【完結】不可解な君に恋して

とっくり

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 入学式を終えたばかりの教室。
 ざわめきと期待が入り混じる中、リュミエールは窓際に立っていた。
 金の髪と碧の瞳――その姿は否応なく注目を集める。

「まぁ……あの方がシュタイン子爵令息?」
「なんて綺麗な方……まるで絵画から抜け出したみたい」

 令嬢たちが頬を染める声は、耳に入らぬふりをして受け流す。だが――。

「ふん、子爵家といっても新興だろう?」
「二代前まで平民だったらしいじゃないか。金で爵位を買った卑しい血筋さ」

 令息たちの冷笑混じりの囁きは、刃のように胸に突き刺さる。

(……やはり。僕がどう見られているか、わかっていたけれど)
 苦笑を浮かべて聞こえぬふりをした。

 と、そのときーー

「そこのあなた方」
 凛とした声が空気を裂いた。

 視線を向ければ、カタリナが立ち上がっていた。
 黒髪を結い上げ、真っ直ぐな瞳で彼らを射抜く。

「王立学園の生徒として、そのような陰口を叩くのは恥ずかしくないのですか」

 教室が一瞬にしてざわめきに包まれる。
 由緒正しきエベルハルト伯爵家の名を名乗ると、令息たちはたじろいだ。

「女のくせに生意気だ!だから平民上がりとしか婚約できないんだ!」

 その言葉に、カタリナの瞳が揺れた。感情を乱すことの少ない彼女でさえ、怒りを隠せない。
 言い返そうとした瞬間――リュミエールは前へ歩み出た。

「確かに、シュタイン家は新興です」
 声は柔らかく、けれどはっきりと響いた。

「だが、違法に爵位を得たわけではありません。商才で財を築き、王家に破格の税を納めてきた。国庫を支えることができたからこそ、爵位を授けられたのです」

 微笑みを崩さず、令息たちを見つめる。
「ところで……君たちのご実家は? 確か領地経営で赤字を抱えていたはずでは?」

「なっ……!」
 令息の顔から血の気が引く。

「ふんっ、平民上がりのくせに!」
 捨て台詞を残し、彼らは逃げるように教室を出ていった。

 静けさが戻る中、リュミエールは横に立つカタリナを見やった。

「カタリナ、すまなかったね」

「いいえ……むしろ私こそ、出過ぎた真似をしましたわ」

 毅然と答える彼女の横顔。
黒曜石のような瞳は、揺らぐことなく真っ直ぐで、年齢以上の重みを宿している。

(……どうして、そこまで真っ直ぐでいられるんだ)

 胸がざわめく。
 その強さに惹かれると同時に、自分の弱さが浮き彫りになっていく。

――守られているのは、僕の方じゃないか。

 伯爵家の令嬢として、臆せず人の前に立ち、正義を言葉にする彼女。
 一方の自分は、笑みという仮面で取り繕い、陰口を受け流すしかない。

 羨望と劣等感が入り混じり、胸の奥を締め付けた。

(……違う。僕は、彼女に守られるためにここにいるんじゃない)

(いつか、必ず――僕が、彼女を守れる存在にならなければ)

 そう心に誓いながらも、浮かべるのは飄々とした笑み。

 本心を悟られぬよう、碧い瞳の奥に決意を隠し、リュミエールは席へと戻った。


 扉口から響いた快活な声に、教室の空気が一瞬で変わった。
 振り向くと、栗色の髪を持つ少年――アイザック・シトラールが立っていた。

 長身で姿勢正しく、爽やかな笑みを浮かべるその姿は、自然と場を支配してしまう。
 令息たちが次々に声をかけ、歓声混じりに名前を呼ぶ。

(……ああ、彼か…)

 リュミエールはその光景を目の端で見ながら、胸の奥に小さな棘が刺さるのを覚えた。
 アイザックはシトラール伯爵家の嫡男。エベルハルト家に並ぶ名門で、誰からも一目置かれる存在だ。

(カタリナに相応しいのは……僕ではなく、彼のような人物なのかもしれない)

 そんな思いが、無意識に浮かぶ。

 アイザックは令息たちと短く言葉を交わしたのち、まっすぐに二人の方へ歩み寄ってきた。

「おや? 先ほどの騒ぎは何だったんだい?」
 机に片手を置き、気さくに問いかけてくる。

 カタリナは立ち上がり、毅然とした態度で礼を返した。
「……少々、耳を疑うような言葉が飛び交っていたのです」

「なるほど」
 アイザックは軽く頷き、今度はリュミエールをまっすぐ見据える。

「噂のシュタイン子爵令息、君だね。初めまして。僕はアイザック・シトラール」

 リュミエールは、胸の奥でざわつく感情を笑みに隠した。
「初めまして。君の名はよく耳にしていたよ。武に秀で、学業も優秀だとか」

「やめてくれ。噂はいつも大げさだからね」
 豪快に笑うアイザック。
その明るさは、壁を作らず人を惹きつける。

「でも正直、君の登場には驚かされたよ。教室の空気が一瞬で変わった。……それに、君の弁舌、なかなか痛快だったな」

(……敵わないな)

 心の奥でぽつりと呟きながらも、リュミエールはあくまで飄々と肩をすくめた。

「ただ事実を述べただけだよ。彼らもいずれ、数字の前では虚勢を張れなくなる」

 自分でも驚くほど冷静な声が出た。
 アイザックは少し目を見張り、そして愉快そうに笑った。

「ふふ……面白い。君とは、いい友人になれそうだ」

 その言葉に笑みを返しながらも、リュミエールの胸は複雑に疼いていた。

(彼のような人間が隣に立つなら……僕の立場は、どれほど儚いことだろう)

 けれども、その思いを表に出すことはなかった。
 笑顔という仮面を崩さぬまま、カタリナとアイザックの並び立つ姿を、ただ心の奥で見つめていた。








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