【完結】時計台の約束

とっくり

文字の大きさ
41 / 53

40 正義への執念

しおりを挟む
 サミュエルが王城を後にして数日が過ぎたころ。
その夜、彼は王都の下層、寂れた一角にある古びた酒場の奥で、密かに再会を果たしていた。

 相手は、彼が最も信頼する密偵長――老齢の情報屋、レオン。
かつて諜報の最前線にいた男は今、王家の密偵網の裏を束ねる存在として、その眼光だけは衰えていなかった。

「……あの男、見つかったよ」

 レオンは低い声で切り出した。木製の椅子がきしむ音だけが、静まり返った店内に響く。

「ミハエルに雇われていた実行犯。街の外れ、労働宿に身を潜めてる。顔の左側に火傷の痕……特徴は一致してる。間違いない」

「尾行は?」

 サミュエルが即座に尋ねると、レオンは口元を引き結んだまま、ゆっくりと首を縦に振った。

「つけてる。ただ……どうにも妙でね。そいつ、やけに用心深い。買い物一つするのにも裏道を選び、店を出るたびに振り返る。……まるで“自分も消される”とでも思っているかのように、怯えてる」

「……気づいたんだろう、自分が“使い捨て”だったことに」

サミュエルの声には、わずかな苦味が混じっていた。

「ミハエルはいつもそうだ。駒は切るためにある。目的が果たされれば、後は口封じだ」

「会うか?」

「会う。だが、こちらの素性は伏せろ。“奴の後始末を握っている者”――そうだけ伝えてくれ」

「了解」

 それから数時間後。
レオンに導かれ、サミュエルは裏通りの廃屋に足を踏み入れた。腐った木材のにおいが鼻を突き、埃の舞う室内には、仄暗いランプの灯りがひとつだけ灯っていた。

そこで彼は、粗末な椅子に腰掛けた男と対面する。

 男は、痩せこけ、目の下に深く刻まれた隈を隠しもせず、しきりに周囲を見渡していた。落ち着かない手の動き。何かを呟くように唇を震わせながらも、目は鋭くこちらを窺っている。

サミュエルが一歩踏み込むと、男はぴくりと身を強張らせた。

「……誰だ。ミハエルの仲間か?」

声には警戒と、恐怖が混じっていた。

「違う。だが、お前のしたことは知っている」

 サミュエルは無表情のまま答えた。声は冷たく、だが静かに響く。

「――あの朝。港へ向かっていた若い男を“処理”したのは、お前だろう?」

その瞬間、男の肩がびくりと跳ねた。

「ち、違う……違う……! 俺は、命じられた通りに……!」

「命じられて、馬車で轢いた。そして、遺体を運び去り、口止めされた。……だが今、お前自身の命も、すでに風前の灯だ」

サミュエルの目が、鋭く男を射抜く。

「ミハエルが“次に切る札”は、お前だ。――自分の始末をされる前に、こちらへ来るべきだ」

 男の瞳が揺れた。怯え、迷い、後悔。そして――自分が取り返しのつかない選択をしたことをようやく認めかけている色が、そこにあった。

「……俺は、ただ金が欲しかっただけだ」

男は搾り出すように言った。

「殺す理由なんて、どこにもなかった……。あいつ……あの綺麗な顔した坊っちゃん、何も悪くなかった。……立派そうな奴だった。……何で、あんな……!」

言葉が途切れ、男の声は嗚咽に沈みそうになる。

サミュエルは一歩近づいた。語調を緩め、だがはっきりとした言葉で語りかける。

「証言してくれ。“誰に命じられたか”“どうやって指示が届いたか”――書類があれば、尚良い。君の命も保護する。君の証言があれば、ミハエルを王家の場に引きずり出せる」

男は長い沈黙の末に、ついに目を閉じ、深く息を吐いた。

「……やるよ。逃げたって、どうせ消されるだけだ」

「よく言った」

サミュエルが頷くと、男は震える手で懐から小さな革袋を取り出した。

「……渡せるのは、運び屋の帳簿。それと、偽装用の馬車の登録証……。全部“表の名義”を使ってた。名前のない命令書、音声記録もない。ただ……あの書記の署名は、確かにあった」

「それで十分だ。証拠として成り立つ。……王太子殿下が動く。君の証言と突き合わせれば、“真実”は揺るがない」

 その夜、サミュエルの密偵たちは男の証言をもとに、旧派閥の貴族が所有する屋敷を密かに捜索し、書類の押収に成功した。
複数の馬車の偽装登録記録、運搬帳簿、そしてミハエルの私設書記の署名入り台帳。
そこには“ルーカス”の名と、“処理済”という短い記録が、無機質に刻まれていた。

 サミュエルはそれらを封筒に収め、夜明け前の静まり返った都を馬で駆け抜け、再び王城の門をくぐる。

そして、静かに呟いた。

「……これで、逃がさない」

 彼の握りしめた拳は、確かに震えていた。怒りに――無念に――そして、正義への執念に。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

背徳の恋のあとで

ひかり芽衣
恋愛
『愛人を作ることは、家族を維持するために必要なことなのかもしれない』 恋愛小説が好きで純愛を夢見ていた男爵家の一人娘アリーナは、いつの間にかそう考えるようになっていた。 自分が子供を産むまでは…… 物心ついた時から愛人に現を抜かす父にかわり、父の仕事までこなす母。母のことを尊敬し真っ直ぐに育ったアリーナは、完璧な母にも唯一弱音を吐ける人物がいることを知る。 母の恋に衝撃を受ける中、予期せぬ相手とのアリーナの初恋。 そして、ずっとアリーナのよき相談相手である図書館管理者との距離も次第に近づいていき…… 不倫が身近な存在の今、結婚を、夫婦を、子どもの存在を……あなたはどう考えていますか? ※アリーナの幸せを一緒に見届けて下さると嬉しいです。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

婚約破棄、ありがとうございます

奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

『すり替えられた婚約、薔薇園の告白

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢シャーロットは幼馴染の公爵カルロスを想いながら、伯爵令嬢マリナの策で“騎士クリスとの婚約”へとすり替えられる。真面目なクリスは彼女の心が別にあると知りつつ、護るために名乗りを上げる。 社交界に流される噂、贈り物の入れ替え、夜会の罠――名誉と誇りの狭間で、言葉にできない愛は揺れる。薔薇園の告白が間に合えば、指輪は正しい指へ。間に合わなければ、永遠に 王城の噂が運命をすり替える。幼馴染の公爵、誇り高い騎士、そして策を巡らす伯爵令嬢。薔薇園で交わされる一言が、花嫁の未来を決める――誇りと愛が試される、切なくも凛とした宮廷ラブロマンス。

はずれの聖女

おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。 一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。 シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。 『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。 だがある日、アーノルドに想い人がいると知り…… しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。 なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。

嘘が愛を試す時 〜君を信じたい夜に〜

月山 歩
恋愛
サラとマリウス・ハンプトン侯爵夫婦のもとに、衝撃的な告白を携えた男が訪れる。「隠れてサラと愛し合っている。」と。 身に覚えのない不貞の証拠に、いくらサラが誤解だと訴えてもマリウスは次第に疑念を深めてゆく。 男の目的はただ一つ、サラを奪うこと。 *こちらはアルファポリス版です。

処理中です...