【完結】祈りの果て、君を想う

とっくり

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20 不在がつげるもの②

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(ミレイア視点)

「リリエルお姉様のこと、もう忘れていいのよ」

 それを口にしたのは、ある日のお茶会。
 ラズの優しさが、ひどく遠く感じられた日のことだった。

 彼は変わらず私を気遣い、守ろうとしてくれている。

 微笑みも、言葉も、振る舞いも。
 すべて優しくて──なのに。

 ……どうして、こんなに不安なの?

 時折、ラズの瞳に浮かぶ“空白”。
 それが何よりも、私を怯えさせた。

「私を見ていない」と感じる、一瞬の隙間。
 私のための笑顔ではない、と悟ってしまう静けさがある。

 思い出すのは、あの日。

 お姉様が一言も言い訳をせず、ただ静かに微笑んだ、あの別れの朝。

『ミレイアの幸せを願っているわ。ずっと』

 ──どうして、そんなふうに笑えるの?
 なぜ、自分を犠牲にしてまで、誰かの幸せを祈れるの?

 それが「愛」なら、私には分からない。

 私は、欲しかった。
 ずっと、誰かの“いちばん”が。
「ミレイアだから」と抱きしめられる確信が。

 お姉様が差し出した幸せの欠片を、私は拾ってしまったのだろうか。

 そんなふうに考えるだけで、胸が軋んだ。

「ねぇ、ラズ。私のこと……ちゃんと見てる?」

 問いかけた声は、思ったより小さくて、かすかに震えていた。
 聞こえてほしいのに、怖くて仕方なかった。

 答えによって、何かが壊れてしまう気がしたから。


 ~~~~~~~~~~


 小さな頃、ラズは隣のお兄さんのような存在だった。

 優しくて、背が高くて、そして──姉のリリエルと一緒にいるときだけ、私にも手を差し伸べてくれた。
 私は“姉のおまけ”としてそこにいたけれど、それが当たり前だった。

 でも、それでも、うれしかった。

 川辺で手を引かれたこと。
 木陰で絵本を読んでくれたこと。
 その全部が、小さな私にとっては特別だった。

 けれど、十歳を過ぎたころから、少しずつ距離ができた。

 ラズは剣の稽古に、勉学に忙しくなった。
 私はといえば、姉と違って何も期待されていないのを、子ども心に感じていた。

 そして、姉が十四になった年。
 ラズと姉の婚約が正式に発表された。

 紹介の席で、成長したラズを見た瞬間──
 胸に走ったのは、憧れとも羨望ともつかない、焼けつくような感情。

(……素敵になった)

 あれが、ラズを「男性」として意識した最初の瞬間だったのかもしれない。

 私は自分の気持ちに戸惑った。

 彼はお姉様の婚約者。
 “取っちゃいけないもの”に惹かれているようで、背徳感でいっぱいだった。

 でも、ブレーキをかけるほどに、どうしても目で追ってしまった。

 そして、学園に入ってから──

 彼は誰もが一目置く存在になっていた。
 勉学も武術も優れ、見た目も凛々しく、誰にでも礼儀正しい。女生徒たちの羨望の的。

(やっぱり、素敵な人だ)

 ある日、勇気を出して──
 学園の食堂で一人食事をしていた彼に声をかけた。

「席が無くて困っていたの。一緒にいいかしら?」

 震える声を隠すように笑ってみせた。
 ラズは気づいていたかもしれない。
 でも、優しく頷いてくれた。

 その日を境に、少しずつ──ほんの少しずつ、彼との距離が縮まりはじめた。

 会話を交わし、時には笑い合って、私はその時間にすがるようになっていった。

(ラズが好き)

 ……でも、

(ラズは、お姉様の婚約者)

 その事実が、何よりも重かった。

 姉を傷つけたくない。
 姉の「大事な人」を奪うようなことはしたくない。

 ──けれど。

 止まらなかった。

 ほんの少しのわがまま。
 ほんの少しの甘え。
「私も、幸せになっていいでしょう?」って、心のどこかで、許されると思っていた。

 それが──すべての、始まりだった。
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