蓬莱皇国物語Ⅰ〜学院都市紫霄

翡翠

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 進学校の夏休みは短い。7月末まで授業があり、8月の1日から20日までが夏休みの期間だ。生徒会の仕事も一学期分は終了し武は帰宅の準備を整えて、夕麿との夜を過ごす為に彼の部屋へ来ていた。 

 シャワーを借りて出て来ると、ちょうど夕麿は電話を切る所だった。 

「シャワー、ありがとう…どうかしたの?」 

 リビングのソファに座る夕麿はいつになく元気がない。 

「何でもありません」 

 武の方へ振り返ってそう呟いた夕麿の頬を音もなく涙が流れ落ちた。 

「夕麿!?」 

 まだ裸なのも構わず武は駆け寄った。 

「今の電話…誰から?」 

 夕麿は魂が抜けたような顔付きで、ゆっくりと覗き込む武を見上げてかすれた声で弱々しく答えた。 

「……父…からです…」 

「お父さんから?何か悪い知らせだったの?」 

 ところが夕麿は、寄り添うように座った武に背を向けてしまった。その背が震えていた。 

「夕麿?こっち向いて」 

 その背に頬を寄せると、夕麿が振り返ってすがるように武を抱き締めた。全身を震わせて啜り泣く夕麿の姿に武は戸惑いながらも、胸が詰まって背にまわした手に力を込めた。 

「武……武……」 

「夕麿、俺はここにいるよ」 

 暗闇で武を探しているような悲痛な呼び声に武は必死に返事をする。夕麿のこんな姿は知らない。まるで翼を折られた鳥のようだった。普段の夕麿は大空を舞う鷹のように美しく気高い。彼の弱味も意外と天然な部分を知っても、武は憧れを失ってはいない程だった。その夕麿をここまで嘆かせ苦しめる事とは何なのだろうか? 

 武はつい今し方まで彼の手にあった携帯を見つめた。もちろん携帯は沈黙したままだ。 

 ただ静まり返る部屋の中に、夕麿の啜り泣きだけが響いていた。武は抱き締めたまま夕麿が落ち着くのを待った。何もしないで待った。ここまで嘆くのはよほどの事があったと考えるべきだと。自分がそれに対して何か出来るかどうかはわからない。それでも夕麿の為に何かしたい。生命を差し出せと言われたら喜んで差し出す。 

 夕麿の涙が武の裸の胸を濡らしていた。温かい涙がとめどなく武の胸を濡らしていた。 

「…取り乱してしまいました」 

 指先で涙を拭いながら、夕麿はしっかりとした声で言った。 

「話してくれる、何があったのか?」 

 武のその言葉に夕麿は視線を伏せて躊躇とまどいを見せた。 

 武はそのまま待った。無理強いは出来ない。父親からの電話が原因ならば家族の問題だ。恋人であっても部外者なのだ。ましてや貴族の事情は武にはわからない。ただ握り締めた手だけは離さなかった。 

 やがて決心したのか、夕麿はゆっくりと顔を上げた。血の気のひいた顔は、無理に笑おうとして…歪んだ。 

「私は…私は六条から廃嫡されました」 

「はい…ちゃく…?廃嫡!?」 

 咄嗟とっさに言葉の意味がわからなかった。廃嫡とは家や財産の相続の権利を剥奪はくだつされる意味である。 

「待って…夕麿、今は21世紀だよ!? おかしいよ?」 

「公式にはね。でも、武、私をこの学院都市から出れないようにするだけで、それは実際には可能なのです」 

「ここから出れなくする…?」 

「知らされていないのですね、あなたは。ここは言わば皇国の憲法も法律も適応されません。外とは違うルールが存在します。 

 そしてここから出るには、身元引受人の存在が不可欠なのです。私の父がそれを抹消するだけで、私は学院都市と言う牢獄の中から出れない」 

「何で…本当のお父さんだよね?」 

「ええ。私を六条家から排除したがったているのは、義理の母です。あの中等部の事件の時、義母ははは六条の名を汚したと、私を排除しようとしました。 

 けれど私は事件の被害者という事で、父がそれを抑えてくれたのです。ただし、もう一度、何かの問題があれば、その時は免れないと…約束させられました」 

「え…約束…問題…?」 

 生徒会長として全校生徒からも教職員からも絶大な信頼を受けている。一体、彼に何の問題があるというのか…そう考えて武は気付いた。みるみるうちに彼の顔から血の気が引いた。 

「まさか……まさか、俺との事…?」 

 夕麿は目を伏せて頷いた。確かに名家の嫡男に同性の恋人というのは大問題だ。 

「そんな…俺の所為せいで…」 

「違う!……違います、武。あなたとの事は、彼女が好機として理由付けしただけ。あなたとの事がなくてもいずれ、別の理由を見つけ出した筈です。 

 私を学院に入れたのも、それが目的だったのですから」 

「夕麿…夕麿って、小等部からいるんだよね?」 

「ええ。それも寄宿舎に入ってました」 

「寄宿舎…この学院の寮は中等部からだよね?」 

「だから寄宿舎なんです。寄宿舎は5人単位で一部屋、そこに世話係として保育士がつきます。私は入学当初から学院の住人なんです」 

「何で!? それって酷いよ!」 

「私を産んだ母は私が4歳の時に亡くなりました。半年後、義母が嫁いで来て2年後に弟が生まれました。義母は自分が産んだ子に、六条の家を継がせたいのです。 

 それで様々な理由を付けて、私を紫霄学院に入れたのです。彼女は常に私を排除する機会を窺っていました。 

 私は高等部を卒業したら海外へ出るつもりでした。その為の資金も既につくりました」 

 特待生は通常の高校生には不可能な筈の株取引が出来た。もちろん、この学院だけの特例である。特待生のほとんどがディトレーダーであり、将来の為に株式運営による貯蓄をするのが普通になっていた。それはそのままこの学院都市にいる者が、何だかの問題を抱えて将来に不安を持っている証明でもあった。 

 海外留学組の内の何人かは、二度と日本の土を踏んでいない事実があるのだと言う。 

「相続権を自ら放棄して海外へ行くつもりでした。この事は義勝や雅久も知りません。約束は私と六条家の間で交わされたものです。 

 だから誰も知らないのです」 

「誰とも深く関わらないようにしてたのは、本当はそういう理由だったんだ。 

 やっぱり…俺の所為だ。俺が夕麿を好きにならなかったら…」 

「そんな事はありません。あなたは私を救ってくれました。 

 凍り付きかけた私の心をもう一度、温かい血が通うようにしてくれました。ですからもう……ひとりでも生きていけます」 

「ダメだ!そんな悲しい事を言わないでお願いだから、夕麿。 

 何か手はないの?せめて高等部を卒業するまでは、待ってもらえない?」 

 夕麿は静かに首を振った。 

「交渉してはみたのです。二度と日本には戻らないからと。しかし、既に各方面に手続きを済ませたと言われました…あ…大変です。とんでもない事になっているかもしれません」 

「とんでもない事?」 

「あの義母の事です。私たちの事を御園生家に教えた可能性があります。

 ああ……何という事、私は……六条家の確執はあなたまで巻き込んでしまいました」

「何を言ってるんだ。これはもう俺の問題だよ。もし母さんたちが反対するなら、俺もここに残る。 

 絶対に夕麿をひとりにしない」 

「でも…」 

 夕麿が言いよどんだその時、今度は武の携帯の着信音が鳴り響いた。二人は顔を見合わせ頷き合う。 

 武は携帯を手にした。 

「もしもし…母さん? え…うん。31日中に出ないとダメなんだ…うん…え?夕麿? 横にいるけど…うん、わかった」 

 武は不安げな顔で夕麿に携帯を差し出した。夕麿は顔を強ばらせながら携帯を受け取った。 

「はい、六条 夕麿です。はい…はい…承知致しました。 

 ありがとうございます。伺わせていただきます」 

 再び携帯は武に手渡された。 

「母さん…うん。わかった、昼頃だね。待ってる」 

 通話を終えて武は深々と溜息を吐いた。武の母は夕麿を伴って帰宅するように告げて来たのだ。夕麿が御園生家に滞在する為の許可は、どうやら義父の有人が取ったようである。 

「夕麿、取り敢えず、外には出られる」 

「小夜子さんは、悪いようにはしないと言って下さいました」 

「俺にもそう言った」 

「今は御園生家の方々を信じましょう」 

「うん。でもこれだけは約束して、夕麿。ひとりでどこかへ行ったり…生きるのを諦めたりしないで。もし俺を置き去りにしたら、俺は即刻生命を絶つ」 

「武!?」 

「俺たちは絶対に一緒にいる」 

「武、あなたと言う人は…わかりました。約束します」 

「引き裂くって言うなら、俺は夕麿と死んでも良い。 

 でも、ただでは死なない。こんなおとなたちの勝手に抗議する…そういう形の死に方をしてやる」 

 子供の考えだと言われたら、確かにそうなのかもしれない。けれど子供だから見えるものがある。それはおとなたちが既に失ってしまった輝きゆえに、子供たちは生命を激しく燃えさせる。ましてや武は、貴族同士の陰湿でドロドロした人間関係とは、一切関係ない部分で育っている。むしろ家名の為に子供たちを犠牲にしたり、私利私欲で犠牲にする在り方に心底怒っていた。 

「わかりました、武。あなたとなら私も恐いものはありません。いざという時の用意は私がします…心当たりがあります」 

「騙しはなしだよ?」 

「あなたを騙したら私は…人間として失格だと思います… 

 それにしても武、随分悩ましい格好ですね」 

「え!? あ~!!」 

 シャワーの礼を言う為にリビングを覗いたのが始まりだった。夕麿の状態に驚いてそのまま飛び出してしまったのをすっかり忘れていた。 

「お、俺、服着て来る!」 

 慌てた武を夕麿が抱き止めた。 

「ちょ、ちょっと、夕麿! 離せよ!」 

「着る必要はないでしょう、武。どうせ脱ぐのですから」 

 夕麿の言葉に笑いが含まれている。 

「ヤだ!離せよォ……あッ……あン……」 

 背後から抱き締められたまま乳首に爪を立てられ、思わず甘い声を出してしまう。 

「武…武…愛してます…」 

「夕麿…」 

「ベッドへ行きましょう。覚悟してください? 今夜は眠らせませんよ」 

「え!? あ…うわッ」 

 軽々と抱き上げられて、ベッドへ運ばれてしまった。 

 どちらからともなく、唇が重ねられる。指を絡め貪るような口付けの甘さに陶酔する。 

 未来が見えない。 

 不安が光を遮る。 

 だから今、求め合う。 

 肌を重ねて互いの温もりを確かめる。 

「ああン…夕麿ァ…もっとォ…」 

「武はキスが好きですね。気持ち良いですか?」 

「うん…キス好きィ…」 

 うっとりした目で、夕麿を見上げて舌足らず気味に甘える。 

「本当に好きみたいですね。キスだけでもうこんなにして…」 

 武のモノは既に蜜液を溢れ出させている。 

「ヤあン…」 

 触れられただけで腰が揺れる。全身が性感帯になったように、どこに触れられても身体が疼く。 

「ここに爪を立てられるのも、好きですよね?」 

 夕麿の愛撫を受けるうちに、武の乳首はいつしか紅く熟れて大きくなり、今ではすっかり欲望に膨れ上がる。 

「イヤあ…言わないで…」 

 その恥じらいが官能を煽るというのを、武はまだ知らない。 

「すっかり淫らに色付いて、私を誘うようになりましたね」 

 夕麿は唇を寄せて、舌先で軽く舐め上げてから、含んで舐めて吸い、少し強い目に歯を立てる。 

「あンああン…ヤあッ…噛まないで…おかしくなる…」 

「いくらでもおかしくなりなさい。乱れるあなたは淫らで、可愛いですよ」 

 唇が移動するのにあわせて、花びらを散らしたように、口付けの跡が武の白い肌に散る。 

「ふうン…あッ…あッ…夕麿ァ…もう欲しい…焦らすのヤダ…」 

 武のモノは欲望にとめどなく蜜液を滴らせているのに、夕麿は一向に触れもしない。それどころか、近付くと思わせてかわす。 

 武はもどかしさに夕麿に両脚を絡めて、自分のモノを擦り付けるようにして強請る。 

「我慢出来ない、武?どうして欲しいの、言ってご覧なさい」 

「夕麿の…イジワルぅ…」 

 涙目になって睨むのがまた、夕麿の欲情を掻き立てる。 

「もう…挿入れて…夕麿の大きいの…欲しい」

 武は快感を与えられる事にすっかり自分を委ねるようになっていた。むろん夕麿がそう仕向けたのではあるが、ベッドの中の彼は恥じらいながらも、自分を支配する官能に逆らえなくなっていた。 

 甘え強請る。夕麿にはそれが愛しくて可愛い。 

「いやらしいですね、武」 

「夕麿…いやらしいのは…嫌い…?」 

 見上げた武の睫が不安に揺れる。 

「まさか… …あなたを淫らにしているのは、私ですよ? 嫌いな訳がないでしょう?」 

「うん…夕麿…夕麿にだけ…」 

「欲しいだけ私を差し上げます。私はあなたのものですから」 

「あン…夕麿ァ…俺も…俺も…夕麿のものだよ…」 

「ふ…当然です」 

 夕麿の唇が武の首筋に触れ、甘い痛みをもたらす。 

 このまま時が止まればいい。 

 この幸せなまま。 

 男同士の愛は、この閉ざされた学院だからこそ許される事。けれど外の世界では……自分たちをここへ閉じ込めて、それ故に出逢い、想い合い、求め合った彼らを責めるおとなたち… 

 その理不尽さが腹立たしい。 

 その理不尽こそ悲しい。 

 10代だから見える事。 

 10代だからわかる事。 

 10代だから…出来ない事… 

 ゆっくりと、しかし確実に、時は流れていた……どんなに願っても抗えない時間へと、彼らを強制的に運んで行く。


 そして……あの日以来の学院玄関である。 

 生徒たちはここをゲートと呼ぶ理由が今ならわかる。 

 学院の建物は全て内開き。本来それは生徒たちを守る為のもの。扉を閉めて閂をかけると内開きの扉は安易に開かない。だがゲートの建物の内開きは、生徒たちをここから排除する場合に閂がかけられる。生徒たちには逃げ道がなくなる。周囲の山は越えられない。唯一の道は逃げ道にはならない。それが此処。 

 武と夕麿が玄関に向かって歩いていると、背後から足音が近付いて来た。振り返ると慈園院 司が立っていた。 

「六条、頼まれていたものだ」 

「すみません、恩にきます」 

「使うつもりなのか?」 

「最後の手段です。出来るだけ使わずに済むように、頑張ってみるつもりですが」 

「そうか」 

「あなたはこれから皇国を発つのですか?」 

「そう…なる。御園生、いつぞやはすまなかった。六条を頼む」 

 司はそういうと踵を返して去って行った。 

「えっと…謝られたけど…違和感があるなあ…夕麿?」 

 夕麿は司の後ろ姿を茫然と見ていたが、武の言葉に我に返った。 

「どうかしたの?」 

「いえ」

 夕麿は首を振ってから、思い直したように武を見て言った。

「さあ、行きましょう」 

「うん」 

 武は彼が司から受け取った小さな包みを、そっとポケットにしまうのを見つめた。 

 最後の手段。 

 それが今、手に入った。 



 車の中は空調がきいていて涼しい。学院は少し高い場所にある為、街中よりは幾分涼しいが、それでも夏は夏である。 

 もっとも涼しく感じるのは、制服から解放された事もある。紫霄学院では、その制服を外部に持ち出せるのは、卒業後のみである。通常の休みによる外出には、学院内、つまり寮の自室に置いて出るのが決まりになっている。 

 これが進学校でありながら、余り世間に知られていない理由のひとつだった。 

 二人は迎えの車の後部座席で、ずっと手を握り合っていた。 

 募るのは不安。交わす言葉もみつからず、ただじっと寄り添っていた。 

 車は山間のゲートを抜けて、二人には久しぶりの街中へと入る。路上に降り注ぐ太陽光さえ、外と中では違うように見えた。 

 高級車の中は静かである。揺れも騒音も無縁だ。滑るようにアスファルトの上を走り抜け、母の再婚で3ヶ月だけ暮らした御園生家の屋敷の門の中へと車は乗り入れた。 

 二人を玄関で出迎えたのは、御園生家の屋敷の一切を取り仕切っている執事の文月 毅郎ふみづきたけおだった。 

「お帰りなさいませ、武さま」 

「ただいま、文月さん。夕麿、執事の文月さん」 

「六条 夕麿です」 

「お待ち申し上げておりました」 

 二人は庭を見渡せるリビングに通され、取り敢えずはずっと車に乗っていた疲れをほぐす。だが、母の姿がない。最初は広い屋敷であるから、何かとすぐには来れないのだろうと思っていた。だが出された昼食のサンドイッチを食べて待っても、彼女の気配すらしない。 

「えっと…文月さん、母さんは?」 

「奥さまは旦那さまと所要で、3~4日はお戻りになられません」 

「え!? 出掛けてるの!?」 

 だが彼はそれ以上は質問に答えなかった。 

「お済みになられたようですね。ではお部屋にご案内いたします」 

「え?あ、うん」 

 武は以前の自分の部屋ではない事をちょっと不安に感じたが、敢えて黙って文月に従って夕麿と屋敷の中を進んだ。利便性を考えて洋風な造りの屋敷なのだが、武たちが案内されたのは、渡り廊下の向こう側、敷地の奥まった場所にある離れだった。 

 渡り廊下を渡り切った所で立ち止まり、文月は夕麿を左側へ、武を右側へ導く。夕麿は屋敷のメイドに左側の奥へと、武は右側の奥の一室へと案内された。 

「旦那さまと奥さまがお戻りになるまで、こちらのお部屋でお過ごし下さいませ」 

 文月はそう言って部屋に武を入らせた。武が部屋を見回していると、背後でドアが閉じられ、鍵のかかる音がした。驚いた武はドアに飛び付いた。が…ドアは押しても引いてもビクともしない。今度はカーテンのかかっている場所を開けて、立ち竦んだ。そこは庭に面する縁側で部屋との間には本来は、ガラス戸や障子がある筈の部分だった。そう、カーテンを開けて気が付いたのだ。仕切り戸の代わりにあるのは鉄格子だった。 

「な…に…これ…?」 

 格子を掴んで揺すってみるが、ビクともしない。金属のヒヤリとした感触が、武に嫌悪感をもたらした。 

 騙された。咄嗟にそう悟った。これは安易に引き離せない二人を、引き離す為の策略だったのだ。 

 母に裏切られた… …その事実は武を逆上させた。 

 武は怒りに任せて叫びながら、手当たり次第に部屋のものを格子に叩き付けた。執事の文月をはじめとした使用人たちは、この騒ぎにも動じない。多分、想定内だったのだろう。ますます腹を立てた武は、ハンガーストライキを決め込んだ。 差し出されるものは、水であろうと手を付けない、口にしない。飲まず食わずで人間が生きられるのは3~4日と言われている。それまでに手を打とうとするだろうが、武は取り上げられなかった荷物の中から、カッターナイフを取り出してポケットに隠した。 

 2日目、文月が懇願するが視線も合わさない。すると白衣を着た男が影にいるのに気付いた。武はカッターナイフを取り出し刃を出して首筋に当てて叫んだ。 

「医者なんかいらない!もし一歩でも入って来たら、バッサリと切るからね。嘘じゃないよ!」 

 武は首筋に当てたカッターナイフの切っ先を力を入れて肌に突き立てた。白い肌に鮮血が浮かび上がり、流れ落ちて着ていたシャツを染めた。 

「おやめ下さい…!」 

「だったら夕麿を返せ。こんな裏切りを俺は許さない」 

 既に軽い脱水症状が出ている武の声はかすれている。だがそれが余計に彼の怒りの凄まじさを強めていた。 

 一方、夕麿も別室で静かに座っていた。武の部屋とはそんなに離れてはいないらしく、時折、怒鳴り散らす声が響いて来る。 

 夕麿も座敷牢としか呼べない場所に閉じ込められていた。以後、夕麿も一切何も口にしていない。何故なら薬を混入されて意識を失わされ、ここから連れ出されれば元も子もない。武の為にもそれだけは防ぎたかった。自分の意志とは別の所で何かを決められ、実行されるのはこれ以上我慢がならなかった。部屋に置かれた敷物も全て無視してそのまま正座して黙し続ける。 

 聞こえて来る武の叫び声だけが今の夕麿の命綱であった。 

 時折、上から触れてポケットの中身を確認する。確かにそこにそれが存在する。確認すると気が鎮まる。 

 一度、夕麿の方にも医者が来たが、無言で首を振って拒んだ。 
 
 もう、武も夕麿もおとなたちを信用していない。藁にもすがる気持ちで頼った、御園生 小夜子も信じられない。触れ合う事も語り合う事も許されないまま時間だけが経過していく。自分たちの無力さに、歯軋りする二人の気持ちを置き去りにして。

 その日の夕方、文月が夕麿のもとへ姿を現した。 

「六条さま、お部屋をお移りいただきます」 

「武は承知しているのですか。彼の知らない事に従う気はありません」 

 言葉遣いは柔らかいが背筋をピンと伸ばして正座した姿勢のままの答えは、聞く側が思わず姿勢を正してしまう程、威厳に満ちた響きを持っていた。 

 生粋の純血の貴族。僅か17歳にして高貴なる威厳と気品。どのような状態に置かれても、遜色なく輝く光。 

 文月は目を見張った。代々、御園生家に仕える家に生まれて、数々の高貴なる人々を見て来た。しかし近年、余り裕福でない一族から順繰りにその輝きを失いつつある。目端の金品や地位に血走り、無様に振る舞う。文月はそれを軽蔑する一方で哀しんでもいた。だが、目の前にいる少年は、紛れもなく本物の高貴なる血を受け継ぎ、その身に宿す存在であった。六条 夕麿は父親の後妻に疎まれ、小等部から紫霄学院に閉じ込められていると聞いて軽んじていたのは確かだ。 

 今は自分の浅はかさを恥じた。 

「武さまにはまだ…… お二人一緒のお部屋に移っていただきたいと、お願いにまいりました」 

「では何故、武に先に話さないのですか。それともそう言って、私を謀|《たばか》って何処かへ連れ出すのつもりではないのですか?」 

「そのような事は御園生家の執事の名にかけてございません。ただ…武さまが私の言葉をお聞きとどけにならないのです。そこでまことに申し訳ごさいませんが、六条さまにお運びいただけないかと参った次第でございます」 

 文月は夕麿から発せられる威圧感に平伏してしまいそうであった。 

 夕麿はしばらく瞑目して座り続けた。だが決意して目を開いて文月を見つめた。 

「わかりました。一度だけあなたを信じましょう」 

「ありがとうございます。感謝いたします」 

 文月は深々と頭を下げて出入り口の鍵を外した夕麿は荷物を手に立ち上がるが 既に軽い脱水症状が現れている。だがそれを相手にわからせないように気を引き締めて歩を出す。文月に案内されるままに、愛しい恋人の閉じ込められている部屋の前に立った。鍵を外しドアを開けると武が叫んだ。 

「言った筈だぞ!入って来たら切るって!」 

 かすれた声に夕麿の胸が詰まる。 

「武、私です」 

 夕麿は自分が来た事をまず声で知らせた。 

「夕麿!? 本当に夕麿か!?」 

「入りますよ」 

 一応断って入った部屋は、惨状としか言えない有り様だった。引き千切られたカーテン。倒された机。本棚に入れられていたであろう本や雑誌は、無残に破られて床に投げ出されてあった。着替えにと用意されていただろう服は、武が手にしたカッターナイフで切り裂かれて、ほとんど原型を留めてはいない。ベッドも切り裂かれていた。 

「これは…随分と暴れましたね、武」 

 苦笑混じり言う夕麿に、彼は得意げに親指を立ててみせた。 

「あなたの叫び声は聞こえていました」 

「近くにいたんだ。何ともない?何かされてない?」 

「大丈夫ですよ。状況はあなたと同じです。 

 でも、部屋を移る事になりました、あなたと一緒に」 

「わかった。夕麿と一緒なら移動する」 

 ディバックを取って夕麿と手を繋ぐ。 

 二人が案内されたのは同じ離れの二階。何の為なのか、誰が以前使用していたのかわからないが、そこは1LDKのマンションのような造りになっていた。しかも、窓という窓には鉄格子が嵌められ、バルコニーやベランダはない。 

「食材を冷蔵庫に入れてございます。飲み物もスポーツドリンクも用意いたしました。 

 どうかお二人とも、何かをお口になさって下さい」 

 リビングのソファに座った二人に、文月は本当に平伏して頼んだ。 

「では、スポーツドリンクを持って来て下さい」 

 夕麿に命じられて、グラスと共に2リットルサイズのスポーツドリンクを二本、文月が冷蔵庫から出して来た。 

「グラスに注いで、まず、あなたが飲んでみなさい。30分経過して何もないなら信用しましょう」 

 夕麿の声が凛と響く。有無を言わせない威圧感があった。 

「承知いたしました」 

 文月は二つのペットボトルから中身をグラスに注ぎ、ゆっくりと飲み干した。そのまま、リビングテーブルの傍らに正座する。チラッと腕時計を確認した夕麿は、優しく微笑んで武を抱き寄せた。身分の高い人間にとって、仕える者は言わば役にたつ道具である。使用人の前でも気にせず、性的な行為に耽る貴族すらいる。夕麿にとっても、時間までは文月は眼中無人と言った状態であった。 

「武、この傷は!?」 

「あ、これ? 」

 勝ち誇ったような笑顔で彼はこう言葉を続けた。

「医者を部屋に入れようとするから、ちょっとね」 

「そのような無茶をして…あなたという人は…」 

 溜息を吐きながらも武の奮闘が全て自分の為だとわかっている。腕の中に取り戻した温もりは、本当に大切なものだと改めて二人は実感していた。 

「あ、この部屋、ネット使えるかな?」 

 静かに控える文月に武が声をかける。 

「繋がっております」 

「良かった…株式ほったらかしだもんな」 

「そうですね。損害があまり出ていなければ良いのですが…」 

 早々に文月がネット配線を準備する。武たちは無線LANが主流になり、様々な防御策が練られているこの時代でも有線の方に信頼を置く。慎重さは身を助ける。それは紫霄学院の教育の特徴でもあった。 

 二人はノートPCを立ち上げて、鮮やかなキィタッチで株式データを照合する。 

「あちゃー、各務野かがみの製薬、下がってるよ~」 

「どうやら新薬に強い副作用が見つかったようですね。どれくらい所有してたのですか?」 

「80万ほどだけど…ちょっと悔しい。 

 夕麿の方は?」 

「さほどの損失はありませんが、全体的に下がってますね。一両日、情報から離れていましたから、取り戻すのに手間がかかりそうですね」 

 PCを閉じた二人の会話は立派なトレーダーのそれである。聞いている文月も多少株式運用をしているが、その辺の証券マンよりも豊富な知識と分析力を二人が有しているのを感じていた。 

 ふと夕麿が文月を振り返った。 

「30分経過しました。あなたを信じましょう。下がって結構です」 

「ありがとうございます。他にお入り用のものなどございましたら、お呼び下さい。 

 失礼いたしました」 

 文月はこれ以上ないという程、夕麿に頭を下げて部屋を退出して行った。もちろんドアにしっかりと鍵をかけ閂までかける音がした。 

「ここって…俺たちの為に造った訳じゃないよなあ…」 

「そうですね、改装はしてありますが、それなりに歳月は過ぎていると思います」 

 文月がいなくなって武は気が抜けたのか、ソファにぐったりと沈み込む。夕麿はグラスをキッチンで念入りに洗って、スポーツドリンクを満たした。 

「武、ゆっくりと飲んで」 

「うん、ありがとう」 

 手渡されたグラスに口を付けて一口飲むと同じように飲む夕麿を見つめる。 

「夕麿もハンガーストライキか?」 

「え?ああ、そうではありません。誘拐や拉致後のマニュアルに従っただけです」 

「何だそれ~」 

「小等部で普通にカリキュラムとして学ぶのです。誘拐を未然に防止する為や万が一拉致監禁された場合の行動を」 

「それと何も口にしないのってどう関連があるの?」 

「食物や飲み物にはいくらでも薬品を混入出来ます。口にして摂取した場合、不足の事態に発展する可能性があるわけです。だから一切を拒否するのです」 

「それでさっきのかあ… …でも、それだと体力の温存は出来なくない?」 

「確かに温存が良い場合もあります。状況判断次第…という所でしょうか」 

「なるほどね。で、冷蔵庫の食材はどう、安全?」 

「あの様子では大丈夫だと思います。」 

「OK、俺が腕によりをかけて、美味しいものをつくるよ」 

「それは楽しみですね。 

 でも…その前に、私はあなたが食べたい」 

「へ?」 

「身体の空腹より心の空腹の方が辛いんです、武」 

 切なげに眉を寄せて迫って来る夕麿は、いつにもまして綺麗でドキドキした。 

「うん。俺も…夕麿が欲しい。ベッドに…連れて行って」 

 スポーツドリンクを一本飲み干して、二人は余裕が出たのか、引き離された時間を埋めるように互いを渇望する。 

 ベッドに運ばれ口付けたまま、衣類を脱いでいく。 触れ合う互いの肌が熱い。絡む唾液を飲み干し、吐息すら漏らしたくないかのように、激しく舌を絡ませて貪り合う。 

「あふッン…ふッ…あ…夕麿ァ…」 

 熱い… …どこもかしこも熱い 

「あン…だめェ…焦らさないで…も…俺…欲しい…」 

 両脚を自ら開いて、欲望に収縮する蕾を晒す。 

 欲しい… …欲しい… …

 身体も心も、全力で夕麿を求めていた。 

「慌てないで下さい。 ちゃんと解さないと、あなたが傷付いてしまいます」 

「傷付いても良いから…夕麿になら…傷付けられても良いから…来て…早く…」 

 怖かった… …もう夕麿に二度と会えないのではないかと、恐怖の中で過ごした時間だった。こうして二度と触れ合う事が出来ないのではと。だから、一刻も早く夕麿を体内に感じたかった。痛みでも快感でも、どちらでも良かった。 

 夕麿が欲しかった。欲しくて欲しくて、どんな恥ずかしい事も出来そうだった。 

 何処かに控えている文月に、この様子は丸聞こえかもしれない。だが、今の武は聞かせてやりたい気持ちがあった。自分たちがどんなに愛し合っているのか、聞いて両親に報告すれば良い。自分たちを引き離すなんて不可能だと、わかって欲しい… 

「可愛いですよ、武。だからもう少し我慢して。ちゃんと気持ち悦くしてあげますからね」 

 夕麿は武の両脚を肩に抱えると、蕾に舌を這わせた。 

「ひィ…夕麿…やめ…あンあッン…汚い…から…んン…」 

 懇願しても夕麿はやめない。ヒクヒクと与えられる快感に開閉する蕾を、舌先でゆっくりと開いていく。 

「ヤァ…中…舐め…ないで…」 

 肩に担がれた脚が痙攣する。舌先に指が添えられ熱を帯びた中をかき回す。 

「夕麿ァ…ああッあッあッ…だめェ…ソコ…あッあン…」 

 余りの悦さに涙が溢れる。触れらずに放置されている武のモノは、今にも弾けそうになって、蜜液を次々に溢れ出して、自らの腹を濡らしている。 

「お願い…もう…もう…我慢…出来ない…挿入れて…夕麿のを頂戴…」 

 もう感じ過ぎて、どこもかしこもとろけてしまいそうだった。 

 先程、文月を威圧した夕麿が、蕾に舌先を入れて激しく愛撫している。誇り高い恋人の行為に、武の官能は増すばかりだ。 

 不意に指が引き抜かれ、夕麿が離れる。待ちわびた瞬間に、武は自分の手で尻肉を広げて、蕾を夕麿に晒して強請った。 

「早くここに挿入れて。俺の中をいっぱいにして、夕麿…」 

 煽情的な武の姿に、さすがの夕麿も耐えきれなかった。 

「あああッ…」 

 一気に奥まで貫かれて、余りの衝撃に絶叫する。太腿が痙攣し、汗が全身から吹き出る。 

「武…武…息を吐いて…」 

 蕾も衝撃に収縮して、激しく夕麿のモノを締め付けていた。夕麿が苦痛に息を詰まらせている。武はそれに気付いて、懸命に息を吐いた。 

「ごめんなさい…」 

「良いのですよ、武。そんなに私を欲しいと思ってくれたのですね」 

 武がどんな気持ちでいたのか、叫び声の悲痛さを聞いていた夕麿にはわかっている。だから優しく抱きたいと思った。そして愛しい恋人の全てを味わい尽くしたい。 

 武の頬を濡らす涙を舐め、紅潮する頬に何度も口付ける。その唇を求めて、武が舌を差し出す。唇を重ねて、夕麿はゆっくりと動き始めた。 

 武の喘ぎが吐息となり、夕麿の口腔に流れ込む。 

「あッ!ああッ!…夕麿…ヤァ…深ッ…い…」 

 肩に両脚を担がれたまま、深い場所を刺激される。身体が二つに折り曲げられて、突き立てるように挿出されて、武はシーツを掻き毟るように掴んだ。中の感触を堪能するように、ゆっくりと腰を引き、ギリギリの所から一気に貫く。 

 その度に武の口から甘い悲鳴が上がり、シーツを握り締めてのけぞる。 

「ひィィィィイ…! あッ…夕麿……」 

 ゆっくりと引かれると、肉壁は追い掛けむしゃぶりついて、捉えようとする。その収縮を一気に貫き広げられる。 

 爪先は余りの快感に硬直し、太腿は痙攣が止まらない。武のモノは欲情に蜜液を滴らせて、腹を濡らしてはいるが、吐精に至らない。 

「あッああひィィィィイ…もう…許して…イカせて…」 

 身悶えて懇願する武に婉然と微笑みかけると、夕麿は叩き付けるように激しく挿出を始めた。 

「あッあああン…ひィあッ…激し…あンあッン…ヤァ…だめェ…イクぅ…も…イッちゃう…ああああッン…!!」 

 頭の中が真っ白になるような絶頂感にのけぞりながら、武は愛しい恋人のほとばしりが体内に激しく注がれたのを感じた。 

 満たされていく。引き離される恐怖に戦慄わなないていた心が。愛する人の肌の温もりを求めていた身体が。 

 穏やかに微笑み合って、唇を重ねて舌を絡ませる。官能の余韻が愛しい。 

「夕麿…もっと…欲しい…」 

「食事をしてからですよ、これ以上は目がまわりますから」 

 夕麿がクスクス笑う。 

「じゃ…俺、何かつくる………………………あれ?」 

 返事がないので見ると、夕麿は穏やかで規則正しい呼吸をして眠っていた。 

「夕麿…ひょっとして、ずっと眠ってなかった?」 

 さっき話していたマニュアルの内容から判断すると、眠る事も危険なのかもしれない。だが、つい今し方まで、そんな様子は微塵も見せなかった。今改めて寝顔を見ると、憔悴がはっきりと現れている。こんな事が出来るのか。何という精神力だろう。今更ながら武は夕麿の凄さを認識する。 

「道理で文月さんの態度が変わった筈だ…」 

 武はそう呟きながらゆっくりと、気怠さに支配される身体を起こした。夕麿にシーツを掛けて、脱ぎ捨てた服をかき集め浴室へ向かう。温度を高めに設定してシャワーを浴び、残滓を洗い流した。 

 少しクラクラするが、無視して身体を拭き服を着た。やや熱めの濡れタオルで、熟睡している夕麿の身体をそっと拭い、再びシーツを掛けて寝室の灯りを弱めた。 

 米を洗い、炊飯器をセットしてから、リビングの戸棚をチェックする。すると様々な日常品の片隅に、ガムテープがあるのを発見した。 

「良い物みっけ」 

 それ以外にも換え用のシーツを一枚裂いて縒り合わせ、数本のロープを作る。これを手に自分たちと外を遮断するドアの前に立った。ガムテープでドアに目張りをしていく。角などに縦張りや斜め張りの補強も忘れない。次にシーツのロープをドアノブにしっかりと結わえ付け、反対側を左右の柱に巻き付けた。むろんこちらもしっかりと結んだ。学院のドアとは逆の外開き。開ける事は難しくても、向こうに開けさせない工夫は出来るのだ。 

 夕麿が少しでも眠れるように。 

 閉じ込められるなら、こちらだって身を守る措置を取る。最大限に抵抗する。 

「夕麿は俺が守る…! 俺だって男だ」 

 夕麿が見たら笑って抱き締めそうな、愛らしい顔で決意を呟いた。 

 

 翌朝、食事をを終えて、株式のチェックをしていた二人の耳に、閂を外し鍵を開ける音が聞こえた。武は立ち上がってドアの前に立ち、待ち構える。 

 ドアノブを回そうとして、動かない事に気付いた様子だ。ガチャガチャと音を立てて再度回し、ドアを引き開けようとする。ビクともしないドアが激しく叩かれる。 

「武、開けなさい! 何なの、これは!」 

 母の声だ。 

「説明しなさい!」 

「説明?閉じ込めたのはそっちだろ?俺を騙して裏切ってよく平気だな、母さん。見損なったよ。結婚してセレブの仲間入りしたら、子供の気持ちを踏みにじるのまで真似するんだな?」 

「武…」 

 ドアの向こうで母が絶句する。 

 武の頬を涙が零れ落ちる。 

 信じたかった 

 母だけはわかってくれると。 

 理不尽な扱いをされている恋人を救ってくれると 、信じて疑わなかった。だから此処へ帰って来たのに。ずっと二人で頑張って来た親子だからこそ、こんな形で裏切って欲しくなかった。閉じ込めなくても、自分たちは逃げ出したりしない。戻るまで外出するなと、そう言えば従った。なのに何故…? こんな仕打ちをされる言われはない。 

 悲しい…… 悲しい…… 悲しい… …

 肩を震わせる武を夕麿が抱き締めた。 

「理由を話すから…開けて、武」 

 母の言葉に武は首を振る。それを見て夕麿はそっと抱き締め、自分に任せるように囁く。武は顔を上げて小さく頷いた。 

「こちらの条件を受け入れて下さるならば、開けましょう」 

 夕麿の凛とした声に、ドアの向こうで息を呑む気配がした。 

「わかりました。お伺いいたします」 

「ではご夫婦で母屋でお待ち下さい 案内は執事ひとりでしてください」 

「母屋で…?わかりました。準備が出来ましたら、文月に呼びに来させます」 

「ありがとうございます」 

 足音が遠ざかっていく。 

 武は夕麿の腕の中でそれを聞いていた。数ヶ月前までの母子二人の生活が、幻であったかのように遠くに霞んでいた。武が確かに信じていたものが崩れてしまった。 

「武、理由を説明する…という事は多分、六条から横槍が入ったのでしょう。きちんと耳を傾けなければなりませんよ? 

 小夜子さんはあなたの大切なお母さまでしょう?」 

 甘えたくても救いを求めたくても、夕麿の実母は既にこの世にはいない。亡くなった時には余りに幼かったから、顔も余りに定かに記憶してはいない。 

 「母」というと憎しみの籠もった目で見つめる、義理の母の顔しか浮かばない。 

「夕麿…ごめんなさい…夕麿のお母さまはもう…」 

 夕麿は静かに首を振った。 

 考えてみれば夕麿の実母さえ生きていれば、彼は紫霄学院に入れられる事などなく、摂関家である六条家のの嫡男として生きていた筈である。もし…そうであったならたとえ武が御園生の養子になっても、遠い高貴な人として見つめるだけの相手だっただろう。会話どころか声すら掛ける事も、掛けられる事も適わなかったに違いない。 

 ここにいない筈の人… 

 ここにいるべきではない人… 

 本当なら庶民の武には、手のとどかない人… 

 傍らにいる事すら、許されない… …立場が違い過ぎる ……身分が違い過ぎる身分……姿・形はなくても、確かに存在しているもの。今更ながら武は実感してしまった。 

 武はゆっくりと夕麿から離れた。 

「武…?」 

 訝しむ夕麿に、咄嗟に笑顔で答えた。 

「俺…顔、洗って来る」 

 踵を返して洗面所に駆け込んだ。水を出して顔を洗うが溢れて来る涙は止まらない。 

 身分の違い過ぎる相手 ……愛してはならなかった相手。でも… …愛してしまった 、離れられないくらいに愛してしまった… …どうすれば良いのだろう。 

 想うだけでは埋められないものが、この世には存在するのだと思い知る。だがこの想いはもう消えない 。消す事など出来ない 泣き叫びたい衝動を抑える。 

 もう一度、荒々しく顔を洗って鏡を見た。鏡の中の自分はいくら笑顔を作ろうとしても、歪んだ顔しか出来ない。 それでも涙を拭って、懸命に微笑みを貼り付けてリビングに戻った。 

「武…真っ青ですよ、大丈夫ですか?」 

 夕麿の顔を見上げようとして、視界がグニャリと歪んだ。身体が崩れ落ち、夕麿に抱きとめられたのまでは、意識があった。 

 だがその後はプッツリと、途切れた…… 



「ん…」 

 気が付くと天蓋の付いたベッドに寝かされていた。まだ幾分ボンヤリとした頭で、何があったのかを反芻する。 

「武、気が付きましたか?」 

 ベッドが軋んで夕麿が覗き込んだ。 

「夕麿、俺…どうしたの?」 

「洗面所から出て来て倒れたのですよ?」 

「洗面所…? あ…」 

 記憶が浮上して来る。 
 
 夕麿の視線が怖くて視線をそらした先には点滴がぶら下がっていた。 

「私が巻き込んでしまった為に、あなたをこんなにも苦しめてしまったのですね」 

 倒れた武を診察した医師は、はっきりとストレスから来た心労だと告げた。 

 慣れない環境で様々な目に合い、安らげる筈の家で閉じ込められ、そして…夕麿は気付いてはいないが、まざまざと思い知った身分違いという事実。武の心は既に限界を超えていた。それでも夕麿を、愛する人を守りたい。その想いだけで立ちおとなたちに対峙したのだ。 

 意識のない武を腕に抱いて夕麿もまた自戒の念に襲われた。自分が愛さなければ巻き込まずにすんだ。こんなに苦しめたりしなかった。わかっていた筈なのに… …愛さずにはいられなかった。何もかもを心の奥に押し込めながら、それでも向けられる眼差しに心が揺さぶられた。いや始まりは出会った瞬間だった。 気が付けば眼差しが絡み合った。すぐにそらされても、必ず一瞬絡み合う視線。それは互いに自覚しなくても、既にもう…恋だったのだ。 

「武、許して下さい。もう…もう良いのです。もう…十分です」 

「夕麿!? ダメだ!それはダメだ… ……お願い…諦めないで…守るから…必ず…守るから… ごめんなさい…好きになって…ごめんなさい…俺…何も考えてなかった。本当は俺は、夕麿の側にいちゃいけないんだ。 

 俺なんかが……! 

 でも…好きなんだ、夕麿。庶民の俺が…夕麿を…ごめんなさい…」 

「武、武、やめて下さい。きっと私は違う場所であなたと出会っていても、あなたを愛した。あなただけが、凍りかけた私の心を戻してくれた…そう言ったでしょう? 

 あなたでなければダメなのです。私に愛想尽かしをしたのでないなら、そんな悲しい事を言わないで下さい」 

「愛想尽かしなんて…出来ないよ。愛してるから…」 

「愛してます、武。私があなたを苦しめている。わかっているけれど、この想いはとまらないのです」 

 夕麿の瞳と武の瞳が絡み合う。自然に重ねられた唇を開いて舌を絡ませる。 

 愛ゆえに苦しみ、愛ゆえに求め合う。愛ゆえに悲しく、愛ゆえに結び合う。不安でない者などいない。誰も自分の心を形あるものとして、相手に差し出せないから。 

 夕麿はシーツの上から、愛しい恋人の身体を抱き締めて囁いた。 

「私の居場所があなたの側にしかないように、あなたの居場所も私の側であって欲しいのです。これは私の我が儘かもしれません。でも私はもうあなた以外の何も欲しくない。どんな宝石も、武と比べたらガラクタです」 

「俺も、夕麿の側にいたい」 

 武は夕麿に出会うまで、人や物をこんなに欲した記憶がない。 

「夕麿…俺、夕麿だけが欲しい!」 

 迷い悲しみ、それでも離れられない。 

「もう気持ちは揺らぎませんね、武?」 

 もうすぐ御園生夫妻が来る。武の気持ちが揺らいでいては、話がこじれてしまう。ただ、後悔しない為に全力を尽くす。 

 その上で判断する。 

 夕麿は武の手を取って、ポケットの中の物に触れさせた。武はわかったと呟いた。 

 室内にノックの音が響いた。 

 武が夕麿のシャツを握り締めて不安な面持ちで頷く。 

「入りなさい」 

 夕麿の声に応えるようにドアが開いた。御園生夫妻と白衣を着た医者が入って来た。 

 医者は終わりかけの点滴を見て、武の腕から針を抜き、脈をとった。 

「少し身を起こしてみて下さい」 

「あ…はい」 

 夕麿の手を借りて起き上がる。 

「ご気分が悪いとか、目眩がするとかございませんか?」 

「ないです」 

「本日は消化に良いものを摂られて安静になさって下さい。明日には起きられても大丈夫です」 

 医者はそう言うと、みんなに挨拶して出て行った。 

「武、横になりなさい」 

「うん」 

 夕麿に促されて横になる。だが、ベッドから降りようとした夕麿の手を離さない。 

「どうぞそのままで…」 

 それをみた御園生 有人が声をかける。 

「ありがとうございます」 

 握られた手から武の不安が伝わって来る。 

「まず、留守にした事と、閉じ込めた事をお詫び申し上げます」 

 深々と頭を下げた有人に夕麿は少し驚いた。財閥を若くして受け継いだ彼を、もう少し尊大な人物に考えていたからである。いくら夕麿が六条家の人間だからと言っても17歳の若輩者である。紫霄学院で特殊な教育を受けて育っても、まだ学生であり社会的な実績は皆無なのだ。 

「夕麿さん、私からもお詫びします。 

 ただ…それがあちらさまとの交渉の条件でしたの」 

「義母ですね、そんな条件を出したのは……私は逃げも隠れもしないというのに」 

「あなた方には申し訳なかったけれど、それで物事が運ぶならばと判断したの」 

「単刀直入に言おう。夕麿さま、あなたを御園生に養子としてお迎えしたい。失礼ながらあなたの成績などを、学院に問い合わせて見せていただいた。御園生家としてはあなたのような人材をあの学院に埋もれさせるのは惜しい。うちは一応は勲功により貴族位を戴いてはいるが、当然ながら六条家よりも格段下の身分ではありますが、あなたがそれでもとご承知してくださるのであれば」 

「それに…武の方も…許可が出ましたの」 

「許可…?母さん、それ…何?」 

 婚姻や養子縁組みに対して特別な許可を必要とする血筋……それを聞いて夕麿の顔が強張った。 

「まさか…武は…」 

「ええ、私はさる方のお側に仕えさせていただいておりました」 

「父から伺っています。くも膜下出血であられたとか… …」

 夕麿が思い当たった人物は、今口にしたものとは別に暗殺の噂もあった。

「確かに父はあの方とはご学友ではありました」

 母と夕麿の会話の意味がわからない武は、イライラして起き上がった。 

「俺のわからない話をしないで説明してくれよ!」 

「あ…」 

「あら…ごめんね、武。あなたのお父さまのお話なの」 

「え…母さん、今までそんな話、したことなかったじゃないか」 

「言えなかったのよ。あなたが取り上げられそうで…あなたは直系の男子だから…」 

「はあ?」 

「あのね、武。あなたのお父さまは高いご身分の方なの。でもあなたを懐妊したとお知らせする前に、突然に亡くなられてしまったの」 

「ある方?確か昔どこかで家庭教師してたって言ってたよね?」 

「ええ。そこで見初められて私はその方の御側に入ったのよ。

 ただ、様々な事情があって、私は身を隠す必要があったのできればあなたの事もずっと隠してしまいたかった。でも有人さんと結婚する為に、私は後宮での身分を白紙にする必要があったの。それはあなたの存在を知らせる事に他ならなかった。 

 それは不本意ながらあなたを紫霄学院に編入させる条件を出される事になったの」 

「俺を閉じ込める為に?」 

「いいえ、あなたを跡継ぎには出来ないけれど、直系の男子であると認めて下さったわ。でも…条件がひとつあったの。直系血筋をあなたで絶つ事。つまりあなたは決して子供をもうけてはならないの。それがあなたがこの御園生家に養子に入って自由に生きられる方法なの。 

 もしもあなたが女性を連れて来て結婚したいと望んだなら、私たちは反対するか、不妊の処置をあなたに命じなければならなかったの」 

 残酷で身勝手な許し。自分よりも過酷な武への仕打ちに、夕麿は怒りに全身が震えるのを止められなかった。 

「でもね、お相手が夕麿さんなら…… 夕麿さん、社会的に世間的にはあなたは御園生家の二人目の養子で武の兄という立場になります。 

 内々には武のお婿さんになっていただきたいの」 

「か、母さん!」 

 武がみるみるうちに頬を真っ赤に染めて叫んだ。 

「あら、嬉しいでしょう? 

 夕麿さんがお婿さんになって下さるなら」 

 同性の恋愛にどうやら武の母 小夜子は嫌悪感は持ち合わせていないらしい。 

「夕麿さんはお父さまの血筋もだけど、亡くなられたお母さまの血筋も申し分ないと、あちらさまは納得されたのよ?」 

 一人で喋る妻に咳払いをして有人が夕麿に向き合った。 

「もちろん、これは夕麿さま次第のお話です。 武君の婿の件は強制はしません。 

 御園生への養子縁組みも、自由になる為の手段だと考えて下さって構いません」 

「ありがとうございます。 

 その…義母は、金銭を要求しませんでしたか?」 

「されました」 

「やはり…昔から良くある事ではありますが…御幾ら申しましたか?」 

「あなたの承諾を得て、全員で会食をした上で…と申しましたが、2億と」 

「2億…随分と安く見られたものですね。 

 わかりました、そのお金は私が払います」 

 将来の為と株取引で得た資産がある。夕麿にとって何でもない金額であった。夕麿自身が自分の身の代を払うなら、小夜子の申し出は受けない…という事だろうか。 

 それはまあ…婿入りって…と、武は複雑な気持ちだった。 

「それであなたの気が済むのならば」 

 有人も快く引き受ける。夕麿が礼を述べて、その場は落着…という雰囲気になる。 

「養子縁組みはよろしいのね、夕麿さん? 

 では婿入りの方は、お返事いただけないのかしら?やっぱり、同性間の恋愛は一時的なものと考えていらっしゃるの?」 

 小夜子の言葉に武の心が揺れ動く。 

「私は…武を愛しています。ですから手順を踏ませていただけませんか。 

 プロポーズもしないうちに、婿入りを承諾は出来ません」 

「夕麿…」 

「あら~それはそうね~」 

 妙な所がミーハーな母の言動を無視して武は小さく呟いた。 

「ありがとう」 

 握られた手に力が込められる。 

「私はもう、外出出来るのでしょうか?」 

「私が同伴すれば可能ですが?」 

「買い物に出たいのですが」 

 夕麿の言葉に有人は頷いた。 

「え…夕麿、出掛けるの~いいなあ」 

「すぐに戻りますよ。ちゃんと安静にしていてくださいね?」 

「………わかった…」 

 少し膨れた武に一番驚いたのは小夜子だった。こんな息子は見た事がない。すっかり自分の手を離れた姿に、彼女は少し寂しさを感じた。 




 その夜、買い物から帰って来た夕麿は、武に指輪を差し出して言った。 

「武、私と結婚して下さい」 

 もちろん、武が喜んで受けた事は言うまでもない。 


 数日後、高級料亭の一室で六条夫妻と武たちは顔を合わせた。 

 初めて会った夕麿の両親は武には異様に見えた。尊大にふんぞる夫人と 無表情で座る細身でお坊ちゃん育ちの夫。 

「これで御園生家も格が上がりましてよ?夕麿さんは血筋だけは正しいですもの」 

 彼女はどこやらの成金の娘で幼子を残して妻に先立たれた陽麿はるま氏に、持参金付きで嫁入りしたという。彼女の父親は、六条家の外戚としての地位が欲しかったのだ。 

「お見えになられました」 

 料亭の女中に案内されて、数人の供を連れた初老の男性が部屋に入って来た。空席になっていた上座に、有人が案内する。彼が座ったのを確認して、小夜子が武を呼んで近付いた。 

「お久しぶりでございます」 

「おお、 小夜子、息災で何よりだ」 

「はい、ありがとうごさいます、陛下」

 小夜子の言葉に武が目を見開き、ふんぞり返っていた六条夫人が慌てて居ずまいを正した。

「こちらが皇子みこさまであらしゃいます。 

 武、このお方は今上皇帝陛下、あなたのお祖父さまであらせられます」 

「武です…はじめましてまして」 

 母に倣って手を突いて頭を下げるが、思いもよらなかった事態に身体も声も震えた。 

「顔を見せなさい……息子の学生時代に面差しがよく似ておる。 

 ……武、此度の仕打ち、恨んでおるじゃろうな」 

「いいえ。むしろお礼を申し上げたいくらいです」 

「そうか。 

 六条 夕麿」 

 呼ばれて夕麿が近付いた。 

「孫を頼む。 

 余はこれを守る為にも直系血筋であるのを認めるしか出来ぬ。だが御園生で幸せになれるならば、酷い決定を受け入れねばならぬ哀しさも変わると信じておる。その代わり余が力になれる事ならば、出来うる限り貸すと約束しよう」 

「ありがとうございます、陛下。

 私、六条 夕麿は武さまを生涯ただ独りの伴侶として、生涯お慕い申し上げお仕えする事をお誓い致します」 

 この遣り取りに仰天したのは当の六条夫妻であった。特に六条夫人は目の上のこぶの夕麿を追い出して悦に入っていたが、本当は大損をした事に気付いたのだ。しかしもうすべてが後の祭りである。 

 こうして夕麿は本日付で御園生家の養子手続きがなされ、武の婿として迎えられたのであるから。 

 そして追い討ちをかけるように夕麿を廃嫡に追いやった六条家に今後一切、夕麿や御園生家に近付いてはならないと皇帝陛下の勅が下ったのである。


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