~義兄弟

翡翠

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責任

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 そこへ影暁さまが進み出た。 

「御園生家を代表して今回の事を深く陳謝致します。この度の事は私どものセキュリティーへの過信が招いた事。 

 まことに申し訳ございません」 

 影暁さまがお父さんに向かって深々と頭を下げた。 

「セキュリティーを過信していたのは、雫たち特務室の者も同じです。葉月を出社させないで自宅で待機させるべきだった。そう私たちも思いました。けれどもそれは起こったあとだから言える事です。 

 幸いにも葉月は無傷で戻って参りました。どうか御園生の皆さまや武さま、夕麿さまが御心を御痛めになられませんよう、お伝えくださいませ」 

 お父さんの言う通りだ。僕だってベッドで眠っていたんだから。 

「心配かけてごめんなさい」 

 僕も何か言わないと。そう思った瞬間、そんな言葉が出た。影暁さまが笑顔になられた。 

「新しいセキュリティーを検討しています。武さまと夕麿さまも出社を見合わされますので、葉月君もしばらくは休んで癒してください」 

「はい、ありがとうございます」

 僕の言葉にまた微笑んで、影暁さまはもう一度頭を下げられて帰って行かれた。

「えっと…セキュリティーは、何故破られちゃったの?」

 僕はそこがわからなかった。

「最上階へのカードは、ある人物から流れたものでした。オフィスに入るのは、ハッキングで電子ロックを殺したのです」

 うわっ…何か凄い事になってんだ。

 お父さんの説明によると、元々川田さんがコネで入社した事が始まりだった。川田さんのコネは今の総帥、有人氏のおじいさんの弟だったらしい。御園生家は後継ぎ以外は、全部外へ出してしまうのが本来の習慣だったんだって。有人氏もそのお父さんも元から一人っ子で、そういう人はいないらしい。

 でもおじいさんには弟がいた。有人氏のご両親が急死して、彼はひとりぼっちになったんだって。だからその人はチャンスだと思ったらしい。でも有人氏は小夜子夫人と再婚して、武さまが養子になった。それから次々と養子を迎えいれたんだ。今までの習慣を守っていたら、御園生家には誰もいなくなる。そう思ったんだって。それに家族の温もりを欲しいって思われたそうだ。


 うん。僕にもそれはわかる。そして小夜子夫人との間にあの末っ子の希君が生まれた。それが面白くなかったらしい。その人物は今、御園生ホールディングスの輸入部門にいるそうだ。当然、それなりの役職をもらっているので、最上階のセキュリティーカードを手に入れられる。

 川田さんはここに配属された人だった。では何故、剛山と繋がるのか。剛山 雷太は民政党の古参代議士の息子で、秘書をしている男の隠し子なのだそうだ。有人氏の大叔父にあたる人物は、その代議士の家へ養子に入って義理の弟になっていたんだって。川田さんはその大叔父の妻の身内。

 代議士の秘書は将来の代議士だから、警察に圧力が掛かって彼は野放し状態だった。さすがに今回は特務室顧問の息子の誘拐という事で、警察庁の上の方が動いたんだって。

 また民政党のトップと有人氏が昵懇じっこんで、そちらからも手が回されたらしい。もちろん最上階から地下の駐車場まで、僕を拉致して運んだ川田さんも逮捕された。有人氏の大叔父って人も武さまや夕麿さまに危険を、及ぼし兼ねない行為をしたとやはり逮捕されたそうだ。

 最上階のセキュリティーが破られ、中にいた僕が連れ去られた。それは大変な意味があるらしい。

 僕は身体に異常がないのと精神的にも、安定してるって事ですぐに退院する事になった。お祖母さまが持って来た服に着替えて僕は迎えの車に乗る。お父さんはそのままおもうさんの所へ。仕事を抜けて僕の為に病院にいてくれたんだ。おもうさんも仕事を他に任せて、助けに来てくれた。

 僕はお祖母さまに抱き締められるようにして、マンションへと帰った。お祖父さまとお祖母さまは、どうしても抜けられない御用があって夜、出掛けられた。

 二人が帰って来るまで、僕はお兄さまと周先生の部屋に預けられる事になった。マンションは御園生系列の警備員が、いつもより増やされていた。

「お兄さま」

「どうしました?」

「僕…もうダメだと思った。でも、お兄さまの言葉を思い出したんだ」

 そう言うとお兄さまは、泣き出しそうな顔をして、僕をギュッと抱き締めた。

「私があのような事を教えたから、あなたが酷い目に遭わされていないかと…心配しました。後悔しました」

「大丈夫だったよ、僕。おとなしくしていたら、酷い事はしないって言われたしね。 お兄さまのお蔭で僕、落ち着いていられたの」

 うん。僕がパニックにならなかったのも、食事をしたり眠ったり出来たのも、ひたすら信じて助けを待てた。お兄さまの言葉はいい加減なものじゃないのがわかってたから。一つひとつ何故を教えてもらったから。

「こうして帰って来られたのは、お兄さまのお蔭だからね」

「葉月…」

 お兄さまは僕が酷い目に遭わされても、じっと我慢してるって心配してたんだ。お兄さまの言葉を僕が実行するだろうって。

「無事で良かった…GPSを着けてるからって言っても私は心配で…心配で…」

「ごめんなさい…GPSって何の話?」

「クリスマスに雫さんに、ペンダントをいただいたでしょう?」

「え!?」

「表向きは米軍の認識標だけど、内部にGPSが組み込まれているんです」

 し、知らなかった。

「武さまは腕に埋め込まれていらっしゃいますが、バッテリーが2年くらいしか保たないので、その都度、入れ替えの為にメスをお入れするんです」

  うわっ…痛そう。

「夕麿さまに傷をお付けするのは、武さまが絶対的に嫌われるし…その試作品なのだそうです」

 あらま…意外な事実………

「葉月を襲った犯人は逮捕されないままでしたし、雫さんにすれば一石二鳥だったのでしょう」

「それで取れないんだ、これ」

「特殊な器具がないと不可能なのだそうです。それだけは外されてなかったでしょう?」

「うん。凄いね」

「裸にされても身に着けていられるもの。金属部分が肌を傷付けないもの。随分、試行錯誤がされたようです」

「僕、役に立ったんだ」

 素直な気持ちだった。だって僕はみそっかすで左手まで動かない。本当は皆さんが気を使ってくださってるって、わかっているから気になってたんだ。

「怒らないのですか?半分、実験に使われたのですよ?」

「どうして?おもうさんが僕の為に、プレゼントしてくれたのは本当でしょう?それでお役に立てたら、喜ぶべきじゃないの?」

 お兄さまが何を気にしているのか、僕にはわからない。

「あなたは…本当に良い子ですね」

 優しい笑顔が眩しい。

「普通…だと思うけど?」

 お兄さまは僕をまた抱き締めた。

「あの二人は、あなたのその素直さや優しさを誰よりも知っていた筈なのに…」

「お兄さま?」

「あ…ごめん」

「ううん、ありがとうございます」 

 僕の事を本当に大切にしてくれる、僕の家族がここにいる。たくさんのものを失ったけど、得たものはまるで宝石みたいに輝いている。 

 僕は今、幸せだよ? ねぇ、兄さんたちは幸せでいる? 

 応えが来ない問い掛けを僕は胸の中で呟いた。 

「朔耶、食事出来たぞ?」

 え?周先生…?エプロンを外しながら、周先生がキッチンから出て来た。カウンターからダイニングテーブルへ料理が次々と運ばれる。

「先生って…お料理する人なんだ…」

「私は包丁どころか、鋏も使えません」

「お兄さまもピアノする人?」

「ピアノ…?ああ、夕麿さまですね?あの方はドアもご自分では開閉されませんから」

 それは僕も知ってる。夕麿さま本人より武さまがもっと神経質だ。

「武さまは夕麿が怪我するのを、異常くらいに嫌われる。ご自分が傷だらけになられても、全身で御庇いになられるから」

 料理を並べ終えてグラスにビールを注ぎながら周先生が言った。

「傷だらけ?」

「武さまの左腕には、凄い傷痕があるのです。夕麿さまがお生命を狙われて、それを庇われて…」

「生徒会室の前の硝子が割れたんだ。武さまは夕麿を庇われて、硝子の破片が腕に幾つも刺さったんだ。

 物凄い出血で…止血だけでも大変だった」

 周先生はその時の事を思い出して、悲しそうな辛そうな顔をした。 

「武さまと夕麿さまって、高校生の時から?」 

「夕麿が御園生に養子に入るという形で結婚したのは、武さまが1年で夕麿が2年の夏休みだった」 

 僕と同じ年齢で既に武さまは結婚してたんだ。 

「冷めないうちにいただきましょう」 

 お兄さまがそう言った。 

「雅久と義勝も高等部だったな」 

「え!?」 

 それは……知らなかった。 

「中等部からの仲だから…長いな」 

 ビールを呑みながら周先生が呟いた。 

 う~ん…ここじゃ普通なんだよな。 同性愛とか同性婚とか。会社でも当たり前みたいになってるし。僕はだから自然に出来る。 

「あの…訊いても良いですか?」 

「何をですか?」 

「同性の結び付きって、反対する人はいないんですか、皆さんの家族には」 

 質問した瞬間、周先生が視線を逸らした。しまった。これ、禁忌タブーなんだ。 

「ごめんなさい、無神経でした」 

「別に謝らなくて良い。普通の事だからな。僕は母が同性の結び付きを嫌悪してる。もっと凄いのは雫さんの所だ」 

「え!?おもうさん?」 

「雫さんは武さまの父君さまの従弟にあたられる。ご母堂 史子さまをはじめとした成瀬家と雫さんは没交渉状態だ。 

 葉月君。同性の結び付きは決して安寧あんねいに進む道じゃない。それなりの覚悟がいる。僕は朔耶に出逢うまで、その覚悟が出来ない人間だった。ただ快楽にだけ逃げて、現実に向き合えなかった」 

 快楽に逃げた?ああ、それでお兄さまがすぐ嫉妬するんだ。 

「だから君は、幸彦君と那津彦君を責めてはいけない」 

「今はもう、悲しいだけです。元から二人を責める気はありません」

 今でも胸は痛い。

「二人は逃げ場を完全に失ったのだろう。責任の在り方を明確にしない方が良い時もある。人間は追い詰められれば、善悪や後先を見る余裕すらなくなる」

 周先生は優しいお医者さまだ。でもその優しさはたくさんの苦しみや、悲しみの中から生まれて来たのかもしれない。

「僕…強くなりたい」

「あなたは十分、強くなりましたよ」

 お兄さまが僕に微笑んでくれた。

「それ…お兄さまのお蔭だと思う」

「あなた自身の力ですよ。ねぇ、周?」

「そうだな。誰が何を教えても受け取る人間が理解して実行しなければ、絵に描いた餅を眺めるようなものだ。葉月君は自分なりに朔耶の言葉を受け入れて、それを自分のやり方で実行した筈だよ?

 弱い人間…僕もそんな一人だからわかるけど、わかっているつもりや振りは簡単に出来る。けれど付け刃や見せ掛けの鎧は、本人が思っているより脆いものなんだ」

「案外、隠しているつもりの弱さも、外から見たら見え見えな時も多いものです」 

「そんな脆いものは緊急時には何の役にも立たない。だが君は、一番大切な事を忘れなかった」 

 周先生の視線が真っ直ぐに僕を見た。 

「どんな事があってもここへ帰って来る。君は朔耶のその言葉を守った」 

「それに雫さんを信じるように言いましたよね、私は」 

「うん。僕、待ってた。おもうさんが助けに来てくれるのを」 

 そう。間一髪だったけど僕は本当に無傷だった。 

「目が覚めた時、ちょっとパニックになったんだ。もうダメだ、これが僕の運命だって。でも、お兄さまの声がしたんだ。 

 僕が無事に帰って来れたのは、お兄さまのお蔭だよ?」 

 うん。それが嘘偽りのない僕の今の本心だ。するとお兄さまはホッとした顔をしたんだ。 

「葉月君に我々公家の誘拐マニュアルを教えたと聞いて僕は本気で心配したんだがな。あれは武さまに夕麿が教えようとして失敗してる」 

 中身を呑み干した周先生が、グラスを置きながら呟いた。 

「君の場合も逆に働くと僕は心配したんだが、取り越し苦労だったようだ」 

 ああそれで、お兄さまはあんな顔をしてたんだ。 

「葉月君は僕が思ってたよりも、危機管理が未発達のようだね」 

「危機管理?」 

 そう問い返した僕に、お兄さまが説明してくれた。 

 『危機管理』というのは、危険かどうかを判断出来る力の事らしい。今自分がどこでどんな状況なのかを的確に認識して自己責任としての行動がとれる事。誰かの誘導があっても、ただそれに従うだけではダメなんだって。その人が間違ってるかもしれないから。 

 何が危険で何が安全であるか。でも安全に絶対はないんだって。状況や時間経過でいつでも無効になる事がある。周囲をよく見て的確な判断が出来るように自分を訓練する。自分の選択が万が一間違っていた場合も、自己責任として他に責任を求めない。 

 知識と情報収集。正確な分析と的確な判断をする力。そして実行する強さ。 

「残念な事ですが、皇国人には一番欠けている事でもあるのです」 

 確かにお兄さまの言う通りかもしれない。思い当たる事件とかをテレビで観た気がする。 

「1970年代から1980年代にかけての欧州では、ある組織による貴族や財閥系、政治家などの誘拐が相次ぎました。彼らの最も標的になったのは子息や令嬢たちでした。身の代金が支払われず、遺体で発見された者もいました。 

 しかし帰って来た子息や令嬢たちは、性的な被害を皆、受けていたのです」 

 そんな事があったのか。 

「それでも彼らは犯人グループに抗わなかった。だから生きて帰って来たのだと。欧州各国の政府は決して犯人に抗わないというマニュアルを、社交界に連なる人々に徹底させたのです」 

「我々皇国の貴族もそのマニュアルを導入した」 

 そっか。それをお兄さまが教えてくれたんだ。 

 僕は護院 清方の息子。出身はどうであれ皆さんと同じなんだ。だからお兄さまは僕に教えてくれたんだ。 

「葉月、私はあなたをどこに出しても恥ずかしくない、護院 清方の息子になって欲しいのです」 

「僕に…出来るかな?」 

「私が責任を持って教育します」 

 にっこりと笑うのがちょっと怖い。あはは…大丈夫かな、僕? 

 それから僕は頑張った。通信高校をちゃんと続けて、高校の卒業資格を得る試験を受けて合格した。周囲のすすめもあって僕は夜間大学へ進学した。

 昼間は会社で相変わらずだ。大学も半分過ぎた。卒業までまだまだ時間があるけど、僕は僕なりに頑張ってる。

 立ち振る舞いとかは、かなり修正されたかな?う~ん… お兄さまはまだまだってきっと言うよなあ。僕のPTSDはほとんど回復した。

 恋人は…まだいない。やっぱり僕の気持ちは、兄さんたちにある。やっぱり…僕は裏切られてしまった今でも二人が好きなんだ。未練がましいかな?

 来年の春には大学を卒業する……そんな夏の日だった。

 僕はお父さんに呼ばれて、マンションの最上階へ向かった。大学に入ってから元の部屋へ戻って暮らしている。3人で暮らしたあの部屋で僕は一人で生活してるんだ。

「いらっしゃい。こっちです」

 お父さんに招き入れられたのはリビング。

「!?」

 僕は入って言葉を失って立ち尽くした。

 兄さんたちがいたのだ。幸彦兄さんはスーツを着ていた。那津彦兄さんは…警察官の制服を着ていた。

「どうして…?」

「とにかく座りなさい」

「はい…」

 どうして…今更?最近、少しずつだけどあの日々を思い出に出来るようになったのに。

「葉月、幸彦君は御園生の関連企業に就職した。那津彦君は国家Ⅰ種に合格して、今は警部補として所轄勤務になっている。いずれ俺の下へ来てもらうつもりだ」

 僕は言葉が紡げなかった。

「葉月…」

「葉月…」

 二人が僕に声を掛ける。

「二人の事はわかりました」

 僕は既に二人が知ってる僕じゃない。

「あの、それで今日は何でしょう?」

 学生と会社員。二足の草鞋を履いて僕は僕なりに頑張って来た。皆さんに今でもたくさん助けられているけど。

「葉月…俺たちを許して欲しい」

 幸彦兄さんが言った。いや、彼はもう…兄じゃない。僕が兄と呼ぶのは、戸籍上の叔父 護院 朔耶だけだ。

「迎えに来たんだ」

 那津彦さんが言った。

「葉月、あの時二人は、君を堂々と迎えに来れるおとなになる為、お前から離れる決心をしたんだよ」

 おもうさんの言葉にお兄さまが驚いた顔をした。お兄さまはあの時、本当に怒っていた。

「あのままでは二人は、追い詰められるだけでした。

 葉月、二人があなたを裏切ろうとした行為は、自分たちの本心を確認する為だったのです」

 お父さんがそう言って、二人を優しい眼差しで見た。

「それでもあなた方が葉月を裏切ったのは、紛れもない事実でしょう? 葉月がどれだけ傷付いたか、二人とも見た筈です。それなのに、迎えに来たですって? 葉月は既に護院 清方の息子として、上流階級に受け入れられています。あなた方とは既に身分が違うのです」

 お兄さまは僕の横に座って、守ってくれようとしてくれる。

「わかってる…それでも俺たちは葉月じゃないとダメなんだ」

「あの時、俺たちは確かに女の子と付き合っていた。だが…彼女たちを抱けなかったんだ」

 那津彦さんが悲痛な顔で言う。

「それでも裏切り行為だったとわかっている。俺たちは互いにお前を任せるつもりで、母さんを納得させようと考えたんだ。どちらかが異性の恋人を持って家に帰れば母さんを説得出来ると」

 幸彦さんが膝の上で、拳を握り締めて言った。

「俺は兄さんが同じ事を考えたとは思っても見なかった」

「ダメだった。どうやっても何を見て何をしても、俺も那津彦も女性を相手に出来なかったんだ」

「それどころか、化粧品や香水の匂いが気持ち悪かった。媚びた声や眼差しが鬱陶しく感じた」

「それでもどちらかが、お前の側に残らなければならない。そう思って何とか足掻いたんだ」

「それを…知られてしまった」

 ああ、二人が僕に 会おうと懸命になったのはこれを説明したかったんだ。

「あなたがパニック発作を起こして壁に頭を打ち付けたのを見て、二人は私のところへ真実を話に来ました。ですがあの時点であなたに真実を話しても、受け入れられはしないと判断しました」

 それは…お父さんが正しい。

「そこで一度、あなたの側を離れるようにすすめたのです。あのままではただあなた方は互いに、傷付け合うだけで修復不可能な状態になるだけです。3人が別々になって自分たちの道を模索し、選んでいく。その結果、気持ちが消えなければ、やり直しても良いのではないかと」

「義兄さん、それは詭弁です」

 お兄さまが僕を抱き締めて言った。

「葉月がどれくらい苦しんだと思っていらっしゃるのです。苦しんで苦しんで、それでも必死に頑張って来たのですよ?」

 お兄さまは僕を庇うようにして、お父さんを睨み付けた。

「最近になってやっと、葉月はその傷から前に歩き出したのです!それなのにこんな…古傷を抉るような事…」

「朔耶、やめなさい。それはお前の感情だ。葉月君は自分で選ばなければならないんだ」

 そう言ったのは周先生だ。

「それは私にもわかっています!」

 優しいお兄さま。だから僕はそっとお兄さまを抱き返した。

「葉月?」

「お兄さま、ありがとうございます」

 僕は彼からたくさんの事を学んだ。もちろん他の人たちからも。僕は僕の責任に於いて、どうするのか決めなければならない。

「質問しても良いですか?」

 僕は二人を真っ直ぐに見た。二人は固唾を呑んで頷いた。

「僕はお父さんやおもうさん、お祖父さまやお祖母さまがいらっしゃるここを離れたくありません。御園生本社の経営スタッフ専属秘書室勤務の立場としても、様々な理由でセキュリティーがしっかりしているここ以外には住めません」

 僕はここで一度、言葉を切った。

「今、僕は、あの部屋で一人で生活しています。だから僕は二人にどこかへ迎え入れられるわけにはいかないのです」

 二人が唇を噛み締めた。僕は言葉を続けた。

「僕の立場を理解した上で、もう一度あの部屋でやり直していただけるならば、僕は…」

 涙が溢れて来た。ああ…僕は…僕は…やっぱり二人が好きだ。

「幸彦さん…那津彦さん…おかえりなさい…」

「葉月!」

「葉月!」

 僕は立ち上がった二人の腕に飛び込んだ。ああ…僕はずっとこの温もりを取り戻したかった。僕の弱さが二人を苦しめ、追い詰めてしまったとわかっていたから。だから強くなりたかった。

「雫、これで息子が3人になりましたよ?」

「賑やかなのは大歓迎だ」

 二人が楽しそうに言った。幸彦さんと那津彦さんは、このまま、僕と同じように養子に入るそうだ。

「やれやれ、葉月の教育が終わったばっかりだと言うのに…」

 お兄さまの溜め息混じりの言葉に全員が噴き出した。

 僕は僕の光をようやく取り戻せた。


 そして…再び、僕たちの生活が始まった。それぞれが仕事を持ち、おとなとしての責任を持つ。失ったものがそれぞれないというわけではない。でも成人した幸彦さんと那津彦さんが、お父さんの養子になる事を止められない。神林の両親にも不可能なんだそうだ。

 僕たち3人は離れ離れだった時間を取り戻すかのように、休みの日に出掛けたりゆっくり過ごしたりしてる。

 面白いのは社会人としては、僕が一番立場が上になっちゃった事。幸彦さんは関連企業の社員。僕は本社の経営スタッフ専属秘書室勤務。那津彦さんは特務室勤務にいずれなる。それは僕たちを警護する立場になる。

 戸籍上は今でも義兄弟だけど、僕たちは3人で夫婦になったんだ。人生はこれから先もまだまだ長いけど、僕は二人と歩いて行こう。

 僕が望んだこの道を。


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