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学祭
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学祭が始まった。
生徒会は多忙を極め、食事すら満足に摂れない状態で走り回っていた。 中等部・高等部の学祭は17時までと決められているが、生徒会は日毎のオープンとクローズ、次の日の準備などで連日遅くまで雑務が続く。候補生たちも無事全員、執行委員になり毎日、雑務や騒動の処理に懸命だった。
学祭2日目の夜にある『夜祭』と呼ばれる、大学部や都市のイベントを生徒会執行部は楽しむ暇もない。
ようやく帰り着いた生徒会室で、雅久の入れるお茶を飲んで解散するのが日課になっていた。 来週初頭には高等部のイベントが組まれている。
結局、歌を歌える程には武の喉は回復せず、夕麿が演奏する曲を追加する事になった。
「忙しいけど盛り上がってるよね~」
「武君の発案が効果を上げていますね、これは」
それぞれの集中日のイベントに都市のレストランの出張屋台など、それまでの学院の学祭にはなかった取り組みがかなりの好評を得ていた。 立ち食い食べ歩きをしない良家の子息たちは、そこここに設けられたベンチやテーブルコーナーで行儀良く飲食し、ゴミをきちんと分別して捨てる。 その分、外部の学祭よりは綺麗なのだが… …
普段は余り交流のない三学部が行き来する為、告白などの恋愛絡みのトラブルが、かなり発生していた。 特に夕麿の結婚を知らない中等部の生徒が、彼にアタックをかけようとするのを、風紀委員が阻止するのに苦労している。夕麿にすれば迷惑以外のなにものでもない。 一応、武にはこの時ばかりは、多勢に無勢の不可抗力を認めて貰っていたので何とかなっていたのだが…… 2日目ともなるとさすがにかなり機嫌が悪い。 咎め立てはしないが、拗ねているのがありありとわかる。
生徒会室の休息コーナーでソファに座って、無言でお茶を飲んでいる姿は怒りのオーラを立ち上らせている。 常になく怖くて誰も声をかけられない。
「雅久先輩」
「は、はい!」
「おかわり下さい」
「すぐに!」
慌てておかわりを入れる雅久を見て義勝が夕麿に囁いた。
「夕麿、何とかしろ」
「何とか出来るのでしたら、とっくにしてますよ」
「雅久まで怯えてるだろうが…」
「寮に帰れば大丈夫でしょう、あなた方は…… 私は今夜、ここに泊まりたいくらいです」
「そんな事したら、殺されるぞ、武に」
夕麿は首を振って溜息吐いた。嫉妬や独占欲じゃないと言えば嘘になる。 だが武が腹を立てていたのは、そんな事ではなかった。
1日目の多忙さを目の当たりにして、2日目は早く起きておにぎりやサンドイッチを大量に作った。 特に夕麿は水分補給すら満足に出来ない状況だった。 スポーツドリンクを幾つかの水筒に入れて、片手で飲めるようにした。それなのに…… 夕麿がちょっと手を休めている間に食べ物とドリンクを渡したら、チャンスとばかりに中等部の生徒が邪魔をする。 注意すると失礼この上ない態度で反撃して来る。
高等部の生徒は武が夕麿の伴侶だと知っているから、反発を感じていても夕麿に嫌われるような言動は避ける。 だが何も知らない中等部の生徒は、一年生の記章を付けている武が、夕麿を呼び捨てにして側で世話をやくのが気に入らないらしい。未だに首と両手首に巻いている包帯を見て、それが夕麿の同情をひくための作為だと、あらかさまな嫌がらせを言って来る。
一度は見兼ねた千種 康孝が見かねて追い払った。 日常の会話は何とか出来るが武の喉はまだ叫べない。 大きな声を出せないのだ。 複数で絡んで来る彼は、夕麿たちや高等部の教職員が嘆く程に行儀が悪い。世間一般の中学生よりは良いのかもしれないが、貴族・良家名家の子息という枠で見れば頗る態度が悪く厚かましい。 自分たちの権利や出自を笠に着て、相手が上級生であろうとも傍若無人に振る舞う。 彼らには既に『貴族の義務』など存在しないかのようだ。
夕麿は武に身分相応の立ち振る舞いを徹底的に教育している。 その大切さも意味もきちんと学ばされている。 だから彼らの不作法に苛立つ。 上級生であり身分的にも上の夕麿に対して、自分勝手にまとわり付きわずかな休息だけではなく、作業や指示などの会長としての業務を妨げる。
夕麿に見て欲しいクセに彼を不快させる。
貴之たち風紀委員も手が回らない。 一年生執行委員たちには、そんな武の気持ちがわかっていた。 決して武を夕麿の伴侶として相応しいと認めた訳ではない。 だが中等部の生徒の夕麿に対する無礼は許せないのだ。 必然的に武を助けに入る状態になった。
「中等部の生徒ですが、ルールを守らない者を排除するべきではないでしょうか?」
一年生執行委員の逸見 拓真が貴之に問い掛けた。
「そうだよね~、会長の仕事にも支障が出てるしね~」
「何人かは昨日も来て、風紀が追い払ってもすぐに戻って来ていました」
下河辺は彼らの顔を把握しているらしい。
「それは私も気付きました」
「身元調査をしてあります…」
どうも貴之の歯切れが悪い。
「貴之、何かあったの?」
「リーダー格の生徒ですが…佐田川 和喜という名前です」
「佐田川?」
「貴之、まさか佐田川とはあの佐田川か?」
「そうです。 六条夫人詠美さまの甥です」
「それって知ってて嫌がらせに来てるって事?」
黙って聴いていた武が口を開いた。
「会長と縁続きを吹聴して、中等部では幅を利かせているようです。 ただ、詠美さまのなされている事までは、知らないみたいですね」
「つまり、武君の事も知らない訳ですね」
「義母が自分に不利な事を、たとえ実家であっても漏らす筈がありません」
「夕麿!あんな女をそんな呼び方しなくて良い。 夕麿のお母さんは亡くなられた本当のお母さんと、うちの母さんだけだ!」
「武…」
何故関わって来る? 不快感が込み上げて来る。
「中等部でも態度が悪く、かなり問題視されてはいるようです」
だが今のところうまく立ち回って、決定的な尻尾を掴ませないという。
「不快ですね、それは。 つまり、尻尾は掴めないけれど、かなり良くない真似をしている…と?」
「そのようです。 何か対策を打たないと危険かもしれません」
そう答えた貴之の視線の先には武がいた。 貴之は何かを決意したように、恐らくまだ巡回にあたっているだろう風紀委員を、携帯で生徒会室に呼び集めた。 続々と集まった彼らは、何事が始まるのかと、複雑な面持ちでいた。
「会長、ひとつ許可をお願いしたいのですが」
「なんでしょう?」
「今夜、寮で風紀のボランティアを募りたいと思います」
「今回はやむを得ないですね、許可します」
「ありがとうございます」
「明日から全員で、指揮を執るつもりで判断して動いてくれ。 俺は学院側から依頼されている役目に戻る」
それは武の護衛に専念すると言う事だった。 風紀委員たちがざわめいた。 彼らは何となく貴之が何をやっているのかに気付いていた。 気付いていたからこそ不審に思う。
「貴之先輩、今は風紀委員の方が大事だよ? 俺は大丈夫だから、みんなと一緒にいるし…」
ただでさえ多忙なのに、誰かの手を煩わせたくはない。
「それは私からもお願いしたいですね」
武の横に座って夕麿が宥めるように抱き寄せる。
「いらないよ、夕麿」
「あなたに何かあってからでは遅いのです、武」
「夕麿、俺は…」
「今回はあなたのわがままをきく訳にはいきません」
首を振って嫌がる武の手を掴み、厳しい顔付きで噛み含めるように繰り返した。
「武、あなたの身に危害が及んでからでは遅いのです。わかって下さい」
今度こそ守らなければ…その想いは生徒会執行部共通だった。 だが、一年生執行委員や風紀委員は何故なのかを知らない。 夕麿の伴侶…という立場を超えた扱いに不審も不満も抱く。
「会長、本人が必要ないと言っています。 私もそこまでの必要はないと思いますが…」
見かねて下河辺が口を挟んだ。
「君には関わりのない事です。 口を出さないで下さい」
夕麿にそう言われると、行長は言葉を繋げない。
「武君、あなたにこの前のような事があった場合、咎めは誰が受けなければならないのか、ご承知の上でいらないと言っていらっしゃいますか?」
雅久の口調が変化した。 美しい面差しに厳しさが宿る。
「え…咎めって…」
「貴之はもちろん、一番、責められるのは夕麿さまなのですよ? この前の事は、一応夕麿さまも被害者であられたので軽いお叱りでした。次はないのです」
「雅久、それ以上はやめて下さい。 私が叱責をいただくのは当然の事です」
それ以上を言わせまいとする夕麿を無視するように今度は義勝が口を開いた。
「そんなに嫌なら捨てるか、武? 別に俺は止めないぞ。 俺たちごと捨てて、学院から出て行けばいい」
そう夕麿も義勝も雅久も、御園生家が身元引受になっているのは武が望んだからだ。 武が自分の立場を捨てて出て行けば、同時に3人は未来を失う。 学院都市に閉じ込められ、二度と出て行く事は出来なくなる。
「義勝!」
「俺と雅久はそれでもいい。 だが夕麿はどうなる? もっと良く考えろ、武。お前に何かあったら、それは夕麿を殺すのと同じだと」
「義勝、それは口にしないと約束した筈です。」
武には自由でいてもらいたい。 不自由な立場だからこそ、自分たちが依存しなければならないものを敢えて黙っておく。 3人でそう約束した筈だった。
「私の事は良いのです、あなたが望むならば。
でも…」
言葉を切って夕麿は哀しみを隠すように目を伏せた。
「【子をなしてはならない】という定めは、それでもあなたについて行きます」
「夕…麿…」
「あなたがいつか、誰かを愛したその時…」
「俺は夕麿以外、好きにならない」
自分の出生の秘密を知らされた時、驚きながらも受け入れたのは何故だったのか。 受け入れれば愛する人と生きて行けるからだった筈。 離れ離れにされて閉じ込められた時の恐怖。 共に死まで見つめたのは、つい数ヶ月前の事。
「ごめん…ごめんなさい、夕麿。俺……」
【皇家の義務】には自らの身の安全を守る事も含まれる。 一般には福祉や奉仕のみ語られるが守護したり仕える者がいる限り、その者の立場を守るのも義務であり責任となるのである。
つまり武の身勝手な振る舞いで危険を呼び被害を受けた場合、警護の任務を与えられている貴之と夕麿、そして周囲にいる者に咎めがおりる。
理由はひとつ。 貴人を諫め、危険を回避するように計らえなかったからである。 また警護とはそこまでを範疇にするのである。 自分の身勝手で時と場合によっては罪なき者が断罪されるのだと、理解して立ち振る舞いを考えるのも【皇家の義務】なのだ。 同時に自らより上の誰かに仕える場合、貴人の身の安全を保たれなかった時には、咎めを受ける覚悟をしておくのも【皇家の義務】なのだ。
夕麿はそれを言葉や自分の手本で全て、理解させるのは不可能だと理解している。 なぜなら本来、成長過程で育んでいくものであり、経験によって培われていくものも多いからだ。 しかも武は血の重さを急にかせられたのだ。 それもまた、成長過程で徐々に背負っていく筈のものだった。 婚姻などでその中に自覚して入って行くのも難しいものなのだ。
武は自分で望んだわけではない。 事実として受け入れざるを得なかったのだ。
自分の危険を省みず、陽動に出た判断も相反しながら、責任として必要ではあった。 武の想いを理解しこれ以上周囲に危害が、及ぶのを回避する為に夕麿もまた陽動に加わった。だがその代価は大きかった。
「武、あなたはまだまだ、学ばなければならない事がたくさんあります。 その多くがあなたの意志に反するように思えるでしょう。 けれど、感情だけで判断しないで欲しいのです」
感情で判断するなと言われても、何も出来ない状態で迷惑をかけているのに…と武は思う。
「まだ理解しないのですか、あなたは…わかりました。 この件は寮に戻ったら、話す事にしましょう」
明らかに怒気の籠もった声に、生徒会室にいる全員が背筋を冷たいものが走った気がした。武はその顔にはっきりと怯えを浮かべ、それを見た全員がもっとぞっとした。
生徒会室を漂う空気を破るように、扉が強く叩かれた。麗が弾かれたように立ち上がって扉を開けると、学院の事務員の男が小さな荷物を捧げるようにして立っていた。
「御園生 武さまにお届けものでございます。直接お渡しするように申しつかりましたが、こちらにまだいらっしゃいますでしょうか?」
「武、ならいるよ?」
「では、確かにお渡しいたしました」
麗が受け取った荷物は、白地に薄紫と紅で染められたグラデーションが、非常に美しい布に包まれていた。 布の光沢や染料の色合いからして国内産の正絹である事がわかる。
「麗、こちらへ下さい」
「はい。
会長、これって…」
手渡しながら麗が異様に緊張していた。 受け取った夕麿も布に印された文様を見て表情を変えた。 ゆっくりと武に向き合い、膝をついてそれを差し出した。
「武さま、今上陛下からでごさいます」
「お祖父さま……から?」
その言葉に生徒会室にいる事情を知らない者全員が顔色を変えて驚きを見せた。 そう夕麿たちが武を特別にする本当の意味が今此処でわかったのである。
「開けてくれる、夕麿?」
「はい」
雅久と義勝が慌てて片付けたテーブルの上に、そっと届け物は置かれた。夕麿が決められた手順に従って布を開く。 中から姿を現したのは、美しい蒔絵細工の箱。 黒と瑠璃色のグラデーションに、れんげ草の花が描かれている。
「綺麗だね~」
麗が感嘆の声をあげる程に美しい逸品であった。 恐らくは名職人の手になるものだろう。
「開けます」
夕麿が蓋を開けると、中には武と夕麿に宛てた手紙が入っていた。 その下には箱の表と同じデザインのれんげ草が描かれた紙と、『紫雲英』と書かれた紙が入れられていた。
「これは…御印ですね、武君の」
「やっと決まったか、随分かかってたな」
「おそらくこの蒔絵細工に時間が必要だったのでしょう」
「夕麿、これ『しうんえい』って読むのかな?」
「ええ。 れんげ草の別名ですね」
「珍しいですね? 普通、花は女性の御印ですよね、会長?」
「多分…半分は女性扱いなのだと思います。 皇統系譜に名前は書かれても、公には名乗る事は許されない…武さまのお立場と私という婿を迎えた意味で。
それでも女性ではない事を表す為に、敢えて別名である『紫雲英』を示されたのでしょう」
複雑過ぎる立場と安易に名乗る事も明らかにする事もできない出自。 その理不尽に憤りを一番感じているのは、夕麿かもしれなかった。 皇家の直系としての権限は与えず、存在そのものも公にはしないで義務や責務は求められる。 完全に無視してしまえばもっと武は楽になる。 不完全に中途半端に認め隠そうとするからこそ、武は通常より強い圧迫感を負わされてしまう。だから逆に彼を皇家の貴種として相応しくしようと思うのだ。 それは自分の身勝手な想いだとは思う。 だが武の事を本当にわかっていない上層部が、皇帝に進言して物事は決定される。皇帝はこの国の最高権力者であっても、何もかもが己の望むとおりに出来るわけではないのだ。
「学院側に御印の決定を知らせなければなりませんね」
夕麿の言葉に雅久や義勝が動いた。 皇家や貴族の公式な手続きや手紙などの所管はすべて、用紙や書式に則った毛筆でしたためられる。 そうでないものを身分高き存在に差し出すにも手順が決められている。直訴のような事柄はあくまでも、物語の中のものでしかないのだ。
「紙は何を使用されます?」
「御印に合わせて紫のもので」
「墨の色合いは?」
「濃く」
墨汁は決して用いない。 濃くと指定された場合、良くすった墨に膠を少量混ぜる。 すると墨に艶が増し、黒々とした美しい文字になる。
全て準備が整うと細目の筆で、息を呑む程美しい文字が書き連ねられて行く。
貴族の文字には幾つかの流派が存在し、用紙の使い方と合わせて、書いた者の身元がわかるようになっている。 夕麿の筆は亡き実母からの流れであり、女系の末裔としての皇家に連なる文字は、他を凌駕する程美しい。本来、皇家が自ら文字をしたためるのは目上か内々の私文書のみ。 つまり目の当たりする機会はほとんどない。 大抵は『祐筆』と呼ばれる秘書役が、代筆するのがならわしである。
「コピーはどれくらい必要?」
都市警察などの関係機関にも、速やかに伝えられなければならない。
「20部、取り敢えずお願いします」
次々と書き上がったものを雅久が乾かしていく。 一通り書き終えると巻紙に表書きをしたため、所定の大きさに切ってコピーした御印の図柄と『紫雲英』と書かれた紙とを合わせて包まれていく。
「俺は見てるだけで良いの?」
「武さまの直筆である必要はありません」
雅久が答えた。
「ご家族へのお手紙などではありませんので、祐筆が書くのがしきたりです」
そう言われて編入してもらった恋文を思い出す。 あれは板倉 正己が持って行って、どうなったのかをとうとう聞かずじまいだった。
「何か気になる事でもお有りですか?」
チラッと夕麿を見て武は黙り込んだ。 今更考えても仕方がない…終わった事なのだから。
だが、筆を置いた夕麿はしっかりとその様子を見ていた。
「入学早々に、もらわれた恋文の事でしょうか?」
苦笑混じりに言われて思わず退いてしまう。
「その…何だか複雑な事言われて…持って行かれちゃったから…って、何で知ってるわけ?」
「…彼が私の所に持って来たからです。 返事は私がお書きいたました。慈園院にたっぷり嫌みを言われましたけどね」
「え…えっと…」
それで温室に助けに来てくれたのか、と今更ながら思ってしまう。
「あの、武さま。
こう申し上げるのは何ではございますが、少なくともあの頃の彼はあなたさまを友人として大切に思っていたように思います」
「うん」
食い違って噛み合わなくなった互いの心。 同じ人を想い分かたれてしまった、友情。
「これを学院の事務へ。 そこから各方面へ通達願うように」
「私が行きます」
下河辺 行長が受け取り、生徒会室を出て行く。
「義勝、後は任せても良いでしょうか?」
「ああ、戸締まりはしておく」
「武、寮へ帰りますよ」
もう普段の口調に戻っていた。
「会長、これは僕が運ぶよ」
「お願いします」
演奏会を控えている夕麿は、極力指に負担をかけない。 物の持ち運びはもとより、ドアの開閉すらしない。 全ては指を守る為である。
貴之も風紀委員に解散を命じて、武たちと共に生徒会室を後にした。
「ヤあ…夕麿…も…許…て…イかせて…」
息も絶え絶えに切願しても、吐精出来ない苦しみから解放して貰えない。
受け入れられないものは受け入れないと、寮に帰って断固として言い張った結果がこれだった。 即刻寝室へ行く事を命じられ、それからもう何時間も吐精をさせてもらえないまま夕麿を受け入れている。 その間に夕麿は既に何度か、武の中に放出しているというのに。
熱を伴った快感が体内を駆け巡り、発散されないままに高まっていく。夕麿のモノを受け入れた蕾だけが残り、他は快楽の中に溶けてしまったかのようだった。
激しい抽挿に高まると、根元を締められて動きが止まる。
高まりが下がるとまた、追い上げられて止められる。
一度など根元を締めて止められた状態で、夕麿の吐精の熱を体内に受けた。 肉壁は与えられる刺激と与えられない放出に、灼けるような疼きを収縮に変えて貪ろうとする。 追い上げる為に激しくなる抽挿に、互いの体液が混ざり合ったものが蕾から溢れてシーツを濡らす。
「ああッ…ヤ…はあン…」
どこもかも熱くて狂おしくて、武は手首の怪我も忘れてシーツを掴む。
「お願い…夕麿…」
泣いて懇願すれば冷たい声が返って来た。
「私の言う事は聞かないのに、勝手ですね、武?」
その言葉と共に根元の締め付けを強められて、深い場所を激しく突き上げられて身悶えさせられる。
「ッああ!ひィッ…あン…」
爪先は強過ぎる感覚に引きつれて宙を舞い、涙は止まる事を忘れていた。 口からは悲鳴に近い喘ぎが断続的に漏れ、嚥下を忘れた唾液が滴り落ちる。
「あッ…イヤ…だ…こん…な…ヤ…」
首を振っても組み敷かれ、折り曲げられた両膝をいっぱいに広げられた姿勢では身悶えしか出来ない。 聞こえて来る濡れた音が、武の羞恥を煽り官能を鋭敏に刺激する。
「夕麿…お願い…イかせて…許して…」
「いいえ、あなたの願いは聞きませんよ」
何度も吐精しているというのに、夕麿は息一つ乱してはいない。 ただうっすらと浮かぶ汗だけが、彼が自分を制御しているのだと語っていた。
「あァ…聞く…から…何でも…言う通り…する…はァン…ああッ…イかせて…」
「この場限りの言い逃れは、聞きません」
「違ッ…ひィッ…本当…」
「もう二度と逆らわないと、誓えますか、武?」
「ああッああああッ…誓う…から…」
声は嗄すれ、わずかな刺激で肉壁は収縮を強める。 蕾は放出したくて今にも、夕麿のモノを喰い千切らんばかりに締め付ける。
さすがにこれには、夕麿の顔が歪む。
「良いでしょう。 その言葉、忘れないで下さい」
戒めていた手を離し覆い被さって激しい抽挿をしながら、欲望にぷっくりと勃つ乳首を口に含んで歯を立てる。
「あッああッああああああ…!!」
シーツを握り締め大きく仰け反って、武は体内に留められていた欲望を長く激しく放出する。 余りの快感に身体の戦慄きは尾を引くように続き、肉壁も締め付けながら戦慄きに揺れて夕麿も耐え切れず吐精した。
意識を飛ばした身体は、なおも絶頂の余韻の戦慄きが収まらない。
酷い事をしているという自覚はある。
だが、何かあってからでは遅いのだ。
佐田川の人間は欲しいものを手に入れるのに手段は選ばない。 板倉 正己のようなまわりくどい手段もしない。 事情を知らない生徒などを唆して、集団で襲わせるなど意図も簡単にするだろう。 重傷を負わせて武を夕麿の側から追い落とすなど、嗤いながらやってしまうのが目に見えるようだった。
夕麿はぐったりとした武を抱き起こして、軽く頬を叩いて意識を回復させた。失神と睡眠は違う。 失神したまま放置すると、身体は睡眠時のような疲労快復が行えなくなる。 きちんと意識を回復させて、眠りに就かせなければならないのだ。
「う…ん…夕麿…」
「疲れたでしょう、武? ぐっすり眠りなさい」
「ん…おやすみなさい…」
優しい囁きに安心したのか、武は目を閉じてスヤスヤと眠りに就いた。
夕麿はその寝顔を微笑んで見つめていた……
次の日の朝、昨日とは打って変わった武の従順なまでのおとなしさに、生徒会室に居合わせた者は全員が同じ問いを心で呟いた。
……何をしたんだ? と。
だが昨日の夕麿の様子を見ている彼らは、何も言えないでいる。 …いや…一人だけを除いて。
「武に何をしたんだ、夕麿?」
「別に、何もしてませんよ? ただ理解してもらっただけです、ねぇ、武?」
にっこりと笑顔で聞かれて、武は無言でコクコクと何度も頷いた。
「…鬼畜だな、お前…」
義勝が深々と溜息を吐いて呆れたように呟いた。
「貴之、武をお願いします。
万が一の事を考えて、御園生から送られて来ていた御印の付いた物を幾つか持たせていますが、権威や貴種の意味がわからない者もいますから」
「承知いたしました」
「私も出来るだけ側にいるようにしたいのですが……今日は、そうもいかないようなので」
「んじゃ、出来るだけ交代で武君の側にいるように、みんなで考えようよ?」
武がまた嫌がるかな? と思いながら言葉を紡いだ麗は、俯いたままの武に首を傾げた。
「そうしていただければ、幸いです」
夕麿はそう言い残して、足早に生徒会室を出て行った。
中等部の生徒の行儀の悪さに辟易した大学部と、対処の会議が緊急に召集されていたのだ。全員がそれを見届けてから、麗が武に近寄った。
「武君、おはよう以外何も言わないけど、また喉の具合が良くないの?」
そう言われて首を振って、一歩下がった様子に不審を抱く。
「会長に何されたの?」
すると首を振ってまた下がる。 どうやら夕麿に気付かれたくないらしい。
「喉、見せて」
また下がろうとしていつの間にか、背後に回っていた雅久に抱き止められ、もがいて逃げようとして掴まれた手首の激痛に息を詰めた。
「武君!
義勝、校医の先生を!」
武の手首が腫れ上がっていたのだ。
ここのところみんなの食べ物を用意するのに、無理やり動かして痛みを感じていた手首は、昨夜の激しい抱擁で決定的なダメージを受けていた。武は夕麿より先に起きて着替え、懸命に隠したのだ。 夕麿があそこまでするのは、意固地になって逆らった自分にも責任があると。喉も声を出すとかなり痛み、本当は呼吸すら辛い。朝食を平気な顔で嚥下するだけで、痛みが増した気がする。
「夕麿は武の事になると、暴走する傾向がある。 結局は自分で招いたとわかってるんだな?」
義勝の言葉に頷く。
「今日はここにいろ。本当は寮に帰れと言いたいが、夕麿が不必要に心配するから、安全の為だと言えば納得する筈だ」
「…はい…ッ…」
思わず咳き込んで喉を押さえる。 口の中に血の味が広がる。
「貴之、夕麿にも誰か付けてくれ」
「わかった」
「私たちも交代で会長の側にいるようにします」
「頼む」
義勝は夕麿との長い付き合いだけでなく、実父が多少、佐田川一族と仕事上の関わりがあった為、彼らの人を人とも思わない違法スレスレの遣り口を知っていた。危害を加えるとは思わないが、武を安心させる為にも安全策はとって置いて悪い事はない筈だ。
そうこうしているうちに校医が駈け付けて来た。 彼は武の怪我の悪化を、学祭の準備で頑張り過ぎたという、麗の説明を信じて軽く説教しながら手当てをした。その結果、再び両手首は動かせないように固定され、首もシップをして包帯が巻かれた。 痛み止めを処方して校医が立ち去った後、全員が深々と溜息を吐いた。
「これは…隠せませんね、会長には」
両手首は制服で隠れるが樹脂を含ませた硝子繊維のギプスを、手の甲にまで巻かれてしまったので隠しようがない。首も厚く巻かれた包帯では制服の上着をきちんと着る事ができない。
「出来るだけ会わせないようにしても、夕方にはバレるよ、これ?」
「自業自得だな、二人とも。 だからあれ程加減を間違えるなと言っているのに…」
げっそりする義勝を見て武は思った。 今の雅久とはどんななのだろうと。
「武、人の心配しないで自分の心配しろ」
何もかもお見通しである。 苦笑いを浮かべて、軽く頭を下げるとニヤリと返された。 雅久の心的外傷を治療する為に義勝は精神科医を目指す事にしたのだという。そして現在、御園生のバックアップを受けて海外への留学の道が開けていた。
武や夕麿のサポートとしても、必要だと痛切に感じ始めていたのだ。
武は少し驚いたように目を見開いたが、すぐににっこりと笑って頷いた。
「それではそれぞれの仕事を始めてくれ。
俺と雅久はもう少しここにいる」
「離れる時は連絡して、義勝」
麗がそう言い残して、一年生執行委員を連れて出て行った。
貴之たちから報告を受けていたものの、中等部の行儀の悪さは都市部の祭りにまで及んでいた。
その先導者にやはり、佐田川 和喜の名前が上がる。 夕麿は不快極まりない気分で会議室を後にした。 すかさず待っていた風紀委員が近付く。
「良岑委員長の命で、本日、お側に就かせていただきます」
不要だと言いかけて、武の心配を配慮したのかもしれないと思い直した。
昨夜は少々やり過ぎた…とは思っていた。 武の怪我への配慮もせずに一方的に攻め立てた。ふと怪我が悪化していないかと気にはなった。 武に対する自分の暴走を止められない。 失う恐怖、傷付ける恐怖が逆に働く。 恐怖こそが人間を在らぬ方向へ走らせるのを知っていながら、自分を止められない。 別の部分では制御出来るというのに。
この状態を医師の高辻に相談してみた事がある。 きちんと『子供』である事をしないで、成長してしまったからだと言われた。 確かに早くおとなになりたかった。 おとなになれば、自分の置かれている状況が変わると信じていた時期もあった。 それは幻でしかなかったと知った時、心を凍り付かせなければ生きていけなかった。
武に出会って全てが変化した。 愛する事、愛される事。 本来ならばそれは母の愛からはじまり、父親、家族と広がって友情や恋愛に至る。 物心がついた時にはもう、実母は病床の住人だった。父親はその頃既に近付いて来ていた、佐田川一族に籠絡されて幼い夕麿には関心がなかった。
夕麿を育ててくれたのは、乳母だった。 だがそれも、実母の死によって六条家から離れて行った。
満たされないままに成長してしまったいう事実をそこで初めて自覚した。 反対に武は父親の愛情に飢えながらも、母の愛情には恵まれた。 夕麿に恋愛感情と共に、父性的なものを求めてはいる。 だがそれを上回る母性愛を以て、愛情を向けているのだろうと、高辻医師は言う。
「男に母性愛と言うのはおかしいと思われますか? でも精神医学でも、男にも母性愛が存在する事は証明されています」
彼は笑顔でそう説明した。
母性愛とは無償の愛。 我が身を省みず、愛する者に全身全霊を傾ける。
「夕麿さま、良いですか? あなたはまだ17歳なんです。 外では17歳と言えば、もっと無邪気で浅はかで、無責任に人生を享受している年齢です。 あなたはまだ子供で良いのです。誰かに甘えたり衝動的に何かを、してしまうのはおかしな事ではないんです。 確かに危害を与える方向へ暴走してしまうのは、良い事ではありません。 止めれないなら止めてもらうのが一番なのです。
それは武さまとお話されては如何でしょう。 多分、全部受け入れるのが正しいと思われている筈です。 武さまもまだ16歳でいらっしゃいます」
まだ子供だから子供で良いのだと言われたのは初めてだった。 常に完全で完璧である事を求められ、それに応えるのが当たり前だった。 優雅で美しい立ち振る舞いを崩す事は、他者も自分も許さなかった。
それが武を前にすると、どうでも良くなってしまう。 それに戸惑って最初は、武に随分冷たい態度を取った。怖かったのだ。 それはおかしな事ではないと。 言われる事で心が少し軽くなった。
「今度こそ本当に、ちゃんと話し合わなければ…」
気が付けば、武に甘やかされている自分がいた。
「会長、どうぞ」
開け放たれた扉の向こうは、今日も青空が広がっていた。
「会長、おはようございます」
「おはようございます。
何か問題はありませんか?」
にこやかに声をかけて、高等部学祭執行委員の本部へと向かう。 ワラワラと寄って来る中等部の生徒たちを、風紀委員たちが牽制するのを見ながら、まだ佐田川 和喜の姿がないのを確認する。
「会長、お待ちしてました」
書類を手に執行委員たちが集まって来る。
武の姿がない。 義勝と雅久の姿もない所をみると、まだ生徒会室なのだろうと考えた。
「会長、来たよ」
麗がそっと耳打ちして来た。 夕麿は振り向かずに、麗にそっと頷いた。 不快さに気分がザラザラする。
佐田川 和喜は数人の取り巻きを今日も連れて、ゾロゾロとやって来た。 すぐさま執行委員本部を見回して、そこに武の姿がないのに気付いてほくそ笑んだ。
「おはよう、夕麿さん」
タメ口に執行委員全員が不快感を露わにする。
「部外者は入らないで下さい」
風紀委員が数人立ち塞がって、和喜が夕麿に寄ろうとするのを阻止する。
「良いじゃん、カタい事言うなよ。 第一、俺は夕麿さんの従弟だぞ?」
「関係ありません。 ここは高等部の執行委員本部です。 中等部は入れないのが決まりです」
「煩ぇなあ。 退けよ!」
虎の威を借る狐。
傲慢無礼な態度。
夕麿が一番不快に思うタイプだ。
「あれ~? 今日はあの鬱陶しい金魚のフンはいないんだ?」
執行委員や風紀委員が一斉に殺気立ち、夕麿は不機嫌に手にしていたバインダーを側のテーブルに叩き付けた。
「武さまに無礼な!」
叫んだのは千種 康孝だった。 和喜はそれに肩をすくめて鼻で笑う。
「いっつもくっついているから、金魚のフンだろう?
なあ?」
周囲の中等部の生徒たちに、そう言ってゲラゲラ笑う。 一体誰がこんな奴を、入学させたのだと叫びたくなる。
「君たちね、せっかくの学祭なんだから、毎日ここへ来てないで、ちゃんと楽しみなよ」
麗がうんざりして声をかけると、和喜は舐め回すように上から下までジロジロと見た。
「先輩、ちっちゃくて可愛い~ね~俺と寝ない?」
麗は身長が170㎝に少しとどかない。 生徒会メンバーでは一番小柄である。
対する和喜は中等部の生徒であるのに、どう見ても186㎝の夕麿より大きい。 肩幅も大きく、がっしりしている。
生徒会執行部の者ははどちらかと言えば細身が多く、和喜には弱々しく見えるのだろう。 完全に嘗めてかかっているのは明らかだった。 こちらが感情的になるのを、待っているかのようだ。
まずいな……
一年生執行委員もだが、武を貶める言葉で夕麿が感情的になりかけている。 普通なら有り得ないが相手が相手だ。 散々辛酸を舐めさせられて来た義理の母の甥。 様々な事情を知らない癖に、夕麿の従弟を自称して伝家の宝刀のように扱う。 それを当然の特権だと思い、周囲に対する権力の象徴だと思っている。
麗は財閥でも貴族でもない。 江戸中期から続く、老舗の和菓子司の息子だ。 夕麿たちとは身分も立場も違う。 違う事をちゃんと理解して受け入れ、その上で自分の生徒会での立ち位置を決めている。みんながその努力を知っているからこそ、誰も麗を差別や区別しない。 友として仲間としてここにいるのだ。 だからこそ余計に腹立たしい。
夕麿がどんな想いで、学院で生きて来たのかも知らない。
知ろうともしない。
いつも側で心配りをする武の背負っているものも知らない。
全ては自分を中心にして動かせると思っている、 驕慢で無分別な子供。 自分が身体だけが大きな子供である事すら 自覚できない。
「何事だ、騒々しい」
低く刃のような言葉が響いた。 その場にいる全員が声の方向へ注目する。 声の主は貴之だった。
武を取り囲むようにして貴之が先頭に立ち、左右に義勝と雅久、後ろに途中で合流させた風紀委員が数人。 行長のSOSの電話を義勝が受けて、武は生徒会室から動く判断をしたのだ。
「へえ、ようやく金魚のフンのご登場か」
和喜のその言葉に武は、笑顔で返して本部テントへ入った。 みんなが道をあける中、真っ直ぐに夕麿の側へ行く。
「遅くなってごめんなさい」
嗄すれた声で言うと、夕麿は顔色を変えて立ち上がった。
「武、その声…その姿は…」
夕麿が全部言い終わる前に武が小さく叫んだ。
「夕麿、指から血が出てるじゃないか!誰か手当てをお願い!」
雅久が本部設置の救急箱を手に駆け寄った。 傷口を素早く消毒してカット絆を貼る。
「武君、小さな傷ですから大丈夫ですよ」
雅久の言葉に武がホッとする。
「ピアノ弾く指なんだから、気を付けなきゃダメだろ」
屈託のない武の笑顔を見て、夕麿は泣きたいような気分で抱き締めた。
「ごめんなさい、夕麿。 ここのところ、ちょっとはしゃぎ過ぎたみたい。 もっと何にも出来なくなっちゃった」
どんどん声の嗄すれが酷くなっていく。 痛みを感じていない筈はないのに、武は笑顔のまま夕麿を見上げる。
「武、もう声を出さないで」
制止の言葉を聞かずに口を開こうとした武を、夕麿は口付けで塞いでやめさせる。 中等部の生徒たちからは嫉妬の悲鳴が上がり、学祭執行委員は驚愕した。
生徒会では日頃から見慣れているので、またか…という顔が並ぶ。 風紀委員たちも見ないふりをした。
一人和喜だけが、忌々しげに舌打ちをした。
武の口腔は微かに血の味がした。 唇を離すと頬を染めた武が軽く睨んだ。
そこへ康孝がパイプ椅子を運んで来た。 武が座ってようやく夕麿が落ち着いたのを、全員が確認して緊張を解いた。
「今後、本部及び高等部生徒会に中等部生徒が近付く事を一切禁止する。
……ここから離れろ」
貴之がきっぱりとした口調で言い放つ。
「あんた何様のつもりだよ? 俺はなあ、夕麿さんの従弟だぜ? そんな事言って済むと思ってんのか?」
貴之に掴みかからんばかりに詰め寄る和喜に、今度は義勝が近付いた。さすがに190㎝を超える長身に怯む。
「夕麿を貶めるような言動はやめろ。 従兄弟関係はもう存在しないぞ、佐田川 和喜。 夕麿は六条家とは縁を切ったんだからな。元々血の繋がりのないお前は赤の他人という訳だ」
「六条家と縁を切った?」
「本当に知らないんだな。 夕麿は既に六条姓は名乗っていない。高等部では皆が知るところだ。わかったならサッサとどこかへ行け、目障りだ」
和喜の顔が屈辱に染まる。
「貴之、学院側から許可は出ている。……次は摘み出せ」
「了解」
貴之が不敵な笑みを浮かべた。
「貴之はただの風紀委員長とは違う。 古武道の有段者だ。 図体だけのお前に勝ち目はない。それともうひとつ。 武を侮辱すると学院から追い出されるぞ。 第一、夫婦が一緒にいて何が悪い?」
「夫…婦…?」
中等部生徒が口々に呟く。
「お前たちもだ。 どんなに告白に来ても、夕麿は既に武のものだ。諦めろ」
義勝の言葉に中等部生徒は一斉に肩を落とした。武と夕麿が常に一緒にいて仲良く寄り添う姿を、学祭が始まってからずっと目撃してはいた。 氷壁と呼ばれた彼が、武を侮辱する言葉に怒って、バインダーを叩き付けたのも見た。
そしてトドメを刺すような口付け。憧れというよりミーハーな気分で来た者が和喜に煽動されただけ。 彼らは水が退くように、その場から去って行った。
残ったのは佐田川 和喜ひとり。
「まだいるつもりか? 武さまを侮辱したと、学院に報告して欲しいのか?」
「な…何だよ、それ。 どういう意味だよ!」
「察しが悪いと言うか、空気の読めない奴だな? 武さまは今この学院で最も身分の高い方だ。 学院は容赦しないぞ。 今回は不問に付す。
わかったらサッサと行け、僭越者め」
和喜はその言葉に血相を変えて走り去った。
貴之の言葉に事情を知らない、学祭執行委員たちが動揺する。 だが事実らしいのは彼ら以外のその場にいる人間の態度が、今日は豹変しているのからもわかる。 その様子を見て真実が高等部中に広まるのも、時間の問題だと雅久は感じていた。
その後、この騒動は学院の知る所となり、佐田川 和喜と彼に同調して風紀を乱していた中等部生徒数人が、学院から追放された。
学院都市最大のイベントホールは、立ち見が出る程になった。 夕麿の人気もあるがそれ以上に高等部生徒会が、高等部イベントを『慈園院 司の追悼』とした事が一番の理由とも言えた。
司と清治の死は学院と都市にいる者全てにとって、決して他人事ではなかったからである。 学院の歴史に於いて、同じ末路を選択した者は数限りない。 理不尽さがまかり通る閉鎖空間では、ここでのルールがしばしば外のごり押しで圧殺される。世界に出て行けば素晴らしい成果を上げられるだろう人材も、ただ純粋に愛し合う者たちも、全てが外の都合に振り回されて来た。 それがここ、紫霄学院だと諦めて生きるしかない者もいる。 彼らが欲しいのは、はばたく希望と闇を照らす光。
だから高等部生徒会が発表した『暁の会』の趣旨に、彼らの賛同の拍手が鳴り止まなかった。
全員を救えるだけの力はない。
それでも一条の光は射した。
彼らのその想いの中、高等部生徒会の演奏が始まった。
司会は麗が務め、最初は貴之のヴァイオリン・ソロ。 学院所有のストラディヴァリウスが、哀愁いっぱいにメロディーを奏でた。 司の楽譜にあった古い映画のテーマ曲、『太陽がいっぱい』 そして…ピアノ用に編曲されていた楽譜を、ヴァイオリン用に編曲し直しての『悲愴』
それぞれがそれぞれの得意で、様々な楽器が楽曲を奏でる。
麗のフルートに続いて、がらりと趣が変わった雅久の龍笛。 夕麿から譲られた『忍冬』の澄んだ音色が、『蘭陵王』を奏でる。
『蘭陵王』は舞楽としても有名な名曲である。 その美しい面差し故に自軍の兵が、見とれて士気が上がらず戦にならないので、恐ろしい面を被って戦に望んだという中国の伝説の王。
繊細で華麗な事が大好きだった司に、相応しいと選ばれた曲だった。
数々の演奏の中で一際輝いたのは、夕麿の演奏の始めに武の代役として特別に出演した赤佐 実彦だった。その天上のテノールに、誰もが魅了された。 彼が選択した曲は『ペールギュント』の中の『ソルベイグの歌』。婚約者ペールギュントの帰りを待ち続けた女性の歌である。 特にその2番の歌詞には、誰もが涙した。
【生きて なお 君 世に居まさば 君 世に居まさば いつの日にか 会えやせん 会えやせん 皇御国に 居ますならば 居ますならば…… 】
生きてあなたがこの世におられるならば、いつの日にかあえる筈。 皇御国とは皇帝が治める土地という意味だが、現代では「空の下」という意味と考えれば良いだろう。 生きているならいつか会える日が来るかもしれない。
それは既に逝ってしまった司と清治には、もう会えないのだという事実を実感させる。会場のあちこちから啜り泣きが漏れた。
武たちも舞台袖で涙を拭う。
「武さま、彼は以前は天才として幾つかの音大から、特待生としての誘いがあったようです。 ただ身元引受人が昨年末に死亡して、この学院から出れなくなったそうです」
「わかった、『暁の会』の方で話をしてみよう。温室は他の人でも守れるし、その方が絶対、慈園院さんや星合さんも喜ぶ筈だよ」
恐らく彼は後見さえいれば、後は自力で飛翔出来る。 武はそう思って割れんばかりの拍手を受けている、舞台の上の赤佐 実彦を見つめた。
そして高等部生徒会イベントのメインであり、ラスト奏者である夕麿の演奏。
最初はシュトラウスの楽曲の楽譜が連弾になっていた為、無理やり引き込まれた義勝との連弾。『美しき青きドナウ』と『南国のバラ』 どちらも美しい旋律のワルツである。 本来はオーケストラ用の曲であるが、ピアノ用に編曲されていた。
楽器として最も完全と言われるピアノの楽譜には、オーケストラ楽譜の編曲楽譜がたくさん存在する。 オーケストラとは違う、ピアノ独特の音色を好むファンも多い。
その後はやはり古い映画音楽が数曲。
夕麿の弾き語りも含まれて、悲鳴が上がった程である。わかっていながら、武には少々面白くない。 舞台袖でむくれて、麗に頬を突つかれて笑われた。
全ての曲が終了して、その響きが空間に消えるのを待って、観客からアンコールの大合唱が起こった。昨年はそれを無視して、サッサと舞台を去った夕麿だが、今年はその為の曲を用意していた。
マイクに向かって話始めた夕麿に誰もが驚く。 それに気付いて夕麿が苦笑した。
「私は余程の自分勝手だったみたいですね、今、自覚しました。」
会場から笑い声が漏れる。 以前の夕麿には絶対に有り得ない事だった。
「皆さんにアンコールの曲を……と考えた折、どうしても聴いていただきたい曲が出来ました。私に愛と未来を与えてくれた、大切な人の為に創作したオリジナル曲です。 同じ部屋で生活していますので、知られないようにするのにかなり苦心しました」
ここで言葉を切った夕麿の合図で、生徒会全員が恥ずかしがる武を舞台へ引っ張り出した。
「では、私のオリジナル曲、『紫雲英』です」
それは静かな旋律から始まった。 哀愁を帯びた主旋律に別の音が絡む。 その音は主旋律に絡みながら、時折遠ざかりまた絡む。 主旋律はその音に惑わされるように乱れ、やがて2つの音は互いに響き合い、共に主旋律を奏でる。
武と夕麿の半年間そのものの旋律だった。
やがて旋律は愛を奏でて、静かに溶け合い空間に消えて行った。
会場は余韻を味わうように静まり返り、間をおいて歓声と拍手に包まれた。
夕麿は武の手を取って、共に挨拶をして、イベントの幕が降りた。
後日、『暁の会』に寄付が殺到し、イベント音源のライブCDが、凄まじい枚数になったのは言うまでもない。
生徒会は多忙を極め、食事すら満足に摂れない状態で走り回っていた。 中等部・高等部の学祭は17時までと決められているが、生徒会は日毎のオープンとクローズ、次の日の準備などで連日遅くまで雑務が続く。候補生たちも無事全員、執行委員になり毎日、雑務や騒動の処理に懸命だった。
学祭2日目の夜にある『夜祭』と呼ばれる、大学部や都市のイベントを生徒会執行部は楽しむ暇もない。
ようやく帰り着いた生徒会室で、雅久の入れるお茶を飲んで解散するのが日課になっていた。 来週初頭には高等部のイベントが組まれている。
結局、歌を歌える程には武の喉は回復せず、夕麿が演奏する曲を追加する事になった。
「忙しいけど盛り上がってるよね~」
「武君の発案が効果を上げていますね、これは」
それぞれの集中日のイベントに都市のレストランの出張屋台など、それまでの学院の学祭にはなかった取り組みがかなりの好評を得ていた。 立ち食い食べ歩きをしない良家の子息たちは、そこここに設けられたベンチやテーブルコーナーで行儀良く飲食し、ゴミをきちんと分別して捨てる。 その分、外部の学祭よりは綺麗なのだが… …
普段は余り交流のない三学部が行き来する為、告白などの恋愛絡みのトラブルが、かなり発生していた。 特に夕麿の結婚を知らない中等部の生徒が、彼にアタックをかけようとするのを、風紀委員が阻止するのに苦労している。夕麿にすれば迷惑以外のなにものでもない。 一応、武にはこの時ばかりは、多勢に無勢の不可抗力を認めて貰っていたので何とかなっていたのだが…… 2日目ともなるとさすがにかなり機嫌が悪い。 咎め立てはしないが、拗ねているのがありありとわかる。
生徒会室の休息コーナーでソファに座って、無言でお茶を飲んでいる姿は怒りのオーラを立ち上らせている。 常になく怖くて誰も声をかけられない。
「雅久先輩」
「は、はい!」
「おかわり下さい」
「すぐに!」
慌てておかわりを入れる雅久を見て義勝が夕麿に囁いた。
「夕麿、何とかしろ」
「何とか出来るのでしたら、とっくにしてますよ」
「雅久まで怯えてるだろうが…」
「寮に帰れば大丈夫でしょう、あなた方は…… 私は今夜、ここに泊まりたいくらいです」
「そんな事したら、殺されるぞ、武に」
夕麿は首を振って溜息吐いた。嫉妬や独占欲じゃないと言えば嘘になる。 だが武が腹を立てていたのは、そんな事ではなかった。
1日目の多忙さを目の当たりにして、2日目は早く起きておにぎりやサンドイッチを大量に作った。 特に夕麿は水分補給すら満足に出来ない状況だった。 スポーツドリンクを幾つかの水筒に入れて、片手で飲めるようにした。それなのに…… 夕麿がちょっと手を休めている間に食べ物とドリンクを渡したら、チャンスとばかりに中等部の生徒が邪魔をする。 注意すると失礼この上ない態度で反撃して来る。
高等部の生徒は武が夕麿の伴侶だと知っているから、反発を感じていても夕麿に嫌われるような言動は避ける。 だが何も知らない中等部の生徒は、一年生の記章を付けている武が、夕麿を呼び捨てにして側で世話をやくのが気に入らないらしい。未だに首と両手首に巻いている包帯を見て、それが夕麿の同情をひくための作為だと、あらかさまな嫌がらせを言って来る。
一度は見兼ねた千種 康孝が見かねて追い払った。 日常の会話は何とか出来るが武の喉はまだ叫べない。 大きな声を出せないのだ。 複数で絡んで来る彼は、夕麿たちや高等部の教職員が嘆く程に行儀が悪い。世間一般の中学生よりは良いのかもしれないが、貴族・良家名家の子息という枠で見れば頗る態度が悪く厚かましい。 自分たちの権利や出自を笠に着て、相手が上級生であろうとも傍若無人に振る舞う。 彼らには既に『貴族の義務』など存在しないかのようだ。
夕麿は武に身分相応の立ち振る舞いを徹底的に教育している。 その大切さも意味もきちんと学ばされている。 だから彼らの不作法に苛立つ。 上級生であり身分的にも上の夕麿に対して、自分勝手にまとわり付きわずかな休息だけではなく、作業や指示などの会長としての業務を妨げる。
夕麿に見て欲しいクセに彼を不快させる。
貴之たち風紀委員も手が回らない。 一年生執行委員たちには、そんな武の気持ちがわかっていた。 決して武を夕麿の伴侶として相応しいと認めた訳ではない。 だが中等部の生徒の夕麿に対する無礼は許せないのだ。 必然的に武を助けに入る状態になった。
「中等部の生徒ですが、ルールを守らない者を排除するべきではないでしょうか?」
一年生執行委員の逸見 拓真が貴之に問い掛けた。
「そうだよね~、会長の仕事にも支障が出てるしね~」
「何人かは昨日も来て、風紀が追い払ってもすぐに戻って来ていました」
下河辺は彼らの顔を把握しているらしい。
「それは私も気付きました」
「身元調査をしてあります…」
どうも貴之の歯切れが悪い。
「貴之、何かあったの?」
「リーダー格の生徒ですが…佐田川 和喜という名前です」
「佐田川?」
「貴之、まさか佐田川とはあの佐田川か?」
「そうです。 六条夫人詠美さまの甥です」
「それって知ってて嫌がらせに来てるって事?」
黙って聴いていた武が口を開いた。
「会長と縁続きを吹聴して、中等部では幅を利かせているようです。 ただ、詠美さまのなされている事までは、知らないみたいですね」
「つまり、武君の事も知らない訳ですね」
「義母が自分に不利な事を、たとえ実家であっても漏らす筈がありません」
「夕麿!あんな女をそんな呼び方しなくて良い。 夕麿のお母さんは亡くなられた本当のお母さんと、うちの母さんだけだ!」
「武…」
何故関わって来る? 不快感が込み上げて来る。
「中等部でも態度が悪く、かなり問題視されてはいるようです」
だが今のところうまく立ち回って、決定的な尻尾を掴ませないという。
「不快ですね、それは。 つまり、尻尾は掴めないけれど、かなり良くない真似をしている…と?」
「そのようです。 何か対策を打たないと危険かもしれません」
そう答えた貴之の視線の先には武がいた。 貴之は何かを決意したように、恐らくまだ巡回にあたっているだろう風紀委員を、携帯で生徒会室に呼び集めた。 続々と集まった彼らは、何事が始まるのかと、複雑な面持ちでいた。
「会長、ひとつ許可をお願いしたいのですが」
「なんでしょう?」
「今夜、寮で風紀のボランティアを募りたいと思います」
「今回はやむを得ないですね、許可します」
「ありがとうございます」
「明日から全員で、指揮を執るつもりで判断して動いてくれ。 俺は学院側から依頼されている役目に戻る」
それは武の護衛に専念すると言う事だった。 風紀委員たちがざわめいた。 彼らは何となく貴之が何をやっているのかに気付いていた。 気付いていたからこそ不審に思う。
「貴之先輩、今は風紀委員の方が大事だよ? 俺は大丈夫だから、みんなと一緒にいるし…」
ただでさえ多忙なのに、誰かの手を煩わせたくはない。
「それは私からもお願いしたいですね」
武の横に座って夕麿が宥めるように抱き寄せる。
「いらないよ、夕麿」
「あなたに何かあってからでは遅いのです、武」
「夕麿、俺は…」
「今回はあなたのわがままをきく訳にはいきません」
首を振って嫌がる武の手を掴み、厳しい顔付きで噛み含めるように繰り返した。
「武、あなたの身に危害が及んでからでは遅いのです。わかって下さい」
今度こそ守らなければ…その想いは生徒会執行部共通だった。 だが、一年生執行委員や風紀委員は何故なのかを知らない。 夕麿の伴侶…という立場を超えた扱いに不審も不満も抱く。
「会長、本人が必要ないと言っています。 私もそこまでの必要はないと思いますが…」
見かねて下河辺が口を挟んだ。
「君には関わりのない事です。 口を出さないで下さい」
夕麿にそう言われると、行長は言葉を繋げない。
「武君、あなたにこの前のような事があった場合、咎めは誰が受けなければならないのか、ご承知の上でいらないと言っていらっしゃいますか?」
雅久の口調が変化した。 美しい面差しに厳しさが宿る。
「え…咎めって…」
「貴之はもちろん、一番、責められるのは夕麿さまなのですよ? この前の事は、一応夕麿さまも被害者であられたので軽いお叱りでした。次はないのです」
「雅久、それ以上はやめて下さい。 私が叱責をいただくのは当然の事です」
それ以上を言わせまいとする夕麿を無視するように今度は義勝が口を開いた。
「そんなに嫌なら捨てるか、武? 別に俺は止めないぞ。 俺たちごと捨てて、学院から出て行けばいい」
そう夕麿も義勝も雅久も、御園生家が身元引受になっているのは武が望んだからだ。 武が自分の立場を捨てて出て行けば、同時に3人は未来を失う。 学院都市に閉じ込められ、二度と出て行く事は出来なくなる。
「義勝!」
「俺と雅久はそれでもいい。 だが夕麿はどうなる? もっと良く考えろ、武。お前に何かあったら、それは夕麿を殺すのと同じだと」
「義勝、それは口にしないと約束した筈です。」
武には自由でいてもらいたい。 不自由な立場だからこそ、自分たちが依存しなければならないものを敢えて黙っておく。 3人でそう約束した筈だった。
「私の事は良いのです、あなたが望むならば。
でも…」
言葉を切って夕麿は哀しみを隠すように目を伏せた。
「【子をなしてはならない】という定めは、それでもあなたについて行きます」
「夕…麿…」
「あなたがいつか、誰かを愛したその時…」
「俺は夕麿以外、好きにならない」
自分の出生の秘密を知らされた時、驚きながらも受け入れたのは何故だったのか。 受け入れれば愛する人と生きて行けるからだった筈。 離れ離れにされて閉じ込められた時の恐怖。 共に死まで見つめたのは、つい数ヶ月前の事。
「ごめん…ごめんなさい、夕麿。俺……」
【皇家の義務】には自らの身の安全を守る事も含まれる。 一般には福祉や奉仕のみ語られるが守護したり仕える者がいる限り、その者の立場を守るのも義務であり責任となるのである。
つまり武の身勝手な振る舞いで危険を呼び被害を受けた場合、警護の任務を与えられている貴之と夕麿、そして周囲にいる者に咎めがおりる。
理由はひとつ。 貴人を諫め、危険を回避するように計らえなかったからである。 また警護とはそこまでを範疇にするのである。 自分の身勝手で時と場合によっては罪なき者が断罪されるのだと、理解して立ち振る舞いを考えるのも【皇家の義務】なのだ。 同時に自らより上の誰かに仕える場合、貴人の身の安全を保たれなかった時には、咎めを受ける覚悟をしておくのも【皇家の義務】なのだ。
夕麿はそれを言葉や自分の手本で全て、理解させるのは不可能だと理解している。 なぜなら本来、成長過程で育んでいくものであり、経験によって培われていくものも多いからだ。 しかも武は血の重さを急にかせられたのだ。 それもまた、成長過程で徐々に背負っていく筈のものだった。 婚姻などでその中に自覚して入って行くのも難しいものなのだ。
武は自分で望んだわけではない。 事実として受け入れざるを得なかったのだ。
自分の危険を省みず、陽動に出た判断も相反しながら、責任として必要ではあった。 武の想いを理解しこれ以上周囲に危害が、及ぶのを回避する為に夕麿もまた陽動に加わった。だがその代価は大きかった。
「武、あなたはまだまだ、学ばなければならない事がたくさんあります。 その多くがあなたの意志に反するように思えるでしょう。 けれど、感情だけで判断しないで欲しいのです」
感情で判断するなと言われても、何も出来ない状態で迷惑をかけているのに…と武は思う。
「まだ理解しないのですか、あなたは…わかりました。 この件は寮に戻ったら、話す事にしましょう」
明らかに怒気の籠もった声に、生徒会室にいる全員が背筋を冷たいものが走った気がした。武はその顔にはっきりと怯えを浮かべ、それを見た全員がもっとぞっとした。
生徒会室を漂う空気を破るように、扉が強く叩かれた。麗が弾かれたように立ち上がって扉を開けると、学院の事務員の男が小さな荷物を捧げるようにして立っていた。
「御園生 武さまにお届けものでございます。直接お渡しするように申しつかりましたが、こちらにまだいらっしゃいますでしょうか?」
「武、ならいるよ?」
「では、確かにお渡しいたしました」
麗が受け取った荷物は、白地に薄紫と紅で染められたグラデーションが、非常に美しい布に包まれていた。 布の光沢や染料の色合いからして国内産の正絹である事がわかる。
「麗、こちらへ下さい」
「はい。
会長、これって…」
手渡しながら麗が異様に緊張していた。 受け取った夕麿も布に印された文様を見て表情を変えた。 ゆっくりと武に向き合い、膝をついてそれを差し出した。
「武さま、今上陛下からでごさいます」
「お祖父さま……から?」
その言葉に生徒会室にいる事情を知らない者全員が顔色を変えて驚きを見せた。 そう夕麿たちが武を特別にする本当の意味が今此処でわかったのである。
「開けてくれる、夕麿?」
「はい」
雅久と義勝が慌てて片付けたテーブルの上に、そっと届け物は置かれた。夕麿が決められた手順に従って布を開く。 中から姿を現したのは、美しい蒔絵細工の箱。 黒と瑠璃色のグラデーションに、れんげ草の花が描かれている。
「綺麗だね~」
麗が感嘆の声をあげる程に美しい逸品であった。 恐らくは名職人の手になるものだろう。
「開けます」
夕麿が蓋を開けると、中には武と夕麿に宛てた手紙が入っていた。 その下には箱の表と同じデザインのれんげ草が描かれた紙と、『紫雲英』と書かれた紙が入れられていた。
「これは…御印ですね、武君の」
「やっと決まったか、随分かかってたな」
「おそらくこの蒔絵細工に時間が必要だったのでしょう」
「夕麿、これ『しうんえい』って読むのかな?」
「ええ。 れんげ草の別名ですね」
「珍しいですね? 普通、花は女性の御印ですよね、会長?」
「多分…半分は女性扱いなのだと思います。 皇統系譜に名前は書かれても、公には名乗る事は許されない…武さまのお立場と私という婿を迎えた意味で。
それでも女性ではない事を表す為に、敢えて別名である『紫雲英』を示されたのでしょう」
複雑過ぎる立場と安易に名乗る事も明らかにする事もできない出自。 その理不尽に憤りを一番感じているのは、夕麿かもしれなかった。 皇家の直系としての権限は与えず、存在そのものも公にはしないで義務や責務は求められる。 完全に無視してしまえばもっと武は楽になる。 不完全に中途半端に認め隠そうとするからこそ、武は通常より強い圧迫感を負わされてしまう。だから逆に彼を皇家の貴種として相応しくしようと思うのだ。 それは自分の身勝手な想いだとは思う。 だが武の事を本当にわかっていない上層部が、皇帝に進言して物事は決定される。皇帝はこの国の最高権力者であっても、何もかもが己の望むとおりに出来るわけではないのだ。
「学院側に御印の決定を知らせなければなりませんね」
夕麿の言葉に雅久や義勝が動いた。 皇家や貴族の公式な手続きや手紙などの所管はすべて、用紙や書式に則った毛筆でしたためられる。 そうでないものを身分高き存在に差し出すにも手順が決められている。直訴のような事柄はあくまでも、物語の中のものでしかないのだ。
「紙は何を使用されます?」
「御印に合わせて紫のもので」
「墨の色合いは?」
「濃く」
墨汁は決して用いない。 濃くと指定された場合、良くすった墨に膠を少量混ぜる。 すると墨に艶が増し、黒々とした美しい文字になる。
全て準備が整うと細目の筆で、息を呑む程美しい文字が書き連ねられて行く。
貴族の文字には幾つかの流派が存在し、用紙の使い方と合わせて、書いた者の身元がわかるようになっている。 夕麿の筆は亡き実母からの流れであり、女系の末裔としての皇家に連なる文字は、他を凌駕する程美しい。本来、皇家が自ら文字をしたためるのは目上か内々の私文書のみ。 つまり目の当たりする機会はほとんどない。 大抵は『祐筆』と呼ばれる秘書役が、代筆するのがならわしである。
「コピーはどれくらい必要?」
都市警察などの関係機関にも、速やかに伝えられなければならない。
「20部、取り敢えずお願いします」
次々と書き上がったものを雅久が乾かしていく。 一通り書き終えると巻紙に表書きをしたため、所定の大きさに切ってコピーした御印の図柄と『紫雲英』と書かれた紙とを合わせて包まれていく。
「俺は見てるだけで良いの?」
「武さまの直筆である必要はありません」
雅久が答えた。
「ご家族へのお手紙などではありませんので、祐筆が書くのがしきたりです」
そう言われて編入してもらった恋文を思い出す。 あれは板倉 正己が持って行って、どうなったのかをとうとう聞かずじまいだった。
「何か気になる事でもお有りですか?」
チラッと夕麿を見て武は黙り込んだ。 今更考えても仕方がない…終わった事なのだから。
だが、筆を置いた夕麿はしっかりとその様子を見ていた。
「入学早々に、もらわれた恋文の事でしょうか?」
苦笑混じりに言われて思わず退いてしまう。
「その…何だか複雑な事言われて…持って行かれちゃったから…って、何で知ってるわけ?」
「…彼が私の所に持って来たからです。 返事は私がお書きいたました。慈園院にたっぷり嫌みを言われましたけどね」
「え…えっと…」
それで温室に助けに来てくれたのか、と今更ながら思ってしまう。
「あの、武さま。
こう申し上げるのは何ではございますが、少なくともあの頃の彼はあなたさまを友人として大切に思っていたように思います」
「うん」
食い違って噛み合わなくなった互いの心。 同じ人を想い分かたれてしまった、友情。
「これを学院の事務へ。 そこから各方面へ通達願うように」
「私が行きます」
下河辺 行長が受け取り、生徒会室を出て行く。
「義勝、後は任せても良いでしょうか?」
「ああ、戸締まりはしておく」
「武、寮へ帰りますよ」
もう普段の口調に戻っていた。
「会長、これは僕が運ぶよ」
「お願いします」
演奏会を控えている夕麿は、極力指に負担をかけない。 物の持ち運びはもとより、ドアの開閉すらしない。 全ては指を守る為である。
貴之も風紀委員に解散を命じて、武たちと共に生徒会室を後にした。
「ヤあ…夕麿…も…許…て…イかせて…」
息も絶え絶えに切願しても、吐精出来ない苦しみから解放して貰えない。
受け入れられないものは受け入れないと、寮に帰って断固として言い張った結果がこれだった。 即刻寝室へ行く事を命じられ、それからもう何時間も吐精をさせてもらえないまま夕麿を受け入れている。 その間に夕麿は既に何度か、武の中に放出しているというのに。
熱を伴った快感が体内を駆け巡り、発散されないままに高まっていく。夕麿のモノを受け入れた蕾だけが残り、他は快楽の中に溶けてしまったかのようだった。
激しい抽挿に高まると、根元を締められて動きが止まる。
高まりが下がるとまた、追い上げられて止められる。
一度など根元を締めて止められた状態で、夕麿の吐精の熱を体内に受けた。 肉壁は与えられる刺激と与えられない放出に、灼けるような疼きを収縮に変えて貪ろうとする。 追い上げる為に激しくなる抽挿に、互いの体液が混ざり合ったものが蕾から溢れてシーツを濡らす。
「ああッ…ヤ…はあン…」
どこもかも熱くて狂おしくて、武は手首の怪我も忘れてシーツを掴む。
「お願い…夕麿…」
泣いて懇願すれば冷たい声が返って来た。
「私の言う事は聞かないのに、勝手ですね、武?」
その言葉と共に根元の締め付けを強められて、深い場所を激しく突き上げられて身悶えさせられる。
「ッああ!ひィッ…あン…」
爪先は強過ぎる感覚に引きつれて宙を舞い、涙は止まる事を忘れていた。 口からは悲鳴に近い喘ぎが断続的に漏れ、嚥下を忘れた唾液が滴り落ちる。
「あッ…イヤ…だ…こん…な…ヤ…」
首を振っても組み敷かれ、折り曲げられた両膝をいっぱいに広げられた姿勢では身悶えしか出来ない。 聞こえて来る濡れた音が、武の羞恥を煽り官能を鋭敏に刺激する。
「夕麿…お願い…イかせて…許して…」
「いいえ、あなたの願いは聞きませんよ」
何度も吐精しているというのに、夕麿は息一つ乱してはいない。 ただうっすらと浮かぶ汗だけが、彼が自分を制御しているのだと語っていた。
「あァ…聞く…から…何でも…言う通り…する…はァン…ああッ…イかせて…」
「この場限りの言い逃れは、聞きません」
「違ッ…ひィッ…本当…」
「もう二度と逆らわないと、誓えますか、武?」
「ああッああああッ…誓う…から…」
声は嗄すれ、わずかな刺激で肉壁は収縮を強める。 蕾は放出したくて今にも、夕麿のモノを喰い千切らんばかりに締め付ける。
さすがにこれには、夕麿の顔が歪む。
「良いでしょう。 その言葉、忘れないで下さい」
戒めていた手を離し覆い被さって激しい抽挿をしながら、欲望にぷっくりと勃つ乳首を口に含んで歯を立てる。
「あッああッああああああ…!!」
シーツを握り締め大きく仰け反って、武は体内に留められていた欲望を長く激しく放出する。 余りの快感に身体の戦慄きは尾を引くように続き、肉壁も締め付けながら戦慄きに揺れて夕麿も耐え切れず吐精した。
意識を飛ばした身体は、なおも絶頂の余韻の戦慄きが収まらない。
酷い事をしているという自覚はある。
だが、何かあってからでは遅いのだ。
佐田川の人間は欲しいものを手に入れるのに手段は選ばない。 板倉 正己のようなまわりくどい手段もしない。 事情を知らない生徒などを唆して、集団で襲わせるなど意図も簡単にするだろう。 重傷を負わせて武を夕麿の側から追い落とすなど、嗤いながらやってしまうのが目に見えるようだった。
夕麿はぐったりとした武を抱き起こして、軽く頬を叩いて意識を回復させた。失神と睡眠は違う。 失神したまま放置すると、身体は睡眠時のような疲労快復が行えなくなる。 きちんと意識を回復させて、眠りに就かせなければならないのだ。
「う…ん…夕麿…」
「疲れたでしょう、武? ぐっすり眠りなさい」
「ん…おやすみなさい…」
優しい囁きに安心したのか、武は目を閉じてスヤスヤと眠りに就いた。
夕麿はその寝顔を微笑んで見つめていた……
次の日の朝、昨日とは打って変わった武の従順なまでのおとなしさに、生徒会室に居合わせた者は全員が同じ問いを心で呟いた。
……何をしたんだ? と。
だが昨日の夕麿の様子を見ている彼らは、何も言えないでいる。 …いや…一人だけを除いて。
「武に何をしたんだ、夕麿?」
「別に、何もしてませんよ? ただ理解してもらっただけです、ねぇ、武?」
にっこりと笑顔で聞かれて、武は無言でコクコクと何度も頷いた。
「…鬼畜だな、お前…」
義勝が深々と溜息を吐いて呆れたように呟いた。
「貴之、武をお願いします。
万が一の事を考えて、御園生から送られて来ていた御印の付いた物を幾つか持たせていますが、権威や貴種の意味がわからない者もいますから」
「承知いたしました」
「私も出来るだけ側にいるようにしたいのですが……今日は、そうもいかないようなので」
「んじゃ、出来るだけ交代で武君の側にいるように、みんなで考えようよ?」
武がまた嫌がるかな? と思いながら言葉を紡いだ麗は、俯いたままの武に首を傾げた。
「そうしていただければ、幸いです」
夕麿はそう言い残して、足早に生徒会室を出て行った。
中等部の生徒の行儀の悪さに辟易した大学部と、対処の会議が緊急に召集されていたのだ。全員がそれを見届けてから、麗が武に近寄った。
「武君、おはよう以外何も言わないけど、また喉の具合が良くないの?」
そう言われて首を振って、一歩下がった様子に不審を抱く。
「会長に何されたの?」
すると首を振ってまた下がる。 どうやら夕麿に気付かれたくないらしい。
「喉、見せて」
また下がろうとしていつの間にか、背後に回っていた雅久に抱き止められ、もがいて逃げようとして掴まれた手首の激痛に息を詰めた。
「武君!
義勝、校医の先生を!」
武の手首が腫れ上がっていたのだ。
ここのところみんなの食べ物を用意するのに、無理やり動かして痛みを感じていた手首は、昨夜の激しい抱擁で決定的なダメージを受けていた。武は夕麿より先に起きて着替え、懸命に隠したのだ。 夕麿があそこまでするのは、意固地になって逆らった自分にも責任があると。喉も声を出すとかなり痛み、本当は呼吸すら辛い。朝食を平気な顔で嚥下するだけで、痛みが増した気がする。
「夕麿は武の事になると、暴走する傾向がある。 結局は自分で招いたとわかってるんだな?」
義勝の言葉に頷く。
「今日はここにいろ。本当は寮に帰れと言いたいが、夕麿が不必要に心配するから、安全の為だと言えば納得する筈だ」
「…はい…ッ…」
思わず咳き込んで喉を押さえる。 口の中に血の味が広がる。
「貴之、夕麿にも誰か付けてくれ」
「わかった」
「私たちも交代で会長の側にいるようにします」
「頼む」
義勝は夕麿との長い付き合いだけでなく、実父が多少、佐田川一族と仕事上の関わりがあった為、彼らの人を人とも思わない違法スレスレの遣り口を知っていた。危害を加えるとは思わないが、武を安心させる為にも安全策はとって置いて悪い事はない筈だ。
そうこうしているうちに校医が駈け付けて来た。 彼は武の怪我の悪化を、学祭の準備で頑張り過ぎたという、麗の説明を信じて軽く説教しながら手当てをした。その結果、再び両手首は動かせないように固定され、首もシップをして包帯が巻かれた。 痛み止めを処方して校医が立ち去った後、全員が深々と溜息を吐いた。
「これは…隠せませんね、会長には」
両手首は制服で隠れるが樹脂を含ませた硝子繊維のギプスを、手の甲にまで巻かれてしまったので隠しようがない。首も厚く巻かれた包帯では制服の上着をきちんと着る事ができない。
「出来るだけ会わせないようにしても、夕方にはバレるよ、これ?」
「自業自得だな、二人とも。 だからあれ程加減を間違えるなと言っているのに…」
げっそりする義勝を見て武は思った。 今の雅久とはどんななのだろうと。
「武、人の心配しないで自分の心配しろ」
何もかもお見通しである。 苦笑いを浮かべて、軽く頭を下げるとニヤリと返された。 雅久の心的外傷を治療する為に義勝は精神科医を目指す事にしたのだという。そして現在、御園生のバックアップを受けて海外への留学の道が開けていた。
武や夕麿のサポートとしても、必要だと痛切に感じ始めていたのだ。
武は少し驚いたように目を見開いたが、すぐににっこりと笑って頷いた。
「それではそれぞれの仕事を始めてくれ。
俺と雅久はもう少しここにいる」
「離れる時は連絡して、義勝」
麗がそう言い残して、一年生執行委員を連れて出て行った。
貴之たちから報告を受けていたものの、中等部の行儀の悪さは都市部の祭りにまで及んでいた。
その先導者にやはり、佐田川 和喜の名前が上がる。 夕麿は不快極まりない気分で会議室を後にした。 すかさず待っていた風紀委員が近付く。
「良岑委員長の命で、本日、お側に就かせていただきます」
不要だと言いかけて、武の心配を配慮したのかもしれないと思い直した。
昨夜は少々やり過ぎた…とは思っていた。 武の怪我への配慮もせずに一方的に攻め立てた。ふと怪我が悪化していないかと気にはなった。 武に対する自分の暴走を止められない。 失う恐怖、傷付ける恐怖が逆に働く。 恐怖こそが人間を在らぬ方向へ走らせるのを知っていながら、自分を止められない。 別の部分では制御出来るというのに。
この状態を医師の高辻に相談してみた事がある。 きちんと『子供』である事をしないで、成長してしまったからだと言われた。 確かに早くおとなになりたかった。 おとなになれば、自分の置かれている状況が変わると信じていた時期もあった。 それは幻でしかなかったと知った時、心を凍り付かせなければ生きていけなかった。
武に出会って全てが変化した。 愛する事、愛される事。 本来ならばそれは母の愛からはじまり、父親、家族と広がって友情や恋愛に至る。 物心がついた時にはもう、実母は病床の住人だった。父親はその頃既に近付いて来ていた、佐田川一族に籠絡されて幼い夕麿には関心がなかった。
夕麿を育ててくれたのは、乳母だった。 だがそれも、実母の死によって六条家から離れて行った。
満たされないままに成長してしまったいう事実をそこで初めて自覚した。 反対に武は父親の愛情に飢えながらも、母の愛情には恵まれた。 夕麿に恋愛感情と共に、父性的なものを求めてはいる。 だがそれを上回る母性愛を以て、愛情を向けているのだろうと、高辻医師は言う。
「男に母性愛と言うのはおかしいと思われますか? でも精神医学でも、男にも母性愛が存在する事は証明されています」
彼は笑顔でそう説明した。
母性愛とは無償の愛。 我が身を省みず、愛する者に全身全霊を傾ける。
「夕麿さま、良いですか? あなたはまだ17歳なんです。 外では17歳と言えば、もっと無邪気で浅はかで、無責任に人生を享受している年齢です。 あなたはまだ子供で良いのです。誰かに甘えたり衝動的に何かを、してしまうのはおかしな事ではないんです。 確かに危害を与える方向へ暴走してしまうのは、良い事ではありません。 止めれないなら止めてもらうのが一番なのです。
それは武さまとお話されては如何でしょう。 多分、全部受け入れるのが正しいと思われている筈です。 武さまもまだ16歳でいらっしゃいます」
まだ子供だから子供で良いのだと言われたのは初めてだった。 常に完全で完璧である事を求められ、それに応えるのが当たり前だった。 優雅で美しい立ち振る舞いを崩す事は、他者も自分も許さなかった。
それが武を前にすると、どうでも良くなってしまう。 それに戸惑って最初は、武に随分冷たい態度を取った。怖かったのだ。 それはおかしな事ではないと。 言われる事で心が少し軽くなった。
「今度こそ本当に、ちゃんと話し合わなければ…」
気が付けば、武に甘やかされている自分がいた。
「会長、どうぞ」
開け放たれた扉の向こうは、今日も青空が広がっていた。
「会長、おはようございます」
「おはようございます。
何か問題はありませんか?」
にこやかに声をかけて、高等部学祭執行委員の本部へと向かう。 ワラワラと寄って来る中等部の生徒たちを、風紀委員たちが牽制するのを見ながら、まだ佐田川 和喜の姿がないのを確認する。
「会長、お待ちしてました」
書類を手に執行委員たちが集まって来る。
武の姿がない。 義勝と雅久の姿もない所をみると、まだ生徒会室なのだろうと考えた。
「会長、来たよ」
麗がそっと耳打ちして来た。 夕麿は振り向かずに、麗にそっと頷いた。 不快さに気分がザラザラする。
佐田川 和喜は数人の取り巻きを今日も連れて、ゾロゾロとやって来た。 すぐさま執行委員本部を見回して、そこに武の姿がないのに気付いてほくそ笑んだ。
「おはよう、夕麿さん」
タメ口に執行委員全員が不快感を露わにする。
「部外者は入らないで下さい」
風紀委員が数人立ち塞がって、和喜が夕麿に寄ろうとするのを阻止する。
「良いじゃん、カタい事言うなよ。 第一、俺は夕麿さんの従弟だぞ?」
「関係ありません。 ここは高等部の執行委員本部です。 中等部は入れないのが決まりです」
「煩ぇなあ。 退けよ!」
虎の威を借る狐。
傲慢無礼な態度。
夕麿が一番不快に思うタイプだ。
「あれ~? 今日はあの鬱陶しい金魚のフンはいないんだ?」
執行委員や風紀委員が一斉に殺気立ち、夕麿は不機嫌に手にしていたバインダーを側のテーブルに叩き付けた。
「武さまに無礼な!」
叫んだのは千種 康孝だった。 和喜はそれに肩をすくめて鼻で笑う。
「いっつもくっついているから、金魚のフンだろう?
なあ?」
周囲の中等部の生徒たちに、そう言ってゲラゲラ笑う。 一体誰がこんな奴を、入学させたのだと叫びたくなる。
「君たちね、せっかくの学祭なんだから、毎日ここへ来てないで、ちゃんと楽しみなよ」
麗がうんざりして声をかけると、和喜は舐め回すように上から下までジロジロと見た。
「先輩、ちっちゃくて可愛い~ね~俺と寝ない?」
麗は身長が170㎝に少しとどかない。 生徒会メンバーでは一番小柄である。
対する和喜は中等部の生徒であるのに、どう見ても186㎝の夕麿より大きい。 肩幅も大きく、がっしりしている。
生徒会執行部の者ははどちらかと言えば細身が多く、和喜には弱々しく見えるのだろう。 完全に嘗めてかかっているのは明らかだった。 こちらが感情的になるのを、待っているかのようだ。
まずいな……
一年生執行委員もだが、武を貶める言葉で夕麿が感情的になりかけている。 普通なら有り得ないが相手が相手だ。 散々辛酸を舐めさせられて来た義理の母の甥。 様々な事情を知らない癖に、夕麿の従弟を自称して伝家の宝刀のように扱う。 それを当然の特権だと思い、周囲に対する権力の象徴だと思っている。
麗は財閥でも貴族でもない。 江戸中期から続く、老舗の和菓子司の息子だ。 夕麿たちとは身分も立場も違う。 違う事をちゃんと理解して受け入れ、その上で自分の生徒会での立ち位置を決めている。みんながその努力を知っているからこそ、誰も麗を差別や区別しない。 友として仲間としてここにいるのだ。 だからこそ余計に腹立たしい。
夕麿がどんな想いで、学院で生きて来たのかも知らない。
知ろうともしない。
いつも側で心配りをする武の背負っているものも知らない。
全ては自分を中心にして動かせると思っている、 驕慢で無分別な子供。 自分が身体だけが大きな子供である事すら 自覚できない。
「何事だ、騒々しい」
低く刃のような言葉が響いた。 その場にいる全員が声の方向へ注目する。 声の主は貴之だった。
武を取り囲むようにして貴之が先頭に立ち、左右に義勝と雅久、後ろに途中で合流させた風紀委員が数人。 行長のSOSの電話を義勝が受けて、武は生徒会室から動く判断をしたのだ。
「へえ、ようやく金魚のフンのご登場か」
和喜のその言葉に武は、笑顔で返して本部テントへ入った。 みんなが道をあける中、真っ直ぐに夕麿の側へ行く。
「遅くなってごめんなさい」
嗄すれた声で言うと、夕麿は顔色を変えて立ち上がった。
「武、その声…その姿は…」
夕麿が全部言い終わる前に武が小さく叫んだ。
「夕麿、指から血が出てるじゃないか!誰か手当てをお願い!」
雅久が本部設置の救急箱を手に駆け寄った。 傷口を素早く消毒してカット絆を貼る。
「武君、小さな傷ですから大丈夫ですよ」
雅久の言葉に武がホッとする。
「ピアノ弾く指なんだから、気を付けなきゃダメだろ」
屈託のない武の笑顔を見て、夕麿は泣きたいような気分で抱き締めた。
「ごめんなさい、夕麿。 ここのところ、ちょっとはしゃぎ過ぎたみたい。 もっと何にも出来なくなっちゃった」
どんどん声の嗄すれが酷くなっていく。 痛みを感じていない筈はないのに、武は笑顔のまま夕麿を見上げる。
「武、もう声を出さないで」
制止の言葉を聞かずに口を開こうとした武を、夕麿は口付けで塞いでやめさせる。 中等部の生徒たちからは嫉妬の悲鳴が上がり、学祭執行委員は驚愕した。
生徒会では日頃から見慣れているので、またか…という顔が並ぶ。 風紀委員たちも見ないふりをした。
一人和喜だけが、忌々しげに舌打ちをした。
武の口腔は微かに血の味がした。 唇を離すと頬を染めた武が軽く睨んだ。
そこへ康孝がパイプ椅子を運んで来た。 武が座ってようやく夕麿が落ち着いたのを、全員が確認して緊張を解いた。
「今後、本部及び高等部生徒会に中等部生徒が近付く事を一切禁止する。
……ここから離れろ」
貴之がきっぱりとした口調で言い放つ。
「あんた何様のつもりだよ? 俺はなあ、夕麿さんの従弟だぜ? そんな事言って済むと思ってんのか?」
貴之に掴みかからんばかりに詰め寄る和喜に、今度は義勝が近付いた。さすがに190㎝を超える長身に怯む。
「夕麿を貶めるような言動はやめろ。 従兄弟関係はもう存在しないぞ、佐田川 和喜。 夕麿は六条家とは縁を切ったんだからな。元々血の繋がりのないお前は赤の他人という訳だ」
「六条家と縁を切った?」
「本当に知らないんだな。 夕麿は既に六条姓は名乗っていない。高等部では皆が知るところだ。わかったならサッサとどこかへ行け、目障りだ」
和喜の顔が屈辱に染まる。
「貴之、学院側から許可は出ている。……次は摘み出せ」
「了解」
貴之が不敵な笑みを浮かべた。
「貴之はただの風紀委員長とは違う。 古武道の有段者だ。 図体だけのお前に勝ち目はない。それともうひとつ。 武を侮辱すると学院から追い出されるぞ。 第一、夫婦が一緒にいて何が悪い?」
「夫…婦…?」
中等部生徒が口々に呟く。
「お前たちもだ。 どんなに告白に来ても、夕麿は既に武のものだ。諦めろ」
義勝の言葉に中等部生徒は一斉に肩を落とした。武と夕麿が常に一緒にいて仲良く寄り添う姿を、学祭が始まってからずっと目撃してはいた。 氷壁と呼ばれた彼が、武を侮辱する言葉に怒って、バインダーを叩き付けたのも見た。
そしてトドメを刺すような口付け。憧れというよりミーハーな気分で来た者が和喜に煽動されただけ。 彼らは水が退くように、その場から去って行った。
残ったのは佐田川 和喜ひとり。
「まだいるつもりか? 武さまを侮辱したと、学院に報告して欲しいのか?」
「な…何だよ、それ。 どういう意味だよ!」
「察しが悪いと言うか、空気の読めない奴だな? 武さまは今この学院で最も身分の高い方だ。 学院は容赦しないぞ。 今回は不問に付す。
わかったらサッサと行け、僭越者め」
和喜はその言葉に血相を変えて走り去った。
貴之の言葉に事情を知らない、学祭執行委員たちが動揺する。 だが事実らしいのは彼ら以外のその場にいる人間の態度が、今日は豹変しているのからもわかる。 その様子を見て真実が高等部中に広まるのも、時間の問題だと雅久は感じていた。
その後、この騒動は学院の知る所となり、佐田川 和喜と彼に同調して風紀を乱していた中等部生徒数人が、学院から追放された。
学院都市最大のイベントホールは、立ち見が出る程になった。 夕麿の人気もあるがそれ以上に高等部生徒会が、高等部イベントを『慈園院 司の追悼』とした事が一番の理由とも言えた。
司と清治の死は学院と都市にいる者全てにとって、決して他人事ではなかったからである。 学院の歴史に於いて、同じ末路を選択した者は数限りない。 理不尽さがまかり通る閉鎖空間では、ここでのルールがしばしば外のごり押しで圧殺される。世界に出て行けば素晴らしい成果を上げられるだろう人材も、ただ純粋に愛し合う者たちも、全てが外の都合に振り回されて来た。 それがここ、紫霄学院だと諦めて生きるしかない者もいる。 彼らが欲しいのは、はばたく希望と闇を照らす光。
だから高等部生徒会が発表した『暁の会』の趣旨に、彼らの賛同の拍手が鳴り止まなかった。
全員を救えるだけの力はない。
それでも一条の光は射した。
彼らのその想いの中、高等部生徒会の演奏が始まった。
司会は麗が務め、最初は貴之のヴァイオリン・ソロ。 学院所有のストラディヴァリウスが、哀愁いっぱいにメロディーを奏でた。 司の楽譜にあった古い映画のテーマ曲、『太陽がいっぱい』 そして…ピアノ用に編曲されていた楽譜を、ヴァイオリン用に編曲し直しての『悲愴』
それぞれがそれぞれの得意で、様々な楽器が楽曲を奏でる。
麗のフルートに続いて、がらりと趣が変わった雅久の龍笛。 夕麿から譲られた『忍冬』の澄んだ音色が、『蘭陵王』を奏でる。
『蘭陵王』は舞楽としても有名な名曲である。 その美しい面差し故に自軍の兵が、見とれて士気が上がらず戦にならないので、恐ろしい面を被って戦に望んだという中国の伝説の王。
繊細で華麗な事が大好きだった司に、相応しいと選ばれた曲だった。
数々の演奏の中で一際輝いたのは、夕麿の演奏の始めに武の代役として特別に出演した赤佐 実彦だった。その天上のテノールに、誰もが魅了された。 彼が選択した曲は『ペールギュント』の中の『ソルベイグの歌』。婚約者ペールギュントの帰りを待ち続けた女性の歌である。 特にその2番の歌詞には、誰もが涙した。
【生きて なお 君 世に居まさば 君 世に居まさば いつの日にか 会えやせん 会えやせん 皇御国に 居ますならば 居ますならば…… 】
生きてあなたがこの世におられるならば、いつの日にかあえる筈。 皇御国とは皇帝が治める土地という意味だが、現代では「空の下」という意味と考えれば良いだろう。 生きているならいつか会える日が来るかもしれない。
それは既に逝ってしまった司と清治には、もう会えないのだという事実を実感させる。会場のあちこちから啜り泣きが漏れた。
武たちも舞台袖で涙を拭う。
「武さま、彼は以前は天才として幾つかの音大から、特待生としての誘いがあったようです。 ただ身元引受人が昨年末に死亡して、この学院から出れなくなったそうです」
「わかった、『暁の会』の方で話をしてみよう。温室は他の人でも守れるし、その方が絶対、慈園院さんや星合さんも喜ぶ筈だよ」
恐らく彼は後見さえいれば、後は自力で飛翔出来る。 武はそう思って割れんばかりの拍手を受けている、舞台の上の赤佐 実彦を見つめた。
そして高等部生徒会イベントのメインであり、ラスト奏者である夕麿の演奏。
最初はシュトラウスの楽曲の楽譜が連弾になっていた為、無理やり引き込まれた義勝との連弾。『美しき青きドナウ』と『南国のバラ』 どちらも美しい旋律のワルツである。 本来はオーケストラ用の曲であるが、ピアノ用に編曲されていた。
楽器として最も完全と言われるピアノの楽譜には、オーケストラ楽譜の編曲楽譜がたくさん存在する。 オーケストラとは違う、ピアノ独特の音色を好むファンも多い。
その後はやはり古い映画音楽が数曲。
夕麿の弾き語りも含まれて、悲鳴が上がった程である。わかっていながら、武には少々面白くない。 舞台袖でむくれて、麗に頬を突つかれて笑われた。
全ての曲が終了して、その響きが空間に消えるのを待って、観客からアンコールの大合唱が起こった。昨年はそれを無視して、サッサと舞台を去った夕麿だが、今年はその為の曲を用意していた。
マイクに向かって話始めた夕麿に誰もが驚く。 それに気付いて夕麿が苦笑した。
「私は余程の自分勝手だったみたいですね、今、自覚しました。」
会場から笑い声が漏れる。 以前の夕麿には絶対に有り得ない事だった。
「皆さんにアンコールの曲を……と考えた折、どうしても聴いていただきたい曲が出来ました。私に愛と未来を与えてくれた、大切な人の為に創作したオリジナル曲です。 同じ部屋で生活していますので、知られないようにするのにかなり苦心しました」
ここで言葉を切った夕麿の合図で、生徒会全員が恥ずかしがる武を舞台へ引っ張り出した。
「では、私のオリジナル曲、『紫雲英』です」
それは静かな旋律から始まった。 哀愁を帯びた主旋律に別の音が絡む。 その音は主旋律に絡みながら、時折遠ざかりまた絡む。 主旋律はその音に惑わされるように乱れ、やがて2つの音は互いに響き合い、共に主旋律を奏でる。
武と夕麿の半年間そのものの旋律だった。
やがて旋律は愛を奏でて、静かに溶け合い空間に消えて行った。
会場は余韻を味わうように静まり返り、間をおいて歓声と拍手に包まれた。
夕麿は武の手を取って、共に挨拶をして、イベントの幕が降りた。
後日、『暁の会』に寄付が殺到し、イベント音源のライブCDが、凄まじい枚数になったのは言うまでもない。
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引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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