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俺は今までスキップしてきた男のプロフィールをまじまじと見てみた。
「え、芸能人?!」
子供向け番組で若いママさんの心を鷲掴みの歌のお兄さんを発見。ついついミーハーな気持ちで物は試しと『いいね ありがとう』と返信した。
まさか返信があるとは思わなかった。
夢見心地のまま数回のメッセージの往復のあと、なんと俺はその歌のお兄さんと会うことに決まった。
「わ。本物だ」
開口一番にそう言った俺に、歌のお兄さんはテレビどおりの白い歯をみせて笑った。
ディナーにおすすめだというびっくりするほど柔らかい肉を食べさせてもらった後、もう少し飲もうって話になって、家にお邪魔することになった。
芸能人だから外食は気を使うっぽい。
モデルハウスのような家を見て「わ。芸能人だ」と間抜け面でつぶやいた俺に、彼は「芸能人だよ」と再度白い歯を見せて笑った。
ーーうん、芸能人は歯が命。
そんなアホなことを考えて気を紛らわしていたけど実際は緊張していたようだ。
気がついたらすすめられるままに甘いカクテルを飲んでいて。
俺は歌のお兄さんに押し倒された。
頭を押さえつけられてキスされた。力でおさえ込まれると、背すじに本能的な恐怖が走った。
怖くて焦って闇雲に暴れた。
「ここまでついて来たんだ、逃げんじゃねーよ。期待してたんだろ、ビッチのオメガ」
腕をとられ、舌打ちと罵声が浴びせられた。
なんで逃げられたのか。今にして思うと、俺も酔っていたが相手も相当酔っていたんだろう。
腕をひねり上げてくる奴に爪をたてて、なんとか振り切って、俺はトイレに駆け込んだ。奴はしばらくドアを叩いて何かわめいていたけれど「そんなところに籠ってたって意味ねーからな」と吐き捨ててリビングに戻っていった。
カタカタという謎の音がする。ふと見るとドアノブを握る自分の手が小刻みに震えていた。
ーーどうしよう。
ドアを背にずるずるとへたり込んだ。触れられたところが気持ち悪い。手の甲で唇をこすった。
そのときポケットの中から振動を感じて我に返った。
スマホを入れっぱなしだったんだ。
太陽からいつものように着信。
「はろー、おれおれ。今日シマウマの肉食ってさー」
「太陽、俺、襲われて」
能天気な声を遮って俺は震える声で状況を説明した。
歌のお兄さんが豹変して、今トイレに隠れているーー支離滅裂で、震える小声の俺。
「わかった。いいか、お前はそこにいろ。住所はわかるか? いや、わかんなくても調べられる。大丈夫だ」
でも、太陽は理解してくれた。
「あと15分くらい隠れてられるか?」
「お、俺……」
ひっくとしゃくりをあげてしまう。
「いいから。しゃべらなくて。電話してるって気づかれたらまずいだろ? もう少しだから、俺が話してるからお前はゆっくり聞いとけ」
そう言って太陽はアフリカの話をはじめた。
「ゾウが道を横断するから、車が止まって待ってるんだぜ。ウケる。かと思ったらマサイ族もスマホ持っていてさー。超ハイテクなんだよ」
俺を不安にさせないためなんだろう、太陽は明るい声でずっと喋ってくれた。
「今からそこに人が来るからな。そうしたら、お前はそこから出て、来た奴に助けてもらえ。大丈夫。俺が呼んだ信頼できるやつだ。いいか? できるか?」
「……うん」
ぴんぽーんと玄関のチャイムの音が響く。
トイレのドアをあけてスマホを握りしめて一直線に玄関まで走る。奴は気づいて追いかけてきたが、間一髪で捕まる前に俺は外に飛び出した。
玄関には上品な初老の紳士がいた。
「なんだよ、てめぇは?!」
血走った目で叫ぶ奴をその人は投げ飛ばした。柔道の技のようだった。
「ケンタさんですね?」
ぽかんとしている俺は車に誘われた。
「ケンタ。大丈夫か?!」
スマホから太陽の呼びかける声がする。
「あ、あぁ」
「よかった。そいつは清水。元警察官。信用して」
清水さんはバックミラー越しに後部座席に座っている俺に目礼した。
そのとき、どくんどくんと急に心臓が動き始めた。
顔が火照る。なぜか下腹部には熱がたまってきた。
「ケンタ?」
訝し気に俺の名前を太陽が呼ぶ。
「あ、なんかあつぃ……」
はふはふと犬みたいに呼吸する。
「くそ。何か盛られたか? ちょっと清水にかわってくれ」
体が熱い。スラックスの前はきつくなってきているし、後ろはじんわりと濡れている気がする。
俺は震える手で清水さんにスマホをわたした。
何か清水さんと太陽は話して、清水さんはイヤホンをつけてスマホを俺に返した。
渡されるままイヤホンをつける。
「ケンタ」
イヤホンによって先ほどよりも耳元で聞こえる太陽の低い声にぞくりとした。
「緊急抑制剤持ってないか?」
呆けていたが太陽の言葉にはっとして、俺は首にかけてシャツの中にいれていたペンダントを取り出した。ペンダントの中には緊急抑制剤を入れている。
オメガは緊急抑制剤と避妊薬を常に持ち歩くことが推奨されている。
震える手で抑制剤をつまんでいると、清水さんがキャップをあけてミネラルウォーターのボトルを渡してくれた。
ごくりと薬を飲み干す。冷たい水が喉をとおりすぎるのが気持ちいい。
しかし、火照った体はすぐには冷めない。
「飲んだか?」
耳元に響く太陽の声に体が震えた。
「え、芸能人?!」
子供向け番組で若いママさんの心を鷲掴みの歌のお兄さんを発見。ついついミーハーな気持ちで物は試しと『いいね ありがとう』と返信した。
まさか返信があるとは思わなかった。
夢見心地のまま数回のメッセージの往復のあと、なんと俺はその歌のお兄さんと会うことに決まった。
「わ。本物だ」
開口一番にそう言った俺に、歌のお兄さんはテレビどおりの白い歯をみせて笑った。
ディナーにおすすめだというびっくりするほど柔らかい肉を食べさせてもらった後、もう少し飲もうって話になって、家にお邪魔することになった。
芸能人だから外食は気を使うっぽい。
モデルハウスのような家を見て「わ。芸能人だ」と間抜け面でつぶやいた俺に、彼は「芸能人だよ」と再度白い歯を見せて笑った。
ーーうん、芸能人は歯が命。
そんなアホなことを考えて気を紛らわしていたけど実際は緊張していたようだ。
気がついたらすすめられるままに甘いカクテルを飲んでいて。
俺は歌のお兄さんに押し倒された。
頭を押さえつけられてキスされた。力でおさえ込まれると、背すじに本能的な恐怖が走った。
怖くて焦って闇雲に暴れた。
「ここまでついて来たんだ、逃げんじゃねーよ。期待してたんだろ、ビッチのオメガ」
腕をとられ、舌打ちと罵声が浴びせられた。
なんで逃げられたのか。今にして思うと、俺も酔っていたが相手も相当酔っていたんだろう。
腕をひねり上げてくる奴に爪をたてて、なんとか振り切って、俺はトイレに駆け込んだ。奴はしばらくドアを叩いて何かわめいていたけれど「そんなところに籠ってたって意味ねーからな」と吐き捨ててリビングに戻っていった。
カタカタという謎の音がする。ふと見るとドアノブを握る自分の手が小刻みに震えていた。
ーーどうしよう。
ドアを背にずるずるとへたり込んだ。触れられたところが気持ち悪い。手の甲で唇をこすった。
そのときポケットの中から振動を感じて我に返った。
スマホを入れっぱなしだったんだ。
太陽からいつものように着信。
「はろー、おれおれ。今日シマウマの肉食ってさー」
「太陽、俺、襲われて」
能天気な声を遮って俺は震える声で状況を説明した。
歌のお兄さんが豹変して、今トイレに隠れているーー支離滅裂で、震える小声の俺。
「わかった。いいか、お前はそこにいろ。住所はわかるか? いや、わかんなくても調べられる。大丈夫だ」
でも、太陽は理解してくれた。
「あと15分くらい隠れてられるか?」
「お、俺……」
ひっくとしゃくりをあげてしまう。
「いいから。しゃべらなくて。電話してるって気づかれたらまずいだろ? もう少しだから、俺が話してるからお前はゆっくり聞いとけ」
そう言って太陽はアフリカの話をはじめた。
「ゾウが道を横断するから、車が止まって待ってるんだぜ。ウケる。かと思ったらマサイ族もスマホ持っていてさー。超ハイテクなんだよ」
俺を不安にさせないためなんだろう、太陽は明るい声でずっと喋ってくれた。
「今からそこに人が来るからな。そうしたら、お前はそこから出て、来た奴に助けてもらえ。大丈夫。俺が呼んだ信頼できるやつだ。いいか? できるか?」
「……うん」
ぴんぽーんと玄関のチャイムの音が響く。
トイレのドアをあけてスマホを握りしめて一直線に玄関まで走る。奴は気づいて追いかけてきたが、間一髪で捕まる前に俺は外に飛び出した。
玄関には上品な初老の紳士がいた。
「なんだよ、てめぇは?!」
血走った目で叫ぶ奴をその人は投げ飛ばした。柔道の技のようだった。
「ケンタさんですね?」
ぽかんとしている俺は車に誘われた。
「ケンタ。大丈夫か?!」
スマホから太陽の呼びかける声がする。
「あ、あぁ」
「よかった。そいつは清水。元警察官。信用して」
清水さんはバックミラー越しに後部座席に座っている俺に目礼した。
そのとき、どくんどくんと急に心臓が動き始めた。
顔が火照る。なぜか下腹部には熱がたまってきた。
「ケンタ?」
訝し気に俺の名前を太陽が呼ぶ。
「あ、なんかあつぃ……」
はふはふと犬みたいに呼吸する。
「くそ。何か盛られたか? ちょっと清水にかわってくれ」
体が熱い。スラックスの前はきつくなってきているし、後ろはじんわりと濡れている気がする。
俺は震える手で清水さんにスマホをわたした。
何か清水さんと太陽は話して、清水さんはイヤホンをつけてスマホを俺に返した。
渡されるままイヤホンをつける。
「ケンタ」
イヤホンによって先ほどよりも耳元で聞こえる太陽の低い声にぞくりとした。
「緊急抑制剤持ってないか?」
呆けていたが太陽の言葉にはっとして、俺は首にかけてシャツの中にいれていたペンダントを取り出した。ペンダントの中には緊急抑制剤を入れている。
オメガは緊急抑制剤と避妊薬を常に持ち歩くことが推奨されている。
震える手で抑制剤をつまんでいると、清水さんがキャップをあけてミネラルウォーターのボトルを渡してくれた。
ごくりと薬を飲み干す。冷たい水が喉をとおりすぎるのが気持ちいい。
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「飲んだか?」
耳元に響く太陽の声に体が震えた。
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