【完結】綺麗なだけじゃ、生きていけない

とっくり

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ーー午後・王立中央こども図書館

 午後三時。
 陽の傾き始めた空から、柔らかな木漏れ日が、図書館の大きなアーチ窓をすり抜けて差し込んでいた。

 天井の高いホールには、静かなページをめくる音と、たまにくしゃみをする司書の気配しかない。

 奥まった一角──“おはなしスペース”と呼ばれるその場所には、色とりどりのクッションが並べられ、小さな木製の椅子が半円を描いて並べられていた。

 壁には、子どもたちが描いた虹色の絵や、図書館イベントのポスター。棚には絵本がずらりと並び、「ようこそ!よみきかせ会へ♪」と書かれた手作りの旗がゆらゆら揺れている。

 ──本来、そこは「癒し」と「知性」が交差する穏やかな空間であるはずだった。

 だが、このあとその場は、ちいさな戦場へと化すのである。

「わぁ、可愛いお姉ちゃん来た~!」

「おひめさまだ~!」

 そんな期待と好奇心に満ちた子どもたちの歓声が、アナベルの背筋をいやでも伸ばす。

(し、失敗はできないわ……ここで成果を出さなきゃ、明日から、屋根修理とか洗濯屋の紹介が待っている…!)

 心の中で何度も深呼吸をしながら、アナベルは読み聞かせスペースに立った。スカートの裾を整え、小さな絵本を手に、にこやかに言う。

「こんにちは、みなさん。今日は『まほうのジャムパン』を読んであげますね」

「うわー!パン!ジャムの味は!?なにジャム!?」

「魔法使いって強いの?パンに乗るの?」

「火、出る?火ー!」

(……まだ、1ページも進まない!!)

 子どもたちはエネルギーの塊だった。3歳から6歳の男女混合編成、約10名。自由奔放、戦闘民族スタイル。

 アナベルは意を決して、ページをめくった。

「むかしむかし、あるところに──」

「むかし!?どのくらい!?10年前!?おばあちゃんくらい!?」

「アナベルおねーちゃん、おはなしじゃなくて、おひめさまごっこしよ!」

「ぼく、パン屋さんやるー!」

(も、もう話きいてない……!)

 読み進めるたびに、子どもたちはどんどん本筋から脱線していく。

 しかも中には──

「おねーちゃん、なんでそんなにキラキラしてるの?」

「さとうとバターでできてるからじゃない?」

(誰よ、所長の変な例え、子どもに伝染してるじゃない!)

 中盤、アナベルは自ら「魔法使いのおばあさん」役を演じる羽目になり、子どもたちからジャムパンを奪う鬼の役にされ、最終的には「きらきら怪物くん」として退治される。

 数分後──

「やだー!まだ遊びたーい!」

「つぎは“パンが火を吹く話”がいい!」

「パン爆発してー!」

 図書館スタッフがそっとアナベルにタオルを差し出した。

「……ご苦労さまでした。よければ、ちょっと……お話を」



 

 陽が落ち始めた午後の終わり。
 図書館の奥にある、木目調の落ち着いたスタッフルームには、空気清浄機の低い稼働音だけが静かに響いていた。

 そこに、疲労と微妙な気まずさをまとった二人が向かい合って座っていた。

「率直に申し上げますと……非常にエネルギッシュな現場でした」

 図書館員──ベテランらしき、メガネの奥に優しげな目を持つ中年女性は、丁寧な言葉を選びながらも、どこか遠くを見つめていた。

 その手には、途中で落下したジャムパンの模型らしきものが握られている。

「……はい……申し訳ありません……」

 アナベルはしゅんと肩を落とし、膝の上で両手を握りしめていた。声には明らかな敗北感と、ちょっとだけパンくずの気配があった。

「いえ、ご本人のご努力は、ひしひしと感じました。ただ……その、読み聞かせというより……即興演劇、もしくは壮大な冒険譚……?」

「すみません……気がついたら、魔法のジャムパンに乗って空を飛んでました……あと、うっかり“悪のスプーン軍団”を召喚してしまって……」

 苦笑いするアナベル。
 途中からテンションが上がりすぎて、絵本のページよりも自分のアドリブが暴走していたことは、本人も自覚していた。

「…………」

 一瞬、部屋の中に静寂が流れる。
 図書館員はそっとジャムパンの模型を机に置き、また微笑んだ。

「今回は……すみませんが、継続はちょっと……難しいかと……絵本が、飛びましたし……子どもたちも、興奮しすぎて途中でイスを持って走り出したので……」

「……はい……承知いたしました。ご迷惑おかけして、申し訳ありませんでした……」

 アナベルの声は豆粒のように小さく、椅子にめり込みそうなほど縮こまっていた。

 ──かくして、アナベルの「図書館デビュー戦」は、華やかに、子どもたちの笑い声とパンの香りに包まれて──
 爆発四散というかたちで、派手に終焉を迎えたのだった。






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