「嘘つき」と決めつけられた私が幸せになるまで

梨丸

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【番外編2】後悔

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 雪崩の件の後、ルーシー姉様がいなくなった。


 両親を含め、村人の中にそのことを気にする者はいなかった。

 父様も母様も、がいてくれればそれでいいと言っていた。




 そこからまた、かなりの年月が経った。


 私は19歳になり、村長の息子のハンスと婚約することになった。

 ハンスとは、村の市場で髪飾りを買っていたときに出会った。

 村長とはとして何回か会ったことがあり、ハンスの名前は何回か聞いていたけれど、ハンスと会ったのは初めてだった。

 私はハンスの栗色の癖っ毛が好きだったし、ハンスは私の若草色の髪が綺麗だと、会うたび言ってくれた。


 ハンスは、私のことを愛してくれた。

 私もハンスのことを愛していた。



 ある日の夜。

 ハンスとハンスの父、アイマー村長が隣の部屋で何かを話していた。

 私は、つい聞き耳を立てた。


 「最近、リリーはどうだ。聖女の力は衰えていないか?」


 「リリーはだから、大丈夫ですよ。俺と結婚したらこの村も安泰だ」



 二人は大きな声で笑い始めた。


 その時悟った。

 ハンスが愛しているのは私ではない。

「聖女リリーと結婚する自分」なのだ。


 思わず唇を噛む。


 ハンスは、がお好みのようだ。

 私の両親も、村の人たちも。



 それなら、死ぬまで聖女になりきってやる。



 しかし、私のそんな決意はあっさり破られることになる。




 姉様がいなくなってから早4年。

 私がちょうど二十歳はたちになった頃、村人たちが、体調不良を訴え始めた。

 「息が苦しくて、生活できやしないわ」

 そう告げ、初めにこの村を出たのはアンナ達家族だった。

 そこから芋づる式に、村人たちはこの村から去っていった。


 ぎりぎりまで残っていた村人たちも、あまりの息苦しさに耐えかねて村から出ていった。


 村や集落で最低でも1人は聖女がいないと、精霊たちがそこにいる人間に害をなすという話は、昔読んだ本に書いてあった。



 そして、この村には村長の家族と私たち家族しかいなくなっていた。

 両親は毎日私にこう言って聞かせた。


 「聖女の力がちょっと衰えているだけだ。直に力が戻る」


 違うの。
 私は聖女なんかじゃない。

 そう叫んで逃げ出したかった。



 そんな時、姉様の噂を耳に挟んだ。

 たまたまこの村へと立ち寄った旅人が私に話してくれたのだ。


 隣国に、大精霊に愛された聖女が現れた、と。




 毎晩、姉様宛の手紙を書いた。

 なんて伝えればいいだろうか。

 文面を考え、書き、ぐしゃぐしゃに丸めるを繰り返す。


 私は姉様と違って馬鹿だから、最適な言葉が見つからない。


 結局、私が書けたのは



 「村が大変なことになっています。助けてください」



 というお粗末な文だけだった。




 手紙を出し、しばらくすると姉様が村に来た。

 泣きそうだった。

 姉様にはもう会えないと思っていたから。

 会えたことの感激が募り、つい抱きついてしまった。


 姉様に状況説明をする。


 こういう時、私がもう少し賢ければ端的に説明できるのに、といつも思う。



 「私ね!お姉さまには、この村に戻って欲しいと思ってるの!戻ってきたらお姉様にもいい暮らしをさせてあげるわ。手紙だって一生懸命書いたのよ!」



 つい、興奮して一気にまくし立ててしまった。


 姉様は目を白黒させている。

 一旦、話を整理しようと口を開きかけたその時だった。


 「お前は、嘘つき女じゃないか!リリーから離れろ!!」


 ハンスが姉様を突き飛ばした。

 思わず、目を見開く。

 私が口を開く前に、ハンスが罵倒を続ける。

 ハンスをいさめようとした次の瞬間、姉様は叫んでいた。



「私は!聖女です!!精霊たちとお友達になることができるの!!!」



 唖然あぜんとした。


 姉様は普段から、自分の意見を言おうとしなかったからだ。


 ハンスが、嘘だよなと問いかけるように私を見てきた。

 私は本当に臆病者だ。

 私のことを愛してはいないハンスに嫌われたくないと思ってしまった。


 「ね、姉様、何を言っているの。わ、私が聖女なのよ。ねえ、ハンス」


 反射的に馬鹿みたいな誤魔化しをしてしまった。

 ハンスも私に同調する。



 姉様はそんな私たちの様子を見て、諦めたように一回笑い、手をひらひらと振り、歩き出した。

 

 待って。

 私は馬鹿だから、あんな言い方しかできなかったの。

 ねえ、お願い、姉様振り返って。

 振り返って、一緒にいようと笑って。




 姉様は、振り返らない。




 ハンスはまだ姉様の悪口を言っている。


 「ハンス!一回黙って!!」


 いきなり私が大声を出したからか、ハンスがうろたえる。


 涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。




 姉様が去ってからしばらくして、私の村で大地震が起こった。

 土砂崩れで家は全て潰れ、山の川が氾濫し、水浸し状態。


 幸いにも、国から派遣された聖女の精霊と神官の働きによって、私含め村にいた人は全員助かった。


 助けてくれた聖女にお礼を伝えようとすると、聖女はこちらを一瞥いちべつしてから、こう告げた。



 「あなた、聖女だと聞いていたけれど。聖女じゃないわね」



 聖女を騙ることは重大な犯罪らしい。

 汗が一気に噴き出す。

 周りを見ると、みんな青ざめている。


 違うよな、リリー。

 信じていたのに、嘘をついたのか。

 リリー、リリー、リリー、リリー、リリー、リリー。


 みんな私の名前を呼ぶ。


 私は神官に手を無理やり引っ張られた。

 ねえ、誰か助けて。


 両親とハンスに助けを求め、もう片方の手を伸ばす。



 しかし、私の手が取られることはなかった。


 「何も知らなかった。こいつに騙されていたんだ!」


 「私たちは関係ないわ!この娘が自分のことを聖女だと言い出したのよ!!」


 「この女狐に騙されて、うっかり結婚するところだった!こっちが被害者だ」


 「この女にみんな騙されていたんだ!!身柄は引き渡す。煮るなり焼くなり勝手にしていい。その代わり、私たちだけは見逃してくれ」


 父様が、母様が、ハンスが、村長が私を指差し、それぞれ喋り出す。



 さっきよりも強い力で、手を引っ張られる。




 どうして、信じてたのに。

 


 牢に入り、何日経っただろうか。

 灰色の壁を虚ろな目で見つめる。


 神官から呼び出しがかかった。

 詳しい取調べをするとのことだ。


 歩きながら、考える。


 私はどこから間違っていたのだろうか。


 後悔しても、もう遅い。



 私は、大嘘つきだ。






 ねえさま、ごめんなさい。







 あたしが嘘をつかなければ、すぐ真実を伝えていれば。


 「ルーベルク家の双子の姉ルーシーとその妹のリリー」でどんな物語が紡げたんだろうか。



 
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