下級貴族だけど婚約破棄されたら権力者の偽装愛人をやることになった

八華

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ドレス

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 馬車を降りて高級貴族街を歩く。隣に並ぶラヴェンナ様は私より身長が10㎝以上低い。女で身長186㎝体重70kgの私が異常なんだけどね。ラヴェンナ様は少し小柄な方だ。

 近くで見る彼は、肌が信じられないくらい綺麗だった。肌理きめが細かくて艶やかで、毛穴なんて1個もないんじゃなかろうか。流れるような黒髪と白い肌がコントラストとなって映えている。お顔は妹の王太子妃様とそっくりな女顔。可愛らしい方だと噂されていたけれど、近くで見ていると独特の色気をお持ちだ。コレに引っかかったら大変だろうなって空気がある。で、その引っかかっているのが我が国の幼い王女様なんだけど。

「私がパステルカラーなんて流行らせたから、苦労している女性を見かけて申し訳なく思っていたんだ」

 唐突なラヴェンナ様の言葉。解釈すると、お前、そのドレス似合ってねーよってことかな。もしくは、俺の店の服を変な着方して営業妨害するな、とかか。
 すみません。本当に、申し訳ありません。

 パステルカラーが大流行したのは、王太子妃のエリカ様とそのご友人のマリア様が着たドレスから。
 エリカ様はもちろん妖精みたいに似合っていたんだけど、パステルカラーが特にはまったのは、宰相家に嫁がれたマリア様の方だった。お2人並ぶととんでもなく可愛らしくて、以来、可愛いが正義みたいな流れが、貴族たちの間にある。私にとっては辛い流行だ。

 なんて考えているうちに、1軒の店にたどり着いた。王都に昔からある高級衣料店だ。しかし、ラヴェンナ様の商会とは何の関係もない店のはずだった。
 ここに入るの? と不思議に思う間もなく、ラヴェンナ様は店の中に入っていかれた。良いのだろうか。ライバル店じゃないの??

「いらっしゃいませ……!??」

 出迎えた店員は一瞬驚いた顔をして、後ろに控えていた別の店員が、すぐに店長らしき男性を連れて出てきた。

「これは、ルクソール公子、本日は何をお探しで?」

 この店とラヴェンナ様のところがどういう関係かは分からないけど、そりゃあ公爵家の嫡子が訪ねてきたら最敬礼で出迎えなきゃだよね。

「彼女に合う服を見繕ってほしいんだ」

 ラヴェンナ様が言うと、店主は私の方をじっと見て、

「なるほど。かしこまりました」

 と一礼して店の奥へと私たちを案内した。

「今日着て帰れる既製服を1着と、セミオーダー、フルオーダーを、とりあえず、合わせて10着くらいあればいいか」

 じっちゃく……って、ここ、王都の歴史ある最高級店ですよ!??
 多分、今見せられているドレス1つで、私の貴族給金半年分くらいだろう。

「あの……、そのようなもの、私には過ぎたものですから……」

 戸惑いながらラヴェンナ様をなんとか止めようとしたけれど、

「かまわないよ。カルロス王太子から贈られた女性を大事にしなかったら、それこそ不敬だからね」

 と冗談みたいなトーンでかわされた。

 ラヴェンナ様に見立てられた既製服のドレスは、光沢のあるシルクサテンで、色は黒だが、印象としてはゴージャスで派手な感じがした。

「うん。君の赤い髪に合うのはこういうのだと思ったんだ」

 着てみると、私の血のような赤い髪の不気味さが和らいだ気がした。
 ラヴェンナ様と並んだときも、彼の黒髪とドレスの黒がリンクして、さっきまでの不協和音が消えた。
 といっても、これでやっと、ラヴェンナ様に仕える護衛の女って感じなんだけどね。

 私にドレスや生地を合わせながら、店主や店のスタッフたちはしきりに頷いていた。
 うん。馬子にも衣裳を今まさに実証されたような気がするよ。

「今日は私どもにとって素晴らしいミューズと出会わせていただきました。ルクソール公子に感謝を」

 私たちを送り出す店主はラヴェンナ様にそう伝えたあと、私に向かって、

「またのお越しをお待ちしております」

 と、ほほ笑んでくれた。
 いや、私の給料じゃそうそう来られる店じゃないよって思ったんだけど、

「そうだね。また世話になるよ」

 と、軽~く返事をしてラヴェンナ様は店を出てしまわれた。

 その後、街の高級店で夕食をご一緒してから、私は何事もなくラヴェンナ様に送られて帰宅した。
 いただいた夕食は、すごく美味しかったです。ありがとうございました。 
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