【完結】時計台の約束

とっくり

文字の大きさ
9 / 53

8 襲撃

しおりを挟む
 学園の帰り道、画材屋に寄っていたルーカスは、帰りが遅くなっていた。

 日はすでに沈みかけ、辺りは薄暗さを増していた。ルーカスは乗り合い馬車に揺られ、ヘイウッド家近くの降車場で降りる。屋敷までは徒歩で数分の距離だった。

 足早に歩を進めていたその時、不意に後ろから突き飛ばされた。

 一体、どこから現れたのか——。

 倒れたルーカスが見上げると、数人の粗暴な男たちが取り囲んでいた。

 いかにもチンピラといった風体で、口調も荒い。

「おー、噂通り、なかなかの面だな」
「……っ?!」

「ひひっ、どう料理してやろうか」
「何したって構わねえって話だぜ」
「命だけは取るなってな……ははは!」

「やめろ!お前たちは何なんだ!」

「悪いな。お前に恨みはねえよ」
「ただ、目障りなんだとさ」

 ルーカスは立ち上がろうとするが、すぐに複数人に抑え込まれ、殴る蹴るの暴行が始まった。

 

「何をしている!」

 街の警備隊のひとりが騒ぎに気づき、怒声を上げながら駆け寄ってくる。

「やべっ、警備隊だ!」
「捕まったら報酬がパーだ!」
「逃げろ!」

 男たちは暴行を中断し、一斉に走り去った。ルーカスは遠ざかる足音を耳にしながら、意識を失いかける。

(何したっていい)
(命は取るな)
(報酬)
(目障り)

 意識が完全に途切れる直前、彼らが口にしていた言葉が頭の中に残っていた。

 ――誰が、こんなことを。

 

 ==================

 

 ルーカスが意識を取り戻した時、彼はヘイウッド侯爵家の客室のベッドに横たわっていた。


「ルーカス!」

 マーガレットの悲痛な声が耳に届く。

 声の方へ首を向けようとした瞬間、顔に鋭い痛みが走り、思わず顔をしかめた。

「痛むのね……。どこが痛む? 話せそう?」

 ベッドの傍らで、涙を浮かべたマーガレットが彼を見つめていた。

「マーガレット、ルーカスは重傷だ。今は矢継ぎ早に話しかけるべきではない」

「……申し訳ありません、お兄様。ルーカスも……ごめんなさい」

 《マーガレット様が謝ることなんてないのに》——ルーカスはそう思ったが、口の中が酷く裂けているのか、声を出そうとした瞬間に血の味と鋭い痛みが走った。

「……っ」

「かなり痛むようだな。鎮痛剤は早めに飲んだ方がいい」

 そう言ったのは、侯爵家の主治医である。白髪と白い髭を蓄えた初老の医師だった。

「ルーカス、起き上がれるか?」

 ルーカスは頷き、ゆっくりと起き上がろうとする。しかし、両脇腹に激痛が走り、思わず体が傾く。右手で体を支えようとしたが、力が入らず、そのまま右に崩れた。

「ルーカス!」

 慌てたマーガレットがルーカスの右半身を支えた。だが、ルーカスは彼女の手に触れられるのが居た堪れず、右腕を引こうとする——動かない。

「……せん…せい、右腕が……動きません……」

「そうだろう。折れている。右腕だけじゃない、肋骨も数本折れていた。幸い、内臓に刺さってはいなかった。不幸中の幸いだったな」

 マーガレットは真っ青な顔で医師の言葉に耳を傾け、震える手でルーカスの体を支えていた。

「ルーカス、誰かに恨まれるような心当たりは?」

 マーガレットの兄、サミュエルが尋ねた。だがルーカスが答える前に、マーガレットが声を上げた。

「お兄様! ルーカスはそんな人ではございません!」

「だが、襲撃の状況は不自然だ。ここは治安の良い地区だぞ。警備隊が目撃した限りでは、犯人たちはこの辺りの住人ではないようだ」

 事件後、ルーカスは駆けつけた警備隊に助けられた。学園の身分証を所持していたため、すぐに身元が判明し、ヘイウッド家へと搬送されたのだった。

「……ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」

 ルーカスは、サミュエルとマーガレットに深く頭を下げた。

「今回の件、身に覚えはありません。ただ……彼らは“報酬”という言葉を口にしていました」

「報酬、だと?」

「はい。『何をしてもいい、命だけは取るな』と……そう言っていました」

「つまり、誰かに雇われた可能性があるということか」

「……はい。状況からして、そうとしか思えません」

「そんな……ひどいわ……誰が……何のために……!」

 マーガレットは再び顔を青ざめさせ、動揺を隠せなかった。ルーカスの重傷を見てから、ずっと取り乱してばかりだった。

「マーガレット、騒ぎすぎだ。どうした、お前らしくもない」

「……申し訳ありません」

「まあまあ、サミュエル様。若いご令嬢が血を流す者を目にしたのです。しかも、それが自らが庇護する者であれば尚更でしょう」

 主治医がサミュエルをたしなめる。

「マーガレット様、僕は大丈夫ですから」

 ルーカスは左手でマーガレットの手に軽く触れ、そっと右半身を支える腕を解いた。

「ルーカス、無理しないで……」

 マーガレットは眉間に皺を寄せ、苦しげに囁いた。

「お見苦しいところをお見せし、ご心配をおかけして……」

「そんな……煩わしいなんて思ってないわ」

「マーガレット、ルーカスには今は休んでもらおう。鎮痛剤を飲んで、まずは体力の回復が先だ」

「……ありがとうございます、サミュエル様。マーガレット様、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。先生にもご面倒をおかけして……」

 ルーカスは、申し訳なさそうに一人ひとりに頭を下げた。そして、医師の用意した鎮痛剤を飲むと、再び深い眠りに落ちた。

 

 サミュエルは、ルーカスを襲った犯人——いや、黒幕の存在について、思考を巡らせていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

背徳の恋のあとで

ひかり芽衣
恋愛
『愛人を作ることは、家族を維持するために必要なことなのかもしれない』 恋愛小説が好きで純愛を夢見ていた男爵家の一人娘アリーナは、いつの間にかそう考えるようになっていた。 自分が子供を産むまでは…… 物心ついた時から愛人に現を抜かす父にかわり、父の仕事までこなす母。母のことを尊敬し真っ直ぐに育ったアリーナは、完璧な母にも唯一弱音を吐ける人物がいることを知る。 母の恋に衝撃を受ける中、予期せぬ相手とのアリーナの初恋。 そして、ずっとアリーナのよき相談相手である図書館管理者との距離も次第に近づいていき…… 不倫が身近な存在の今、結婚を、夫婦を、子どもの存在を……あなたはどう考えていますか? ※アリーナの幸せを一緒に見届けて下さると嬉しいです。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

婚約破棄、ありがとうございます

奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

『すり替えられた婚約、薔薇園の告白

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢シャーロットは幼馴染の公爵カルロスを想いながら、伯爵令嬢マリナの策で“騎士クリスとの婚約”へとすり替えられる。真面目なクリスは彼女の心が別にあると知りつつ、護るために名乗りを上げる。 社交界に流される噂、贈り物の入れ替え、夜会の罠――名誉と誇りの狭間で、言葉にできない愛は揺れる。薔薇園の告白が間に合えば、指輪は正しい指へ。間に合わなければ、永遠に 王城の噂が運命をすり替える。幼馴染の公爵、誇り高い騎士、そして策を巡らす伯爵令嬢。薔薇園で交わされる一言が、花嫁の未来を決める――誇りと愛が試される、切なくも凛とした宮廷ラブロマンス。

はずれの聖女

おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。 一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。 シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。 『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。 だがある日、アーノルドに想い人がいると知り…… しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。 なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。

嘘が愛を試す時 〜君を信じたい夜に〜

月山 歩
恋愛
サラとマリウス・ハンプトン侯爵夫婦のもとに、衝撃的な告白を携えた男が訪れる。「隠れてサラと愛し合っている。」と。 身に覚えのない不貞の証拠に、いくらサラが誤解だと訴えてもマリウスは次第に疑念を深めてゆく。 男の目的はただ一つ、サラを奪うこと。 *こちらはアルファポリス版です。

処理中です...