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二章:崩壊の始まり
今更
「アイビー様を今更捜すなんて……やってられない」
使用人が独りごちた。それに共感するように他の使用人たちもため息をこぼす。バルチェ夫人の命令で使用人たちは一斉にアイビーの捜索へと駆り出された。領の端から端まで聞き込みをし、それでもなお見つけられずにいる、というのが現状である。
「屋敷にいるよりはマシよ。旦那様はアイビー様にも興味がないし、それが奥様をより暴走させてるのだと思うわ。旦那様に愛娘を認めさせないとーってね。アマリリス様がお亡くなりになってやっと月が回ってきたっていうのにその矢先に失踪したなんて御愁傷様ー」
年若い侍女が夫人の真似をしながら鼻で嗤う。そんな彼女の様子とは対照的にひとりの掃除係がうすくらい顔をして俯いた。
「も、もしアイビー様が……な、なくな………」
亡くなっていたら。
皆、懸念していることだった。それと同時に現実から目を背けるように誰ひとり口に出さないものでもあった。
掃除係が絶望を煮詰めたような顔をする。
「ぼくたちの首は間違いなく飛びます……」
彼の言葉に皆が押し黙った。それぞれに目を散らし、考えを巡らす。
数秒思考したのち、年若い侍女が静寂を破った。
「それでそれいんじゃない?いっそその方が楽になれるわ」
「そんなっ……」
悲壮感に溢れる掃除係を一瞥した後、年若い侍女はうっすらと目を細めた。分厚い化粧で隠れているが、目の下には隈が刻まれている。
「コルツフットもいなくなったでしょ、あいつも賢いわあ。夫人から逃げる度にアマリリス様について行って頼る先がいなくなったらすぐ他に逃げる。あーあ、私も逃げとけばよかった」
「そんな言い方ないですよっ……。コルツフットさんもアマリリス様もアイビー様も、みんなぼくらに優しかった」
掃除係の言葉に年若い侍女の眉がぴくり、と動いた。口が歪む。そのまま鬱憤を吐き出すように捲し立てた。
「綺麗ごとばっか言わないでよ。こっちだって生きるために必死なのっ、あんた今更いい人ぶるわけ?屋敷でのこと見て見ぬ振りしてたくせに、この偽善者っ!」
今にも掃除係に掴みかかりそうな彼女を数人の使用人が抑えにかかる。それぞれ彼女を窘めるような言葉を口にするが、届きそうにもない。年若い侍女は彼らの手を跳ね除けながら、顔を歪ませた。
「アマリリス様の葬式にあんたたち、行った?行ってないわよね。それもそうよね、奥様に禁止されたんだもの」
彼女の刺すような言葉に使用人たちの手が緩んだ。掃除係の瞳が大きく揺れる。
「き、きみだって行ってないじゃないですか」
「そう!私も、あんたも、みんな、ここにいるみんな、行ってないの……いこうとしなかった」
彼女の声が少し震える。唇を血が出るまで噛んだ彼女は続けた。
「今更、全部いまさらなのよ……、そんなの自分が一番わかってる………」
年若い侍女は涙を流さなかった。アマリリスが亡くなったと知らされた時、彼女は泣かなかったから。今更泣いて自分が楽になるなんて、あってはいけないことだから。
使用人たちの罪は消えない。それは、本人たちが一番わかっていることだった。
今更懺悔しても死んだアマリリスには届かない。
一度犯した過ちは一生消えない。
──俺は、ぼくは、私は……これからどうすればいいんだ?
使用人たちはこれから自分たちに起こりうる出来事を想像し、涙を流すこともできずに呆然とした。
使用人が独りごちた。それに共感するように他の使用人たちもため息をこぼす。バルチェ夫人の命令で使用人たちは一斉にアイビーの捜索へと駆り出された。領の端から端まで聞き込みをし、それでもなお見つけられずにいる、というのが現状である。
「屋敷にいるよりはマシよ。旦那様はアイビー様にも興味がないし、それが奥様をより暴走させてるのだと思うわ。旦那様に愛娘を認めさせないとーってね。アマリリス様がお亡くなりになってやっと月が回ってきたっていうのにその矢先に失踪したなんて御愁傷様ー」
年若い侍女が夫人の真似をしながら鼻で嗤う。そんな彼女の様子とは対照的にひとりの掃除係がうすくらい顔をして俯いた。
「も、もしアイビー様が……な、なくな………」
亡くなっていたら。
皆、懸念していることだった。それと同時に現実から目を背けるように誰ひとり口に出さないものでもあった。
掃除係が絶望を煮詰めたような顔をする。
「ぼくたちの首は間違いなく飛びます……」
彼の言葉に皆が押し黙った。それぞれに目を散らし、考えを巡らす。
数秒思考したのち、年若い侍女が静寂を破った。
「それでそれいんじゃない?いっそその方が楽になれるわ」
「そんなっ……」
悲壮感に溢れる掃除係を一瞥した後、年若い侍女はうっすらと目を細めた。分厚い化粧で隠れているが、目の下には隈が刻まれている。
「コルツフットもいなくなったでしょ、あいつも賢いわあ。夫人から逃げる度にアマリリス様について行って頼る先がいなくなったらすぐ他に逃げる。あーあ、私も逃げとけばよかった」
「そんな言い方ないですよっ……。コルツフットさんもアマリリス様もアイビー様も、みんなぼくらに優しかった」
掃除係の言葉に年若い侍女の眉がぴくり、と動いた。口が歪む。そのまま鬱憤を吐き出すように捲し立てた。
「綺麗ごとばっか言わないでよ。こっちだって生きるために必死なのっ、あんた今更いい人ぶるわけ?屋敷でのこと見て見ぬ振りしてたくせに、この偽善者っ!」
今にも掃除係に掴みかかりそうな彼女を数人の使用人が抑えにかかる。それぞれ彼女を窘めるような言葉を口にするが、届きそうにもない。年若い侍女は彼らの手を跳ね除けながら、顔を歪ませた。
「アマリリス様の葬式にあんたたち、行った?行ってないわよね。それもそうよね、奥様に禁止されたんだもの」
彼女の刺すような言葉に使用人たちの手が緩んだ。掃除係の瞳が大きく揺れる。
「き、きみだって行ってないじゃないですか」
「そう!私も、あんたも、みんな、ここにいるみんな、行ってないの……いこうとしなかった」
彼女の声が少し震える。唇を血が出るまで噛んだ彼女は続けた。
「今更、全部いまさらなのよ……、そんなの自分が一番わかってる………」
年若い侍女は涙を流さなかった。アマリリスが亡くなったと知らされた時、彼女は泣かなかったから。今更泣いて自分が楽になるなんて、あってはいけないことだから。
使用人たちの罪は消えない。それは、本人たちが一番わかっていることだった。
今更懺悔しても死んだアマリリスには届かない。
一度犯した過ちは一生消えない。
──俺は、ぼくは、私は……これからどうすればいいんだ?
使用人たちはこれから自分たちに起こりうる出来事を想像し、涙を流すこともできずに呆然とした。
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