【完結】綺麗なだけじゃ、生きていけない

とっくり

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 翌日、アナベルは真新しい紙の束とペンを手に、職業斡旋所の面談室に座っていた。

 目の前には、いつもの仏頂面、リバー所長。そして、隣にはやたらと身支度に気合の入ったハンナの姿。

「じゃあ……まずはこれだな」

 リバーが無造作に書類を数枚、テーブルに放り出した。

 どれも薄茶けていて、紙の端っこが猫耳のように折れている。おそらく“急募”という名の、放置案件だ。

「ええと……“洗濯屋見習い”?」

「洗剤でかぶれない体質なら向いてる」

「“屋根修理の助手”?って、えぇっ……?」

「筋肉つくぞ。あと、空の景色がいい」

 リバーがまるで“健康と青空推し”で提案してくるのを、アナベルは引きつった笑顔で聞いていた。
 さすがにどれも、貴族として育ってきた華奢な少女が始めるにはハードルが高過ぎた。

「す、すみません。他に、ありますか?できれば、室内で、危険じゃなくて……清潔なところが……」

「……選びすぎると、仕事ないぞ」

「そ、そうなんですけど……」

 困り顔のアナベルに、隣のハンナが即座にフォローを入れる。

「所長、もっとアナベルさんに合ったのにしてください。アナベルさんはお嬢様なんだから、段階を踏んで慣れさせないとダメでしょ」

「社会に段階なんてねぇぞ。みんな即落とし穴だ」

「だったら落ちる前に手を引いてあげなきゃダメでしょ、この斡旋所は!」

 ぷるぷると頬を膨らませたハンナが、バンッとリバーの書類の山を押し戻した。

 ──その直後、彼女はバッグの中からたくさんの書類の束を取り出すと、得意げに言った。

「実は、私もいくつか探しておいたの! アナベルさんにはね、これとかどう?」

「…ええと……“子ども図書館の読み聞かせボランティア補助”…?」

「そう! まだアルバイト扱いだけど、評判よかったら継続雇用もあるの!子どもたちも可愛いし、読み聞かせは、お嬢様っぽいし、アナベルさんぴったりだわ」

「お、お嬢様っぽいって……」

「大丈夫、あなた声もきれいだし、美しいし、優しい雰囲気があるから、子どもウケも良さそう。それにね、ちゃんと可愛い制服もあるのよ?」

「制服……!」

(制服があるのは、ありがたいわ!!)

 アナベルの目に、一筋の希望の光が差し込んだ。

 だが、そのとき、背後でリバーがぼそりと口を開く。

「まぁ、悪くねぇな。……ただし、お子様には“バターと砂糖でできてます系”の見た目は、逆に緊張感を与える可能性もあるから、適度にボサボサで行けよ」

「ええっ?!私はお菓子じゃありません!!」

「……甘そうではある。見た目に限らず、考えも」

「うっ……そんなことは…、ありません?」

 自信なさげに疑問調で、アナベルは返答する。ハンナはクスリと笑い、紅茶をアナベルに差し出した。

「でも、所長は、案外的確なのよ。言い方にデリカシーが全くないだけで、実は観察力はあるの。あと、絶対に人を見捨てないのよ」

「え?」

「私、昔、ここの職員になる前に仕事失って路頭に迷ってたの。夫を亡くして、乳飲み子を抱えて。この斡旋所に、たどり着いてね。そしたら、この所長、無愛想な顔で“じゃあここで働けば?”って言ってくれて」

 懐かしむように紅茶を飲みながら、ハンナは続けた。

「そりゃあ最初は泣いたわよ?口悪いし、愛想ゼロだし。何度、紅茶ぶっかけてやろうかと思ったけど、結局いちばん頼れるのはリバー所長だけだったの」

「へえ……」

 横目で見ていたリバーは、無言のまま自分のマグカップをすすっていたが、なぜか顔が少しだけ赤くなっていた。

(照れてる……?)

「……あー……コホン。じゃあ、今日の午後、図書館行けるか?」

「はいっ! 行けます!」

「書類まとめとくから、ちゃんと履歴書も持ってけよ。あと、笑え。無理にでも。笑顔は社会の鎧だからな」

「笑顔なんかで乗り切れますかね…?」

「乗り切れるもある。仏頂面よりマシさ。まぁ、世の中そんなもんだ」

 やれやれとリバーが頬杖をつく後ろで、ハンナは満足げににこにこしていた。

「あらあら。アナベルさんの新生活、良いスタートね!」

 アナベルは紅茶を飲みながら、少しだけ安心したように笑った。
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