【完結】綺麗なだけじゃ、生きていけない

とっくり

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 カロリーヌはまずグレイヴスの腕をぐいと引き、応接室の中央に立たせる。背筋を伸ばし、鋭い眼光で彼を射抜いた。

「さあ、不審者。アナベルに近づいた理由を、正直に話してちょうだい」

 その一言に、部屋の空気が一瞬で重くなる。
 グレイヴスは肩をすくめ、口を開きかけるが、カロリーヌの視線に射すくめられて言葉が詰まった。

「い、いや、その……」

「私の質問には、はっきり答えるのよ!」

 鋭い叱責が飛び、リバー所長の応接室はまるで軍法会議の場のように張り詰めた空気に包まれる。

 グレイヴスは喉を鳴らし、額にじわりと汗を浮かべた。

「え、ええと……仕事の関係で……」

「仕事の関係? 何のお仕事?」
 カロリーヌは彼の周りをゆっくりと歩きながら、まるで獲物を追い詰める獅子のように問い詰める。

「あの、その……人を調べる仕事で……」

「まぁ、探偵業?」

「っ……はい。そうです」

 観念したようにうなだれるグレイヴス。首筋から背中にかけて多量の汗がにじむ。

「あらあら、汗がすごいわ。水分を補給して?」
 すかさず、母性の塊・ハンナが冷えたお茶を差し出し、優しく背をさする。

 アナベルも、困り顔のまま未使用のハンカチを取り出し、そっと差し出す。
「これで……汗を拭いてください」

 その仕草に、グレイヴスは一瞬きょとんとし、そして小さく礼を言った。

 エリオットはその光景を見て、胸を締めつけられるような感情を覚える。
(……こんな時でも優しい、アナベル…)

 一方で、リバー所長は椅子にふんぞり返り、
「なんか馬鹿らしいな」
 と、冷めた目でやり取りを眺めていた。

「依頼内容は?」
 カロリーヌが鋭く問うと、グレイヴスは姿勢を正し、小さく答えた。

「アナベル嬢の……素行調査です」

 部屋の空気が凍りつく。アナベルは息を呑み、エリオットは反射的に彼女を庇うように隣に身を寄せた。

「ふーん。で、何かボロは出たの?」

「……いえ。何も出ませんでした」

「そりゃそうよ!」
 カロリーヌは得意げに腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。

 そして間を置き、低い声で告げる。
「依頼主は……茶色の髪、痩せ型、つり上がった目で、二十代の女性。違う?」

「!?」
 グレイヴスは飛び上がるように驚き、アナベルも蒼白になって目を見開いた。

(……まさか)

「セラフィナ・モンタヴィル。アナベルの姉が依頼主ではなくて?」

 一同が息を呑む。アナベルの手が小さく震え、顔色は紙のように白くなった。
 その変化に気づいたエリオットは、迷わず彼女の手を優しく握り込む。

「……大丈夫」
 小声で励ます彼の瞳は、深い愛情に満ちた優しさを伴っていた。

 グレイヴスは観念したように語り出す。

「依頼主であるセラフィナ様は……アナベル嬢を“男好きで、男を誑かして地位を築いた女”だと決めつけていました」

「っ!! そんな、バカな!」
 エリオットが怒りで、声を荒げる。
 普段は穏やかな青年の剣幕に、部屋の全員が驚いた。

「……しかし私自身、尾行を重ねるうちに気づきました。アナベル嬢は、そんな女性ではない」
 グレイヴスは伏し目がちに言葉を続けた。

「では、その素行調査の目的は?」
 カロリーヌが鋭く切り込む。

「……男性スキャンダルをでっちあげ、ウェルズ劇場の重役に暴露する。アナベル嬢を失墜させるのが狙いだったようです」

「くだらん」

 リバー所長が呆れたように鼻を鳴らす。

「ウェルズ劇場のトップはギルバートだ。あの男は噂話なんぞ耳も貸さん。自分で見たもの以外は一切信じない。それに……アナベルを信じている。そんな戯言、何の打撃にもならん」

「きゃーっ!さすがギルバート!」

 カロリーヌは急に目を輝かせ、場違いなテンションで両手を打ち鳴らした。

 グレイヴスは改めてアナベルを見やり、深く頭を下げる。

「……依頼主とアナベル嬢を比べれば、どちらが正しいかは明らかです。私は、尾行を終わらせます」

 神妙な空気が漂ったその瞬間。

「ちょーっと、待った!」

 カロリーヌがにやりと笑い、指をピシッと突きつける。

「依頼を出したその姉……セラフィナ? お仕置きが必要じゃなくて?」

 その不敵な笑みに、応接室の空気は再びざわついた。






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