【完結】時計台の約束

とっくり

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20 ルーカスの決意

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ある日のこと――
仕事を終えたルーカスは、アリシアが手配してくれた小さな宿の一室に戻ってきた。
暖炉にはまだ火が入っておらず、石壁に囲まれた部屋には冬の冷気がじんわりと染み込んでいた。
それでもここは、彼にとって「自分だけの場所」だった。

今日受け取ったばかりの給金袋をテーブルの上に置き、少し震える左手で巾着の紐を解く。中から現れたのは、銅貨が十数枚。
重労働の割には決して多くはないが、自分の力で得た金だと思えば、それだけで心が満たされる気がした。

彼の仕事は雑用係だった。倉庫の整理や荷運び、使い走り。右手が不自由な身には簡単ではないが、工夫しながらやってきた。雇ってくれた職場には感謝しかない。
「使えない片腕のくせに」と陰口を叩かれることもあったが、そんな言葉にも、もう驚きはしなかった。

ただ、自分でも情けなく思うことがある。
誰の助けも借りたくないと意地を張ってきたのに、アリシアの前では、なぜか弱さを見せてしまう。
宿の手配も、食料を届けてくれたことも、ありがたい以上の気持ちが芽生えていたからこそ、彼はこのままではいけないと感じていた。

暖炉に火を入れようと、マッチを擦る。
右手では細かい動作ができず、左手だけでは時間がかかるが、やがて小さな火が薪に移り、ぱちぱちと音を立て始めた。

部屋にじんわりと温もりが戻ってくる。

ルーカスは椅子に腰掛け、炎を見つめながら静かに息を吐いた。

「俺は……もう、子どもじゃないんだ」

誰に言うでもないその言葉は、やけに胸に残った。重く、寂しい響きが、自分の心に沈んでいく。

 不自由な右手を見つめ、僅かに指を動かす。もう、絵筆を取っていたようには動かせない。

 そのとき、不意に脳裏をよぎったのは――
かつて描いた、マーガレットの面影だった。

華やかなドレスをまとい、凛とした眼差しでこちらを見つめていた彼女。
侯爵令嬢として「淑女の鏡」とまで讃えられたその姿は、どこか触れることの叶わない遠い光のようだった。

落ち着いた物腰、冷静な瞳。
自分と向き合うときだけ、その奥にかすかに滲む熱があった。
抑え込まれた感情が、ほんの一瞬だけ見える――あの目を、なぜか今、鮮明に思い出していた。

「君は……俺の絵の中でしか、笑っていなかったな……」

ぽつりと漏れた声は、自嘲なのか、未練なのか。答えは分からない。
けれど、胸の奥が、妙に痛んだ。


彼女が今、どこで何を思っているのかも分からない。
それでもルーカスは、あの静かな微笑を、思い出していた。


けれど、今、ルーカスが向き合うべき現実は、過去の幻ではなく、目の前の温もりと、支えてくれている誰かの存在だった。

彼は再び炎に身を寄せ、まぶたを閉じた。

まだ先は見えない。けれど、一歩ずつでも前へ進みたい――

そう、強く願った。
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