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二章:崩壊の始まり
渡ってはいけない橋
アマリリスが亡くなって一ヶ月は経った頃。国民たちを取り巻く熱気はとうに冷めていた。それどころではなかった。皆、それぞれに顔を青ざめさせている。
主婦と思わしき女たちは疲れたように目尻に皺を寄せて話をする。
「青果がまた値上がりしたね」
「これまでは普通に買えてた食料品の値段がいきなり上がったもんだから、参っちまうよ」
アマリリスが亡くなってから、作物がとんと育たなくなった。正確に言えば少しは育つのだが、これまで以上の収穫は見込めないそうだ。冬でも強く育つ作物がグレイトリア王国の強みだというのに。作物の収穫量が減ってから餌として作物を使う畜産の方面でも弊害は出ている。それに加えて隣国との貿易がいきなり衰退し始めたことで国民を襲う物価高。
「最初は死んで良かったと思ってたけど……」
誰の目にもこれらの現象にアマリリスが関わっていることは明白だった。
ひとりの主婦がアマリリスの死について口を開きかけてから他の女たちの刺すような視線に耐えかねて閉じる。初めは喜んだアマリリスの死を惜しむようなこと、今更言ってはいけない。それは国民たちの意地とも言えるものだった。
酒場では、不安を語り合う主婦たちとは対照的に近衛兵たちが昼間から大きな音を出して騒いでいた。夜通し飲んでいたようで、酔い潰れている者もいる。近衛兵の中で、食糧不足や雀の涙ほどになってしまった給金の変化、聖女による十分な治療を受けられなくなったことから自暴自棄になっているものが増えているのだ。
店の端では、近衛兵がふたりでひっそりと酒を飲んでいた。
「真昼間から飲んでお嫁さんが怒らないですか?僕は独り身だからまだいいんですけど……子供も生まれて何かと物入りでしょうし。最近は給金もガクンと減ったしなあ」
真面目そうな年若い男が無精髭の生えた男を心配したように背中をさする。真面目そうな男は上司である無精髭の男の付き合いで酒を飲んでいた。
「あー?あー」
虚ろな目をした上司に、男はなんだか気味の悪さを覚えて背中をさすっていた手をぱっと離した。
「ほ、本当に大丈夫ですか?飲み過ぎでは」
少しずつ距離を取ってから、上司の顔を覗き込む。
すると、上司は乱雑にポケットから小綺麗な銀の翼が刺繍された麻袋を取り出した。それを顔の前で掲げる。
「な、なあ、これ試してみないか?いやなこと全部忘れようぜ」
挙動不審な上司に戸惑いながらも男は一つの単語を思い浮かべた。
いやなこと。そう言われて思い浮かぶことは山ほどある。男には養っている病気がちの母がいるのだが、病人の急激な増加に反した聖女の人手不足具合により先日治療を受けるのを断られたところだった。おそらく先が長くないであろう母への配慮が足らないという憤りと明日に死んでしまったらどうしよう、などという際限のない不安も抱えている。
ごくり、と喉の音が鳴る。妙に魅力的なこれを受け取れば元に戻れないことも、聡い男は直感的にわかってしまった。
だけど。……一瞬でも悩みを忘れられるのならば。男は差し出された麻袋を受け取った。
主婦と思わしき女たちは疲れたように目尻に皺を寄せて話をする。
「青果がまた値上がりしたね」
「これまでは普通に買えてた食料品の値段がいきなり上がったもんだから、参っちまうよ」
アマリリスが亡くなってから、作物がとんと育たなくなった。正確に言えば少しは育つのだが、これまで以上の収穫は見込めないそうだ。冬でも強く育つ作物がグレイトリア王国の強みだというのに。作物の収穫量が減ってから餌として作物を使う畜産の方面でも弊害は出ている。それに加えて隣国との貿易がいきなり衰退し始めたことで国民を襲う物価高。
「最初は死んで良かったと思ってたけど……」
誰の目にもこれらの現象にアマリリスが関わっていることは明白だった。
ひとりの主婦がアマリリスの死について口を開きかけてから他の女たちの刺すような視線に耐えかねて閉じる。初めは喜んだアマリリスの死を惜しむようなこと、今更言ってはいけない。それは国民たちの意地とも言えるものだった。
酒場では、不安を語り合う主婦たちとは対照的に近衛兵たちが昼間から大きな音を出して騒いでいた。夜通し飲んでいたようで、酔い潰れている者もいる。近衛兵の中で、食糧不足や雀の涙ほどになってしまった給金の変化、聖女による十分な治療を受けられなくなったことから自暴自棄になっているものが増えているのだ。
店の端では、近衛兵がふたりでひっそりと酒を飲んでいた。
「真昼間から飲んでお嫁さんが怒らないですか?僕は独り身だからまだいいんですけど……子供も生まれて何かと物入りでしょうし。最近は給金もガクンと減ったしなあ」
真面目そうな年若い男が無精髭の生えた男を心配したように背中をさする。真面目そうな男は上司である無精髭の男の付き合いで酒を飲んでいた。
「あー?あー」
虚ろな目をした上司に、男はなんだか気味の悪さを覚えて背中をさすっていた手をぱっと離した。
「ほ、本当に大丈夫ですか?飲み過ぎでは」
少しずつ距離を取ってから、上司の顔を覗き込む。
すると、上司は乱雑にポケットから小綺麗な銀の翼が刺繍された麻袋を取り出した。それを顔の前で掲げる。
「な、なあ、これ試してみないか?いやなこと全部忘れようぜ」
挙動不審な上司に戸惑いながらも男は一つの単語を思い浮かべた。
いやなこと。そう言われて思い浮かぶことは山ほどある。男には養っている病気がちの母がいるのだが、病人の急激な増加に反した聖女の人手不足具合により先日治療を受けるのを断られたところだった。おそらく先が長くないであろう母への配慮が足らないという憤りと明日に死んでしまったらどうしよう、などという際限のない不安も抱えている。
ごくり、と喉の音が鳴る。妙に魅力的なこれを受け取れば元に戻れないことも、聡い男は直感的にわかってしまった。
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