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二人はキッチン用品売り場にいた。
木目調の棚が整然と並び、カラフルなコーヒー器具や調理道具が光を反射している売り場。小さな照明が温かく照らし、柔らかい空気が漂う。
二人は、商品の間をゆっくり歩きながら、自然な距離感で会話を続けていた。
「所長は、料理されますか?」
アナベルが、手にした器具を眺めながら、少し興味深そうに尋ねる。
「いや、全くしないなぁ……。やるとしたら、コーヒーを淹れるだけじゃないかな?」
エリオットは肩をすくめながら、柔らかく笑う。
「なるほど。そしたら、コーヒーを淹れる器具なんて、どうでしょうか?」
アナベルはひらめいたように手を上げ、目を輝かせる。
「いいかもしれない。伯父さんが使っていたの、かなり年季が入ってたな。そろそろ新調しても良い時期だと思う」
エリオットは器具を手に取り、軽く触れる。手の動きに少しだけ照れたような柔らかさが混じる。
「では、選んでみましょう!」
二人は棚の間を歩きながら、商品を一つ一つ手に取り、真剣に相談する。
「そういえば、アナベルは料理はするの?」
「……残念ながら、できません。下宿では、カロリーヌさんの美味しいお食事を堪能させていただいております」
アナベルは少し恥ずかしそうに笑う。
「カロリーヌは、料理得意だからね。味は良いものの、ボリュームが半端ないよね」
「最初は、すごい量にびっくりでしたけど、今ではすっかり完食してます。もうすぐ、カロリーヌさんの体格に追いつくかもしれません」
アナベルの無邪気な言葉に、エリオットは思わず笑みをこぼす。
「ははは、そうなったら驚くかも」
「エリオットさんは、料理されるんですか?」
「一人暮らしだからね。料理はするよ。実は、僕の数少ない趣味の一つなんだ」
エリオットの声には、少しだけ甘さが混ざる。視線は自然とアナベルの顔に向かい、彼女の瞳や表情を見つめながら話している自分に気づく。
「それは、凄いですね!料理好きなんて、尊敬します」
「本当?嬉しいな……アナベルに、ぜひ僕の手料理を食べてもらいたいな」
その一言に、エリオットの声は柔らかく、自然に距離を縮めるように甘く響く。
「えっ!?いいんですか?」
感激で目を大きく見開いたアナベル。
その純粋な驚きと喜びを目にして、エリオットは胸の奥が熱くなるのを感じる。
「うん。ぜひ。君の好きな料理を作らせてもらうよ」
「わー!楽しみです!!」
アナベルの満面の笑みに、胸が高鳴るエリオットだったがーー
「盛り上がってるところ、悪いわね!」
お花摘みに行っていたカロリーヌが、颯爽と現れた。
手には見知らぬ中年男性――グレイヴス――の両腕をガッツリと掴んでいる。
彼は驚くほど落ち着いた表情を崩さず、しかし力強く、軽快な足取りで二人の間に割り込み、周囲の売り場の空気を一瞬で張り詰めさせた。
「アナベル、この男に見覚えはある?」
カロリーヌの腕にがっちり捕らえられたままのグレイヴスは、真剣なまなざしでアナベルをじっと見つめる。その鋭い視線は、まるで射抜かれるようで、アナベルの背筋が自然に伸びる。
アナベルは一歩後ずさりし、目を細めて首をかしげた。
「……え? あの……見覚え……ないです」
その率直な返答に、グレイヴスの表情は少しだけ揺らぎ、場の張りつめた空気はほのかに和らぐ。周囲の客や店員も、二人のやり取りに興味をそそられ、自然と視線が集まった。
アナベルの瞳には迷いがなく、緊張しつつも冷静さを保つその姿に、どこか清々しい印象を受けるグレイヴスだった。
エリオットは眉をひそめ、少し声をひそめてカロリーヌに尋ねる。
「この人が、例の……?」
カロリーヌは目を輝かせ、片手でグレイヴスの肩を軽く叩きながら、楽しそうに答える。
「そうなのよ。さて、どこでお話を聞こうかしら……」
周囲の客や店員たちも、ふと二人をチラリと見やる。グレイヴスの落ち着いた風貌とカロリーヌの大胆な態度のアンバランスさが、まるで舞台の一幕のように目を引いていた。
***
「だからといって、なぜ不審者をうちに連れてくる!?」
職業斡旋所の応接室――
カロリーヌにしっかりと押さえつけられたグレイヴスと、椅子に腰掛けるアナベル、そしてエリオットが、互いに視線を交わしながら緊張した空気の中にいた。
「あら、アナベルの危機だったんですもの。ここに連れてくるのは当然じゃないですか!」
ハンナはのんびりと全員分のお茶を淹れ、グレイヴスにまで差し出す。
「いや、うちじゃないだろう」
リバーは納得いかない顔でお茶を口に運ぶ。
「リバーったら、器が小さすぎるわ。だから奥さんに逃げられるのよ!」
カロリーヌが顰めっ面で反撃する。
「そうよ!そうよ!」
ハンナも勢いよく加勢する。
「お前ら、事情も知らんくせに、勝手なこと言うんじゃない!」
リバーの声は怒りと戸惑いが入り混じる。
「リバー伯父さん、話が進まないから、一回黙ってほしい」
愛する甥っ子エリオットにまで制されたリバーは、少し肩を落とし、軽く落ち込む。
「まぁ、ほら。リバーの誕生日プレゼントを届けるついでに、場所をお借りしたかったのよ!この不審者に事情を聞かないと!」
カロリーヌは、取りなすような明るい声で話し始め、部屋の空気を一変させる。
――ここから先は、元騎兵隊・大尉のカロリーヌの独壇場が始まる。
木目調の棚が整然と並び、カラフルなコーヒー器具や調理道具が光を反射している売り場。小さな照明が温かく照らし、柔らかい空気が漂う。
二人は、商品の間をゆっくり歩きながら、自然な距離感で会話を続けていた。
「所長は、料理されますか?」
アナベルが、手にした器具を眺めながら、少し興味深そうに尋ねる。
「いや、全くしないなぁ……。やるとしたら、コーヒーを淹れるだけじゃないかな?」
エリオットは肩をすくめながら、柔らかく笑う。
「なるほど。そしたら、コーヒーを淹れる器具なんて、どうでしょうか?」
アナベルはひらめいたように手を上げ、目を輝かせる。
「いいかもしれない。伯父さんが使っていたの、かなり年季が入ってたな。そろそろ新調しても良い時期だと思う」
エリオットは器具を手に取り、軽く触れる。手の動きに少しだけ照れたような柔らかさが混じる。
「では、選んでみましょう!」
二人は棚の間を歩きながら、商品を一つ一つ手に取り、真剣に相談する。
「そういえば、アナベルは料理はするの?」
「……残念ながら、できません。下宿では、カロリーヌさんの美味しいお食事を堪能させていただいております」
アナベルは少し恥ずかしそうに笑う。
「カロリーヌは、料理得意だからね。味は良いものの、ボリュームが半端ないよね」
「最初は、すごい量にびっくりでしたけど、今ではすっかり完食してます。もうすぐ、カロリーヌさんの体格に追いつくかもしれません」
アナベルの無邪気な言葉に、エリオットは思わず笑みをこぼす。
「ははは、そうなったら驚くかも」
「エリオットさんは、料理されるんですか?」
「一人暮らしだからね。料理はするよ。実は、僕の数少ない趣味の一つなんだ」
エリオットの声には、少しだけ甘さが混ざる。視線は自然とアナベルの顔に向かい、彼女の瞳や表情を見つめながら話している自分に気づく。
「それは、凄いですね!料理好きなんて、尊敬します」
「本当?嬉しいな……アナベルに、ぜひ僕の手料理を食べてもらいたいな」
その一言に、エリオットの声は柔らかく、自然に距離を縮めるように甘く響く。
「えっ!?いいんですか?」
感激で目を大きく見開いたアナベル。
その純粋な驚きと喜びを目にして、エリオットは胸の奥が熱くなるのを感じる。
「うん。ぜひ。君の好きな料理を作らせてもらうよ」
「わー!楽しみです!!」
アナベルの満面の笑みに、胸が高鳴るエリオットだったがーー
「盛り上がってるところ、悪いわね!」
お花摘みに行っていたカロリーヌが、颯爽と現れた。
手には見知らぬ中年男性――グレイヴス――の両腕をガッツリと掴んでいる。
彼は驚くほど落ち着いた表情を崩さず、しかし力強く、軽快な足取りで二人の間に割り込み、周囲の売り場の空気を一瞬で張り詰めさせた。
「アナベル、この男に見覚えはある?」
カロリーヌの腕にがっちり捕らえられたままのグレイヴスは、真剣なまなざしでアナベルをじっと見つめる。その鋭い視線は、まるで射抜かれるようで、アナベルの背筋が自然に伸びる。
アナベルは一歩後ずさりし、目を細めて首をかしげた。
「……え? あの……見覚え……ないです」
その率直な返答に、グレイヴスの表情は少しだけ揺らぎ、場の張りつめた空気はほのかに和らぐ。周囲の客や店員も、二人のやり取りに興味をそそられ、自然と視線が集まった。
アナベルの瞳には迷いがなく、緊張しつつも冷静さを保つその姿に、どこか清々しい印象を受けるグレイヴスだった。
エリオットは眉をひそめ、少し声をひそめてカロリーヌに尋ねる。
「この人が、例の……?」
カロリーヌは目を輝かせ、片手でグレイヴスの肩を軽く叩きながら、楽しそうに答える。
「そうなのよ。さて、どこでお話を聞こうかしら……」
周囲の客や店員たちも、ふと二人をチラリと見やる。グレイヴスの落ち着いた風貌とカロリーヌの大胆な態度のアンバランスさが、まるで舞台の一幕のように目を引いていた。
***
「だからといって、なぜ不審者をうちに連れてくる!?」
職業斡旋所の応接室――
カロリーヌにしっかりと押さえつけられたグレイヴスと、椅子に腰掛けるアナベル、そしてエリオットが、互いに視線を交わしながら緊張した空気の中にいた。
「あら、アナベルの危機だったんですもの。ここに連れてくるのは当然じゃないですか!」
ハンナはのんびりと全員分のお茶を淹れ、グレイヴスにまで差し出す。
「いや、うちじゃないだろう」
リバーは納得いかない顔でお茶を口に運ぶ。
「リバーったら、器が小さすぎるわ。だから奥さんに逃げられるのよ!」
カロリーヌが顰めっ面で反撃する。
「そうよ!そうよ!」
ハンナも勢いよく加勢する。
「お前ら、事情も知らんくせに、勝手なこと言うんじゃない!」
リバーの声は怒りと戸惑いが入り混じる。
「リバー伯父さん、話が進まないから、一回黙ってほしい」
愛する甥っ子エリオットにまで制されたリバーは、少し肩を落とし、軽く落ち込む。
「まぁ、ほら。リバーの誕生日プレゼントを届けるついでに、場所をお借りしたかったのよ!この不審者に事情を聞かないと!」
カロリーヌは、取りなすような明るい声で話し始め、部屋の空気を一変させる。
――ここから先は、元騎兵隊・大尉のカロリーヌの独壇場が始まる。
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