悪役令嬢の兄に転生したみたいだけど…

八華

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反省

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 妹は実家で謹慎ということになっていた。
 領地ではなく王都にある邸宅の方なので、学園からなら馬車で片道1時間ちょっと。
 父母は領地に戻っている時期だったので、建物の中は静かだった。召使の人数も少なめだ。

 妹は自室で、昼間からカーテンを閉め切っていた。
 光が入るのを嫌がるらしく、仕方なく侍女が薄暗い部屋に紅茶を運んできた。

「エリカ……」

 食事もあまりとっていないらしい。
 落ち込みすぎじゃないか? 反省して欲しいとは思っていたけど。ふり幅が大きすぎるというか。このままじゃ病気になりそうだ。

「エリカ、王子に謝りに行こう。」

 ベッドの端に座る妹に近付いて肩をさすりながら提案すると、彼女はギョッとした顔で俺を見上げた。
 その顔は……、俺にそっくりだ。

 忘れていた。妹はこんな顔をしていたんだ。
 思えば、普段の彼女は厚化粧で、アイラインを強く引いていたから、すっぴんとは大分顔が変わっていた。

「…………でも、」
「ん?」

 ものすごく小声で妹が何か呟いた。

「何? 何でも言ってごらん? ここには兄しか居ないから、大丈夫だよ。」

「私、カルロス様に嫌われている。」

 妹の瞳からは涙が滲んでいた。

「いつも、私を見る目には温度がないのです。仕方なく相手をされて。婚約者だけど、本当は嫌がっていらしたのだと思うのです。」

 妹の声は震えている。俺からすると、王子は気に入らないと思ったら割と誰にでもあんな感じになると思う。普段はお気に入りの相手でもだ。自他共に厳しいタイプで、おかしいと思ったらはっきり言ってくる。
 褒めるところは褒めるから、悪いばっかりじゃないんだけど、王子の側近でもやろうとしたら、いつも緊張してなきゃいけないかもな。

 ……ヒロインが王子じゃなくアルマンを選んだのって、そういうのもあるのかもな。王子の嫁って、地位は魅力的でも、多分すごい重労働だ。

「王子は理由なく人を嫌ったりはしないよ。悪いと思ったところを、誠意をこめて謝るんだ。気持ちが通じたら、謝罪は受け入れてくれると思う。」

「……どうすれば……」
「エリカは、何が悪かったと思う?」

「お兄様に、嫌がらせをしました。」
「それだけじゃないね。」
「平民を、馬鹿にしました。」
「うん。それから?」
「自分の才に驕っていました。もっと、周りを見ればよかった。」

 うん。大体分かってる。良かった。これだったらうまくいくかもしれない。

「エリカ、反省を形に示そう。」
「どうやって?」
「髪を切る。」
「え!??」

 別に坊主にしろってことではない。ショートボブくらいだ。でも、この世界の女性はロングヘアが普通だから、インパクトはある。

 ……加えて言うなら、”小さい頃のエリカちゃん”の髪型は、おかっぱだった。

 妹は戸惑っていて、また無言になった。

「すまない。女性に髪を切れは、まずかったか。無理ならそのままでも……。」
「いえ、やります。正直、今までの自分が間違っていたことは分かるのです。でも、だったらどう変ればいいのか、自分の考えに、自信が持てないのです。お兄様の言うことに、従ってみます。」

 人生で初めて妹に頼られた! これは兄として必ずうまくやってやらないと……!



 週末だったので王子は王宮に戻っていた。
 面会を求めると、夜に少しだけ時間をもらえた。

 馬車に乗る妹には、落ち着いた茶系のドレスを着せた。
 これは、いつか妹が着てくれたらいいなと思って、俺の信頼する仕立て師と一緒に作っておいたものだ。妹は俺と肌の質や骨格に似た特徴があったから、妹に似合うんじゃないかというものを予測して作っていた。着せてみた結果は、期待通りだ。
 その仕立て師のいる店から人を呼んで、妹の化粧も変えてもらった。以前に意気投合して話し合っていた店員は、俺の意図通りのナチュラルメイクをしてくれた。


 王宮の一室で暫く待っていると、王子がやってきた。
 すぐに席から立って2人で迎える。

「エリカ!? 髪を切ったのか?」

 いつも落ち着いている王子が吃驚した顔だ。レアだな。

「はい。反省を、形で示そうと。」

 王子は信じられないものを見るように、じっと妹を見つめている。吃驚したのもあるけど、それだけじゃないかもな。
 会見の間、王子の視線は妹に釘付けで、俺は一瞥もされなかった。普段はなんとなく俺の方を見てニヤニヤしている王子がだ。

「王子、この度は、私の考え無しの行動で、王子の婚約者として相応しくないことをしてしまって、申し訳ありませんでした。」

 言いながら妹の目からは涙がぼろぼろと溢れ出した。

「それに、いつも、王子の迷惑を考えず、教室にまで押しかけて……。」

 俺がそっと背中に触れると、妹は俯いてしまっていた顔をもう一度上げて、王子をじっと見つめた。

「どうしても、少しでも貴方のお傍にいたかったのです。浅はかでした。お許しください。」

 王子はポカンとしている。普段は読めない王子の気持ちが、今なら俺にも分かる。混乱しているんだ。鬱陶しいと思っていた妹が、突然、ストライクゾーンど真ん中にきたんだからな。
 この前のお茶会で確信した。王家の方々は、俺や妹の顔が好みなんだ。一般的な目で見たら、俺たちの容姿は優れているといっても、それだけで王族を魅了できるレベルじゃない。ただ、何の加減か、現王族はこの顔が大好きなのだ。

「ラヴェンナにやったようなことは、許されない。だが、お前が普段話しかけてくることまで、俺は嫌だったわけではない。周りへの配慮は欲しいが。」

 王子は少し困ったような顔をしていた。ここに来る前に想定していた状況と違ったのだろう。

「1週間ほど謹慎しろ。ラヴェンナ、その間はお前がエリカを見ていろ。それで、エリカがちゃんと反省し続けているようなら、俺に連絡をくれ。1週間後の王家主催の夜会へ、エリカを迎えに行く。」

 エリカは目を丸くして、さらに大粒の涙がその瞳からこぼれていった。今度のは悲しいからではない。嬉し涙だ。

「王子、ご配慮ありがとうございます。」

 俺は王子に礼を言って、妹を伴って家に帰った。
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