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執事の条件
執事は原則として妻帯しない。主が必要とするならば真夜中でも側に行かなければならない。主より目立つ服装は避けて、型落ちつまり流行から外れたものを身に着ける。使用人の中で唯一、主とその家族にはっきりとその存在を現す。原則として使用人は家人の目に触れぬ所で働くものである。食事も食堂の入り口まではメイド等が運ぶが、主の給仕そのものは執事が行う場合が多い。その他の家族には専属の給仕が行う。
文月 毅郎が従僕として、先々代から御園生に執事として仕えていた大伯父に付いたのは、大学を卒業してすぐであった。彼は毅郎の祖父の兄で当然ながら終生独身だった。現在は英国にある専門学校を卒業した者が多く、従僕から叩き上げでなる者はいなくなっている。毅郎は本来は有人の父 有生に付いた執事だった。しかし後継を育てる間もなく彼は事故で夫人と共に早世してしまった。執事は人に付く者で主の交代は執事も交代をするのがルールなのだが、この場合は彼が引き続き務めるしか方法がなかったのだ。
御園生家の執事の責任は通常より重い。当家には家令を置いていないため、屋敷及び土地等の管理も兼任しなければならない。また有人の最初の結婚が短かったため、女性使用人を統括する家政婦長もいなかった。小夜子という新たなる女主人を迎えても家政婦長を置かず、現在は夕麿の乳母である絹子が多少の兼任をしてはいるが、彼女は武と夕麿の部屋を中心に動くので結局はこれも毅郎の仕事になっていた。
武が帰宅したのはまだ明るい時間だった。毅郎は一目で彼の顔色に気付いた。
「武さま、ご不快であられますか?」
すると小さく頷く。毅郎は背後に立つ警護官である千種 康孝を見た。彼はしっかりと頷く。これは武が発作を起こしかけているという合図だ。ここのところ比較的小さなもので済んで、本人も家族も彼に仕える者たちも穏やかに過ごしていたが、今回はその程度では済まない様子だ。
「さ、周先生がすぐに来られます、どうかお部屋で休んでください」
康孝が言うとまた彼は小さく頷いた。それから毅郎の背後にいる人物に視線をやった。
「これは私の甥で本日より従僕として私の補助をいたします」
「えっと……文月さんの跡継ぎって……こと?」
「至らぬ点もございますがどうぞよろしくお願いいたします」
「ん……わかった」
かなり切れ切れになってはいるが、まだ話せる状態らしい。
「宮さん」
駆けつけて来た絹子が武に声をかける。どうやら夕麿から連絡があった様子だ。
「どうぞお部屋に入られてお休みください」
今日は彼の母であり当家の女主人である小夜子は不在である。彼女はそれも気にしてすぐに武を部屋に移動させたいらしい。
「今の方が御曹司ですか」
「いや、あの方は当家でお預かりしている尊き御方です。私がお仕えしている御当主さまより上つ方ですので、対応が大変難しいのです。いずれはここをお出になられる可能性もありますが、あの方に仕える方々は皆さまもご身分が高い方ばかりです。ですので従僕の立場では直接言葉を交わすことは稀でしょう」
伯父の言葉に疑問は山ほど沸いてくる。しかし語られないことは現在の立場では知ってはいけないことだ。今日来たばかりの使用人には知らされたりはしないし、職種によっては踏み込めない部分がある。
「君が使えるべき主は御当主さまの実子であられる希さまです。現在は貴族方が通われる皇立大の中等部に所属されています。ご帰宅になられましたら紹介します」
「わかりました」
承諾の返事はしたが彼は不満そうな表情をチラリと見せた。毅郎は敢えて気が付かないふりをした。この邸の住人の複雑さは簡単には説明はできない。またまだ表向きになってはいないが護院家が武と仕える者たちのために、大きな物を建設して準備段階になっているのは耳にしている。既に皇帝から移転の認可も出ているらしく、御園生家は武の乳部としての役割を終えようとしていると毅郎は考えている。
現在、御園生は経営している企業を含めて、武の伴侶である夕麿が主として動かしている。当主である有人は半ば隠居に近い立場を貫いているのだ。実際に夕麿が中心になって御園生は大きく成長した。より良き人材が多く集まり、経済界の頭と呼ばれる枋木 礼三が武と夕麿に付いた。
振り返れば前当主夫妻の急逝から様々なことがあった。新たな主はまだ若く、切り捨てたはずの類戚が群がって来る。御園生自体が保有する動産及び不動産も半端な数ではなく、そこに大企業の経営がある。
排除され存在しない者として扱われて来た彼らは、餓鬼が食物に群がるようにわらわらと有人によって来た。
いきなり両親を失ったショックに加えて、様々な事柄見に降り掛かって来て、当然ながら有人は混乱と当惑の最中にあった。
毅郎ができ得る限り彼らを有人に近付けないように努力したが、どうすることもできなかったのが前当主の弟だった。
これは今でも毅郎にとっても後悔である。
「ただいま~」
元気いっぱいに玄関に希が入って来た。希も今年、中学生になった。小学校卒業までは迎えに誰かが行っていたが、現在は最寄り駅と邸の間のみ車で送迎されている。最寄り駅が少し遠いのだ。
「おかえりなさいませ、希さま」
「ただいま。ねぇ、武兄さんの車があるけど、帰って来てるの?また具合悪い?」
希は武の病を重々承知してはいる。だが夕麿たちの手を煩わせるのが嫌だと思っている。
「はい。先ほど千種さまの警護でご帰宅なさいました」
「発作?」
「ご様子から察しいたしますに、その可能性が高いと思われます」
毅郎は医師ではない。状態から予想はしても診断を下すことはしてはならない。診断は医師のみが下せるのだ。
「ふうん。またみんなが大変だね」
毅郎には彼の気持ちはわからないでもない。いつも武が特別扱いされて、時には母である小夜子さえも武にかかりっきりになる。今だって不在の理由は聞いてはいないが、多分、彼の治療法を求めてどこかへ足を運んでいるのだろう。
希は未だ実兄と自分の間に身分の隔たりがあるのを知らないままだ。既にはっきりとさせるべき年齢に達していると思えるのだが、ここまで武の希望に沿って知らせないままでいたからか、有人も小夜子も話をできないのではないかと毅郎は見ている。
最近は武の周囲の者たち、特に夕麿がこの事実に苛立ちを感じているらしい場面に遭遇する。中学生となった希は立場の違いや身分の違いを弁えることを覚えて、自らの言動を考えなければならない年齢になった。
紫霄では皇家への忠義の大切さは中等部に進んでから、それまでよりも明確になる。同級生との身分の違いもはっきりと分けられ、自分よりも身分が貴い相手にどういう態度をしなければならないか、という教育を受けることになる。雫が在校していた頃よりは緩和されているらしいが、それでも線引きはきちんとされている。
生徒会執行部にもなればチームワークの関係上、夕麿の代のように多少は緩くなる場合もある。もっとも夕麿と義勝は小等部から寄宿舎で一緒だった……ということもあっての特例であるともいえる。
だが兄弟間はそういうなあなあは許されてはならないと夕麿は考えているのだろう。原因は異母弟 透麿だろう。武から兄を取り戻し六条家に戻そうと謀り、最後には武の生命を狙って夕麿に家から排除宣告をされた。六条家乗っ取りを企み、皇家の血を引く夕麿を亡き者にしようとした女の産んだ子。幼い頃からほぼ接触を禁じられていたために、透麿は兄への憧憬を募らせた子供だった。しかし生母の違いによる身分さを知らなかった。皇家への尊崇の心も育てられなかった。母親の一族の在り方そのままに自己中心的に考え、物事を冷静に理論的に判断する思考が欠落していたのだ。
おそらくは夕麿は希に自分の弟が辿った道を進んでいかないか……という懸念を抱いているのだろう。これは説得や説明では解決しない事案だ。
元より何も知らない希に罪はないのではあるが、『知らないことこそ罪』という仏教の教えもある。知らないからこそ罪を知らずに犯し続け、人は罪業を重ねていく……という考え方だ。
教育の必要性を理解するには教育が必要である、と言われている。つまり井の中の蛙は外に経験するべきものが、人生に余りあるほど溢れ満ちていることを知らないのだ。
もちろん、教育とは縁のない場所に生まれ育った者もいる。しかしだからといって彼らの世界に、学びや教えが存在していないわけではない。そこの生活に則した学びや教えがある。
しかし都市に住む人間は読み書きや計算ができなければ不便であり、人間関係がも複雑なものになりやすい。知識や情報の流れはとても重要だからだ。
どちらの生き方が正しい、という答えは存在しない。片方がもう片方を否定したり、卑下するのは良いことではない。
ただ所属する社会生活において
そこのルールを守ることが必要とされる。それがその場所での『正しさ』であるのだから。
昔、武が自分と夕麿の間の隔たりを感じていたのは、この様な『所属する社会のルール』の違いがあまりにもはっきりとしていたからだ。だからこそ彼は自分と弟の間の身分の差を、明確にするのを嫌っていたとも言える。
だが希は将来の当主である。武と夕麿が御園生を離れた後、誰が残るのか残らないのかは未知数である。だからこそ彼を盛り立てていかなければならない、と毅郎は考えている。
「希さま、ご紹介いたします」
「ん?」
希は初めて毅郎の背後に立っている男に視線を移した。
「これは私の甥で、将来、希さまが御当主になられた折に執事としてお仕えする者でございます」
「浪畑 志津夫でございます 。どうぞよろしくお願いします」
深々と自分に頭を下げた彼を希はしみじみと眺めた。無理もない、常に深く頭を下げられるのは兄の武と夕麿だ。使用人たちは普段は目立たないが、それでも彼らも自分よりも彼らを重視する。希は武と自分の身分の違いは知らなくても、自分たちが異父兄弟であるのは知っていた。口性無い使用人たちの陰口を幾度か耳にしたのだ。彼らもまた武の真実を知らない人々であったが、希にはそんなことまではわかりはしなかった。
「ふうん。武兄さんや夕麿兄さんじゃなくて僕?」
「さようでございます。将来、この御園生の御当主になられるのは希さまでございます」
毅郎の言葉に希は軽く頷いた。武ではなく、夕麿でもなく、自分こそが次のこの邸の主なのだと。
「わかった、よろしく」
希はそう声をかけて自室への階段を上って行った。
小夜子と有人の結婚から十五年が経過しようとしていた。武自身が望まず、知らないところでこの結婚の弊害が存在した。皇家の直系男子である彼が貴族の中でも一番身分が卑しいと言われる、国に尽くしたという名目で巨額の富を持った者が与えられた身分が『勲功』貴族である。数百年から千年にもわたって皇家に仕え、特権を享受して来た貴族たちが彼らを受け入れるはずがない。その勲功貴族を『乳部』として預けられるのは、あり得ないことであるはずなのだ。たとえ実母が嫁いだとしても。
有人の考え方はどちらかと言うと貴族とは方向性が違う。そこは生まれながらに貴族の一員であったはずでも、元々の家系がそうではないために、貴族の慣習や禁忌などに疎い部分がある。そして有人は貴族であるよりも皇国の経済を担う企業経営者として、利益追求のためのエゴを正当に感じている部分があった。表面に出てはいないが近年、彼と夕麿の間でこのあたりのズレが生じていた。
夕麿はあくまでも武を上に置いて支える。武も夕麿に全信頼を置いて体調不良と折り合いを付けながらも、懸命に自分の役目を果たそうとしている。時折入る公務を含めてだ。
仕方がないことなのかもしれないが、皇統譜に名を連ねる者が一般の企業に従事するのはタブーとされている。皇家の人間は利益を追求してはならないのだ。何故ならば本来、皇家は降嫁や臣籍降下等で皇籍を離脱しない限り、生活費や公務などの経費はすべて税金であるからだ。ただ武と夕麿の場合は表向きは皇家と言うことができないことになっているため、自分たちの費用はすべて自前になる……という事実によって税金の優遇措置は多少あるものの、働いて収入を得なければならなかった。
そう、やむを得ない事情で企業経営に参加しているのであって、皇家や貴族に所属する人間としての矜持を汚すことは嫌悪し回避しようとする。ここの違いを有人は理解しないまま、彼らに企業の経営を委ねた事実がある。だが有人から見れば時として彼らのやり方が歯痒いのだろう。かつての接待のように夕麿の反発や武の怒りを起こす事案を持って割り込んで来る。未だに彼は自分の何が違うのかを理解できていないのだ。
夕麿がこの事実を数年前から伯母である護院 高子《たかいこ》に相談していたのがきっかけとなって、成人して紫霞宮となった武に乳部に滞在する理由はないとして、祖父である今上皇帝に後ろ盾として護院家が名乗りを上げた。
末席といえども護院家は摂関貴族。かつては皇帝の補佐として皇国の政治を担った高位の一族である。これを後ろ盾とすることは武自身の皇家内での格を上げ、現皇帝の孫であり前皇太子の遺児であることの証明になる。絶対に勲功貴族である御園生家にはできないものなのだ。『日陰の皇子』として軽んじることはできなくなった。
希にはこの辺の事情はわからない。それどころか近い将来に武たちがこの邸からいなくなってしまう事実も未だに知らされてはいなかった。
「あれが当家のご子息である希さまだ」
毅郎はそれ以上は口を開くのを止めた。見覚えのある車が滑るように門を通過したからだ。エンジン音が聞こえないのはハイブリット車のEVが作動しているからだろう。車は玄関前を過ぎてすぐ横の駐車場に止められたのがわかる。毅郎はすぐに玄関先に出て来客を出迎える準備をした。志津夫も慌ててその横の少し後ろに下がって待つ。
すぐに二人の男が姿を現した。一人は黒い医療鞄を手にして、もう一人は薬品が入っていると思しき箱を抱えていた。
「朔耶さま、周さま、お待ちしておりました」
朔耶の名を先に呼んだのは彼の方が周よりも身分が高いからだ。
「武さまは部屋へ入られたか?」
「はい。絹子さんがお連れになられました」
「わかった」
彼は毅郎に返事をすると横にいる朔耶を振り返って頷いた。そのまま二人は奥へと姿を消した。
「えっと……あの方々はお医者さまですか」
「周さまはね。あの方は久我 周さま。先ほど戻られた武さまの主治医で、後ほどお戻りになられますが、夕麿さまに従兄にあたられます。側におられたのは護院 朔耶さま。現在は桜華学園大学の医学部に叙属されています」
「わかりました」
志津夫は慣例に従って『従僕』で毅郎の補助を行い、将来の主である希との関係を深めていくために雇用されている。今はもう消えつつある役目でもあった。
毅郎はジッと甥を見つめた。彼が有能な執事になれるかどうか。それはこれから見極めていかなければならない。もし当家に相応しくないと感じたならば、彼に合った家を探さなければならない。家にはそれぞれの姿かたちがあり、ただ優秀なだけでは務まらない場合もある。これは主と仰いで仕える相手との相性もある。もそも志津夫がここに不適合であるならば、次は彼の弟を呼んで見極める。
有人はまだまだ引退する年齢ではないし、時間はまだまだある。だがこの邸はこの先、武たちの転居によって様々な支障が起きるかのしれない。毅郎としては元々イレギュラーな人々だ。魅力的で目を見張る高貴さをの彼らだが、成長すればするほどここが場違いない場所になって来ている気がする。
今はまだすべてを吞み込んで己のなさなければならない、『執事』という務めを心を尽くして日々を過ごすだけだ。
毅郎は静かに瞼を閉じて今一度、日々のスケジュールを確認した。
執事が使える主を一番とする。給仕、毎日の衣服の選択、使用人たちの管理。いかなる時間も主に呼ばれれば駆けつける準備をしておかなければならない。自身の服装は主に恥をかかせないように家格に沿った上質なもので、少し流行から遅れたものを選ぶ。
主が日々を平穏に暮らしていることが、執事にとっては何よりもの褒美である。それは邸の中が決められたように順調に動いている証でもある。
執事はあらゆる場所を視界に収め、不手際がなく徒労を厭うことなく、そのうえで不測の事態に備えなければならない。
御園生邸は来客が多い。ちょっとしたパーティーが行われることもある。その中で執事の役目は重要だ。主の食事が心地よく遅れることなく行われ、来客の給仕を行う使用人たちの日頃の鍛錬が問われる。どの様な使用人を使っているかが、主とその家の現在の状態を表していると判断されるからだ。
ゆえに執事は使用人たちの動きに目を配り、同時に来客たちの表情や声の調子に食事を摂る手元や仕草まで、全身の神経を研ぎ澄ませてそこからあらゆることを読み取って、判断した上で必要なことを的確に行わなければいけない。一番の緊張を強いられる時間である。その補助として手足となるのが従僕の仕事なのだ。
またいかなる事態に直面したとしても常に冷静に、眉一つ顔色一つ変えず穏やかに最良を模索する。主が未熟な場合にはその成長を促すのも役目だ。
毅郎は若くして突然に両親を一度に失い、いきなり当主になった有人とずっと歩んで来た。彼の結婚、離婚……後継者がいないまま歳月を重ねて行った日々。そして子ずれの小夜子と有人の再婚。二人の秘密を打つあけられた時には冷静な顔を保つのに苦労をしたほどだった。
あれから十数年、また大きな変化がこの邸を揺り動かそうとしている。今度は志津夫がその中で当家の執事としての資を問われることになるだろう。
でき得るならば変化はゆっくりと時間をかけて訪れて欲しい。今はそう願うことしかできない。だがきっと、願いは叶わないだろう。
文月 毅郎が従僕として、先々代から御園生に執事として仕えていた大伯父に付いたのは、大学を卒業してすぐであった。彼は毅郎の祖父の兄で当然ながら終生独身だった。現在は英国にある専門学校を卒業した者が多く、従僕から叩き上げでなる者はいなくなっている。毅郎は本来は有人の父 有生に付いた執事だった。しかし後継を育てる間もなく彼は事故で夫人と共に早世してしまった。執事は人に付く者で主の交代は執事も交代をするのがルールなのだが、この場合は彼が引き続き務めるしか方法がなかったのだ。
御園生家の執事の責任は通常より重い。当家には家令を置いていないため、屋敷及び土地等の管理も兼任しなければならない。また有人の最初の結婚が短かったため、女性使用人を統括する家政婦長もいなかった。小夜子という新たなる女主人を迎えても家政婦長を置かず、現在は夕麿の乳母である絹子が多少の兼任をしてはいるが、彼女は武と夕麿の部屋を中心に動くので結局はこれも毅郎の仕事になっていた。
武が帰宅したのはまだ明るい時間だった。毅郎は一目で彼の顔色に気付いた。
「武さま、ご不快であられますか?」
すると小さく頷く。毅郎は背後に立つ警護官である千種 康孝を見た。彼はしっかりと頷く。これは武が発作を起こしかけているという合図だ。ここのところ比較的小さなもので済んで、本人も家族も彼に仕える者たちも穏やかに過ごしていたが、今回はその程度では済まない様子だ。
「さ、周先生がすぐに来られます、どうかお部屋で休んでください」
康孝が言うとまた彼は小さく頷いた。それから毅郎の背後にいる人物に視線をやった。
「これは私の甥で本日より従僕として私の補助をいたします」
「えっと……文月さんの跡継ぎって……こと?」
「至らぬ点もございますがどうぞよろしくお願いいたします」
「ん……わかった」
かなり切れ切れになってはいるが、まだ話せる状態らしい。
「宮さん」
駆けつけて来た絹子が武に声をかける。どうやら夕麿から連絡があった様子だ。
「どうぞお部屋に入られてお休みください」
今日は彼の母であり当家の女主人である小夜子は不在である。彼女はそれも気にしてすぐに武を部屋に移動させたいらしい。
「今の方が御曹司ですか」
「いや、あの方は当家でお預かりしている尊き御方です。私がお仕えしている御当主さまより上つ方ですので、対応が大変難しいのです。いずれはここをお出になられる可能性もありますが、あの方に仕える方々は皆さまもご身分が高い方ばかりです。ですので従僕の立場では直接言葉を交わすことは稀でしょう」
伯父の言葉に疑問は山ほど沸いてくる。しかし語られないことは現在の立場では知ってはいけないことだ。今日来たばかりの使用人には知らされたりはしないし、職種によっては踏み込めない部分がある。
「君が使えるべき主は御当主さまの実子であられる希さまです。現在は貴族方が通われる皇立大の中等部に所属されています。ご帰宅になられましたら紹介します」
「わかりました」
承諾の返事はしたが彼は不満そうな表情をチラリと見せた。毅郎は敢えて気が付かないふりをした。この邸の住人の複雑さは簡単には説明はできない。またまだ表向きになってはいないが護院家が武と仕える者たちのために、大きな物を建設して準備段階になっているのは耳にしている。既に皇帝から移転の認可も出ているらしく、御園生家は武の乳部としての役割を終えようとしていると毅郎は考えている。
現在、御園生は経営している企業を含めて、武の伴侶である夕麿が主として動かしている。当主である有人は半ば隠居に近い立場を貫いているのだ。実際に夕麿が中心になって御園生は大きく成長した。より良き人材が多く集まり、経済界の頭と呼ばれる枋木 礼三が武と夕麿に付いた。
振り返れば前当主夫妻の急逝から様々なことがあった。新たな主はまだ若く、切り捨てたはずの類戚が群がって来る。御園生自体が保有する動産及び不動産も半端な数ではなく、そこに大企業の経営がある。
排除され存在しない者として扱われて来た彼らは、餓鬼が食物に群がるようにわらわらと有人によって来た。
いきなり両親を失ったショックに加えて、様々な事柄見に降り掛かって来て、当然ながら有人は混乱と当惑の最中にあった。
毅郎ができ得る限り彼らを有人に近付けないように努力したが、どうすることもできなかったのが前当主の弟だった。
これは今でも毅郎にとっても後悔である。
「ただいま~」
元気いっぱいに玄関に希が入って来た。希も今年、中学生になった。小学校卒業までは迎えに誰かが行っていたが、現在は最寄り駅と邸の間のみ車で送迎されている。最寄り駅が少し遠いのだ。
「おかえりなさいませ、希さま」
「ただいま。ねぇ、武兄さんの車があるけど、帰って来てるの?また具合悪い?」
希は武の病を重々承知してはいる。だが夕麿たちの手を煩わせるのが嫌だと思っている。
「はい。先ほど千種さまの警護でご帰宅なさいました」
「発作?」
「ご様子から察しいたしますに、その可能性が高いと思われます」
毅郎は医師ではない。状態から予想はしても診断を下すことはしてはならない。診断は医師のみが下せるのだ。
「ふうん。またみんなが大変だね」
毅郎には彼の気持ちはわからないでもない。いつも武が特別扱いされて、時には母である小夜子さえも武にかかりっきりになる。今だって不在の理由は聞いてはいないが、多分、彼の治療法を求めてどこかへ足を運んでいるのだろう。
希は未だ実兄と自分の間に身分の隔たりがあるのを知らないままだ。既にはっきりとさせるべき年齢に達していると思えるのだが、ここまで武の希望に沿って知らせないままでいたからか、有人も小夜子も話をできないのではないかと毅郎は見ている。
最近は武の周囲の者たち、特に夕麿がこの事実に苛立ちを感じているらしい場面に遭遇する。中学生となった希は立場の違いや身分の違いを弁えることを覚えて、自らの言動を考えなければならない年齢になった。
紫霄では皇家への忠義の大切さは中等部に進んでから、それまでよりも明確になる。同級生との身分の違いもはっきりと分けられ、自分よりも身分が貴い相手にどういう態度をしなければならないか、という教育を受けることになる。雫が在校していた頃よりは緩和されているらしいが、それでも線引きはきちんとされている。
生徒会執行部にもなればチームワークの関係上、夕麿の代のように多少は緩くなる場合もある。もっとも夕麿と義勝は小等部から寄宿舎で一緒だった……ということもあっての特例であるともいえる。
だが兄弟間はそういうなあなあは許されてはならないと夕麿は考えているのだろう。原因は異母弟 透麿だろう。武から兄を取り戻し六条家に戻そうと謀り、最後には武の生命を狙って夕麿に家から排除宣告をされた。六条家乗っ取りを企み、皇家の血を引く夕麿を亡き者にしようとした女の産んだ子。幼い頃からほぼ接触を禁じられていたために、透麿は兄への憧憬を募らせた子供だった。しかし生母の違いによる身分さを知らなかった。皇家への尊崇の心も育てられなかった。母親の一族の在り方そのままに自己中心的に考え、物事を冷静に理論的に判断する思考が欠落していたのだ。
おそらくは夕麿は希に自分の弟が辿った道を進んでいかないか……という懸念を抱いているのだろう。これは説得や説明では解決しない事案だ。
元より何も知らない希に罪はないのではあるが、『知らないことこそ罪』という仏教の教えもある。知らないからこそ罪を知らずに犯し続け、人は罪業を重ねていく……という考え方だ。
教育の必要性を理解するには教育が必要である、と言われている。つまり井の中の蛙は外に経験するべきものが、人生に余りあるほど溢れ満ちていることを知らないのだ。
もちろん、教育とは縁のない場所に生まれ育った者もいる。しかしだからといって彼らの世界に、学びや教えが存在していないわけではない。そこの生活に則した学びや教えがある。
しかし都市に住む人間は読み書きや計算ができなければ不便であり、人間関係がも複雑なものになりやすい。知識や情報の流れはとても重要だからだ。
どちらの生き方が正しい、という答えは存在しない。片方がもう片方を否定したり、卑下するのは良いことではない。
ただ所属する社会生活において
そこのルールを守ることが必要とされる。それがその場所での『正しさ』であるのだから。
昔、武が自分と夕麿の間の隔たりを感じていたのは、この様な『所属する社会のルール』の違いがあまりにもはっきりとしていたからだ。だからこそ彼は自分と弟の間の身分の差を、明確にするのを嫌っていたとも言える。
だが希は将来の当主である。武と夕麿が御園生を離れた後、誰が残るのか残らないのかは未知数である。だからこそ彼を盛り立てていかなければならない、と毅郎は考えている。
「希さま、ご紹介いたします」
「ん?」
希は初めて毅郎の背後に立っている男に視線を移した。
「これは私の甥で、将来、希さまが御当主になられた折に執事としてお仕えする者でございます」
「浪畑 志津夫でございます 。どうぞよろしくお願いします」
深々と自分に頭を下げた彼を希はしみじみと眺めた。無理もない、常に深く頭を下げられるのは兄の武と夕麿だ。使用人たちは普段は目立たないが、それでも彼らも自分よりも彼らを重視する。希は武と自分の身分の違いは知らなくても、自分たちが異父兄弟であるのは知っていた。口性無い使用人たちの陰口を幾度か耳にしたのだ。彼らもまた武の真実を知らない人々であったが、希にはそんなことまではわかりはしなかった。
「ふうん。武兄さんや夕麿兄さんじゃなくて僕?」
「さようでございます。将来、この御園生の御当主になられるのは希さまでございます」
毅郎の言葉に希は軽く頷いた。武ではなく、夕麿でもなく、自分こそが次のこの邸の主なのだと。
「わかった、よろしく」
希はそう声をかけて自室への階段を上って行った。
小夜子と有人の結婚から十五年が経過しようとしていた。武自身が望まず、知らないところでこの結婚の弊害が存在した。皇家の直系男子である彼が貴族の中でも一番身分が卑しいと言われる、国に尽くしたという名目で巨額の富を持った者が与えられた身分が『勲功』貴族である。数百年から千年にもわたって皇家に仕え、特権を享受して来た貴族たちが彼らを受け入れるはずがない。その勲功貴族を『乳部』として預けられるのは、あり得ないことであるはずなのだ。たとえ実母が嫁いだとしても。
有人の考え方はどちらかと言うと貴族とは方向性が違う。そこは生まれながらに貴族の一員であったはずでも、元々の家系がそうではないために、貴族の慣習や禁忌などに疎い部分がある。そして有人は貴族であるよりも皇国の経済を担う企業経営者として、利益追求のためのエゴを正当に感じている部分があった。表面に出てはいないが近年、彼と夕麿の間でこのあたりのズレが生じていた。
夕麿はあくまでも武を上に置いて支える。武も夕麿に全信頼を置いて体調不良と折り合いを付けながらも、懸命に自分の役目を果たそうとしている。時折入る公務を含めてだ。
仕方がないことなのかもしれないが、皇統譜に名を連ねる者が一般の企業に従事するのはタブーとされている。皇家の人間は利益を追求してはならないのだ。何故ならば本来、皇家は降嫁や臣籍降下等で皇籍を離脱しない限り、生活費や公務などの経費はすべて税金であるからだ。ただ武と夕麿の場合は表向きは皇家と言うことができないことになっているため、自分たちの費用はすべて自前になる……という事実によって税金の優遇措置は多少あるものの、働いて収入を得なければならなかった。
そう、やむを得ない事情で企業経営に参加しているのであって、皇家や貴族に所属する人間としての矜持を汚すことは嫌悪し回避しようとする。ここの違いを有人は理解しないまま、彼らに企業の経営を委ねた事実がある。だが有人から見れば時として彼らのやり方が歯痒いのだろう。かつての接待のように夕麿の反発や武の怒りを起こす事案を持って割り込んで来る。未だに彼は自分の何が違うのかを理解できていないのだ。
夕麿がこの事実を数年前から伯母である護院 高子《たかいこ》に相談していたのがきっかけとなって、成人して紫霞宮となった武に乳部に滞在する理由はないとして、祖父である今上皇帝に後ろ盾として護院家が名乗りを上げた。
末席といえども護院家は摂関貴族。かつては皇帝の補佐として皇国の政治を担った高位の一族である。これを後ろ盾とすることは武自身の皇家内での格を上げ、現皇帝の孫であり前皇太子の遺児であることの証明になる。絶対に勲功貴族である御園生家にはできないものなのだ。『日陰の皇子』として軽んじることはできなくなった。
希にはこの辺の事情はわからない。それどころか近い将来に武たちがこの邸からいなくなってしまう事実も未だに知らされてはいなかった。
「あれが当家のご子息である希さまだ」
毅郎はそれ以上は口を開くのを止めた。見覚えのある車が滑るように門を通過したからだ。エンジン音が聞こえないのはハイブリット車のEVが作動しているからだろう。車は玄関前を過ぎてすぐ横の駐車場に止められたのがわかる。毅郎はすぐに玄関先に出て来客を出迎える準備をした。志津夫も慌ててその横の少し後ろに下がって待つ。
すぐに二人の男が姿を現した。一人は黒い医療鞄を手にして、もう一人は薬品が入っていると思しき箱を抱えていた。
「朔耶さま、周さま、お待ちしておりました」
朔耶の名を先に呼んだのは彼の方が周よりも身分が高いからだ。
「武さまは部屋へ入られたか?」
「はい。絹子さんがお連れになられました」
「わかった」
彼は毅郎に返事をすると横にいる朔耶を振り返って頷いた。そのまま二人は奥へと姿を消した。
「えっと……あの方々はお医者さまですか」
「周さまはね。あの方は久我 周さま。先ほど戻られた武さまの主治医で、後ほどお戻りになられますが、夕麿さまに従兄にあたられます。側におられたのは護院 朔耶さま。現在は桜華学園大学の医学部に叙属されています」
「わかりました」
志津夫は慣例に従って『従僕』で毅郎の補助を行い、将来の主である希との関係を深めていくために雇用されている。今はもう消えつつある役目でもあった。
毅郎はジッと甥を見つめた。彼が有能な執事になれるかどうか。それはこれから見極めていかなければならない。もし当家に相応しくないと感じたならば、彼に合った家を探さなければならない。家にはそれぞれの姿かたちがあり、ただ優秀なだけでは務まらない場合もある。これは主と仰いで仕える相手との相性もある。もそも志津夫がここに不適合であるならば、次は彼の弟を呼んで見極める。
有人はまだまだ引退する年齢ではないし、時間はまだまだある。だがこの邸はこの先、武たちの転居によって様々な支障が起きるかのしれない。毅郎としては元々イレギュラーな人々だ。魅力的で目を見張る高貴さをの彼らだが、成長すればするほどここが場違いない場所になって来ている気がする。
今はまだすべてを吞み込んで己のなさなければならない、『執事』という務めを心を尽くして日々を過ごすだけだ。
毅郎は静かに瞼を閉じて今一度、日々のスケジュールを確認した。
執事が使える主を一番とする。給仕、毎日の衣服の選択、使用人たちの管理。いかなる時間も主に呼ばれれば駆けつける準備をしておかなければならない。自身の服装は主に恥をかかせないように家格に沿った上質なもので、少し流行から遅れたものを選ぶ。
主が日々を平穏に暮らしていることが、執事にとっては何よりもの褒美である。それは邸の中が決められたように順調に動いている証でもある。
執事はあらゆる場所を視界に収め、不手際がなく徒労を厭うことなく、そのうえで不測の事態に備えなければならない。
御園生邸は来客が多い。ちょっとしたパーティーが行われることもある。その中で執事の役目は重要だ。主の食事が心地よく遅れることなく行われ、来客の給仕を行う使用人たちの日頃の鍛錬が問われる。どの様な使用人を使っているかが、主とその家の現在の状態を表していると判断されるからだ。
ゆえに執事は使用人たちの動きに目を配り、同時に来客たちの表情や声の調子に食事を摂る手元や仕草まで、全身の神経を研ぎ澄ませてそこからあらゆることを読み取って、判断した上で必要なことを的確に行わなければいけない。一番の緊張を強いられる時間である。その補助として手足となるのが従僕の仕事なのだ。
またいかなる事態に直面したとしても常に冷静に、眉一つ顔色一つ変えず穏やかに最良を模索する。主が未熟な場合にはその成長を促すのも役目だ。
毅郎は若くして突然に両親を一度に失い、いきなり当主になった有人とずっと歩んで来た。彼の結婚、離婚……後継者がいないまま歳月を重ねて行った日々。そして子ずれの小夜子と有人の再婚。二人の秘密を打つあけられた時には冷静な顔を保つのに苦労をしたほどだった。
あれから十数年、また大きな変化がこの邸を揺り動かそうとしている。今度は志津夫がその中で当家の執事としての資を問われることになるだろう。
でき得るならば変化はゆっくりと時間をかけて訪れて欲しい。今はそう願うことしかできない。だがきっと、願いは叶わないだろう。
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